ナンネットID のアカウントをお持ちですか? ログイン ログイン
 
 

義家族との体験 RSS icon
※義父母・義兄弟・義姉妹等との体験

2026/04/04 13:20:33 (0pXWbz0j)
私は息子嫁の佳子。
同居してる舅と子供は3人います。
2人目を妊娠中で、夫には単身赴任してもらいました。
それがいけなかったんです。
出産後は実家の母に来てもらい上の子の世話や家事をしてもらってましたが、産後三ヶ月が過ぎ実家の母は帰りました。
その後の昼間に上の子は園に行っていて下の子を寝かせながら私も眠ってしまったんです。
お乳を含ませながら眠ってしまったものだから、舅が部屋に入って来た時は胸ははだけて乳房が丸見えだったんです。
そして舅が我慢できずに乳房を触られ、張って痛くて、お舅さん痛いーっ!って叫んでしまったんです。
お舅さんは慌てて私の乳房を口に含み吸ってました。
母さんの乳房を、張ってる時は、こうして吸ってやったよ。痛いが我慢しろ直ぐ良くなる!って吸われた。
そうしたらスーッと痛さが遠のき、楽になったのです。
でも、お舅さんは、それで止めてくれなかった。
そんな私に、今は孫が折角寝たんだ、ここじゃ駄目だ。と私を抱えるようにして府屋から出てリビングに行くのかと思ったら、お舅さんは自分の部屋に連れて行こうとしたので抵抗したのですが、凄い力で連れて行かれ
ここまで来たら解るだろう。と、私はベッドに倒されスカート捲くられてパンティーをアッという間にずらされ、同時に舅も下だけ裸になり夫よりも大きく反り立ったチンポを佳子許せっ!って挿入されてしまったんです。
それから中で何度も何度も突かれ
止めてっと言っても聞いてくれず挿入された。
何時間もです
子供が目を覚まし泣き出したので、やっと抜いてくれました。
それから暫く毎日の様に嵌め続けられていました。
そうして舅は儂の子を産ませる孕ませるぞ。と母乳もミルクに変えられた。
私は直ぐに妊娠、舅に孕まされ年子で三人目を産みました。
今朝から舅は、また私を抱いて何度も逝かせてくれ、
66
2026/03/24 09:05:38 (qC/wnjoz)
義父の脳梗塞→片麻痺→要介護→性処理強要
これが今から書く報告者の内容です。

私の前職は看護師をやっていました。26歳の頃に勤めていた病院に健康診断で訪れた現夫に声をかけられ交際スタート。
28歳の頃に妊娠して結婚と同時に職場を一時退社。
住居も旦那の強い希望で二世帯住宅を新築するという運びとなりました。
二世帯住宅を選んだ理由、それは旦那の両親が富裕層ということもあり、旦那は一人息子。これから子供(孫)が生まれるにあたり絶大なサポートを受けれると言う狙いです。
また両親が他界した後は子供の世帯が空いた所に入居すれば私たちも老後は子供や、あるいは孫と近くに住んで老後の生活が安泰するであろうこと。
そんな富裕層ならではの将来設計をしていました。
だからこそ新築の二世帯住宅は二世代、三世代に渡って住む事が出来るよう旦那の両親の資産、旦那と私の貯金と使って豪邸ではありませんが、それなりにしっかりした邸宅を建てたのです。瀬戸内海が見渡せる景観のよい高台、これなら南海トラフ地震がきても大事だね。なんて言ってた頃が懐かしいです。まさに幸せの絶頂期でした。

それから数年が経過し、子供が小学校に上がれば私は医療の仕事に戻る予定をしておりました。それが出来るのも二世帯住宅だからです。祖父母が同じ屋根の下に住んでいるからです。
ですが、現実はそう甘くはありませんでした。義父が突然の脳梗塞で倒れ、また発見が遅かったことにより血流が届かなくなった脳細胞が破壊され右の片麻痺という重篤な後遺症を抱えたのです。
必死のリハビリも思うような結果は出ず義父は要介護認定となったのでした。
ですがお金には困りませんでした。富裕層ならではの手厚い各種保険が功を奏し他にも介護手当、障害者年金の認定もおりお金の面では何の問題もなかったのですが、、、義母さんの一言「元看護師の麻理さんが家にいてくれるから助かるわぁ」の一言で、私は看護師に復帰するどころか、逆に自宅で義父の介護要員となってしまったのです。

