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家族は知らない さちの人生

投稿者:働き蜂
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2026/10/18 05:13:40
第八章 — 最後の裏切り

デリヘルの仕事を続けながらも、
さちは“普通の恋愛”を諦めたわけではなかった。

夜の世界に身を置きながらも、
心のどこかで、
「いつか、誰かと穏やかに暮らせる日が来る」
そんな淡い願いを手放せずにいた。

次に出会ったのは、
原発事故で住む場所から避難して来ていた男性だった。

彼は仕事をしていなかったが、
仲間たちと野球をして過ごす日々を楽しんでいた。
その無邪気さが、
さちには眩しく見えた。

彼には最初から、
自分が風俗で働いていることを伝えた。
嘘をつきたくなかったし、
隠したところで、
いつか必ず壊れるとわかっていたからだ。

彼は静かに頷き、
「それでもいいよ」と言った。

その言葉に、
さちは救われた気がした。

彼の野球の試合を見に行くようになり、
仲間たちとも顔を合わせるようになった。
しかし、
その中に、
どこか見覚えのある顔が混じっていることに気づいた。

「……あれ、店に来たことがある客だった気がする」

最初は気のせいだと思った。
だが、
気になり始めると、
ほとんど全員がそうなのではないかという疑念が、
胸の奥で静かに膨らんでいった。

試合のあと、
彼らはよく居酒屋に集まって飲んでいた。
さちは誘われても、
なんとなく行かないほうがいいと感じ、
毎回断っていた。

年末の打ち上げの日、
酔った彼氏から電話が来た。

「今から来てよ。みんな待ってる」

さちは断った。
すると彼は言った。

「じゃあ、今からそっち行くわ」

二十分ほどして、
タクシーがアパートの前に止まった。
降りてきたのは彼だけではなかった。
野球仲間たちが、
数人ずつタクシーに分乗してついてきていた。

「まだ飲むぞー!」

酔った声が、
狭い部屋に押し寄せた。

さちは戸惑ったが、
彼に促され、
輪の中に座った。
ジュースを飲みながら、
静かに時間が過ぎるのを待った。

しかし、
ふとした瞬間、
仲間の一人が、
さちを“源氏名”で呼んだ。

その場の空気が一瞬止まった。
呼んだ本人も、
「しまった」という顔をした。

だが、
その沈黙はすぐに破られた。

「さちさんって、どんなプレイが得意なの?」
「俺、何回か行ったけど、ゴム付き」
「俺は最初からつけてなかったけどな」

酔いが回った声は、
遠慮も配慮もなかった。
彼氏の存在すら、
そこにはなかった。

さちは理解した。

彼氏は最初から、
自分を“仲間内の遊び”として見ていたのだ。

誰かがさちの肩に触れた。
その手は、
拒絶を許さない重さを持っていた。

服が引かれ、
部屋の空気が変わった。

さちはただ一つだけ願った。

「……怪我だけはしたくない」

それだけだった。

夜が深まり、
人が増え、
部屋の空気は濁っていった。

朝になる頃、
部屋に残っていたのは三人だけだった。
彼氏の姿は、
とっくに消えていた。

昼過ぎ、
最後の三人がようやく帰っていった。

部屋には、
静寂だけが残った。

その後、
彼氏とは連絡を取らなかった。
しかし、
野球仲間たちは、
引っ越すまでの間、
ほぼ毎日のように部屋を訪ねてきた。

さちは鍵を開けなかった。
ただ、
ドアの向こうの気配に怯えながら、
息を潜めていた。

しかし、
デリヘルの仕事では、
彼らは客として現れた。

そのとき、
さちは静かに思った。

「揉めるより、金を払ってもらえればいい」

それが、
さちが選べる唯一の“安全”だった。

地元に帰ってきたはずなのに、
冬は冷たく、
風は鋭かった。
その中を歩くさちの影は、
どこまでも細く、
どこまでも長かった
 
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