2026/09/11 12:01:07
(4fmIbqa4)
夜の調教だけでは飽き足らなくなった管理人さん。
白昼の責め迄も強要されるようになったのでした。
「嫌、それだけはお許しください」言葉では拒否したものの、、心は既に管理人さんに捉われていました。
夜勤明けで疲れている主人は、帰宅後直ぐに眠りに落ちました。
その日の夕刻迄、目を覚ますことはありません。いつもの事です。ドアーが開きました。マスターキーを使って入って来た管理人さんでした。
「ごめんなさい、主人が居ます。昼間は許してください」。頬を叩かれ、お腹を殴られて、その場に崩れ落ちる私。
乱暴に衣服を剥ぎ取られる。下着も全て取られて全裸での縄掛けが始まる。襖一枚の向こう側で眠る主人の耳に、私を縛る縄擦れの音が気が気ではない。
そんな緊張感の中、私自身の息遣いは興奮度を増して六畳間の中を漂っていました。
「管理人さん、お願いです、サル、サルグツワを嵌めて下さい」胡座縛りに固められた私。主人の眠る寝室の襖を開け放った管理人さんの暴挙。
主人の寝顔を眼前にしながらの後背位での結合に昇天した私でした。
二度三度と体位を変えての緊縛結合の後、誠意を込めての口奉仕に甘んじる私なのでした。主人の寝顔を横目で見ながら、管理人さんの奴隷と化した事を心に刻み込むのでした。
「一生お支え申し上げます。どんな責め調教にも、どんなご命令にも従います。不特定多数の方と交われと言われればそう致します」言葉にした私でした。
事実、その後、管理人さんの口から、そうした言葉が発せられて来ました。私はそうした命令が何時出て来るものかと日頃から心待ちにしていたのでした。
精液を飲み下し、後処理を施したのち、主人の寝顔間近に正座をさせられたら私でした。
全裸で縄掛けされた私と主人の顔が一緒に収まる様にしてスマホ撮影をした管理人さんでした。
これで私は、管理人さんから生涯逃れられない存在になったのでした。
「儂から逃げようとすれば、この写真をお前の実家の家族にも見せるからな、、分かったな」念を押されたのでした。
言われる迄もなく、そう願う私なのでした。母に妹に、全裸で縛り上げられて、二穴にディルドゥを埋め込まれて踠き喘ぐ姿を見て貰いたい。
そして蔑んでもらいたい。詰られたい。そしてその場で親子の縁を切られたい。主人にも愛想を尽かされての離婚。私の帰る所は管理人さんの許しかないのです。
ある夜の事、「今夜の調教は辛くなると思うぞ」との管理人さんからの言葉でした。
団地内の外廊下でのこと、私の部屋の有る三階の長い廊下。301から309迄の部屋の直線廊下での夜間調教でした。
北風の吹き抜ける寒い夜。全裸後ろ手緊縛に縄掛けされ、股縄まで施されての歩行調教なのでした。。いくら深夜とは言え、何時何処で住人と出くわさないとも限りません。
運悪く、その心配が的中してしまいました。それも最悪の人との出く合わせでした。この団地内でのスピーカーと呼ばれているお喋り自慢の奥様でした。私の部屋の二つ隣に住んでいる苦手な人でした。
その日、婦人会の集まりの飲み会で深夜の帰宅、そこでバッタリ。頭から冷水を浴びせられた様な私でした。私の頭のてっぺんから足の爪先まで舐め回す様にしてニンマリ。この人に見られたなら、もうこれで全てが終わったと観念しました。
一方、管理人さんは慌てることもなく、「こちらの奥さんに頼まれてして上げているんですよ、、縛られたがる趣味が有るみたいで、以前からお願いされていたれですよ。つまりマゾってやつですね」
まるで復習していたかのようにスラスラと言葉が出て来るのでした。
「見てやってください、股間に縄迄挟み込んで、、旦那さんに知れたらどうするんでしょうね、、」。
私は赤く熱った顔を俯かせてフルフルと震えるばかりでした。割れ筋にキツく食い込んだ縄の中心には瘤玉が拵えてあったのでした。それをスッポリと飲み込んだ双丘。
「お股に毛が無いのですね」剃毛を指摘されたのでした。「それとサルグツワまで、、」言葉を塞がれていることに不審を抱いた奥様でした。
「あぁこれは、この女の好みでして、好きなんですよ猿轡が、、そうだったよな、、」管理人さんに念を押された私でした。この場をやり過ごすには頷くほかありませんでした。恥ずかしさの余り消え入りたかった私でした。
「詳しい事は、明日にでも私の部屋に来てください。色々と話して聞かせますから、、」。この夜は、その場で解散。部屋に入って行った奥様でした。その後、私への歩行調教は続きました。廊下の突き当たり迄行っての折り返し。私の部屋迄の道のりを歩かされました。
翌日から、奥様からの意地悪も加わりました。知られてしまった以上、そこからは逃れられない事は覚悟はしていましたが、辛く苦しい毎日となりました。にも関わらず私の被虐の炎はメラメラと燃え上がるばかりです。