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2026/05/10 07:08:33
(923gjCLv)
今現在も捜査中ですが京都で痛ましい事件がありましたね。行方不明の事件です。
あの事件は私は他人事とは思えない共通点があり、少し自分の身の上を整理したいとも考え本体験談を執筆いたしました。(18禁要素があるのでpixivではなくナンネットを選びました)
まず初めに私と事件の家庭との共通点は以下の通りです。
☝️筆者は中国地方北部にある地主の家に婿養子としてはいっている。
☝️筆者も家内も離婚歴があった。
☝️家内には連れ子がいる。
☝️家には家内の祖父と祖母の他に、妻の弟家族も同居している(家内の弟、配偶者、年頃の娘の3名)
この話をする上で大事なことなので少し面倒にも感じるかもしれませんが、「家」がどのように構成されたのか説明します。
もともと田島地方(仮称)には斎藤家(仮名)という地主がおりました。斎藤家の当主は「祖父」でありその配偶者には「祖母」がいます。祖父と祖母には2人の子供かおり、長女を「美穂」次に生まれた長男には「悟」がいます。
長女の美穂は結婚と同時に県外へ移転。長男の悟は地元の交際相手と結婚し、長女をもうけ、そのまま斎藤家の敷地内に家を建てて同居していました。
結婚と同時に県外へ出て家庭をもった美穂は数年後に長男が生まれましたが訳あって離婚。そのまま息子を連れて実家に帰ります。
そして私が勤めていた田島地方の鉄道資材を製造する会社に就職してきた家内(美穂)と私は再婚。そして美穂が連れていた連れ子の事を考え(転居して連れ回したくない)私も斎藤家に婿養子として入る形となったのです。
斎藤家の面々
祖父ー祖母(70代)
美穂(38)ー私(40)ー美穂の連れ子(8)
悟(36)ー悟の配偶者(34)ー悟の娘(12)
以上、読みにくい文章で申し訳ありませんが解説となります。
まず一言で言いますと、、婿養子は非常に肩身が狭いです。結婚には猛反対されましたし今でも狭い肩身が続いています。
祖父、祖母からは遺産狙いと言われ、、美穂の連れ子からは他人扱い。
正統後継者の悟からは邪魔者扱いされています(おそらく年頃の娘や自身の妻の事を考えると血の繋がってない私は警戒するべき人物なのでしょう)
他にもありますが肩身の狭い大きな要因を挙げるとすればこのようなところです。
正直、美穂と再婚するときに強引にでも斎藤家とは別の形で生活しておけばよかったと悔やまれますが全ては後の祭り。当時の私は「義父とも義弟ともうまくやっていける」と根拠のない自信があったのです。そして義弟同様に斎藤家の敷地内に小さな家を建てて生活したのですが今思えば田舎特有の斎藤家の風習は私にとって肌の合わないものでした。
ー辛い朝食ー
斎藤家では仕事であろうと休みであろうと必ず、7時に一家総出で食事をするという風習かあります。
本家の四角い長テーブルを2つ繋げたものに、祖父、義弟、私、連れ子が座り、祖母、美穂、悟の妻、義弟の娘が調理担当し令和の今どきにまるでサザエさんのような形で「男はメシを待つ。女は料理する」みたいな昭和の伝統が続いています。
私の本音ではこんな堅苦しい朝食に参加するより、好きな時間まで寝て起きたら自分の家で美穂が作った前日の余り物やパンを焼いて食べたりするほうが楽なのですが、この朝食は戦略会議ではありませんが、斎藤家の方針が語られる場でもあるのです(いついつエアコンの修理業者がくる、どこそこか壊れていて修繕が必要)など話をするのです。
この朝食に参加しないとただでさえ邪魔者扱いされてる私はますます肩身が狭くなるのは見えているので、朝から身なりを整えて仕事の営業モードにスイッチを入れて家族と顔を合わさないといけません。
まず第一の苦痛が朝食です。
ー不審者扱いー
次の苦痛は日中は敷地内を自由に動けない。ここです。
斎藤家の敷地内には周囲を囲む塀があり、塀の中は完全に外とは区切られています。従って本家の家の前、悟の家の前(私の家の前にも)には庭があり洗濯物を干しているのです。そこに、、祖母の下着や悟一家の下着なども干されていることもあり「他人認定されてる私」がウロウロしていると他の家族が不審に思うとの事なのでした。
事実、私は美穂から「庭でウロウロしないでほしいってお母さんが言ってた」と言われたのですが、実際は悟の家内と年頃の娘が自分たちの下着類を他人の私に見られるのが嫌で言い出したに違いありません。私は(不審者扱いかよ、、)と思いましたが後からきた私にはどうする事も出来ません。私はその日以来、いっさい庭に出る事をやめて日中はコソコソと裏口から出入りし、昼間に家に帰る時も(洗濯物ほしてないだろうな?)と注意観察しなければならない身の上なのです。
ですから京都の事件に関してもマスコミでは報道されない「歪な問題」が家庭内に存在していたのが容易に推測する事ができます。ではここで区切ります。