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2026/08/17 05:29:43
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佳純です、10日ほど前に義母(主人の母)が胃の手術をすると言う事で、私が主人より先に実家に来ました。
実家は義母と義父に二人暮らしで、実は私たち夫婦も3年ほど前まで住んでいたんです。
主人の転勤で今のところに来たのですが、なかなか子供に恵まれなくて、、
私が来たのが手術後になってしまったんですが、病院で義父と待ち合わせをし義母も無事手術が終わったようで安心しました。
義父と一緒に自宅に帰ると義父一人だったせいか荒れていました。
築100年の家で高台にある平屋、縁側があってそこに日が当たり風が通ると景色も相まってすごくいいんです。
片付けを後に「お義父さん、会いたかった、、」と抱き付いてしまいました。
義父も私を抱き締めてくださり、少しの間抱き合ってのディープキスになってしまいました。
そこへ下の方から車が来て、近くに住んでいるおばさんでした。
私は義父とのキスをやめ、「おばさん、お久しぶりです、」をご挨拶を、、
3年前までここにいたから仲良しなんです。
「佳純ちゃん、お久しぶり、どう、お義母さんは、、」と、おじさんが取ったイノシシのお肉を持ってきてくださり、少し世間話をして帰っていきました。
高台なので誰かが来ると車で分かるんです。
また私と義父の二人になってしまいましたが、おばさんに邪魔されてしまったので夜までお預けになってしまいました。
部屋の片づけをし夕食を作りお風呂を沸かして、義父と二人で入りました。
私たち二人一緒に住んでいたころから仲が良く体の関係になっていたんです。
4年前に一度子供を授かったのですが流れてしまい、私は義父の子供と思っています。
義父の背中を流すのもお正月ぶり、あの時は主人も帰っていて二人買い物と言って街のラブホに入り背中を流していました。
あの日、義父の体を洗っていると、久しぶりに抱いてもらえるんだと思いつい義父の体を抱き締めてしまいました。
「佳純ちゃん、まだこんな関係でいいのかな。」
「いいに決まっているじゃないですか、あの時は子供を流してしまってごめんなさい。」
「仕方ないよ、だれの責任と言う事はない、あの子の運命だったんだ、」
私はその言葉に救われた気がしました。
食事をしたあとお義父さんと二人で寝床に入り、抱き合ってキスから始まりお互いの性器を舐め合って体を重ねていきました。
畑仕事をしている義父の逞しいからだ、力強いオチンチンに何度もいかされ義父の熱いものが私の中へ入ってきました。
一度だけではなく休憩したらまた大きく硬くなってきてまた重なり、、それが何度も、、
翌朝も起きると義父が4度目を求めてくるんです。
それでも早起きしていつものように畑仕事に行き、新鮮な野菜を取って帰って来るのです。
お昼前、義母のお見舞いに行く前に義父ったら、私を縁側に座らせ足を開いてしゃがんで股間を舐めてくるんです。
少し大き目のワンピ姿の私、陽が差している庭先と言う事で「恥ずかしい、、」と言っても聞いてはくれません。
それでも、「早くお義母さんのお見舞いに行かなくては、、」と言うと諦めてくれるんです。
その代わり私も、「お義父さん、これを着けてくれないと私浮気をしてしまうかもよ。」と言うと、義父は思い出したようにニコッと笑ってくれるんです。
私が出したものは義父が昔買ってくれた玩具の貞操帯。
ここへ帰ってきたときは時々これを着けてみんなの前に出て、義父に外して貰って抱かれるのが楽しみでした。
だからあの日も貞操帯を着けショーツも穿かずに義母のお見舞いに行ったのでした。
そして帰って来ると義父に外してもらい抱かれる毎日でした。
先週の中頃からは主人も来て三人の生活になりました。
義父との体の関係は一旦中止になり、それでも主人に分からないように貞操帯だけは着けお墓参りにも行きました。
昨日、主人がお仕事にため先に帰りまた義父との二人だけになってしまいました。
3人で義母のお見舞いに行き駅まで見送り、そのあと義父の我慢が限界だったようで二人でラブホテルに入り貞操帯を外してもらいました。
お風呂にも入れてもらえず私の股間をむしょぼりつく義父に、私も義父の頭を持って股間に押し付けていました。
たかが4日間の中断でしたが、私にも義父にもそれが1か月、いいえ2カ月3カ月にも思ったのです。
義父も私もセックスで身体を鎮め、また貞操帯を着けて家に帰ったのでした。
それでも夕べは途中休憩しながらですが3回も頑張ってくださいました。
さっき義父が起きて来て、「何をしているんだ、、」と聞いてきました。
「PCを使って少しお仕事を、、もう終わるからお布団の中で待っていてください。」と嘘を言ってしまいました。
これからまたお義父さんに抱かれに行ってきます。
お義母さんが退院するまではいるつもりです。
まだまだ日にちも時間もたっぷりとあります。