2014/02/20 08:44:36
(kshQr0Gf)
これは俺が当時付き合ってた彼女である祥子から聞いた話だ。俺は彼女と付き合って半年が経ったころ、俺達は半年も付き合ってるのに相手のご両親への挨拶がまだだったことで、それも失礼かと思い、祥子に「両親に挨拶くらいしたほうがいいかな?」と聞いたところ、祥子は意味深にも「まだ、大丈夫だよ・・。」と、普段ならなんでも話す祥子が、どうも両親や家族の事についての事なら話したがらないような、そんな気がした。
俺はもし、祥子の父親がヤクザだったり精神になにかの問題がある人だったとしても、彼女と結婚していくという決意は変わらなかったので、その余裕からか言いたく無いものは無理に聞こうとしない。これも男の器量のひとつだろうと考えていた。
それからさらに半年が経った。また俺は両親への挨拶くらいしたほうがいいのではないか。と祥子に言うと、また同じように祥子は暗い顔をした。俺はその時、「何か言いたくない事でもある?俺はまったく気にしないよ」という言葉をかけ、祥子は重い口を開いた。それは俺には合わせたくない理由、その意味は彼女の両親が妙な宗教の信者である。というのだった。
俺はその宗教というものが、いったいどういうものなのかを聞いてみた。祥子は答えたくないようだったが、結婚を前提をしている以上、俺は知らなければならない事だと思ったのだ。その意思をいうと、祥子は途中、彼女の中にも葛藤があり、全てを言っていいものか悩みながらではあったが、結果的には俺に包み隠さず説明してくる事となる。
これからの文章は、断片的に聞いた話のポイントの点を俺なりに読みやすいように線にまとめたものである。まずその宗教は彼女の地元地域だけの宗派で世間的にはまったく有名ではない。(瀬戸内海の数ある島のひとつで、世帯数20世帯前後の土着信仰)教祖的立場の人は、その地域の地主であり信者の殆どはその地主から土地を貸してもらっているそうだ。そしてその宗教の雰囲気は、家に白い布をかけた雛人形のような祭壇をこしらえ、そこに仏像的なものを安置し、日々それを拝む事だそうだ。
俺はそれだけを聞いたとき、祥子には「田舎って結構仏壇とかあるよ。俺の田舎のバーチャン家にもあるし、変じゃないとおもうけどな」と安心させる意味でもいった。しかし、祥子がいうのは妙なところは見た目の部分ではなく、仏教、いや、宗教界ではタブーとされている「性」の問題に、その宗教は包み隠さず取り組んでおり、儀式にのっとった正しい男女のセックスの方法。まであるそうだった。
俺は「え?なにそれ??」と唖然とする。そして詳しく聞かせてほしいとねだるが、祥子はどうしてもそれを言ったら俺から嫌われると言って聞かないが。断片的にその内容を説明しはじめた。もちろん話しを聞く間、俺の教えてほしい、祥子の教えたくないという問答はあったが、そこはスムーズに説明する為に割愛する。
祥子が言うには、(実際に祥子が体験した事では)その宗教の概念では16歳が成人であり、怪奇な風習として16歳の時に白夜という行事があるそうだった。その白夜というのは同じ宗教の16歳になった男女が最長15日間の間、寝泊り飲食する場所は別々だが、同じ敷地内の宗教施設で暮らし子供と大人の境界線をそこで超える。というのである。単刀直入にいうと、その白夜で処女をすて(男は童貞を捨てる)、その相手が許婚となり結婚可能年齢の18歳になったらその相手と結婚する。という風習である。※ちなみに祥子の両親も、その離島の出身で、この白夜にて結ばれた為、同い年との事。
さらに詳しく言うと、祥子は16歳の夏休みの日、その年、白夜を控えてるために、その準備時間として俗世と離れるために宗教施設に向かった。祥子からしたら、その16歳で初体験をし、そこで伴侶をみつける。というのが地域の風習で、両親もその道を通っており、それが当たり前だと思っていたそうだった。むしろ、一般の男女のカップルを見て、フリーセックス、処女や童貞でない相手との結婚が悪いものだと信じ、自分の結婚相手は私が処女で彼も童貞の時に結ばれた相手という、優越感のようなものすら持っていたらしい。
