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夫婦のSEX・夫婦の営み RSS icon
※夫婦の営み事情、SEX、性生活について報告してください

2026/09/07 08:55:46 (9BxS/FKi)
妻は今年54歳で生理も上がっている
今でも週に2.3日は求められて
セックスをしてるのだけど
正直、64歳の俺はチンポの立も悪く
中折れしたり、半立ちで射精したりと
妻を満足させられない
すると妻は何を思ったのか通販で大量の
大人のおもちゃを買って試したいと言う
外人並みのデカいバイブが数本
ローターやいろんなおもちゃを買い込んでいた
俺はおもちゃを使い妻を責めると
今までにないないぐらいの声を出し、何度も逝く
俺のチンポ食わさせたら普段より激しい
口に射精したら今まで絶対に嫌だと言ってたごっくんまでした
玩具を使いながら攻め続けると妻は満足したようだ
その日を境に毎日のように玩具で攻めてと言う
こんなにエロいとは思ってもいなかった
1
2026/09/06 19:16:03 (DPnmcwRn)
結婚して12年の嫁は10歳年上の47歳なんだけど、国仲涼子に似てメッチャ美人なんだ。
そして47歳には見えない若々しさの美魔女だ。
大学出たばかりの頃、就職先がある街に越した3月半ば、近所ん定食屋で飯食ってたら、メッチャ奇麗な人が入ってきたんだ。
パッと見、26~27歳くらいに見えたけど、その時既に33歳、一目惚れだった。
何度か顔を合わせるうち、話しするようになって、ある時、仕事帰りに駅に行くと事故で電車が止まってて、どうしようかと思ったら彼女がいて、一緒に歩いて帰る途中、居酒屋に入って二人で飲んだんだ。
酒の力も借りて、交際を申し込んだけど、その時10歳年上と分かり、断られたけど食い下がって付き合えた。

嫁、若いころからモテモテで、大学時代は毎年彼氏が変わってて、4年英の時はバイト先の50代社長の愛人やってて、M字開脚で縛られてマンコを犯され、クリを吸い出されてピアスが通されてて、それを素人投稿誌に載せられてたそうだ。
「女優レベルの超美人がノーパン逢瀬で高級ツルマン晒し専属SMペット哀願」
「美麗ルックス女子大生の誰にも言えない首輪支配の隷従生活。」
なんて言葉が紙面に踊ってたそうだ。
50代社長のドスケベ性行為にイカされまくって、清楚の仮面を剥がされたそうだ。

嫁は28歳まで7人の男と付き合ってきた。
28歳の時に別れた元彼以降、アラサーになった嫁はすっかりモテなくなって、スケベオヤジばかりが声かけてくるようになって嫌気がさしてるところに俺がアプローチ、
「極端なのよね。若すぎ。って思ったけど、あれだけ熱烈に言われたらねえ…」
7人御男たちに使い込まれた33歳のマンコは、少し紫がかってたけど、入れ具合は最高だった。
嫁も、ギャンギャンのヨガリようで、
「硬い~~いいところにヒットする~~」
とお気に入りにされて結婚した。

嫁の年齢考えて、新婚初夜から毎晩中出し、翌年女の子が生まれた。
妊娠出産時の禁欲生活は、手足を縛られて嫁の超絶技巧の手コキでハアハア、30分くらい焦らされて我慢汁ダラダラ、
「お願い、イカせてぇ~~」
と涙目で射精してた。
そんな嫁とはラブラブで暮らしてきた。
四十路を迎え、嫁が発情しだした時、毎晩求められて嬉しかった。
今でも毎晩嫁を抱くけど、四十路の音あの発情ぶりはヤバいね。

