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家族は知らない さちの人生

投稿者:働き蜂
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2026/10/18 05:04:37
第六章 — 震災の影と帰郷

二十七歳になった頃、
東日本大震災が起きた。

テレビの画面に映る故郷の景色は、
見慣れた街のはずなのに、
どこか別の世界のように見えた。

瓦礫、濁流、崩れた家々。
その中に、
自分が育った町の匂いが確かにあった。

「……帰りたい」

その気持ちは、
突然ではなく、
胸の奥でずっと燻っていたものが、
震災をきっかけに形になっただけだった。

街での生活は、
逃げてきたはずなのに、
結局は孤独の延長でしかなかった。
誰もいない寮の部屋で、
夜の街の喧騒を聞きながら、
さちは何度も思った。

「私はどこに向かっているんだろう」

震災から数ヶ月後、
さちは地元に戻った。

実家の近くに戻ることは、
安心と不安が入り混じった選択だった。
家族との距離は、
震災があっても簡単には埋まらなかった。

それでも、
地元の空気は懐かしかった。
風の匂いも、
夕方の空の色も、
遠くで聞こえる電車の音も。

ただ、
生活のためには働かなければならなかった。

選んだのは、
デリヘルの仕事だった。

夜の世界に戻ることに、
迷いがなかったわけではない。
しかし、
「すぐに稼げる」という現実が、
他の選択肢を消していった。

地元での仕事は、
前とは違う種類の“重さ”があった。

ある客は、
大きなバッグを持って現れた。
中には、
見たこともない数の大人の玩具が詰まっていた。

その客はいつも180分を予約し、
淡々とした口調で言った。

「今日はこれを使う」

部屋に入ると、
さちはまず目隠しをされ、
口を塞がれ、
裸にされ、
両手両足を固定された。

その間、
客は食事をしていた。

テレビの音、
箸が皿に当たる音、
酒の匂い。
それらが、
異常な状況を“日常”のように塗りつぶしていった。

長い時間が過ぎ、
ようやく拘束が解かれると、
客は何も言わずに近づいてきた。

さちは抵抗できなかった。
体が、
もう自分のものではないように感じた。

終わりの合図は、
いつも同じだった。

その客は、
毎月のようにさちを指名した。

なぜ断らなかったのか。
さちは自分に問いかけたことがある。

答えは、
とても静かで、
とても悲しいものだった。

「風俗は、客の要求に応える仕事だと教えられたから」

それが、
さちの中で“当たり前”になっていた。

震災で地元は変わった。
人々の生活も変わった。
しかし、
さちの世界は変わらなかった。

昼間に実家へ顔を出すと、
母は普通に接してくれた。
その普通さが、
逆に胸を締めつけた。

夜になると、
また別の世界に戻る。
その繰り返しが、
さちの二十代後半を静かに削っていった。

地元の空は広く、
星がよく見えた。
しかし、
さちの未来は、
まだどこにも見えなかった。
 
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