ナンネットID のアカウントをお持ちですか? ログイン ログイン
 
 

SM調教体験告白 RSS icon

2026/05/31 10:46:31 (69NJa3kI)
山中深く入った所に一軒の農家があった。
其処で暮らす老夫婦との関わりの話しである。
夫の性格は温厚で真面目一方の働き者。朝から晩まで只管に畑と向き合っている。
妻は二十代の若き日に、都会の喧騒を離れて、この農家へと嫁いで来て四十年余り。
子供は、女の子を一人を設けていて、既に嫁がせていた。

この老夫婦との出会いの経緯を簡単に述べさせて頂くと以下の通りである。

私は幼い頃から女性に虐められることを心奥深くに秘めていた。
いつも脳裏に描くものは、女性に捕らえられて拘束されることを望んでいた。
つまり縄によって縛られることを夢見ていた幼少期であった。
そして時間はあっという間に流れ、成人を迎えていた私である。

大学三年生二十一歳の夏の日に、その思いは叶った。夢見続けて来ていた想いを実のる日を迎えたのであった。
この物語りは、過去に此方のサイト、数年前に二度に亘り投稿して来ています。
タイトルのひとつは「私の奇妙な被虐」と銘打ちました。
さて、課題の老夫婦に話しを戻すことにする。
初老の妻は、当時六十歳を少しまわった辺りであったろうか。夫の方は七十歳に近い年齢であったと思う。
妻が望むものであれば、何でも叶えてあげたいといった優しさと包容力を兼ね備えた理想的な男性であった。
それが故に、このお話しは実現したものであったと言うべきであろう。

夫は性には無頓着の方で、そうした喜びを妻に与える事もなく老齢を迎えて来てさいるのであった。
然し夫はそれで良いとしても、若き日からの肉体を持て余した妻の方はそうは行かない。
六十歳を過ぎても女は女。女は灰までと言った喩えの如く、悶々とした日々を送っていた夫人であったことが想像出来る。

其処に降って湧いた様な話し。私との出会いに夫人は運命を感じとったのだと思う。
私自身もこの時を迎えるに当たって、長年の蓄積した想いを迸らせたのであった。恥も外聞もなく自身の性癖を曝け出したのであった。

前回迄のあらすじ。
母屋の前の庭先に正座をして夫人からの縄掛けを待つ。何処からか手にして来た縄。よく見ると、それは農作業で使い込まれた毛羽だった荒縄であった。
元より、こうした荒縄での拘束を思い描いていた私であった。
それが現実のものとなった喜びに、私の股間の物は硬くなっていた。

夫人が、「それじゃ、、」と荒縄を扱く素振りを見せた。
私は、静かに両腕を背後に回した。背中の中程で手首をしっかりと交差させて待った。
荒縄のザラついた感触が皮膚を擦ってきた。既に頭の中は桃源郷を彷徨っていた。

「さぁ立って歩くのよ、、」夫人からの冷たを持った声が頭上から降って来る。
この言葉は、予め私がお願いしてあったものである。農家の庭先に忍び込んで、夫人の下履きを盗もうとしたところを見つかってしまう。
其処を夫人に捕らえられて縛り上げられるといったもの。私が描いていた台本通りに行動してくれた夫人の演技であった。
後ろ手の縄尻を夫人に取られて歩まされる私。向かった所は納屋。農家には付き物の農具、所狭しと藁が積み上げられてあった。
それに混じって荒縄が無造作に置かれていた。戸愚呂を巻いた未使用の物、使い古され草臥れた荒縄が、私の心に、なお一層の被虐を煽った。

「この土で汚れた草臥れた荒縄、ぜんぶを使って雁字搦めに、、」
自らの意思に反して、気付くと、その言葉を放っていた。
「えっ、、そこまでするの、、?」夫人は、思わず声に出して言った。
私の強い願いが通じて、受け入れてくれた夫人であった。

私に対する夫人の受け入れの姿勢に、気を大きくした私は更に夫人への要求を増して行った。
衣服を脱ぎ捨て、全裸の身体への縄掛けを望んだ。更に猿轡と言った、厳しいと思われた要求にも、戸惑いながらも承諾してくれた。
藁の上に横たえさせられて、縄尻を納屋の柱に繋がれた頃、夕闇が迫って来た。