47歳の嫁は、夫が年下だから余計に磨き上げた美貌が麗しく、そこに年齢による性欲の高まりが加わり、若い女にはない妖艶さに溢れてる。
いわゆるフェロモンがムンムンで、それにあの美貌、四十路になってからの嫁は、行く先々で男が振り返るようになった。
30代の時は美形というより可愛かった嫁だけど、40代の嫁は色香を漂わす。
色香を漂わす嫁が裸になると、熟された身体のラインが超エロい雰囲気になる。
毎日一緒に暮らして、毎晩嫁の裸見てるのに、全く飽きず、毎晩勃起してしまう。
「私の裸でそうなってくれるって、妻冥利に尽きるわ。」
とご満悦だ。

俺は、嫁が3人目の女性なのだ。
初体験は大学1年のとき、相手は旦那が単身赴任中の42歳の奥さん。
アパートの近所で、朝の町内会の清掃活動で知り合いになって、6月の梅雨の頃、俺のアパートで騎乗位で童貞を卒業した。
一人息子さんが大学進学で家を出たので、旦那さんの赴任先に行って関係を解消した。
大学3年になって、卒業した先輩の後を引き継ぐようにスーパーでバイトしたんだけど、そのスーパーの店員さん、同い年の女の子で、何となく仲良くなって付き合ったのが2人目。

母子家庭で、
「私の家庭じゃ大学にはいかせてもらえないから、こういう一人暮らしの大学生活に憧れちゃうんだ。」
って言ってて、俺は恵まれてるんだと言い聞かせるようになった。
気立てのいい娘で、凄く好きになったけど、希望していた就職先は遠く離れた街だったから、卒業でお別れ。
泣いて別れたのを思い出す。
幸せになってて欲しいなあ。

嫁は年上だけど、美人で優しくて、オマンコもいい具合。
幸せな結婚生活だと俺は思ってる。
7人の男に抱かれて、7本のチンポで掻き回されたマンコだけど、そのマンコを孕ませたのは俺だけ。
今も毎晩ハメ倒してるけど、飽きないなあ。
俺は、これからも嫁を愛して、嫁を安心させることで夫婦を楽しんでいくよ。
2
2024/10/15 19:20:56 (GrxyHj7O)
遠い昔、5年間暮らした元妻がいる。
夢を諦め、俺のもとに嫁ぎ、娘を産んだ。
しかし、もうすぐ三十路という頃、どうしても夢を諦めきれず、悩んでいる姿を見て、俺は心を痛めていた。
惚れた女だから、そばにいて欲しかったが、惚れた女だから、夢を叶えさせてあげたかった。
俺は、後者を選び、元妻を開放し、元妻の背中を押した。

元妻と過ごした夫婦最後の夜、元妻の全身を丁寧に愛撫し、その身体、マンコ、記憶に刻んだ。
三十路の元妻、程よく熟れたマンコは、紅色に色づき、少しめくれていた。
クリも赤らみ、少し皮が剥けているのは、5年間の夫婦生活で散々吸ったからだった。
元妻の最後のフェラ、気持ちいい舌使いを楽しんだ。
生で交わった。
唇を重ね、舌を絡ませ、最後の快楽を貪った。
元妻の喘ぎ声も最後と、聞き納めが哀しかった。
最後の精液を元妻の身体に解き放ち、最後の営みを終えた。

翌朝、3歳の娘を実家に預け、離婚届を出しに行った。
「駅まで送るよ。」
「いいわ。自分で行く。もう、夫婦じゃなくなったんだから…」
「そうか…達者でな。困ったことがあったら、メールしろよ。じゃあな。道中記を付けて…さよなら…」
「あなたも元気でね。早く再婚してね。さよなら…」
去り行く元妻の背中を見送ったのが、22年前だった。
元妻を愛する気持ちが消えなかった俺は、再婚することなく、職場に出入りしてるバツイチ熟女のヤクルトレディや、家に来るこれもバツイチ熟女のダスキンレディとセフレ関係を結んでいた。

