2026/09/23 23:19:09
(sCZ7mZZ.)
おにぎりさん、ありがとうございます。
実は、母の激しいセックスを間近で見たのは、15年前の時のみでした。
ですからあれだけの臨場感とともにお伝えすることがもうできないのです。
後から聴いた話ですが、従兄は母の学生時代の写真を見て一目ぼれしたそうです。
しかしその時はまだ子供で、叔母と甥という近い立場ゆえ言い寄ることもかなわず、親父との見合い結婚も黙って見守るしかなかったとのこと。
やがて母が祖父の酒店を継ぎ、ひとりで切り盛りしでっぷり肥ってからも、いつか母とセックスしようとラグビーに打込み、身体を鍛え女性も抱きまくったそうです。
そして大学を出て商社へ就職し、親父の単身赴任を見届けた後時間をかけて母を口説いたそうです。
実際親父は単身赴任先で女を作っていました。従兄によれば母とはタイプの異なる大人しく華奢な人だったそうです。
従兄は親父の行状を知り、一旦は憤慨したものの、考えてみればふたりは祖父の主導でなかば強引に見合い結婚させられたようなものだと考えるようになったそうです。
母と親父双方の話を聞く内、二人をこんな状況へ追いやったのは祖父ではないかと考えるようになり、その血を引く親戚として3人も子育てしたのだし、お互いよい潮時ではないかと円盤に離婚する方向へ取成していったとのこと。
その間に従兄がデカチンであらん限りの欲望を母にぶつけ、見事に自分の女にしたのはこれまで書いてきた通りです。
上の兄弟たちも互いにいい大人なのだからと離婚には反対せず、一切もめることなく籍を外しました。
僕については、母も従兄も大学進学は難しいだろうと考えていた矢先、従兄の会社へ全国展開するリカーショップの事業拡大にかんする仕事が舞込み、母が継いだ酒店を従兄が紹介し、先方もいたく気に入ってトントン拍子でフランチャイズの契約がまとまり、オーナーは母、僕が店長に就くことになったのです。
その間、従兄は大学受験にやる気を失っていた僕の気持ちを察し、大学はいいから簿記の専門学校へ通えるよう段取ってくれました。
そして母から業務を引き継ぎ、それが終わると母は従兄の後について家を出たのです。
その前後から従兄は母をジムに連れて行っていました。筋トレというより腹回りのぜい肉を落とし、爆乳デカ尻は残したまま、40代の美しさやエロさを最大限に引き出せるようなトレーニングを組んだようです。
母の容姿はみるみる変貌し、若い頃の再現とはいきませんでしたが、華やかさと色気をまとったプロポーションを取り戻したのです。
従兄は着飾った母を連れて商談へ向かい、いわゆるコンパニオン的な役どころを与えました。商談を円滑に進め、発展させるための接待要員です。
そして、母は従兄のみならず、多数の男性と関係をもっていったようです。
ただその細かい様子までは、残念ながら僕も現場を見ていないのでわかりません。