初日から1週間は朝起きて掃除洗濯して、ひたすらボーとするだけらしい。とにかく暇だったそうだ。
食事は根菜や野菜を中心にした精進料理のような食べ物だったそうだ。この1週間で食事を改めることにより、白夜のために体の血肉を浄化する目的があるとのことである。そして1週間の浄化期間が終わると、早くて翌日、最長で6日間くらい待たされるがその待機期間に白夜の日取りが決まるとの事だった。その間に結婚相手となる同じ宗教の信者の両親同士が、結婚について問題ないかの最終決定をするそうだった。祥子は小さな地域で世帯数も少ない宗派なので、おおよそ誰が自分の結婚相手にくるかは予想できてたそうだし、祥子はその相手には不満はなかったそうだ。
ただ変わった事といえば、毎朝の掃除、洗濯の時に、夜のうちに部屋の前にあるアミカゴにおかれていた知らない男ものの衣類、下着を洗濯する。という事があった。この行事は、これから結婚する相手の衣服を洗う。というのが結婚前の精神準備修行のひとつだというのだ。そして祥子も脱いだ衣類、下着類は、自分で洗うことができず、ただ風呂上りにはあらかじめ指定されていたアミカゴに衣服を入れるだけで、洗濯は別のものがやってくれてるみたいだった。おそらく、祥子の白夜の相手が洗濯しているのだとおもった。(事実、白夜の相手が洗濯をしていたそうだ)
1週間が過ぎ、さらに2日経ったといっていた。宿坊に寝泊りしていると、夜に60歳前後の地主である教祖の血縁だろう初老の女が現れ「祥子さん。白夜は11日にきまりましたよ。おめでとう」と言ってきた。その日から二日後の事である。そして白夜の前夜、すなわち10日の日に教祖からじきじきに、重要な白夜の儀式の説明があるという。そして白くて薄い生地の浴衣のようなものを渡され、女は「明日20時までには入浴を済ませ、白い下着の上にこの着物を着て教祖様(名前はわすれた)の部屋でお待ちするように。と伝えてきたのだった。
翌日、祥子は言われたとおり時間前には施設の風呂からあがり、白のブラとパンティをはき、渡された薄い生地の白い浴衣を羽織ると、教祖の部屋にいったのだった。部屋の中は薄暗く、布団が一枚ひいていた。その時、祥子はまだ何もわからなかったらしい。
そして布団の脇に正座をして待っていると、50歳前後くらいの教祖が現れたそうだ。そして白夜にむけての作法を今から伝える。と言ってきたそうだった。最初にレクチャーがあり、白夜をしきたりどおりにこなす事の重要性、その都度どういう意味でどういう動作をするのか。といった講義が始まった。そして実際に実演しながら解説するといわれ、祥子はひいてあった布団の上で座るように言われたのだった。
最初に教祖が説明したのは①「禊(みそぎ)」いわゆる先ほど風呂にはいった事の事である。ここで性交前に風呂にはいり、身を清め、清潔な白の衣服を着ることがどういう意味がるのか。という事を説明されたらしい。そして次に教祖は祥子に、そのまま寝て足を開きなさい。と言ってきたそうだった。祥子は躊躇したが、相手はその宗派の教祖である。医者に行ったつもりで言われるがままに、布団に寝て足を開いたそうだ。イメージとしては産婦人科の診察台のようなイメージか。
そして教祖は祥子の浴衣の胸元を広げブラを晒し、そして暫くの間、浴衣から見える祥子のパンティを深刻な顔で凝視していたらしい。この動作にも意味があって②「専心」というそうだ。それは女は足を開き待つことで、自分の心に(今からこの人を受け入れる)という意思を持つ事であり、男からは(今からこの人と交わる)という意思を持つ事だそうだ。その意思がないセックスはすべてフリーセックス同然だというのだった。