元妻は、夢を叶えるために、東北のある地方都市に住んだ。
家賃が安いことと、新幹線の駅までローカル私鉄が走り、交通の便が良いことから選んだその地に、一度だけ訪れたことがあった。
別れて8年の頃、偶然その地に出張があり、仕事が終わった後、メールを入れてみた。
翌日、元妻の家を訪ねた。
ローカル私鉄の駅を降りると住宅街、そこから東に200mくらい歩くと、平屋の戸建ての貸家があって、北西の角の家に元妻の旧姓が表札にあった。
小さな貸家だったが、元妻はその一室を仕事場にして、活動していた。

故里土産と小5になった娘の写真を渡した。
「あの子、こんなに大きくなって・・・」
と目を細めた。
元妻はまあまあ活躍してて、仕事一本で食えるようになってて、パートを辞めて3年過ぎてた。
俺は、もう結婚はコリゴリだから、独身でいることを伝えた。
一緒に居た時間より、離れていた時間の方が長くなってたけど、再会したら、やっぱり愛しい気持ちが蘇った。
でも、もう夫婦じゃないし、一線を超えると離れがたくなるから、手にさえ触れなかった。

仕事の邪魔をしない程度、一時間ほど近況を話して、元妻の家を後にした。
ローカル私鉄で新幹線の駅まで10分ほど、そこから新幹線に乗って関東地方の家に戻った。
そして、アラフォーになってた元妻を思い出しながら、当時56歳のダスキンレディを抱いていた。
15歳年上の閉経熟女だから、生入れ中出し、週3回抱いている。
息子はとっくに独立してるから、ダスキンレディの家で抱く。
美人じゃないけど愛嬌ある顔してて、56歳の緩み始めたけれど、まだまだヤレる身体と使えるマンコを堪能してた。
中出し精液の白濁と、使い込んだ黒ビラのコントラストが鮮やかだ。

もう一人、ヤクルトレディもバツイチで、こちらは5歳年上の当時46歳、生入れだけど、中には出せない現役マンコだった。
こちらは社会人の娘さんと同居だから、ラブホで週2回ほどのお付き合い。
ヤクルトレディはなかなかの別嬪さんで、恋心があった。
元妻には愛が、ヤクルトレディには恋があった。
46歳の身体は程よく熟し、ヤリ頃だった。
濃厚なキスをして交わってたから、あの頃からお互い好きだったんだと思う。

元妻を訪ねた少し後に、東日本大震災があった。
東北に住む元妻にメールしたが、回線が混んでるようで、届いているのやらいないのヤラだったが、夜、「私は無事だよ。心配してくれて、ありがとう。」と帰ってきた。
回線が混んでるから、それに返事はしなかったので、それが元妻との最後のメールになった。
そして今年、元妻と別れて22年、最後に会ってから14年が過ぎた。
俺は53歳、娘は25歳になっている。

セフレは現在、元ヤクルトレディ一人だ。
ダスキンレディとは、8年前、62歳の女体を抱いて別れた。
息子のところに呼ばれて、孫守りに行った。
今年70歳だが、元気だろうか。
ヤクルトレディは58歳、付き合いも20年になってる。
娘さんは7年前に結婚、5歳と2歳の孫がいて、彼女は独りで暮らしてる。
だから今は、週3回ほど、彼女の家でkの女を抱いている。
58歳の彼女は、熟しきって芳醇なマンコが実に旨い。

さて、先日また14年ぶりに元妻が居る街に出張してきた。
どうしようか、赤の他人になって22年、娘の成人式の写真と25歳の写真を携えてきたものの、連絡しようか迷った。
なので、せめて袋に入れてポスティングでもしようと、ローカル私鉄に乗った。
14年ぶりに訪れた元妻の家、しかし、表札が元妻の旧姓でなくなってた。
元妻は、引っ越してそこに居なかった。

