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1
2015/07/17 16:06:18 (895bltZd)
小さな足音が聞こえ、襖戸の開く音に目をやると、朝
の服装に戻っている義母が顔を俯けて入ってきました。
 薄いピンクのアンサンブルと濃紺のタイトスカート姿
で、眼鏡をかけた顔の化粧もし直したのか、赤いルージ
ュが鮮やかでした。
 「…お腹空いてるでしょ。何もないけどお握り作った
から、ダイニングに…」
 やはり僕とは目を合わそうとはせず、色白の顔を俯け
たまま、呟くような声でいってきました。
 「ありがとう―」
 とだけ言葉を返して、そそくさと下着を穿きジャージ
ー姿に戻り、僕はダイニングに向かいました。
 テーブルの上には丸い皿に何個かの海苔で巻かれた小
さな握り飯が並び、横の皿には僕の好物の卵焼きが置か
れていました。
 僕より少し遅れて入ってきた義母が調理台に向かい、
鍋から湯気の立った味噌汁をお椀に入れて、椅子に座っ
た僕の前に置いてくれました。
 こんな時に義母にどういう言葉をかけたらいいのかわ
からず、
 「いただきます―」
 とだけ照れ隠しのような声でいって、僕は味噌汁を口
に運びました。
 そのまま居間のソファにでもいくのかと思っていた義
母が、どういうわけか僕の真正面に座ってきました。
 「浩二さん…食べながらでいいから聞いて」
 眼鏡の細いフレームに手を当て、義母が神妙な顔つき
で徐に切り出してきました。
 「もう、六時には由美が帰ってくるけど…私たち…こ
れからどうなるの?…あなたを…あなたを、私…拒めなく
なってきてる。…それが、とても怖いの」
 蒼白に近い顔と眼鏡の奥の目に、不安と慄きの表情を
深く漂わせて、言葉を少しいい澱ませ気味に義母がいっ
てきていましたが、僕はそんな彼女の切実そうな声を無
視するかのように食べることに専念していました。
 道理に満ちた理性がまた義母の心に蘇っているのだと
思っていました。
 義母の悔恨と慙愧の言葉はしばらく続き、
 「…このままでは私たち…地獄に堕ちるわ」
 とか細い肩を沈ませて気弱くいった時、
 「お尻の穴まで犯されてよがり狂った女がよくいうね」
 と途方もない下品な言葉を吐いた僕に、彼女は信じら
れないという驚きの表情で目を大きく見開いていました。
 義母のまたしても目覚めた理性を一気にへし曲げるた
めに、故意的にいった言葉でした。
 「でも、好きだよ。亜紀子のあの時の顔。死ぬほど好
きだ」
 それは僕の本当の気持ちでした。
 「いっただろ、前にも。…地獄に堕ちる時は僕も一緒
だって」
 「…こんな年で…それにもましてあなたの義理とはい
え母親なのに…あなたを好きになっている私が…私が本
当に怖い」
 「ごちそうさま、お腹空いてたから美味しかった。卵
焼き最高だったよ」
 明るくそういってから、
 「亜紀子、こちらへおいで」
 と唐突に言葉を続け足しました。
 え?という表情を浮かべた義母でしたが、少しの躊躇い
の後、彼女が椅子を立ち上がりしずしずと僕の側に寄っ
てきていました。
 近くまできた義母の細い手首を捉え、そのまま自分の
ほうへ引き寄せると、彼女の小さな身体は他愛もなく椅
子に座った僕の胸に倒れ込んできました。
 そのまま両腕で包み込むようにして、僕は義母を抱き
締めました。
 間髪を入れることなく義母の唇を奪い重ねました。
 「ううっ…むむぅ」
 と慌てたように小さく呻く義母でしたが、すぐにその
全身から力が抜け、両腕を自分から僕の首に巻きつけて
きていました。
 僕の太腿の上に腰を落とし身を預けながら、義母は自
分の心の中の何かを消し去りたいかのように、首に巻き
つけた手に力を込め、自分の舌を激しく僕の舌に絡みつ
けてきていました。
 まるで愛し合う恋人同士のような抱擁は長く続きまし
た。
 お互いの息が感じあえるくらいに顔と顔を寄せ合って
いる時、
 「亜紀子、もう一度いうけど、二度と悔やみの言葉は
僕の前でいわないでくれよ」
 と義母に向かっていいました。
 「…はい…でも、ほんとに」
 「亜紀子の身体だけじゃない。全部、好きなんだ」
 「…私も…こんな年なのに…浩二さんが好きに」
 「そういえばさ、さっき食事の時、居間のテレビで歌
番組やってたけど…誰だったかな?三味線持ってて演歌
の…長山なんとかって人、亜紀子にそっくりだなぁって
思ってた」
 「気がつかなかったわ…」
 「亜紀子が若い頃、由美と一緒に写ってた写真見せて
もらったことあるけど、似てたよ」
 「…そう。あ、そういえば、あなたが寝ている時、自
治会長さんから電話あったの」
 「自治会長から?…何て?」
 「明日ね、この辺が選挙区の国会議員の候補の方が集
会所に来るので、急で悪いんだけど出てくれないかって
頼まれたの。それが午前と午後の二回もあって、夕方ま
で拘束されそうで」
 「そうなんだ…」
 僕が少ししょげた顔すると、
 「…断わり…ましょうか?」
 と義母が思い直すような表情で言葉を返してきました。
 「あ、いやっ、いいよ。町内のお付き合いも大事だか
ら行ったらいいよ。…ぼ、僕もそういえば出かけるかも
知れないから」
 義母の言葉を聞いて、僕の頭の中は目まぐるしく機転
を働かせていました。
 それならそれでいいと僕は考えていました。
 これからも土日には、いつでも義母と一緒にいれると
いう確信めいたものが僕の胸にありました。
 義母が留守の間に、彼女のあの日記を読もうと思った
のです。
 そしてもし時間がまだあれば、あの野村加奈子に連絡
を取ってみようとも考えていました。
 「あ、それともう一つ…」
 「何、もう一つって?」
 「昨日、居間のソファの下にね、あなたにこの前玄関
で…口紅拭うのに渡したハンカチ落ちてたのよ」
 「ああ…背広のポケットに入れたままだった」
 「それが落ちたのね…見つけたのが私だからよかった
けど」
 「そうだね、亜紀子でよかった」
 お互いがほんの少しだけひやりとする会話で終わり、
僕は義母から離れ居間に移ったのでした…。

