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2026/05/30 10:20:48
(uHHkhs20)
あの日以来——
二人の空気は、少し変わっていた。
以前と同じように生活しているはずなのに、
ふとした瞬間に、ホテルでの光景が頭をよぎる。
妻がシャワー上がりに髪を拭く姿。
ソファで脚を組み替える仕草。
そういう何気ない瞬間にさえ、私はあの日の妻を重ねてしまう。
そして妻自身も、完全に忘れられてはいなかった。
夜、ベッドに入ったあと。
私がそっと抱き寄せると、妻は小さく息を吐く。
「……また思い出してる?」
少し照れたように聞かれる。
私は苦笑する。
「たぶん、お互いだよね」
妻は否定しない。
静かな部屋の中で、二人は自然とあの日の話をするようになっていた。
「あの時、ほんと緊張してた」
「顔真っ赤だったよ」
「だって見られてたし……」
妻は恥ずかしそうに笑いながら、私の胸へ顔を埋める。
けれど話しているうちに、少しずつ呼吸が変わっていく。
「あの時さ」
私が静かに聞く。
「途中から、少し気持ちよさそうだった」
妻はすぐには答えない。
しばらく黙ってから、小さく本音を漏らす。
「……悔しいけど、すごく気持ちよかった」
その言葉に、私の胸が熱くなる。
妻も頬を赤くしながら続ける。
「優しく触られるの、安心しちゃったんだと思う」
「そっか」
「でも、一番安心したのは最後にあなたが抱きしめてくれた時だよ」
その言葉に、私は妻を強く抱き寄せる。
あの日の話をしながら触れ合う時間は、次第に二人の中で特別なものになっていった。
妻も少しずつ、自分の感情を隠さなくなっていた。
「また会ったら、どうなるんだろうって考えちゃう時ある」
「……会いたい?」
私が聞くと、妻は困ったように笑う。
「まだ分かんない。でも、気になってるのは本当」
その揺れる気持ちごと、二人は共有するようになっていた。
不安も、嫉妬も、興奮も。
全部を言葉にしながら、少しずつ関係が変わっていく。
そして夫婦の時間の中で、
「あの日どう感じたか」を語り合いながら求め合うことが、自然な習慣になっていった。
あの日から、約2週間——
ある夜。
弥優がトイレから出てきて、小さく言った。
「……生理、来ちゃった」
私は一瞬だけ黙る。
妊娠への期待がなかったわけじゃない。
だから少し残念な気持ちもある。
けれど妻は、どこか複雑そうな表情をしていた。
「そっか」
「うん……」
妻はソファへ座り、膝を抱える。
少しの沈黙。
そのあと、妻がぽつりと言う。
「なんか、変な感じ」
「何が?」
「残念な気持ちもあるし……でも、少しほっとした気持ちもある」
私は静かに聞いていた。
妻は視線を落としたまま続ける。
「この2週間、ずっとあの日のこと考えてたから」
その言葉に、私の胸がざわつく。
自分も同じだった。
忘れようとしても、ふとした瞬間に思い出してしまう。
そして気づけば、二人とも次の話を避けなくなっていた。
その夜。
ベッドの中で、私は静かに聞いた。
「……また次も、お願いしてみる?」
妻はすぐには答えなかった。
暗闇の中、小さく息を吐く音だけが聞こえる。
「……やっぱり、子供は欲しい。会うのが嫌かって聞かれたら……別に嫌じゃない」
飾らない、本音の声だった。
「でも、次は少し違う気もする」
「違う?」
妻は少し迷うように間を置いてから、ゆっくり続ける。
「前は、“二人で確認しながら”って感じだったでしょ……」
そこまで言って、言葉を止める。
私は黙って続きを待った。
「次はもう少し自然に……緊張とか、申し訳なさとか、あまり感じない方がいいかも」
その意味は、私にも分かった。
胸の奥がざわつく。
けれど私は、その感情を押し込むように静かに頷いた。
「……二人で会う?」
妻はゆっくり頷く。
「まだ少し怖い。でも、その方が気持ちは楽かも。前は本当に頭ぐちゃぐちゃで、変になりそうだったから」
「……そっか。次も、マッサージから?」
「……当たり前でしょ」
呆れたように返しながらも、妻の声はどこか柔らかかった。
私は少し間を空けてから、低い声で言った。
「……弥優が嫌じゃないなら、もう少し先に進んでもいいよ。……それはそれで、俺は興奮するかも」
暗闇の中、妻が息を止めた気配がした。
「……本気で言ってるの?なんでこんな変な人を好きになっちゃったかなー」
妻は呆れて笑っていた。
——翌日。
妻は久しぶりにOさんへメッセージを送る。
最初は短い近況報告。
生理が来たこと。
夫婦でまた話していたこと。
そして最後に——
「もしよかったら、またお会いできますか?」
送信したあと、妻はスマホを胸元で握る。
以前とは違う緊張。
それは“夫からお願いされた予定”ではなく、
自分自身も次を望んで送ったメッセージだから。
しばらくして返信が届く。
Oさんは相変わらず落ち着いた文章だった。
無理をしなくていいこと。
また会えるなら嬉しいこと。
そして、また二人でゆっくり相談しながら進めましょうという提案。
妻は画面を見ながら、小さく息を吐く。
「……また会ってくれそう」
私は静かに頷く。
胸の奥がざわつく。
約1週間後、次の排卵予定日に会うことになった。
前回とは違う。
今度は、妻が一人で会いに行く。
その現実が、静かに二人の関係を変え始めていた。