スマホを出して、アドレス帳を開き、そこにある元妻のメルアドを押してみたが、キャンセルしてスマホをオフにした。
元妻が俺に黙って引っ越したということは、つまり、元妻は俺を必要としていないということだと気づいた。
22年という歳月は、元夫婦の絆も解けてしまうと知った。
もし、俺が必要なら、連絡してくるだろう…そう思た。
もしかしたら、俺以外に頼れるパートナーがいるかもしれない。
俺は、22年をかみしめて、帰ってきた。

娘もいつか、嫁ぐ日が来るだろう。
俺は、元ヤクルトレディと本気で向き合おうと思った。
気付けばセフレ歴20年、嫌いな女と20年も付き合えない。
お互い、心には思うところはある。
バツイチだから、結婚が怖いだけだった。
俺たちのセックスは、濃厚なキスをしながら交わる、愛し合う男女のセックスだった。
俺は、彼女とに愛を育んでいこうと思う。
だから、さらば元妻と言おう。
3
2021/10/31 20:24:08 (yoHAKLwA)
離婚したのは10年前、東日本大震災で俺が無職になったのが原因。
当時俺は29歳で、元嫁は26歳、結婚期間は3年半だった。
俺は建設系の高専を出て、海辺の町で建設会社に勤めてた。
そこで事務の仕事をしてた可愛いい元嫁と恋仲になって、大恋愛の末結ばれて結婚した。
遠くに海を臨む小高い丘の上のアパートに住んで、毎晩ヤリまくってた。

小柄で可愛い元嫁に女子中学生の夏の白いセーラー服着せて、指マンで潮噴かせてた。
中指をオマンコに突っ込んで、親指でクリを押さえつけて、オマンコの中の中指と親指でクリを挟み込むようにしてコリコリすると、元嫁は悶絶してた。
その後、中指に加え薬指もオマンコに突っ込んで指マンすると、元嫁は潮噴いて白目剥いてた。
その後、お待ちかねのチンポ挿入で、元嫁は狂喜乱舞してた。
騎乗位で腰を振る元嫁は中学のセーラー服がやけに似合うロリで、下から見上げると危険なほどヤバかった。

二人で働きながら、家を買うための貯金して、そろそろ子供作ろうかというとき、あの震災が来た。
俺は道路工事の現場にいた。
ユニックで資材を下ろしてた時に、強烈な揺れに襲われた。
アウトリガーの下に敷いた木材が少しずつずれていくのを見て、ヤバいと思いみんなで逃げた。
幸いユニックは倒れなかったけど、直後、津波を警戒するサイレンが鳴り響いた。
俺達は高台で造成工事をしていたから、そこから動かなかった。
しかし、港のそばにあった会社にいる元嫁たちが心配だった。
だが、建設会社だけに土木工学の知識があったから、地震の直後、社員みんなで逃げて無事だった。

会社は社長宅ごと津波で流されて、俺は仕事を失った。
アパートは丘の上だったから無事だったが、無職になった俺に元嫁一家が冷たかった。
元嫁は両親に説得されて、俺に離婚して欲しいと言ってきた。
俺は散々説得もしたし、色々と頑張ったけど、元嫁の意志は固かった。
元嫁の「まだ子供がいなかったのが幸い」という一言に、俺はもう諦めた。
貯金を折半して離婚して、新しい人生に進んだ。
社長の伝で、県庁所在地の建設会社へ転職して、俺は海辺の町から消えた。

その後、建設業界は震災復興で多忙を極め、てんてこ舞いの毎日になった。
海辺の町と違って県庁所在地には遊ぶところもたくさんあったが、遊んでる暇は無かった。
激務で年収は海辺の町にいたときの倍以上になったけど、使う暇がなかった。
忙しい中で、色々と面倒を見てくれていたアパートの大家の娘と恋仲になった。
海辺の町の女たちの様に派手さはなく、慎ましくお淑やかな女で、俺の部屋を訪ねてきてくれるたびに、地味に漂うフェロモンにうろたえていた。
ある日、一線を越えた。
生娘ではなかったが、経験が浅いか若しくは久しぶりの性行為なのか、恥じらいが凄かった。
オマンコの佇まいはは純情で、入れ心地は柔らかく、ジュルジュルと絡みつくような感触だった。