        続く
 
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15
投稿者:コウジ
2015/07/24 16:55:55    (O8.CVxac)
集会所の駐車場で十分ほど待っていると、車のフ
ロントガラスに小柄な義母が、まだ少し足を引きず
るようにして、こちらに向かってくるのが見えまし
た。
 と、その義母の背後から口に手を当て声を出しな
がら、小走りに駆け寄ってきている初老の男がいま
した。
 その男は義母を呼んでいたようで、彼女は立ち止
まり振り返りました。
 男が義母に追いつき、そこで立ち話が始まりまし
た。
 見るともなしに二人の身振りを見ていると、初老
の男のほうが義母に何かを懇願しているのか、ペコ
ペコと頭を下げたり、彼女の服の裾を引っ張ったり
していました。
 逆に義母のほうは困ったような顔をして、胸のあ
たりで手を何度も横に振り、相手に対し断わりの所
作を見せていました。
 やがて義母は男を振り切るようにして、僕の車に
向けて歩いてきました。
 「今、亜紀子に頭を下げてた人、たしか自治会長
の小村さんだったよね?」
 心なしか嬉しげに顔を綻ばせながら助手席に乗り
込んできた義母と、二言三言の言葉を交わした後、
僕が彼女に尋ねると、
 「そうなの。この後役員だけの食事会があるので
出てくれって」
 「あの人の次男が僕と高校の同級生でね。家にも
一、二度遊びに行ったことがある。お金持ちですご
く立派な家だったな」
 「そうね。どこか大手の建設会社の役員か何かを
してらして、定年退職なさって悠々自適の方だって
聞いてるけど」
 「そうみたいだね。僕の同級生も大学中退してか
ら、長く定職にもつかずプータローみたいにしてて、
今は何かあまり名前のよく知らない芸能プロダクシ
ョンかに入って、映画の監督してるとかいってたな
ぁ。…高校卒業してからはあまり付き合いはないん
だけどね」
 「私…あの小村さんって人、あまり好きじゃない」
 普段から他人の悪口など一度もいったこのない義
母が、小さな顔を少ししかめながらそういったので、
 「何?…何かあったの?あの人と」
 と僕は少し気になったので問い返しました。
 「ううん…何も…何もないわ」
 車はあっという間に自宅に着き、駐車場に車を入
れた時、僕は思い出したように、
 「由美から電話あった?」
 と義母に聞きました。
 「あったわ…緊急なPTA総会があるので遅くなる
って…」
 「僕にもあった。苛め問題で今学校も大変みたい
だね」
 「身体毀さなければいいのに…」
 時計を見ると五時過ぎでした。
 妻の由美の帰宅まで四時間ほどの時間がありまし
たが、その場は二人とも何故かそのことには触れな
いまま、玄関戸を開けて中に入りました。
 「お買い物できなかったから、ある物でいいかし
ら?」
 エプロンを腰に巻きダイニングに入った義母は、
冷蔵庫を開け食材の幾つかを取り出し、調理台や
流し台付近を小まめに動き回り出しました。
 三十分も経たない間に、食卓に色鮮やかな料理
の盛られた皿が幾つも並び、二人きりの静かな食
事が終わったのは七時少し前でした。
 昼間の若い加奈子との思わぬ情交の疲れもあっ
たのか、居間で半分居眠り加減でテレビを見てい
た僕に、洗い物を済ませた義母が、
 「浩二さん、疲れてるの?」
 と背後から優しく声をかけてきていました。
 「ああ、いやっ…そうでもないんだけど」
 「…お昼はどこに?」
 「ん?…どうして?」
 「ううん…何もだけど…でも」
 「でも、何?」
 「さっき車に乗せてもらった時…あなたから…い
つもと違うような匂いしたから」
 「えっ?…あっ、ああ…昼間は仕事の関係で女の
人何人かと会ってたから」
 「…そう…ごめんなさい、嫌なこと聞いて」
 「四十代の奥様連中四、五人と会ってたから」
 「もういいの。…私、お室にいってるわ」
 義母が居間を出ていった後、自分の両腕に顔を当
て鼻で息を吸いながら、内心で女の直感的な感覚に、
少し肝を冷やしていました。
 それにしても義母はどういう気持ちで、僕に疑念
の言葉を向けてきたのかが不思議でした。
 まさか、あの義母がこの僕に嫉妬なんていうこと
はないはずでしたが、彼女は僕の身体から間違いな
く異質の、それも女の匂いを敏感に嗅ぎ取っていた
のです。
 野村加奈子のアパートを出る前、彼女がシャワー
浴びていきますか?と聞いてきたのを僕は断わって
いたのでした。
 このことはもしかしたら、義母から僕への暗黙の
忠告だったのかと思いました。
 僕の鈍感さや不注意で、もし義母との関係が妻の
由美に知れたら、救いようのない事態になります。
 そのことへの対応策など何一つ持ち合わせていな
いまま、僕は本能と感情の赴くまま義母の身体を求
めていました。
 現に今も由美の帰宅が遅くなるということを知り、
僕は残された時間の中で義母を抱こうかと、不埒な
考えを巡らせていたのでした。
 これだけのことを仕出かしている僕は、もっと全
てにおいて細心の注意を払うべきなのでした。
 義母の言葉を馬鹿みたいに嫉妬などと思わず、忠
告と理解するのが僕の急務でした。
 それが僕だけでなく、義母もそして妻の由美も含
めたこの家族を幸せを維持する唯一無二の手段なの
でした。
 肩で大きな息を吐きながら何気にテーブルに置い
た携帯に目をやると、着信を告げる赤い小さなラン
プが点いていました。
 開けるとあの野村加奈子からのメールが入ってい
ました。
 着信時刻は帰宅してすぐのことでした。
 マナーモードにして服のポケットに入っていたの
で、僕が気づかなかったようです。
 (今日は素敵な一日をありがとうございました。あ
なたと過ごせた何時間で、私はまた仕事も一生懸命
できます。実は、最近仕事の人間関係で悩み、気持
ちがへこんでいました。でも、あなたが私に会いに
来てくれて、そして抱いてくれました。それだけで
加奈子はとても幸せです。またいつかきっと会える
ことを信じています。さようなら)
という文面でしたが、義母の忠告の言葉もあり、自
分自身も反省の気持ちに深く浸っていたので、その
まま気持ち的にも感慨するものはなく、僕はそのメ
ールを急いで削除していました。
 そして少し思うことがあったので、僕はソファか
ら立ち上がり、義母の寝室に向かいました…。


