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義家族との体験 RSS icon
※義父母・義兄弟・義姉妹等との体験

2026/07/29 06:58:40 (CI1IWrnN)
娘の出産を期に娘婿と関係を持ってます。
やはり20代の元気盛り、2人きりで夕食食べ終わったホロ酔いかげんで義理の息子がある意味本当の息子になってしまいました。
息子のムスコが私の奥を突いて脈打ちながら子宮に精子を注ぐ瞬間は幸福感でいっぱい・・・この20数年忘れていた感動をいただいてます。
私の中から抜いたモノを私の口で綺麗にしてあげると、まだまだ硬く私を幸せに導いてくれて・・・
婿様のおかげで若返っていると思います。
6
2026/08/01 17:24:36 (OTqFHemA)
僕が小3の時、父が再婚して、継母ができた。
当時父は37歳、継母は30歳だった。
僕は、物心ついた頃には母が居なかった。
母は病死したと聞いていたが、どうやら家を出て行ったらしいと後に知った。
継母は、母が家を出て行った原因となった人らしく、親戚一同はイヤな顔をしていた。
継母は小柄で可愛らしい人で、僕をとても可愛がってくれた。

中1になったとき、父が単身赴任になって、継母と二人になった。
その頃、風呂上がりの継母を見ると勃起していたが、それの意味するところを知らないウブな僕だった。
ある日、パジャマのズボンの前を膨らませている僕に、継母が、
「誠也ちゃん。オチンチン腫れてるの?お継母さんに見せてごらん。」
と言うと、ズボンとパンツを脱がされ、優しく撫でた後、扱いてくれた。
意味が分からなかったが、気持ち良くてウットリした。
そして、内股がざわつき、ドクドクと射精した。

もう一度お風呂で下半身を洗って出てきたら、継母が素っ裸で待ってて、中1で童貞を卒業した。
一度女体を知ると、毎日やらずにはいられなくなり、朝夕晩と1日3回ハメまくった。
そして、やがて継母が妊娠、間違いなく僕の子だったが、父の子として出産した。
僕には、娘という妹ができた。
中2で父になったが、あくまで妹として可愛がった。
もう、可愛くて可愛くて仕方なかった。

僕が高校生になってすぐ、父が事故死した。
賠償金が入ったから生活は維持されたが、僕にとって肉親が妹だけになった。
継母は、僕たちを見捨てることはなく、僕と継母は夫婦のように暮らし、普通に性生活を営み、妹という娘と親子3人で暮らした。
僕が成人し、妹は来年小学生になった時、継母との性生活を撮影した。
継母は41歳、し頃の四十路になって、僕を見るとムラムラと欲情してしまうようで、撮影にも応じた。
妹が寝ると、寝室でママはと抱き合い、舌を絡めた。

「おっきくなってるね。」
とパジャマの上から握られ、継母に大きくなったイチモツを恥ずかしがりながらもぽろり、継母はそれに迷わず食らいつく。
裏筋から丁寧に舐めあげていく四十路継母のテクニック、フェラを十分に堪能すると、オマンコを舐めてほしくなり、お尻を突き出すとすでに濡れそぼって割れ目から愛液が滲み出していた。
黒く奥深い茂みから赤い柔肉が桃色に光る。
継母は全裸になると、小柄でスレンダー、透き通るような白い肌と微微乳が少女のよう。
義理の息子のクンニの悦楽に、母子の相姦に引き裂かれる継母、熟れた清楚な肉体から溢れる涙が、若い精液を呼ぶ。

「お継母さん…」
41歳の継母と20歳の義理の息子が結ばれて、心から愛し合う。
母子として暮らしてはいるが、心は夫婦だった。
動画からも、男女の愛が読み取れた。
愛に、年齢差は関係なかった。
きつく抱きしめ合い、唇を重ねて腰を揺さぶった。
美しい継母を心から愛しいと思った。

今年、継母が還暦を迎えた。
俺は39歳、結局結婚はしていない。
実の娘である妹が今年25歳で嫁ぎ、継母と二人になっている。
還暦を迎えてもなお美しい継母には、毎晩精液を注いでる。
母子として暮らしてはいるが、妹ですら僕と継母は男と女として愛し合っていることに気付いている。
もしかしたら、妹は僕と継母の娘だということにも、気付いているのかもしれない…
7

義母

投稿者:中年息子 ◆5QVXLpz8P6
削除依頼
2026/07/24 09:32:29 (OGBwFXvT)
先日、父が72歳で亡くなった。残された義母は59歳だ。