俺32歳、大家の娘27歳で再婚して、7年が過ぎた。
先日、仕事で県庁に行ったら、海辺の町にいた頃の建設会社の元同僚と再会した。
俺は再婚して子供も生まれて、幸せに暮らしていることを伝えた。
元同僚は町にとどまり、町の復興に携わっていた。
すると、元同僚は、元嫁が俺と離婚したことを後悔してることを教えてくれた。
被災した町から若い男たちは去り、元嫁は働く場もなく親戚の農家を手伝っていたが、耐えきれず上京したものの、コロナ禍で失業して戻ってきたと聞いた。

胸が軋んだ。
失業した俺との離婚を推し進めた両親を恨みながら、復興した町のスーパーでレジ打ちをして、俺と暮らしていた頃の思い出に浸って暮らしているらしい。
俺は、元同僚に、俺が県庁所在地で再婚して幸せに暮らしていることは、元嫁には内緒にしてほしいとお願いした。

俺は元嫁とは別れたくなかったし、説得もしたがダメだったけど、やれることはやったから、今は後悔はない。
元嫁は自分の意思というより、両親の意向で離婚したから、後悔しているんだと思う。
お互い、好きな気持ちは残っているのだろうが、もう、俺は戻れない場所まで歩いてきてしまった。
俺は、元嫁とは一生会わないつもりで町から消えた。
だから、俺の息災は元嫁に知られたくないのだ。
サラバだ、元嫁・・・
4
削除依頼
2026/09/04 05:24:15 (tuYKkLQO)
還暦過ぎの夫婦です。
どうしようか迷っています、その迷いは十数冊の投稿雑誌です。
その投稿誌には妻の新婚当時から十数年後の37歳まで投稿写真が掲載されいます。
何度も妻に処分をと言われましたが、その都度思い直して今に至りました。
まだ若くて張りのある乳房を見る度にこんな時代もあったんだと思いに更ける事も多々ありました。
子供が出来しばらくは投稿を控えていましたが三十を過ぎ増々過激になって行きました。
私の性癖に嫌がりながらも付き合ってくれた妻に感謝でした。
付き合い始めの頃はスナップ写真程度でしたが水着や下着写真など撮っていました。
ブラを外し屋外露出なども撮影していました。
その内その画像を誰かに見せてみたい欲望が湧いてきました。
それが投稿誌でした、何種類も投稿誌がありました正直買うのの恥ずかしいくらいでした。
撮った写真を送るのではなくフィルムを雑誌社に送るのです、目線など隠す場所を指定するのです。
もちろん局部は雑誌社がしてくれます、勇気ある投稿者さんもいてお顔を晒す人も時々いました。
ドキドキしながら妻に内緒でフィルムを送ってみました。
修正部分は目線だけで乳房はOKでした。
2ヶ月後でした妻の裸画像が掲載されていたのです、もうあの興奮は今でも忘れません。
妻に見せると驚きながらも怒りませんでした。
絶対バレないなら投稿してもいいよと言ってくれたのです。
それからは増々過激な写真を撮りまくりました。
四つん這いで脚を大きく開き笑顔の妻、М字開脚で自ら陰部を開く妻、あらゆる痴態を撮影しました。
放尿もしてくれました、フェラ画像も。今で言うハメ撮りもありでした。
子供が出来数年はお休みしましたが妻が30歳を超えたあたりからある考えが僕に、それは他人を交えた撮影でした。
全裸同士で僕が撮影するのです、妻に言い出すのに勇気がいりました。
猛反対されるかと思いきや下着までなら良いよの返事が返って来たのです。
相手は僕の親友にと密かに思っていました、妻に相手はNだと言うと、うんいいよNさんならと言ってくれたのです。
妻32歳の頃でした画像には撮影日が出ています。
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