夫人は夕食の支度がある為に母屋に戻って行った。
「後でご飯と飲み物を持って来てあげるからね」の言葉を残して納屋を出て行く際、外鍵を下ろす音が聞こえた。
全裸緊縛猿轡、納屋での監禁。これぞ私が夢見ていた被虐の道程であった。このまま一生を送れられれば他に何も望むものは無い。
納屋の外に遠ざかって行く、夫人の足音を耳にしながら、一人悶えたりもしていた。

夫婦での食事を済ませた後、お皿に持ったご飯のと水の差し入れが来た。
泥棒にオカズは要らない白米だけでも十分、汁物も有ってはならない、水だけで当然であるとの私からの願いであった。
その注文に応えて、差し出された皿には白米のみ。その横の茶碗には水が入れられていた。
土間の上に直に置かれた皿と茶碗。柱に繋がれた後ろ手の縄尻がピンと張る。精一杯に首を伸ばして犬の様に喰らい付いた。

食事が終わり、夫人の手が手拭いを拾い上げた。再びのサルグツワに嬉しさに胸が騒つく。
「お婆さま、、」(私はその様に呼んでいた)。どうか手拭いを嚙まされる前に、口の中に詰め物をお願い出来ますでしょうか。
「何を詰めたらいいのかしら、、?」首を捻った夫人であった。
私は迷わず言葉にした、「お婆さまのパンティでお願いします」。
夫人のめが泳いでいるのを見た。返す言葉も失っていた。ようやく我に返った夫人は、無言で首を横に振った。

私は諦めずに食い下がった。
「ここに至って、僕に恥をかかさないで下さい。僕にとってもどれ程に言い辛く恥ずかしい言葉なです」。
「お願いします、、」「いいえそれだけは、、」の押し問答の末に夫人は頷いた。

「未だ、お風呂の前で、、一日中着けていた物なのよ。恥ずかしいのは私の方だわ」
私の背後に回った夫人。ゴソゴソとモンペを脱ぐ布擦れの音が心地良く聞こえてくる。
正面に戻って来た夫人の手には、白い木綿の下履きが、私に見られまいと掌の中に包み込んでいた。

「目を瞑っていて頂戴、、」夫人の言葉が羞恥に震えている様であった。
私は大きく口を開けて待った。やがて夫人の手によって口中奥深く詰め込まれて来た。
「ウウムッ、、」待望のパンティ詰め猿轡に感動した私であった。
ツンッと鼻を突く異臭。舌の上に拡がる塩っぱい味は、汗と尿からのものであった。

それに混じって、鼻腔を包み込んでくる食物の饐えた様な匂い。夫人の女としての性臭に他ならなかった。
パンティの脱落を阻止する為の手拭いの猿轡も欠かさずにキツく締め込んでくれた夫人であった。
幸せな幸せな猿轡であった。そうして山の夜は更けて行った。

