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義家族との体験 RSS icon
※義父母・義兄弟・義姉妹等との体験

2026/03/30 18:04:11 (BKzTfdWw)
主人の父が小学生になる孫の雄哉のお祝いに泊まり聞きました。

事前に2月に、雄哉にお祝いに勉強机でも買ってやってくれと言って20万円送ってくださいました。

雄也も喜んで今では買ってもらった机で勉強や工作をしています。

主人は去年の4月から単身赴任していなく、雄哉の入学式にも帰ってきません。

幸いなことに2年前に義父とはお正月帰省した際に体の関係になっていて気を遣うことはありません。

反対に主人がいないことをいいことに雄哉が寝たあと毎晩抱かれています。

主人が帰ってきたのがお正月で、今度はGWまで帰ってこないので性欲が溜まっていたので助かります。

主人はときに電話をしてくるのですが、義父との関係がバレてはと思い来ていることは伝えていません。

雄也を寝かせると私は後片付けをし、その際義父が台所へ来てお尻を触って来るのです。

「今夜はここでしようじゃないか、、」

「台所でですか、ちゃんとお布団敷きますから、、」

そう言っても義父は私のスカートを捲りパンツを下げるとペニスを出して私の中へ入れてくるんです。

「ああ、、お義父さん、、いい、、」

「いいだろ、、布団の上では後から二人で風呂に入ってからだよ、その前にこれをしてみたかったんだ、、」

愛撫もない前儀もなく、いきなりの後ろからの挿入で私は言ってしまいました。

「ああ、、いい、いいです、お義父さん、もっともっと奥まで、、」

私はお尻を義父の方へ向けおねだりしていました。

義父は挿入だけではなく両手を私のシャツの中に入れブラを押し上げて乳首を摘まんでいるのです。

「ああ、、義父さん、、いい、いいわ、最高です。ああ、、いく、いく、いくうう、、」

まだ挿入して2分も経っていないのに、義父の一撃は子宮の奥まで到達していいんです。

義父が射精することなく私が絶頂と離れて、服を脱いで先にお風呂に入っていくんです。

私は後片付けを済ますと義父が入っているお風呂へ入り、二人で洗いっこしながら終わると客間に敷かれたい布団へ二人で行くのです。

「ああ、、お義父さん、、」

「ちさ子、、今夜は3回くらいお前の中でいかせてもらいからな、、」

そう言って私を抱き寄せるとディープキスをし私の口に唾液を送り込んでくるのです。

そのあとは体中を愛撫しまた挿入してくるのです。

私は義父の物で何度もいかされ絶頂を感じてしまうのです。





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2026/04/06 07:59:08 (1mD0qX26)
亡き息子の嫁(30)の智美と私(54)の禁断の関係は、半年前に始まった。
2年前のある日、私の妻と一人息子の慶一が、買い物に出かけた帰りに事故に遭った。
酔っぱらい運転の車がセンターラインをオーバーし、慶一の車と正面衝突した。
同乗していた妻と慶一は即死で家族を一瞬で失ってしまった。
残されたのは、私と息子の嫁である智美だけだった。
30歳の智美は、この家に嫁いで来てからは明るく活発に私たち家族を支えてくれていた。
若くて可愛らしい彼女は、息子と本当に仲が良かった。
事故から2年。家の中は静まり返り、夜になると智美が自分の部屋でオナニーしてる声が微かに聞こえてきた。
私も妻と息子を失った喪失感と、長い間我慢してきた性欲が沸き上がり、オナニーでやり過ごす日々が続いていた。
そんなある夜、自室でオナニーしているところを智美に見られてしまった。
私が焦ってると、「お義父さん……我慢しなくていいですよ。私も、寂しくて……」と智美はそう言うと、私のベッドの傍に座り、勃起したペニスを優しく握り、手コキで私の勃起したペニスを扱いてる智美の表情は普段では見られない女の顔になってました。
柔らかい手でゆっくり扱かれ、私はあっという間に彼女の手の中で射精してしまった。
それがきっかけで数日後の夜、智美の方から「お義父さん……私ももう限界です。一緒に寝てください。抱いてほしいんです」切り出してきた。
息子と妻の顔が浮かんだが、智美の切実な瞳と言葉にその夜、彼女と初めて結ばれた。