当然、旦那との間では一悶着ありました。
私の主張は「お金はあるんだから訪問介護や行政サービスを使ってほしい。なぜ私が介護要員にならないといけないの?苦労して看護師の資格をとったのだよ?」です。
旦那は「気持ちはわかるけど、いきなり金あるんだから他人の世話になれ、なんて言えるか?ここまで世話になってるのだからせめて最初くらいはサポートしていく姿勢を見せるのがスジってものだろ」でした。
こうして私は極めて消極的な理由で介護要員としての毎日が始まっていったのです。

介護イコール下の世話とはよく言ったものです。片麻痺している義父はトイレまで連れて行けば用を出せるのですが、問題は夜間。最初の頃は義母も夜中に起きてトイレに連れていったみたいですが経験もなく体の細い義母が体格の大きい義父をトイレに担ぐのは相当な負担。そのうち義父の方がオムツに慣れてしまい、毎朝のオムツ交換は私の仕事となりました。
特に脳梗塞の症例がある人は脱水症状を防ぐために水分を多く摂らないといけません。オムツに慣れてしまった義父は昼間も数時間おきに排尿をし、それを交換するのも私の役目となりました。
私は日中、家事をしながら義父からの内線電話で定期的に呼ばれ、オムツ交換、その他雑用、お風呂介助までするのが常となっていったのです。

これが看護師の仕事で報酬をもらいながら終末期の患者さんのお世話をするならまだやりがいもあります。「ありがとう、ありがとう」と言われて誇りにもなるものです。ですが義父は片麻痺を除いては健康そのもの。脳も半分の体もしっかりしています。ですが「麻理ちゃんーオムツー」と平然と召使のように注文してくる義父の存在はストレス以外の何者でもありません。
ですが逃げ場もなし、私は義母や旦那が私の限界に気がついてくれて介護サービスを受けるという判断をしてくれるまでの我慢だと言い聞かせていました。

すると、、、ある日のことです。私がいつものようにオムツ交換をすると義父は無精をしていたのでした。その時、義父から「いっても俺もまだ60代だからな。後少しで70は見えてはいるけど、、まだ使えるんだよ笑」と言ってきました。私は「元気なのはいいことですよー」と他愛もない返事を返すと義父は「麻理ちゃん、無理なお願いなんだけどハンドで、ハンドでいいから処理するの手伝ってくれないか?」などと言い出したのです。
私は「いやいやお父さんそれはちょっと、、困りますwそれに片方の手は動かせるでしょう?」と、これも病院あるあるのセクハラ患者対応で培った経験をもとにかわしていこうと思いました。ですが義父は「片手が動くから自分でしろとは酷くないか?俺だっていくら介護がいるといっても老人じゃないぞ?ちゃんと性欲だって残ってるんだよ!」と開き直ってきたのです。

義父から言われたことを誰にも相談する相手なんておりません。(ハンドだけ、ハンドだけ、、、)という義父の言葉が何度と脳裏をかすめ、、結局「わかりました。手だけですよ?」と結局、応じてしまったのです。これが全ての始まりでした。

67

義母その後のその後

投稿者:新年 ◆xMEeQn1Skc
削除依頼
2026/03/21 02:59:59 (jd6fzXrC)
先日義母に呼び出されて嵌め捲った義息子

その後日にも義母と嵌め捲ったが
最近義母が変わっていきた。
以前の義母はベッドから離れてトイレなど行くときはガウンを着ていたが最近は真っ裸で部屋を歩いている。

義母は中出し後に浴室でオマンコを綺麗にして精子を洗い流す。
ガラスで透けて見えたりするとその姿を見て再び勃起。
浴室を出た義母が布団を剥ぐ。
その勃起を見て起ってると言いながら顔を跨ぎオマンコを口に擦り付けてオマンコ舐めてとねだりながら腰を動かす。

気持ち良い、貴男の唇魔物ね凄く気持ち良いのと言いながら義母は自分で胸を揉みながら更に激しく腰を動かす。
良い逝く逝くと言いながら果ては義母は向きを変え69でマンコ見せ口に近づける。
まだ余韻の残る義母は私にマンコを舐めさせながら勃起を優しく扱く。