次に③「吸生」 教祖は手で祥子の両膝ももを内側から広げパンティに鼻をうずめると、なにやら香りをかぎはじめたそうだった。これにも意味があり、動物はすべて香りを嗅ぐことから交尾が始まり、人間も動物である。という表現を顕すことで、人間である。特別である。という具合に動物として傲慢にならないようにする効果があるとの事。もちろん祥子は嫌がって躊躇したが、教祖の真剣な雰囲気に嫌がることもできなくなったと言っていた。
そして吸生には2段階あり、香りを嗅ぐことと舐める事だったそうだ。なぜ舐めるのかというと、吸生をされることによって、女性器には愛液が分泌される。その最初の愛液は欲望などの望ましくない精神が含まれており、その望ましくない精神が入った愛液のまま、性交をし、そこで妊娠したら子供は精神性に望ましくないなんらかの支障がでるというのだ。そういう理由からまずは男は舌で愛撫し、最初に分泌された愛液を舐めてふき取る必要があるというのだった。教祖は祥子のパンティをすこしずらし割れ目をだすと、肛門からクリトリスにかけて力強く舐めたらしいのだった。そしてその動作を繰り返した。ようはクンニである。(白夜本番では、吸生の段階で指をつかってもいいから女性を一度イカせるのが望ましいとの事)
その次は同じように、女も男に吸生をしなければならないとの事。それは男も女と同じように、最初の我慢汁にはのぞましくない精神がふくまれており、口でふき取らないといけない。というのだった。ようはフェラである。教祖は袴を脱ぎ、ボッキした肉棒を晒し布団に座り足を広げると、祥子に実際に舐めるように指示したそうだった。祥子はもう何も考えることなく、ただ言われるままに慣れないフェラをしたそうだった。(ここも同じで口でいちど男をイカせ、1度目の精液はすべて吸い取るのが望ましいとの事)
そしてこの吸生、男女同時にできる方法もあるとの事だった。要は69である。教祖は祥子に上にのるように指示すると祥子そのままフェラをさせ、教祖はまたパンティをめくり上げ、またクンニをはじめたそうだった。しばらく69が続いたその後、④宵月と呼ばれる挿入をしたと仮定し、その後の後処理の講義にはいった。最後は必ず⑤浄精というもので締めくくらなければならないらしい。教祖は祥子に木でできた桶を渡すとそこに排尿するように言った。祥子はもうそのころは頭が真っ白で、時間はかかったがなんとか浄精する事ができた。
そしてレクチャーは終了。今回はレクチャーだから下着類は脱がず、教祖は結婚相手ではないのでもちろん挿入をしなかったが、明日は伴侶と実際に吸生時に下着を脱ぎ、最後の挿入までし、儀式を全うしなさい。といわれ、教祖は部屋を退出していった。祥子は唖然とし、自分の母もこの道をとおったのか・・・。と衝撃を受けたようだ。しかし、作ってしまった過去はとりかえせない。祥子は部屋に入り布団にはいったが、衝撃的な出来事の直後でなかなか寝付けなかったようだった。
そして翌日、白夜当日である。朝から肉類、赤飯と豪勢な食事がならぶ。洗濯も掃除も免除だった。だがする事は特になかった。部屋をあるきまわったりストレッチをしたり、また寝たりする事しかできなかったようだ。そして昨夜と同じ19時過ぎ、初老の女が現れた。「祥子さん、禊はすませましたか?下着は白いものをつけてますか?」と最終確認をされる。そして最後に「これから白夜ですので、無事済まされるようお祈りしておきます」といわれたらしい。
そして白夜の時間になる。祥子は女に教えられた部屋へと向かう。そしてそこには昨夜同様に、何もない部屋に一枚の布団が引かれ、天井では豆電球の薄暗い光がついていた。祥子はまた布団の隣で正座し待つことにした。するとほどなくして恰幅のいい男が現れた。それは祥子が予想していた16歳の男ではなく、(この16歳の男は後で知る限り、今回の結婚を宗教的不理解から断りすぐに一家で逃げるように島を出て行ったそうだ。)19歳の男(この男が16歳の時に同じ16歳の女がいいなかったらしく、白夜が数年またされていた)だった。
