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※パートナーを寝取られた体験談。実況は「寝取らせ・妻の浮気実況報告」へ

2026/10/04 13:20:55 (MiNVGdNI)
妻48歳 2年前から妻を、貸し出しています 妻の
お気に入りの男性3名 に、提供しています。
以前より夫婦中も良くなり 営みの頻度も増して
妻は、益々色っぽく成りました。そして、
私にはないしよにしている もう1人の男性がいるようです... それが以外なのは、 19才の大学生です (反則ですが妻のスマホの情報です)
先日久し振り妻を、抱いた時です 少し緩く成った気がします。 

21

ED

投稿者:笠原
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2026/10/04 12:43:36 (dNGT2KgI)
三十代後半でEDになった。
原因はストレスでした、残業続きで休日も家で仕事を。
これではダメだと思い妻と相談し退職を選んだ。
半月が過ぎてもEDは治らない、ある雑誌で刺激を与えれば改善すると。
刺激?いろいろ考えた末、愛する妻が他人に見られるのはどうかと思った。
妻にお前の全裸を誰かに見られたら少しは改善できるかもと相談を。
あなたのためなら何でも協力しますと言ってくれた。
自然な形で妻を見せたいと思い貸し切り風呂を思い付いた。
3人裸で混浴です。
相手は親友の裕太を選んだ。
僕等の仲間では一番のイケメンです。
彼に相談し自分の立場を話すと彼も理解してくれ俺で出来るならと言ってくれた。
そして当日、緊張する妻と3人で郊外の家族風呂へ来た、50分2000円だった。
僕等が先に入り妻が後から入る事に。
でもまさかの妻の姿が、全裸で入るはずでしたがここに来て恥ずかしさが現実になり、密かに用意してた極小水着で入って来たのです。
乳首が申し訳ていどに隠すブラ下は小さな三角布、後ろはヒモだけの極小でした。
ごめんなさいこれが精一杯ですと言う妻の顔は真っ赤でした。
でもその極小ビキニに異常に興奮した裕太のチンポは思い切り勃起させていたのです。
目の当たりにした妻はその大きなチンポに目が釘付け状態に。
彼は妻を抱き寄せ僕に見せ付けるが如く胸を揉みはじめるのです。
乳首は直ぐに飛び出し彼に吸われてしまいました。
下にも手が入り三角布のヒモ外され全裸にされてしまいました。
彼は強い口調で奥さんしゃぶってと。
妻は夢遊病者の如く彼のチンポを咥えるのです。
でも魔だ僕のチンポは反応してません。
22
2026/09/29 12:00:49 (i/6HE0S0)

ーーこの話は最近、また食生活が乱れてる自分への戒めとして書いてるーー


あの運命の日、俺は現場で生コン車の到着を待っていた。
そして生コン車が到着し、ポンプ車に生コンが流し込まれる。そしてウィーンと音を立てたて伸びてくるポンプ車のホース。

するとズボボボボと生コンが流れ出ると同時に、、俺は意識が半濁しその場に倒れた。

中島さん!!だれか救急車呼べ!!中島さん!!

意識が半濁していた俺は、駆けつけた救急隊のタンカと現場の仲間によって救急車内に連れて行かれ、俺は隊員から様々な質問をされた

この指、何本ですか?今からうごかします。見えなくなれば教えてください。

見えます。見えます。。それ以上外側は見えません。

中島さん、おそらく症状から見ると脳に問題があのではないかとの見立てです。このまま脳神経外科に搬送してもよろしいですか?

はい

もし脳ではなかった場合、また別の病院に自力で行って頂くか、救急車を呼んでもらう必要もありますが、いいですか?

はい

こうして俺は、救急車の中で横に寝かされ、なんども嘔吐しながら病院へと運ばれていった。

症状はナントカ性ナントカ脈乖離。

つまり脳梗塞だった。42歳での脳梗塞だ。

ー

そう言われてみれば、心当たりはあった。
現場仲間と朝の7時からトンカツ定食ご飯大盛り。
昼飯はラーメン、チャーハン。
晩飯は酒。つまみ。

こんな生活を15年は続けていた。

まだ現場仕事だから相当量の運動をするし、肥満ではなく少し腹が出てただけだから健康状態も気にしてなかった。

そして、MRIなどの検査が終わり、医師から症状の説明をされて、、俺は緊急入院した。
腕には点滴、指先には酸素計、胸には心電図。みるからにやばい状態になってるのが自分でもわかった。

そして、それから4.5日は飲まず食わずでの嘔吐との戦いが始まった。

家内が来てくれたのはその日の夕方であった。
当然、家内も心配しており「生きてるだけでよかった」と何度もいっていた。 




ー早く本題に入りたいので入院生活は割愛するー




そして2週間の入院期間が終わり、俺に残された後遺症。

それは右足の運動麻痺であった。杖をついての生活である。

ただリハビリが上手くいけば杖なしでの生活は出来る希望は残っていた。

だからこそ俺は毎日、必死にリハビリ施設に通い、自力歩行してリハビリに励んだ。

だが、、、「この後生活どうする?」と家内と話し合った。

俺たちは子供は意図的に作らない方針をしており、給料が入れば夫婦二人で旅行にいったり趣味に没頭したり、貯金という貯金は情けないことに50万くらいしか持っていなかった。

また保険なんかも金がもったいないと入ってなかったし、俺が脳梗塞で倒れたからと言って入ってきた金は傷病手当くらいのもので他はない。

25日になっても給料はゼロ。どころか社会保険や年金は会社が立て替えてるのでマイナスされていた。

家内は「私がフルタイムで働くから」と言うものの、俺は反対した。理由は今更フルタイムにしたところで月に数万円アップしたところで焼け石に水だからである。そんな事より俺は家内に家にいてくれる方がありがたかった。