動かない義母のヒップを押さえマンコとクリトリスを舐める。
舌を尖らせてオマンコの中を舐め回す。
再びスイッチの入った義母が激しくフェラをしてくれるが私の義母のフェラに耐えられない。
お義母さん逝きそうと告げると義母は体を入れ替え私の勃起に手を添え騎乗位で嵌める。
私は早漏では無いが義母の攻めには為す術か無い。
逝きそうに成り義母の腰の動きを止めようとしても義母は無視して激しく動かす。
お義母さん出ると言いながら中出し。
射精後義母は再び浴室でオマンコを綺麗に洗う。

義母に会う時は数え切れないほど義母のマンコに挿入する義息子。


68
2026/04/02 08:03:35 (PT7uetgJ)
俺は大学生になって地元のスーパーでバイトを始めた
そこに偶然、バツイチの叔母の佳代さん(41歳)がパートで働いてた。
佳代さんは父の妹で昔から色っぽくて優しい人で、離婚後はさらに艶やかになり、豊満な胸と柔らかな腰のラインが、熟れた女の魅力を漂わせてた。
そんな叔母を中学生の頃から、俺はオナニーのオカズにしていて、叔母に憧れを抱き続けていた。
パートの休憩時間にせまい休憩室で叔母の良い香水の香りを嗅ぎながら話しをしてると、やがて話題は大胆になり、下ネタを交わすほどになっていった。
ある日、バイトが終わると佳代さんが微笑みながら「ねえ、これから家に来てコーヒーでも飲まない?」と誘われた。
佳代さんは離婚後、一人でマンションに住んでいた。二人きりの部屋でコーヒーを飲みながら話してると
佳代さんに「彼女はいるの?」と聞かれ、俺が「まだいませんよ」と答えると
「ふふ……もしかして、まだ童貞?」と佳代さんに言われ、恥ずかしそうに頷くと、佳代さんは妖艶に目を細め、耳元で熱い息を吹きかけながら「こんなバツイチのオバさんでよかったら……貴史君を童貞から卒業させてあげようか?」と囁かれた。
そして次の瞬間、柔らかく熟れた唇が俺の口を塞いで、ねっとりと絡みつく舌と甘い唾液が混ざり合う濃厚なキスをされた
佳代さんは俺のズボンを下ろし、すでに硬く脈打つチンポを両手で優しく包み込み「凄い!……こんなに大きくて硬くなってる……」と言いながら
叔母は跪き、熟れた口内にチンポが飲み込まれ、舌がチンポを這い回って、気持ち良くて出そうになったが我慢した
41歳の叔母は見た目は清楚で上品な熟女に見えるが本当は男好きのヤ◯マンで、離婚後はパート先のいろんな男を喰ってる叔母は「やっぱり若い男の子はいいわね~」と言って俺のチンポを喉奥まで咥え込み、よだれを垂らしながら激しくフェラチオをしてた
俺は耐えきれず「叔母さん……もう我慢できない……」とソファに押し倒すと、佳代さんは自分から脚を大きく広げ、熟れたマンコを晒して
「ここに入れて……貴史君の若いおチンポで、叔母さんのオマンコを思いっきりかき回して……」と言われ、俺は一気に根元まで突き刺した。
「あぁっ!すごい!、叔母さんの奥まで届いてるわ……!」と言って、膣肉が俺のチンポを容赦なく締め付けて、精液を搾り取ろうとするように蠢いてた
童貞の俺が激しく腰を打ちつけると、佳代さんは喘ぎ声を上げながら背中に爪を立て「いいっ!もっと奥まで突いて!、オバさんイッちゃう、イクゥゥッ!」と叔母の身体が激しく痙攣しだし、チンポを更に強く締め付けられて
俺も限界になって「叔母さん……中に出してもいい?!」と聞くと、「いいわよ……中にちょうだい!叔母さんの子宮に届くように、たっぷり注いでぇ~! 妊娠しちゃってもいいから!」と言われ
俺が叔母の膣奥深くに大量の精液を子宮口に向けて放出すると、叔母は絶頂の叫びを上げながら何度もイキ続けた。
その後も体位を変えて叔母の身体を味わって帰った。
帰り際に「今日の事はお父さんに言ってはダメよ、私と貴史君の秘密にしてね」と言われた。
それ以来、佳代さんは俺の制欲処理をしてくれて、バイトの後はほとんど毎日のように彼女のマンションへ通い、バツイチの熟れた体を抱かせてもらってる。
叔母も若い精液を膣にいっぱい受け入れて満足してる。