ピンクのネグリジェ姿の智美は想像以上に艶やかだった。Dカップの柔らかい胸、敏感な乳首、濃いめの陰毛に覆われた綺麗な秘部。
私は夢中で彼女の体に貪りつき、クンニで何度もイカせた。
智美も積極的だった。私のペニスを丁寧にフェラチオし、舌で裏筋を刺激しながら「お義父さん我慢しないで出してください」と言われ、口内射精すると智美はゴクリと飲んでくれた。
射精したペニスをフェラで再度勃起させられて、コンドームなしで繋がった瞬間、智美の膣はぺニスを膣穴に吸い込むように膣の筋肉が激しく収縮し、うねるように私を締め付けてきた。
智美も「お義父さん、大きい!…奥に当たってる……」と喘ぎ声が出て、私がゆっくりピストンを始めると、智美は腰をくねらせてた。
やがて私も限界になって「もう、我慢出来ない、出すよ!」とピストンを加速させると
智美は「お義父さんすごい!、すごいわ!……来て!いっぱいちょうだい」と懇願するような喘ぎ声を上げた。
最後は激しく子宮口を突き上げ、彼女の奥深くに大量の精液を注ぎ込んだ。
智美も同時に達して、膣壁が妖しく蠢いてペニスに絡みつき残りの精液を絞り取るように吸い付き、奥へ奥へとペニスを誘うように収縮してまるで別の生き物のようだった。
その夜以来、私たちは夫婦のように毎晩、体を重ねている。
「お義父さんとなら、地獄に落ちてもいい。お義父さんに愛されたい」と智美はそう言って、私を求めてくる。
罪悪感は確かにあった。でも30歳の若く柔らかい体を抱く悦びと、互いの孤独を埋め合う温もりに、私たちはもう抗えなくなっていた。
義父と嫁の禁断の関係はこれからも秘かに燃え続けると思う。


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義息子

投稿者:萌仁香 ◆rQqcRGFN3I
削除依頼
2026/03/30 14:48:09 (uHLvXez9)
私は二十代の時中学生の男の子のが居る男性と結婚しました。
結婚した時は幸せだったんですが、主人はお酒が好きで家に
いる時は大抵お酒が入っていて2年も経つと私の事をかまっ
てくれなくなり夫婦仲も冷めて来て、気が付くと体を持て余
すようになっていました。

そんな時、義息子の陽斗くんの事を意識するようになって来
ました。
結婚した時は中学校に入学したばかりで背も私より低かった
のが、3年生の時には同じ位になっていてすっかり大人って
感じである日、洗濯前の私の下着を弄ってるのを見てしまい
確認したら何か少し付いていて男性のアレの匂いがしました。
その匂いについ私も私の下着でオナニーする陽斗くんを想像
しながら自分でしてしまいました。
何度かそんな日が過ぎた時、わざと下着に染みを付けて置い
ておいて後で確かめると、染みが広がってアノ匂いがしてそ
れを穿いてオナニーしてしまいました。

ほとんどしてくれない夫に耐え切れずに、私の下着を弄って
る陽斗くんを捕まえて部屋に行きました。
大人しくて思春期のせいかあまり懐いてくれてない陽斗くん
は固まって何もいいませんでした。
「女性の下着興味ある?」と聞いても「・・・。」何も言わ
ないので洋服を脱いで下着姿になると陽斗くんのアソコが膨
らんできて恥ずかしそうにしてる陽斗くんの手を取って「触
って」と胸に当てると、遠慮しながら触りはじめました。
下着を取って裸になると私のアソコを触りはじめましたがそ
の拙い触り方に興奮してしまい、我慢できなくなって陽斗く
んの洋服を脱がすとピンとした男性器が現れ触ると硬くピク
ピクして‘頂だい’と叫びそうなのを我慢して陽斗くんを寝
かせて上に乗り男性器にまたがりました。
硬いものが刺さってきます。
陽斗くんは目を丸くして結合部を観てました。
私の中が陽斗くんの硬くて熱いモノでいっぱいになると陽斗
くんは私の腰を掴んでもっと奥まで挿れようと押し付けます。
気持良くて動き出すと陽斗くんが「ア、イク」と言うと私の
中でピクピクしました。
出たはずなのにまだ硬くて止めず動き続けるとアソコからク
チュクチュと音がしてヌルヌルするのがわかりました。
久しぶりの快感に夢中になってるとまた陽斗くんが「イク」
とピクピクしました。
離れると陽斗くんの性器はテカテカに濡れていて触ると手の
中でムクムクとすぐ硬くなりました。
今度は仰向けで陽斗くんを迎えるとヌルっと挿ってきて我武
者羅に突かれて15歳の陽斗くんに逝かされちゃいました。