ここで家内(36)について紹介する。


家内は俺の地元の後輩のヤンキー女だった(俺も非行少年であったが)
なので俺と家内は若い頃から面識があり会えば軽く会話するような感じではあった。

再会したのは成人してから。俺が建材屋に道具を買いに行った時にレジをしていたのが家内。そして同郷のよしみで交際が始まり、、結婚した。

だが互いに有機溶剤などを乱用していた過去もあり「障害のある子がもし、、」という理由で子供は作らないでおこうと話し合ったのである。

ー


そして貯金残高は面白い様に減っていった。気がつけば残り30万になっていた。

俺はもう少し動けるようになれば現場に戻れるかも、、という段階であった。
すると家内が言い出したのである。

「なぁ健ちゃん。怒らんで聞いてくれる?」
「なによ?いきなりかしこまって」
「わたし、風俗で働こうと思ってんねん」
「は?風俗?気でも触れたんか?」
「いや、真面目に言うてる」
「なんでそんな発想が出てくんのよ?おかしいぞ?この大変な時に!」
「大変な時やから言うてるんやん!!」

家内の言い分はこうであった。

風俗なら即金で金がはいる
期間限定である。俺が働き始めたらすぐ辞める
友達もやってるし、変な店ではない

「それにさ、、私だって綺麗な過去がある女ちゃうやん?それわかって結婚したんやろ?今更、ちょっとアッチの経験が増えたからって、、、本番する訳ちゃうし」

と、、、、いってきたのだ。

確かに、、家内がどういう生き方をしてきたのか俺も知っている。非行に走った少年少女の生き方は俺も体験してきたからだ。

「なぁ、俺のためにそんなんするのはやめてくれ。それなら借金しようぜ。あとちょっとやん?仕事戻れたら何とかなるって」
「でも、、30万しかないやん。来月の支払いしたらどうするん?」
「・・・・」
「やろ?だから期間限定やからさ、、許してくれる?」


俺は考えた。。


「わかった。じゃ、、その代わり約束してくれるか?その日、どんなことがあった、何をしたって俺に報告してくれ」
「なんで?そんなん聞いたら腹立てへん?」
「何もわからんより腹立つ方がマシじゃ」
「うん、、わかった。ちゃんと報告するわ」

そして家内は風俗勤務をしているという知人に連絡をとり、、、風俗店で臨時的に働く事となっていった。
23
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2026/09/13 07:30:51 (idn1LIKw)
誰にも簡単には話せないことなので、ここに書くことにしました。
私は無精子症で、子どもを望んでいても、自分の子どもを授かることができませんでした。
そんなこと妻に言えず、私はネットで知り合った男性に、妻を口説いてみないかと持ちかけました。
妻には何も知らせていませんでした。
最初は、自分でも軽い気持ちだったと思います。まさか本当に二人が会うようになるとは思っていませんでした。
ところが、二人は何度か会うようになり、やがて男女の関係になりました。
そのことを知ったとき、もちろん複雑な気持ちはありました。
でも、それ以上に強く感じたのは、妻が彼に本気になっているということでした。
私はそこで、自分の中にあった気持ちを初めてはっきり認めました。
「この人なら、妻と子どもを作ってほしい」
私は彼にそのことを伝えました。
彼は驚きながらも、快く引き受けてくれました。
普通の夫婦とは違う形になることへの不安もありました。嫉妬することもありましたし、これから先、気持ちが変わったらどうするのかという怖さもありました。
そして、しばらくして妻が妊娠しました。
妊娠が分かったとき、私は嬉しさと同時に、言葉では表せないほど複雑な気持ちになりました。
お腹の中にいる子どもが、自分の遺伝的な子ではないことは分かっています。
それでも、その子を授かるまでの時間を妻と一緒に過ごし、少しずつ大きくなっていくお腹を見ているうちに、そんなことは次第に気にならなくなっていきました。
そして、子どもが生まれました。
初めてその顔を見た瞬間、涙が出ました。
自分の血を引いていない。
それでも、私にとっては大切な子どもでした。
抱き上げたとき、「この子を守っていこう」と自然に思いました。
彼も喜んでくれました。
妻も幸せそうでした。
今でも、私たち三人の関係は続いています。
周りから見れば、理解されにくい関係なのかもしれません。
私自身、最初から迷いなく受け入れられたわけではありません。
それでも、あのとき妻と彼の関係を知り、そして自分自身がこの選択をしたからこそ、今この子がここにいる。
それだけは間違いありません。
私は、この子の遺伝上の父親ではありません。
けれど、この子が生まれてから今日まで、一緒に笑ったり、泣いたり、成長を見守ったりしてきました。
だから私は、自分を「父親ではない」とは思っていません。
血のつながりだけが家族を決めるわけではない。
今、妻のおなかには、2人目がいます。もちろん、彼の子。
24
2026/09/28 13:46:47 (TA2D1TV.)
私は寝取られ性癖で、妻には数年前から自分の性癖を告白して、妻もまんざらでもなさそうな感じでしたが、それから数年経ち妻がとうとう寝取られを了承してくれました。ただ本当に寝取られると思うと、自分の気持ちがどうなるかわからないので、寝取られるまで色々相談乗ってくれませんか?皆さんは、初めて寝取られた時どんな気持ちになったかとか、その後夫婦生活はどうなったかを聞きたいです。
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