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SM調教体験告白 RSS icon

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2025/02/07 19:28:41 (9gNRizYw)
マッチョ男が大の字に縛られて、可愛いセーラー服姿の女の子にチンポを弄られていると思ったら、金属棒を尿道にジワジワ挿入されて、ヨガり始めた。
これは恐ろしい動画が始まった。
太さは5㎜くらいだろうか、金属棒で尿道を穿られたと思ったら、ナミナミのウェーブした金属棒を入れられた。
その次は、数珠状の橋上が連なった金属棒、これはさっきのより太くて、ズブズブと入れられると、マッチョはさすがにのたうち、その姿はあまりにも変態でエロかった。
マッチョな男が尿道を穿られてのたうつ姿が、これほどいやらしいとは思わなかった。

そして、これは凄い、ボッコボコの怖ろしい太い金属棒が入れられていく。
しかもその金属棒、ストローのように中空になってる。
ぶっといボッコボコな金属棒を抜き差しされて、気持ちいいのかマッチョはハアハア、排泄器官の尿道が、性感帯として改造されて行くようだ。
まるで、尿道がマンコ化に改造されて、マッチョは尿道拡張されていった。
ボコボコな金属棒をピストンされて、快感に狂い、やがて中空の部分から射精した。

あんなマッチョ野郎が、尿道を責められて、淫乱変態野郎と化していく。
射精し終えると、今度は亀頭を責められ絶叫がこだました。
もう、マッチョは変態チンポマゾ野郎になっていた。
どうやら、尿道快楽は一度経験してしまうと、マゾ化は避けられないようだ。
マッチョは、亀頭責めで再び勃起した尿道を金属棒でズコズコ責められ、腰を震わせていた。
その様子を見て、セーラー服の美少女は不敵な笑いを浮かべていた。
もう、マッチョは尿道快楽の虜になっていた。
91
2025/01/26 08:54:00 (sIY7QuVf)
娘はレズです。
その娘に自慰行為を見られ盗撮されました。

その動画をネタに家では娘からレズ対象にさせられています。

娘の性交友関係者たちに私が娘から受けたレズプレイ(私が一方的に受身)動画の鑑賞会をしたらしく先日、娘に連れてレンタルルームで娘の性交友関係者たちからSM調教プレイを強要さて、人生で初めてのSM調教を受けました。

本日は午後から更に大人数で集う会があるみたいで私も参加させられる予定です。
92
2025/02/04 11:42:16 (wuFvtcA/)
 半月くらい前に「滝行」をさせられました。といってもSM調教の一環で、山奥に連れて行かれて滝の下の岩の上に全裸で正座させられて滝に打たれる、というものです。私のご主人様(女性なのですが)はこのような野外でのハード調教がお好きな方で、昨年は近くの海水浴場でマイクロビキニを着せられての寒中水泳、一昨年は大雪の中、ビキニ姿で運動公園のジョギングコースを走らされました。来年は何をさせられるのか、今から不安です。
93

(無題)

投稿者:幸子
削除依頼
2025/02/02 19:43:20 (8MaPkJot)
最初のお話しだけでお終いにするつもりでいたのですが、
嫁入り当初のお話を、といったリクエストに躊躇しつつも、当時の事を思い浮かべましたところ、
懐かしさも手伝って、再度お話をさせていただきます。

嫁入りと言いましても、結婚式を挙げる訳でもなく、お役所で籍を入れただけで妻となったのでした。
当日、我が家から夫となった男性宅へと、家を後にしたのでした。
当日、父親は仕事の都合で会社に行き家を空けていました。
が、父親が居なかったことが私にとっては幸いなことでした。
父親と言っても男性であることには違いありません。
とても父親に見せられる姿ではありませんでしたから、そこは救われた思いでした。

母親一人、見送る中での嫁入りでした。夫から言われてはいたものの、花嫁衣装は縄である。
と言い聞かされていました。母親は、それだけは許してあげて下さい。
無垢の娘が、それでは余りにも可哀想です。家を出て行く迄は普通の状態で連れて行って下さい。
母親の必死の頼みも虚しく、無慈悲にも母親の見ている前で縄を打たれた私なのでした。