父が義母と再婚したのは、俺が中学1年生(12歳)の時だった。
当時、義母は32歳、父は45歳。若くて姉のような義母と、俺はすぐに仲良くなった。

俺は義母のことが大好きだった。義母も俺を子供というよりは弟のように
かわいがってくれた。時には厳しく叱られることもあったが、それすらも嬉しかった。

唯一、俺にとって辛かったのは、時折深夜に聞こえてくる父と義母の交わりの声だった。
しかし、やがて俺はその声に興奮を覚えるようになり、いつしか義母をひとりの女性
として抱きたいと強く願うようになっていった。洗濯網の中から義母の下着を取り出し、
欲望を処理することもあった。結局、父と義母の間に子供が生まれることはなかった。

大学を卒業して就職し、実家を出て一人暮らしを始めてからも、義母から連絡があれば
頻繁に実家へ帰った。最近では父が入院してから他界するまでの約半年間、俺は何度も
実家へ足を運び、義母と過ごす時間が増えていった。
60歳近くになった義母だったが、俺の目にはやはり魅惑的なひとりの女性として
映っていた。

父が亡くなり、葬儀の準備などで義母は深く俺を頼った。俺は常に彼女の傍らに寄り添った。
ふたりきりの部屋で、義母は「ひとりになっちゃった……寂しい」と涙を流した。
それから俺は実家に泊まり込み、義母の希望で布団を並べて寝るようになった。

お通夜の日、彼女は黒いワンピースの喪服を用意していた。
義母は俺の前でためらいもなく服を脱ぎ、黒い下着姿になって着替えを手伝わせてきた。
俺は激しく興奮したが、もちろん表には出さなかった。

月日は流れ、四十九日の法要と納骨が無事に終わり、ふたりで家に戻ってきた。
蒸し暑い日で、義母も俺も汗だくだった。

リビングのソファに座っていると、義母が冷えたビールを出してくれた。
俺が勢いよく飲むと、義母も「私も飲みたい」と言い出した。
義母は昔からお酒に弱く、普段はほとんど飲まない人だ。
「親父の供養だから」と言ってグラスに注いで差し出すと、義母は一気に飲み干した。
俺が「母さん……大丈夫か?」と尋ねると、「大丈夫」と答えたものの、その後も2杯、
3杯と杯を重ね、すっかり酔っ払ってしまった。

黒いワンピースから室内着に着替えるというので、俺が手伝うことにした。
喪服を脱がすと、そこには黒いブラスリップとショーツ、黒ストッキング姿の義母がいた。
ストッキングを脱がせ終わったその時、酔った義母が突然俺にしがみつき、泣き出した。

「ママ、寂しい……ひとりになっちゃった……」

その瞬間、俺はもう我慢できなかった。長年身体の奥底に溜め込んでいた義母への欲望が爆発した。
俺はその場で義母を抱いた。

激しい行為の後、重苦しい無言の時間が流れた。しかし、沈黙を破ったのは義母の方だった。

「ママの身体なら……好きにしていいのよ。だからお願い、ママをひとりにしないで……」

その言葉を聞き、俺は義母を強く抱きしめて再び彼女を求めた。
義母は激しく応え、俺は彼女の中で欲望のすべてを解き放った。

それ以来、俺と義母はまるで新婚夫婦のような生活を送っている。
毎晩のように身体を重ね、一緒にお風呂に入り、彼女はわざと俺が欲情するように
年甲斐もなく短いスカートに露出の多い服を着て、下着もエッチなものを着けている
どこででも俺を受け入れてくれる。

俺たちはもう、行くところまで行くしかないと思っている。




8
2026/07/29 09:30:34 (VW/yYVMH)
義息とは娘と交際してた時代からの禁断の関係です。

彼は娘の交際相手としてすごく気に入ってました。

それが異性として意識するようになったのは、「もう再婚はする気がないから、もし誰かとつきあうとしたらうんと若い子でもいいかな。もっとも向こうがよくないかもしれないけど(笑)☆☆君に紹介してもらおうかな?!」
そう言った時に帰ってきた言葉でした。
彼は絶対しませんと言い、それなら娘と別れたら自分がつきあいたいって仰天発言をしてからです。