逝ったのに陽斗くんが逝くまで突かれ続けてまたすぐ逝かさ
れ、陽斗くんが逝くと抜いてくれました。

久しぶりの快感だけでもう少ししたかったけど主人の帰宅が
気になってその日はそれで終わりにしました。
188
2026/04/04 13:20:33 (0pXWbz0j)
私は息子嫁の佳子。
同居してる舅と子供は3人います。
2人目を妊娠中で、夫には単身赴任してもらいました。
それがいけなかったんです。
出産後は実家の母に来てもらい上の子の世話や家事をしてもらってましたが、産後三ヶ月が過ぎ実家の母は帰りました。
その後の昼間に上の子は園に行っていて下の子を寝かせながら私も眠ってしまったんです。
お乳を含ませながら眠ってしまったものだから、舅が部屋に入って来た時は胸ははだけて乳房が丸見えだったんです。
そして舅が我慢できずに乳房を触られ、張って痛くて、お舅さん痛いーっ!って叫んでしまったんです。
お舅さんは慌てて私の乳房を口に含み吸ってました。
母さんの乳房を、張ってる時は、こうして吸ってやったよ。痛いが我慢しろ直ぐ良くなる!って吸われた。
そうしたらスーッと痛さが遠のき、楽になったのです。
でも、お舅さんは、それで止めてくれなかった。
そんな私に、今は孫が折角寝たんだ、ここじゃ駄目だ。と私を抱えるようにして府屋から出てリビングに行くのかと思ったら、お舅さんは自分の部屋に連れて行こうとしたので抵抗したのですが、凄い力で連れて行かれ
ここまで来たら解るだろう。と、私はベッドに倒されスカート捲くられてパンティーをアッという間にずらされ、同時に舅も下だけ裸になり夫よりも大きく反り立ったチンポを佳子許せっ!って挿入されてしまったんです。
それから中で何度も何度も突かれ
止めてっと言っても聞いてくれず挿入された。
何時間もです
子供が目を覚まし泣き出したので、やっと抜いてくれました。
それから暫く毎日の様に嵌め続けられていました。
そうして舅は儂の子を産ませる孕ませるぞ。と母乳もミルクに変えられた。
私は直ぐに妊娠、舅に孕まされ年子で三人目を産みました。
今朝から舅は、また私を抱いて何度も逝かせてくれ、
189
2026/03/24 09:05:38 (qC/wnjoz)
義父の脳梗塞→片麻痺→要介護→性処理強要
これが今から書く報告者の内容です。

私の前職は看護師をやっていました。26歳の頃に勤めていた病院に健康診断で訪れた現夫に声をかけられ交際スタート。
28歳の頃に妊娠して結婚と同時に職場を一時退社。
住居も旦那の強い希望で二世帯住宅を新築するという運びとなりました。
二世帯住宅を選んだ理由、それは旦那の両親が富裕層ということもあり、旦那は一人息子。これから子供(孫)が生まれるにあたり絶大なサポートを受けれると言う狙いです。
また両親が他界した後は子供の世帯が空いた所に入居すれば私たちも老後は子供や、あるいは孫と近くに住んで老後の生活が安泰するであろうこと。
そんな富裕層ならではの将来設計をしていました。
だからこそ新築の二世帯住宅は二世代、三世代に渡って住む事が出来るよう旦那の両親の資産、旦那と私の貯金と使って豪邸ではありませんが、それなりにしっかりした邸宅を建てたのです。瀬戸内海が見渡せる景観のよい高台、これなら南海トラフ地震がきても大事だね。なんて言ってた頃が懐かしいです。まさに幸せの絶頂期でした。