「罪人ではあるまいに、、」と嘆き悲しんだ母親の言葉が、今でも耳に残っています。
まるで昨日のことの様に耳に襲ってきます。
あまりの無残さに、この娘をお嫁には出しません。このお話しは今日この場で無かった事にして下さい。
そう叫んだ母親でした。その言葉を制したのはこの私でした。
父の会社を倒産させてはならない。私達家族だけならまだしも、それなりの数の従業員がいる。
私が犠牲になっても、父と会社、そして従業員の家族を露頭に迷わせるわけには行かないと思ったのでした。

夫に言われるままに洋服を脱ぎました。母の涙の訴えで、下着だけは許して貰いました。
パンティ1枚の裸体となった私は、徐ろに両手を背中の上で組みました。
これも予め夫から言われていたことでしたので従ったまでのことです。
素肌にザラついた縄が容赦なく絡んで来ました。そしてあろうことか猿轡迄も嚙まされだのでした。

声を封じられといったことよりも、グッと頬に食い入る布の厳しさに打ちひしがれた私でした。
何よりも、そんな姿を母親に見せたこと、見せなければならないことに、意識が遠のいてゆくのでした。
「ドサッ」大きな衝撃を受けた母親が私よりも先に畳の上に倒れ込んでしまいました。
失神した母親をその場に置いて、私は夫に縄尻を取られ引き立てられて歩まされるのでした。
玄関先の止められてあった黒光のした車の後部座席に乗せられたのでした。

24年間住み慣れた我が家を後にしたのでした。もう二度と帰ってくることのない我が家。
母親の事が心配で車の中からガラス越しに家の方を振り返りながら泣きました。
後からあとから溢れ出してくる涙は噛まされていた猿轡に吸い取られて行きました。

これが私の嫁入りの状況でした。
24年前の雲ひとつない晴れ渡った美しい空の青さを今でも忘れることが出来ません。

投稿、こちらの文章に関しては読み返しをしていません。
誤字脱字等が有るかも知れませんが悪しからずご了承下さい。
94
削除依頼
2025/02/02 11:39:52 (8MaPkJot)
父親の会社の経営不振。持ち堪える体力も尽きて倒産寸前。
在る投資家の方からの救いの手が差し伸べられて、会社は存続する事が出来たのでした。
以前より我が家に出入りして来ていた初老の男性でした。
奥さんを亡くされて独り身の方。何時も私を見据える視線に何か不安を感じていたのでした。
以前より、私を嫁に欲しいと両親に申し出ていた投資家の男性なのでした。
勿論、両親も私も断り続けていたのでした。
然し、会社経営の危機に際して、父親の苦労を見るに見兼ねた私は結婚の申し出を承諾せざるを得ませんでした。

当時24歳の私。夫となるお相手は62歳。私の父親よりも年上の男性でした。
両親と私が、男性との歳の差だけが結婚反対の理由であったのではありません。
家に訪問して来ては、遠慮会釈なく露骨な話題を放って来るのでした。
聞かされる話しに、両親も私も顔から火の出る程の恥ずかしさに悩まされたものでした。

そして嫁入り、覚悟はしていたと言いえ、現実の厳しさに泣き崩れた私でした。
家で聞かされていた通りの現実が、其処にはありました。
全裸で縛られての床入りでした。初めての男性を受け入れる私には地獄の夜となりました。
その日から20年が瞬く間に過ぎて行きました。40歳も半ばになった私です。

過去の厳しい調教と躾けに、涙の無い日はありませんでした。折檻の日々に泣いた私でした。
でも、被虐の歓び、女の悦びを教えてくださった夫にいまでは感謝しています。
いまでも毎夜、縄付きの床入りで狂わされています。
体力の衰えが目立ってきた夫。代わりに淫指の責めに「堪忍して」と言葉を漏らしている私です。
その後は、心を込めてのお口のご奉仕で、お返しして、喜んで頂いています。
女の幸福とは、その男性に縛られて独占される喜びの中にあるものだと気付きました。
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