前回は此処までの記載投稿であったと記憶しています。
改めての記載に、我ながら恥ずかしい事にムスコが目を覚ましてしまいました。
あの日々は果たして、夢か現か幻か、、。
36
2026/03/10 19:48:30 (vkIIIGhP)
一年半ほど前の2024年の8月ぐらいに、看護師をしている妻の勤め先の医院に、検診でやってきた30前の男性。
看護師姿の妻に、予防接種を受けたときに、ナース姿の妻に一目惚れをして、彼はストーカー行為を始めました。
当時56歳の妻に対して、20代後半の彼の行動が信じられなかったのですが、、、約一月後の9月後半に、
その男性と私と妻とで、喫茶店で落ちあってその時、ストーカー行為を止めろと提案しました。その代わり、
月二回、妻を通い妻にしてそちらに行かせると、、、相手の男性は、快諾しました。最初は、激しく嫌がった妻でしたが、、、
一年半かけで、浣腸責めと、アナルセックスが大好きな躰に肉体改造されました。私にとっても、理想の妻になってきました。
すなわち、大腸の管にへばりついていた、宿便が綺麗に剝がされて、排泄されたことにより、妻の肌が見違えるように若々しく、
綺麗になり、全体の様子が、色っぽくなってきました。まるで、30代半ばのような体付きになってきました。最初は、
まるで、実の息子のような年齢の男性に浣腸や、アナル調教をされることを、嫌がっていた妻でしたが、
やがて、男性の仲間の肛門科医によって、20年以上悩まされていた、痔(内痔核・(いぼ痔)と裂肛・(切れ痔))が、
調教されていた肛門科医によって、手術され、患部を綺麗に治され、長い間痔の痛みと出血に苦しんでいた妻は、
その痛みと苦しみから解放され、良かったと言っています。看護師という職業柄、勤務中は休憩も食事も不規則になりがちで、
便意を催しても患者の診察優先で、トイレを我慢する習慣になり、便秘症になっていましたから、そのため、トイレで無理に
固まった便を排泄するとき、息んで痔になりましたから、、、始めて、肛門科医師に、強姦同様な肛門診察を受けたときは、
羞恥の極みだったようですが、一年近く、何度も産婦人科台のような、肛門診察台に全身を拘束されて、肛門や、直腸内部を
診察・治療されているうちに、今ではかなり慣れたようで、赤面しながらも、全裸で診察台に仰向けになり、両足を抵抗なく
M字型に開いて、拘束されて、肛門科医に、診察を受けるようになりました。
今では、6方向の六角形型に開く、丸形のステンレス製の肛門開口器を挿入されて、直径3センチぐらいまで、6方向に肛門を
拡げられるようにまで、なってきました。しかし、肛門科医の医師の話によると、まだアナルセックスは無理だということですが、、、
前回は、肛門開口器で開かれた妻の肛門から直腸の中に、イルリガートル浣腸のゴム管が、奥深く挿入されていく様子が、
とても興奮しました。今回は、2/22・23日の二日間、肛門科医師のクリニックに、妻を預けてました。
2/21(土)の午後6時に、妻は彼らの迎えにやってきたボンゴ車に載せられて、肛門科医のクリニックに連れていかれました。
2/23(月)に妻を引き取りに出向きましたが、妻は急性の大腸炎を起こしていて、とても自宅に戻れませんでした。
肛門科医師のクリニックで、診察台に仰向けに、寝かされたまま、拘束は解かれていましたが、直腸と大腸の炎症を鎮めるための、
点滴浣腸をされ、口には、酸素吸入のマスクをつけられていました。昏睡状態でした。妻をひきとれたのは、2日後の2/25日でした。
37
2026/05/14 14:07:34 (S7fYn/NY)
私は40代専業主婦です。

先日、主人に浣腸されました。
夜の方がマンネリ化してきて何か変わった事はと主人が行為の時に
手を浴衣の紐で結わいてのセックスでした。
初めて拘束されてのセックスだったので私も主人も興奮してしいました。

拘束されての何回目かの時に後ろから挿入されている時に何かお尻に入って
来たような感覚が有ったのですか主人が指を入れたのかと思っていました。



38
2022/07/02 23:14:48 (ykDhrYse)
はじめまして。
私は、娘と共にご主人様の雌豚奴隷として飼育されている薫と申します。
この度ご主人様より、この掲示板でみなさまに私たちの痴態と飼育されている状況を晒すようにとご命令されたので、恥ずかしながら入力しています。

私は薫(かおる)と申します。
お恥ずかしい限りなのですが、私はある高校で教師をしています。
歳は42歳、身長は168cm、体重は60kgで、スリーサイズは上から92/65/97のGカップです。
ご主人様からは「ケツの大きい土偶型、安産型の体だ(言葉遣いも矯正されていて、お尻ではなくケツと言うように母娘共に躾けられています)」と罵られます。

娘は真子(まこ)といいます。
真子は大学4年生です。都内の大学に通っています。
歳は21歳、身長は167cm、体重は57kg、スリーサイズは上から89/59/90のEカップです。
ご主人様曰わく「真子も薫に似て安産型だ」とのことです。

私たちは身長や体重、スリーサイズなどの身体的な特徴を全てご主人様に把握されています。
今回、この掲示板に晒して不特定多数の方々に見てもらうように、とのご命令でしたので、書かせていただきました。

また、先ほども書いた通り、私たち母娘は言葉遣いも躾けられています。
お尻の穴は「ケツの穴」、女性器は「おまんこ」、男性器は「おちんちん様」といったように、ご主人様の好みの言葉に矯正されています。
ご主人様に対する言葉遣いも、尊敬語を常に使うように矯正されています。私も真子も、お話しするときだけでなく、メールやLINEといった、文章のものに関しても尊敬語を常に使うように躾けられています。

次に、私たちの体に対する矯正、躾について書きます。
まず、私たちの髪型は2人ともロングヘアです。これは、ご主人様がロングヘアを好まれているためです。私はロングヘアにしたことが過去にあまりなかったため、初めは違和感がありましたが、ロングヘアにしてみると案外私の顔に合うことに気付きました。
真子はもともとロングヘアだったため、違和感はなく、すんなり受け入れていました。

