結婚して6年、俺は34歳で妻が30歳の時、義父が57歳の若さで亡くなった。 54歳の義母は泣き崩れ、妻と二人で支えていないと倒れそうなほど憔悴しきっていた。 義父母はおしどり夫婦、お盆で泊まりに行ったとき、ビールを飲み過ぎて夜中にトイレに行くと、暑い夜に少し開けた襖から義母の小さな喘ぎ声が聞こえていたのを思い出した。 アラフィフの夫婦がセックスしていることに驚いたとともに、俺もそんな仲睦まじい夫婦になりたいと思った。 暫くは、一人娘の妻が実家に残り、義母の世話を焼いていた。 次男坊の俺は同居を申し出て、妻の実家をリフォームしてマスオさんとなった。 アパートと違って、夫婦の部屋と子供部屋に距離があり、更に夫婦の寝室は手前の六畳間を通り過ぎた奥の四畳半になっていたから、思う存分夫婦の営みができた。 しかし、その真下が義母の部屋で、営んだ翌日、 「あなたたち、仲が良くていいわねぇ。どんどんお励みなさい。一人になってからでは、したくてもできないんだからね。」 と言われたので、営みの振動が下階に伝わっていたのだろう。 義父の三回忌が過ぎた頃から、義母は友人と旅行に行ったり、すっかり元気を取り戻したのを見て、安心するとともに、女の強さを感じた。 男の方が残されたら、こうはいかないだろうと感じた。 それとともに、義母に色気を感じるようになった。 同じ屋根の下にいる義母は当時56歳、20歳年上の熟女だったが、愛する妻の母親だけに妻に似た可愛さが面影にあって、妻同様に年齢よりはずっと若く見えた。 義母と初めて間違いを起こしたのが丁度その頃だった。 ある休日、子供たちと妻が子供たちの友達母子とポケモンの映画を見に行った。 俺が起きてきたのと同時に、 「あなた、行ってくるわね。着替えはリビングにあるから、脱いだものは洗濯機に放り込んでね。ご飯はお母さんに頼んでおいたからね。」 と言って出かけていった。 俺がリビングで着替えていると、義母がやってきて、パンツ一丁の俺を見て、 「あら、ゴメンナサイ。娘の大事な和真さんの裸を見てしまったわ・・・」 と言ったので、 「そんな、お義母さんに意識されるとこっちも焦っちゃいますよ。」 というと、 「昨夜もお励みだったみたいだしね。あの子が羨ましいわあ・・・」 「お義父さんと仲良かったですもんね、お義母さん・・・」 「まさか娘に和真さんを貸してなんて言えないしね。」 「また、何を・・・」 「冗談よ。こんなおばあちゃん相手にできないわよねえ。」 「そんなこと無いですよ。お義母さん、可愛いし、俺、アリですよ。」 この後、暫くの沈黙の後、パンツの上から義母が肉棒を触ってきたのだ。 リビングから義母に手を引かれ、玄関わきの義母の部屋へ・・・ 一枚ずつ着衣を脱いでいく義母・・・ 56歳の身体は思いのほか引き締まり、緩みもなく、妻と同じくらいの小振りな胸が可愛かった。 部屋中に昭和の色香が漂えば、仄かに香り立つ熟女の艶かしさ、そしてとこの所作を心得た身のこなし、媚薬のように流し目で見つめられれば、俺のイチモツは淫気に奮い立った。 古勃起して、パンツのゴムからはみ出した亀頭を見て、 「まあ、凄い。若いのね・・・」 義母にパンツを脱がされると、昨夜の妻の愛液の残り香がムワッと匂いたった。 温かき熟した女体の抱擁を堪能すれば、義母の肌も色めき立ち、片手で十分治まる乳房を揉みしだけば、甘い吐息が漏れ、義母は座布団の上に崩れ落ちた。 開いた股間には、ドドメ色に変色した塾穴が既にヨダレを流して娘婿の肉棒を待っていた。 ゆっくりと義母の塾穴に肉棒を挿し込んだ。 長年義父が愛したドドメ色のビラ肉が肉棒の出し入れにはためき、えも言われん快感で肉棒を包み込んだ。 姦淫に溺れる未亡人は義母、亡き義父に愛されることが無くなった悲哀の塾穴が禁忌の肉欲を喰らいしとどに濡れた。 娘婿との情事に没頭し、夢中でまぐわう背徳の淫奔に、亡き義父を思う哀れな義母は、姦淫に潮噴きで応え、義理の息子に中出しを乞いながら、 「お義母さん、出します!中に出します!ウウッ!」 ドクドクドクドクドクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・ 「アアアアァ~~~和真さん・・・・」 中出し姦淫にヨガり乱れた。 貞淑で可愛い義母のイメージが崩れていった。 最初の時こそ、 「ああ、私ったらなんてことを・・・」 と贖罪の念に駆られていたが、夜、俺と妻の営みを下階で感じるともよおすらしく、翌朝、義母の俺を見る目が色気づいているような気がした。 初めての間違いから一月後、前夜の激しい営みを下階で聞いていた義母は、 「和真さん・・・何とかならないかしら・・・もう、疼いちゃって・・・」 俺はその日、午後から休暇を取って義母と待ち合わせて、義母とラブホへしけこんだ。 あまり気にせず入ったラブホだったが、中には高速椅子やら奇妙な淫具が揃っていて、一目でSM部屋だと分かった。 義母と入浴した後、義母を拘束椅子に座らせて手足を縛り、脇のハンドルを回すと足が広がっていき、屈辱の開脚状態で塾穴露出を強いられた。 「ああ・・・こんな恥ずかしい・・・」 「お義母さん、お義父さんにずいぶん愛されましたね。イヤらしいオマンコになってますよ。」 義理の息子に肉裂を捲られながら、肉マメを嬲られて、 「アァアァァ、恥ずかしい、恥ずかしい・・・・」 恥じらいに顔を赤らめた。 肉マメはローターが貼り付けられ、塾穴はバイブで汚辱され、のた打ち回りながら逝き乱れ、56歳の美身は淫虐に染め上げられていった。 繰り返される恥辱凌辱に淫汁の飛沫を噴きあげ、 「アアァ、アアアアァ、お願いだから和真さん、本物でついてくださいな・・・」 屈辱の開脚のまま、生肉棒を突き刺して塾穴内射精を繰り返され、義母はあまりの恥辱快楽に白目を剥いて気を失った。 あれ以来、月に2回、義母と密会して緊縛調教に明け暮れ、義母を羞恥と快楽に狂わせた。 妻との営み、そして義母への羞恥責め、気が付けば俺は44歳、妻は40歳、義母は64歳になっていた。 縄で縛られた義母が、還暦を過ぎた老穴から娘婿の精液を垂れ流し、快感に痙攣していた。 「和真さん、今までありがとう。」 「どうしたんですか、お義母さん。」 「もう、今日で最後にしましょう。もう、十分気持ちいいこと経験させてもらったから・・・」 そう言った義母は、その二週間後に検査入院し、手術、しかし、3か月後に息を引き取った。 今年、義母の三回忌がやってくる。 写真の義母は、優しく微笑む可愛い女性で、貞淑なおばあちゃんだ。 あの日、人間ドッグで指揮を悟った義母が最後の逢引に何を思ったか知らないが、俺は、義母が貞淑と羞恥と快楽に生きたことは、墓場まで持っていくつもりだ。