体はまるまると太り、メガネをかけ今で言うオタクっぽいというか、、、。祥子は絶望した。逃げたいと思ったらしいがこの状況でここまできて逃げる事もできない。それにこの男が来るという事は、この男との結婚を両親がすでに承諾したという事になるのだった。男は「えー・・と、、祥子ちゃん?あ、おれノブっていいます。よろしく」とおどおどした感じで挨拶してきたらしい。そしてシーンと静寂するするなか、ノブは「・・じゃはじめますか」と緊張してるのか、待ちに待った白夜なので興奮の坩堝にいるのかわからないような、そんな風にとれた。
祥子はノブの下手なリードのなすがままに、寝かされて着物をはだけさせブラをはずされたらしい。そして足を広げれられると男は証拠の目、胸、パンティをやらしい目つきでまじまじと見ているのだった。専心しているつもりなのだろう。そして男は食い入るように祥子の股に顔をうずめうるさい鼻息をたてながら祥子のパンティの上からワレメ一帯の匂いをかぎ始めたのだった。
男は次に作法どおり祥子のパンティをつかみググッと天に足を伸ばしながら脱がせると、驚いたことに祥子の体ではなく、手に脱がしたパンティの裏側の香りをかぎ始めた。そして傍らにパンティを置くと証拠の足を開け、むしゃぶりつくようにクリをなめ始めたのだった。もはや作法もなにもなかった。しかし祥子の敏感な体はすぐに反応した。
ころあいをみて男は自分も衣類をぬぎ、布団にすわり肉棒をだすと祥子に吸生するように指示をした。称呼は昨晩の練習どおりにフェラを開始し、無作法ではあったが相手の色欲が強かったせいか、ノブはすぐにイッてしまい、口の中に大量の精子が入ってきたという。そして祥子はまたノブにクリを重点的に舐められ指で刺激され、とうとう人生で初の頂点に達してしまうのだった。
そして挿入こと宵月が始まる。男は緊張してたのか失敗し、何度も祥子にフェラで再度ボッキをさせてもらう事となった。そしてとうとう、望まない男の異物が体内に入り、痛みとともに妙な感覚に襲われる事となる。ただ違和感だった。感想はそれだけだった。消したい記憶のひとつらしい。そして最後に浄精こと排尿をするときも、ノブは興味深深に祥子の体から小水が出るのを待ち望んでみていたそうだ。そしてお互いが作法どおりに白夜が終わったことを確認し、その夜は供に寝てふけて行った。しかしノブの色欲は尽きることなく、深夜におきだし寝ている祥子にまた体をもとめてくるのであった。
翌日、祥子は施設から家へとかえる道中、激しい怒りを覚えた。この宗教の理不尽さ、両親の勝手に決めた結婚、そしてなによりノブのような男に処女を奪われた事。家にかえるなり、ノブの手で洗われたかと思うと気分が悪くなり下着類をすべて捨て、そして風呂にはいり何度も割れ目を洗ったそうだ。そしてその怒りが爆発し、とうとう両親は祥子の強い押しでこの地域から離れるに至った。だが地域から離れ、あのバカげた宗教から遠のいたといえど、両親の信心は深く、いまだに家に祭壇を飾っているという。
そういう理由なもので祥子の話しは終わった。すべてポイントポイントで断片的だったが、まとめるとこのような感じになると考えて差し支えないと思う。俺はその話を聞いて驚いたというか、あきれた。それはいやだいやだと言うわりには、宗教の事を積極的に話す称呼の姿にである。おそらく宗教の事を語ることは良い事だ。というカルトならではの洗脳が残ってるのだろうと思った。百年の恋も一度でさめた。
そしてその日、さすがに白い衣服なんてないが、その作法どおりに俺は祥子とヤった。いつもより激しく乱暴に祥子を乱れさせた。なんかふっきれていた。そして、それから俺は一方的に別れを告げ今に至る。今でもよくわからないが、こんな地域がいまだに存在するという事が恐ろしいと思った