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2026/05/06 10:53:56
(GAw/0AWo)
まだ、ホテヘル・デリヘルなどの派遣型風俗が無く、今もあるピンサロやソープ以外に、マンヘル等が最盛期だった頃の体験談です。
私の贔屓だったのは、大阪某所の箱ヘルです。
元々はスナック等が入る雑居ビルで、当時はほとんどのテナントが風俗店になり、今回投稿するとこは、1フロア丸々、人妻風俗店として営業していた所でした。
客の待機所はスナックの名残りがあるカウンターや椅子が残り、プレイルームとドアで仕切られていました。
プレイルームは、各ブースが畳3畳あるかな?ってくらいのスペースを両側は板張り、通路側はカーテンで仕切っていて、板は2m位の高さはありますが、上は解放状態。
シャワーブースは2人入るとギリギリなくらいなのが2つあって、混んでる時はブース番号を嬢が書いて、終わったら嬢が大きな声で「◯番さん、どうぞー」と呼んでました。
当時まだネット環境が無く、出勤状況(曜日や時間帯)は、最初は嬢から直接聞くしかなく、またその店は、今は当たり前な低価格風俗のパイオニア店で人気があり、待合室は常に客が居て、休日昼間は、ほぼ満員状態。
不意に行ったら、先客が居たり生理休だったりして、個人的には気に入った嬢とずっと遊びたいのが、結局、その店は3人の嬢をローテーションして遊んでました。