それに、ご主人様は黒髪がお好みです。私たちの髪の毛の色も、真っ黒に矯正されています。美容院に行く度に真っ黒(スーパーブラック)に染めてもらうように美容師にお願いしています。
ロングヘアのため、美容院に行ってもカットはほぼしません。髪のメンテナンスや髪染めが目的です。
美容師さんも、私たちがご主人様のご命令で髪を切れないことなんて微塵も知りません。美容師に行くたびに真っ黒に染めることに疑問を持ってはいないようですが、いつか怪しまれそうでドキドキします。

次に、私たちのおっぱいと乳首、乳輪に関してです。
2人とも幸運なことにおっぱいは元からGカップ(私)、Eカップ(真子)と大きめです。
ご主人様も大きなバストを好まれるため、本当に幸運でした。
また、乳輪も、2人ともかなり大きめです。ご主人様からは、俗にいう「ぷっくり乳輪」だとのことです。
乳首は、私は大きめです。真子を出産して育てたため、乳首もそれに伴って大きくなりました。しかし、真子の乳首はまだ小さく、小さなポッチのような感じです。
ご主人様からは「乳首を大きく肥大化させる」との目的で、真子は常に洗濯バサミを両乳首に付けています。付け外しをするときには痛みが伴うようですが、ご主人様からの躾があったからか、今の真子の乳首は以前と比べるとかなり大きくなりました。
それに、私たちの乳首と乳輪はご主人様の躾や矯正の影響もあってか、かなり黒めです。
真子の乳首も、一人前の母親のような色の乳首をしています。


これからも、私たちの日々の生活やご主人様からの躾の内容、私たちとご主人様との出逢い、ご調教に至るまでの経緯などを書かせていただく予定です。

どうぞみなさま、これからもたくさんご覧になってください。

ご主人様からは「たくさんコメントをもらって罵ってもらいなさい」と言われています。
どうか、変態でみっともない私たち母娘の姿を罵って馬鹿にしてください。
コメントをお待ちしております。

薫(母親)
39
2026/05/24 18:56:37 (ai79CKO1)
十数人の女が、酒飲みながら見ている前で、マゾ調教された。
全裸に剥かれてハリツケにされて、セーラー服スケ番女王様に尿道に金属棒入れられて、抜き差しされて喘がされた。
金属棒は次第に太くなり、さらに奥へ奥へと入れられ、ついに前立腺をツンツンされて、ヒンヒンとアホ面でヨガる姿見られて、ゲラゲラ笑われた。
しかもそのスケ番女王様、シーメールで、スカートとパンツ脱ぐと立派な勃起がユラユラ、アナルに何をを塗られ、コンドーム被せた指でアナルを少しずつ解されているうち、感じ始めちゃって、シーメールをフェラさせられた。

指で掻き回されているうち、すっかり解れたアナルに、シーメールのチンポが入れられた。
股を大きく広げられて、生チンポ突っ込まれた結合部を披露して、
「うわ~、男のアナルに男のチンポ入ってる。しかも感じてんじゃん。」
媚薬塗られてるから、アナルの快感は倍増、ガンガン突かれて、アンアン喘がされた。
セーラー服着たシーメールとベロチューしながら、アナルを犯される恥辱、しかも、媚薬で感じて悶えて、種付けされる結合部を女たちにギラギラ見つめられて、チンポが抜かれてアナルから流れ出る精液見て、
「キモーーーーッ!」
って言われた。

その後、手袋した女たちが一人ずつ俺のチンポを一擦り、射精ロシアンルーレットやらされた。
ブルドッグみたいなババアに扱かれた時に出ちゃって、
「あーら、私が好みなのかしら~」
って言われて、その夜、お持ち帰りされて、コックリングで強制勃起に跨られて、一滴残らず搾り取られた。
ブルドッグみたいなデブに跨られての射精は、恥辱以外の何物でもなかった。
出しても出しても終わることなく、最後はキンタマまで縛られて、犯されたよ。
40
スレッド投稿フォーム
名前
トリップ()
E-mail
 ※任意
タイトル
本文

投稿文に自動改行は行われません、適宜改行を行ってください。 # タグ使用不可
画像認証

上に表示されている文字を半角英数字で入力してください。
◇ナンネット利用規約 〔必ずお読み下さい〕
動画掲示板
画像で見せたい女
その他の新着投稿
人気の話題・ネタ
ナンネット人気カテゴリ
information

ご支援ありがとうございます。ナンネットはプレミアム会員様のご支援に支えられております。