それから数年が経過し、子供が小学校に上がれば私は医療の仕事に戻る予定をしておりました。それが出来るのも二世帯住宅だからです。祖父母が同じ屋根の下に住んでいるからです。
ですが、現実はそう甘くはありませんでした。義父が突然の脳梗塞で倒れ、また発見が遅かったことにより血流が届かなくなった脳細胞が破壊され右の片麻痺という重篤な後遺症を抱えたのです。
必死のリハビリも思うような結果は出ず義父は要介護認定となったのでした。
ですがお金には困りませんでした。富裕層ならではの手厚い各種保険が功を奏し他にも介護手当、障害者年金の認定もおりお金の面では何の問題もなかったのですが、、、義母さんの一言「元看護師の麻理さんが家にいてくれるから助かるわぁ」の一言で、私は看護師に復帰するどころか、逆に自宅で義父の介護要員となってしまったのです。

当然、旦那との間では一悶着ありました。
私の主張は「お金はあるんだから訪問介護や行政サービスを使ってほしい。なぜ私が介護要員にならないといけないの?苦労して看護師の資格をとったのだよ?」です。
旦那は「気持ちはわかるけど、いきなり金あるんだから他人の世話になれ、なんて言えるか?ここまで世話になってるのだからせめて最初くらいはサポートしていく姿勢を見せるのがスジってものだろ」でした。
こうして私は極めて消極的な理由で介護要員としての毎日が始まっていったのです。

介護イコール下の世話とはよく言ったものです。片麻痺している義父はトイレまで連れて行けば用を出せるのですが、問題は夜間。最初の頃は義母も夜中に起きてトイレに連れていったみたいですが経験もなく体の細い義母が体格の大きい義父をトイレに担ぐのは相当な負担。そのうち義父の方がオムツに慣れてしまい、毎朝のオムツ交換は私の仕事となりました。
特に脳梗塞の症例がある人は脱水症状を防ぐために水分を多く摂らないといけません。オムツに慣れてしまった義父は昼間も数時間おきに排尿をし、それを交換するのも私の役目となりました。
私は日中、家事をしながら義父からの内線電話で定期的に呼ばれ、オムツ交換、その他雑用、お風呂介助までするのが常となっていったのです。

これが看護師の仕事で報酬をもらいながら終末期の患者さんのお世話をするならまだやりがいもあります。「ありがとう、ありがとう」と言われて誇りにもなるものです。ですが義父は片麻痺を除いては健康そのもの。脳も半分の体もしっかりしています。ですが「麻理ちゃんーオムツー」と平然と召使のように注文してくる義父の存在はストレス以外の何者でもありません。
ですが逃げ場もなし、私は義母や旦那が私の限界に気がついてくれて介護サービスを受けるという判断をしてくれるまでの我慢だと言い聞かせていました。

すると、、、ある日のことです。私がいつものようにオムツ交換をすると義父は無精をしていたのでした。その時、義父から「いっても俺もまだ60代だからな。後少しで70は見えてはいるけど、、まだ使えるんだよ笑」と言ってきました。私は「元気なのはいいことですよー」と他愛もない返事を返すと義父は「麻理ちゃん、無理なお願いなんだけどハンドで、ハンドでいいから処理するの手伝ってくれないか?」などと言い出したのです。
私は「いやいやお父さんそれはちょっと、、困りますwそれに片方の手は動かせるでしょう?」と、これも病院あるあるのセクハラ患者対応で培った経験をもとにかわしていこうと思いました。ですが義父は「片手が動くから自分でしろとは酷くないか?俺だっていくら介護がいるといっても老人じゃないぞ?ちゃんと性欲だって残ってるんだよ!」と開き直ってきたのです。

義父から言われたことを誰にも相談する相手なんておりません。(ハンドだけ、ハンドだけ、、、)という義父の言葉が何度と脳裏をかすめ、、結局「わかりました。手だけですよ?」と結局、応じてしまったのです。これが全ての始まりでした。

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