69
削除依頼
2026/03/30 14:42:17 (AfgdPOAO)
妻は金持ちの家の一人娘美人ではないがおとなしいポッチャリ目の女、それも理由の一つだが義母の京子さん53歳が小太りで可愛いし、と言うのもあり結婚した。義理の父は58歳で会社経営者と言っても20人位の社員数だったけど。
両親は1階の奥の部屋俺たちは2階に住んでいてバストイレはその為に増設されていた。  SEXは俺は経験者で妻は処女で俺の思うままの行為を教え込み俺の言うことを聞く素直な女になっていった。 しかし気になってたのは両親の部屋、
部屋にいない時は必ず鍵がかかっていて(何故だ)と思っていたがある時妻に聞くと、物心ついた時から掛かっていたそうだった。 両親が親戚の用事で家を空けた3日間俺は妻が居ない時に合鍵屋を頼み鍵を作らせた。入ってみると部屋の奥に
もう一つ部屋があったので驚き開けてみるとそこはエロ動画で見た事の有るSM部屋で畳1枚ほどの大きさのビニールプールまであった。部屋の隅には3脚に付けたカメラまである、驚きが好奇心に変わった。40サイズのテレビにレコーダー、
すぐつけて見ると義理の母がロープで縛られ動画で見る様なコトをされていた。5段BOXを見るとロープなどのSMグッズそして浣腸までありバイブやデイルドなども何本もあった。俺は義理の母が責められてるのを見ながら興奮し勃起して
しまいそのまま見ながらセンズリをしてしまった。  ほかにも何本かDVDがあったがまたのお楽しみと思い引き出しをさらに開け見るとペニスバンドがあって(なんでこんなモノが)と思ったがそろそろ妻が帰ってくる頃になったので
元どうりにして部屋を出た。夕食の後飲みながら妻に「両親の部屋本当に見た事ないの」としつこく聞いた、とうとう妻が「見た事はないけど変な声は聞いたことがある」そんなことを言った。  俺は生で見たくなった。そして覗いた。見た時は
京子さんが縛られマンコとアナルに交互にチンポを入れられていて須吾俺のチンポは勃起し触りながら見てると京子さんが逝った後驚いたことに腰にぺニバンを着け義父のアナルに入れた時だった。それを見た時チンポは萎えかけていたがアナルに入れられ
自分でチンポをシゴく義父の姿に何故か興奮してしまった。義父が「ア~~ッ逝きそうだ」と言った時京子さんは身体を離しペニスバンドを義父の口に入れ動かし始めると義父はシゴキながら逝ってしまった。もちろん俺も気持ちのいい激しい射精を
してしまった。台所に行きビールを飲みながら考えた、もしかして二人は本当のSでもMでもなくて刺激が欲しくてアンナコトしてるんじゃないか、そう思った。  翌日俺は妻の手を縛ろう取ると嫌がったので「冗談だよちょっと変わったことを
してもっと興奮したいだろ」と言ったが駄目だった。  そして俺の欲望は収まらずとうとうある日義父の居ない日に京子さんに覗きながら撮った動画を見せた。結局俺は命令する立場なのに逆に京子さんに頭を下げお願いしてしまい義父より
デカいチンポを見せると声を出したが元々夫婦でアンナコトをする京子さんだ、義父よりもでかい俺のチンポを激しく握りしめてきた。
70
スレッド投稿フォーム
名前
トリップ()
E-mail
 ※任意
タイトル
本文

投稿文に自動改行は行われません、適宜改行を行ってください。 # タグ使用不可
画像認証

上に表示されている文字を半角英数字で入力してください。
◇ナンネット利用規約 〔必ずお読み下さい〕
動画掲示板
画像で見せたい女
その他の新着投稿
人気の話題・ネタ
ナンネット人気カテゴリ
information

ご支援ありがとうございます。ナンネットはプレミアム会員様のご支援に支えられております。