結局紆余曲折あり、私達は娘と彼が破局するのを待たずに結ばれてしまった。

我が子を自賛するようですが、娘は器量も悪くないしけっこうモテるそうです。
そんな彼女がいながら何もこんなおばさんを相手にしなくてもって思いますが、言葉だけではなく彼は熱烈に私を求め続けてくれました。
元々年上好きな資質もあったんでしょうね。
彼はことあるごとに私を理想と言ってくれた。
(蓼食う虫も好き好き…ww)
関係ができてからもテンションは変わらず、私達はひたすら不義を重ね続けた。
私自身初めての体験だし、もう彼がすべてと思えるくらい溺れた。

彼が無事大学を卒業して仕事も順調に落ち着いた頃、私は娘との結婚を勧めた。
ちょうど彼の母親が他界したタイミングでもあった。

私は他の女に取られるくらいなら娘と一緒になってほしかった。
娘も結婚を視野に入れているのを感じていた。
私は彼を息子にできるだけでもいいと思った。

彼も私の子供になりたいと言ってくれた。
ただ、健全な親子関係になるのはずっと先でもいいならと…
まだまだ女としての私に未練があるからと言われて悪い気はしなかった。

娘は長女だから籍こそ彼の方に入っているが、私達は一緒に暮らしている。
娘は私は一人にはできないと自ら提案してきた彼に物凄く感謝しているようだ。
夫婦仲はいまだに円満だ。
彼は娘にお母さんは人として本当に大好きと平気で口にしてたけど、娘はそれを内心凄く喜んでいる。

知らなければ幸せな話って世の中には多々ある…







9
2026/08/03 00:45:12 (/l60P87u)
18歳の嫁が妊娠し、義母が時々アパートに家事の手伝いに来てくれるようになった時のことです。
そんなある日、嫁が病院に行っている時に、洗濯をしていた義母が、前の日に自分が履いてきたパンティが、私のマスターベーションでベトベトになっているのに気付きました。
前夜、二人が寝静まった頃、夜中に義母の下着だけで寝ていた肉感あふれた艷やかな身体に性欲がおさまらず、浴室カゴに入っていた義母のパンティのクロッチで精液を暴発させてしまっていたのです。

しかし義母は何も言わず変な顔もせず、それどころか、洗濯機に入れず、自分の履いていたパンティを脱ぎ、それを履いてオナニーを始めたのです。

義母は私が離れたところから一部始終を見ているのに全く気づいていなかったのでした。てっきり私が嫁と病院に行っていると思っていたのです。私が後ろから義母にいきなり抱きつき、オマンコをまさぐり、唇を貪ると、驚いて腰を抜かしました。

私はそそり勃ったペニスを引張り出し、義母の唇をこじ開け、口に突っ込むと頭を両手で持って、激しく腰を振り喉奥を突きまくりました。

涎を垂らしてむせる義母のパンティをむしり取って、続けてペニスを今度はオマンコに突き刺し突きまくりました。シャツとブラを同時に捲り上げると、4人の子供を母乳で育てた巨乳が、ブルンと弾けて飛び出し、私の突きに合わせて激しく上下に揺れていました。

私は堪らず、揉み、しゃぶり、吸い、そして乳首を噛みました。初めは軽く、しかしそのうち付け根を思い切り噛み切りたい衝動に駆られました。戦場で戦利品の人妻をあり得ないほどレイプし、使い物にならなくなったら捨てる暴力に溢れた危険な男達と同じような感覚の、極限状態の本能だったのでしょうか。キスマークを何個も数え切れないほど付けマーキングしました。クリトリスにナイフを突きつけ、この上ない恐怖心を与え、その中でひたすら強姦しました。

義母を自分のものにした優越感と、これまで女性を本当に犯したことなどありませんでしたから、徹底的に陵辱した満足感が込み上げてきたその瞬間にマンコの中で予告なく精子が大暴発しました。

それからというもの、毎日嫁には何かしら理由をつけて二人で外出し、ラブホで狂ったように力づくで義母とセックスをしました。そのうち私の目的は義母を強姦することから、孕ますことに変わっていきました。そして3か月後、義母が孕んだことが分かりました。

そして最近、55歳の義祖母を力づくで犯したところです。まだ定期的に生理があるようなので孕む可能性はあるでしょう。だいぶ垂れた巨乳もとろけるほど柔らかく堪らないものです。三世代それぞれオマンコのビラビラの形が違うのが面白いです。ビラビラは丹念に舌で舐め、溢れる雌の汁をすすります。祖母はまだこの歳でもセールスレディとして、このマンコで契約取っているようです。今は枕営業のマンコを壊すほどの暴力三昧のセックスを楽しんでいますが、また孕ませたい気持ちの方が強くなってきました。
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