      続く



 


14
投稿者:コウジ
2015/07/23 23:10:51    (T3iywrJo)
野村加奈子の住むアパートは、郊外に出てすぐの
田園地帯に新しく造成された団地の一画にありまし
た。
 ここへ来るまでの道すがら、野村加奈子が僕と会
いたいという目的が何なのかをもう一度考えようと
しましたが、昼までに読んだ義母の日記が断片的に
思い浮かんできて、結局は何も掴めないまま、彼女
の室のドアの前に立ちました。
 チャイムボタンを押すと中からすぐに返事があり、
内から外にドアが開きました。
 ショッキングピンクのような鮮やかな色に白の太
い横縞の入ったざっくりとしたセーター姿の加奈子
の白い歯を見せた顔が見えました。
 セーターの胸が大きなVネックになっていて、乳
房の割れ目が少し覗き見え、僕は少し驚き慌てたよ
うな顔をしたのだと思いますが、
 「こんにちは」
 と加奈子は屈託のない笑顔を満開にして迎え入れ
てくれました。
 少したじろいだ気分で急な訪問の詫びをいうと、
 「来てくれて嬉しいです」
 と加奈子はまた明るく微笑むのでした。
 室は洋間のワンルーム形式になっていて、畳八畳
ほどの室全体が薄い黄色のクロス壁で統一されてい
ました。
 手前がダイニングと流し台で、右側の壁に沿って
ベッドがあり、反対側に若い女の子らしい洒落た鏡
台と机が並び、中央に少し長めのソファとガラス製
の小さなテーブルがありました。
 ソファもベッドカバーの色も壁の色を基調に合わ
されていて、室のあちこちに動物の縫いぐるみが置
かれていたりして、室内に漂う甘酸っぱい香りと共
に、若い女の子の室らしい雰囲気は充分に出ていま
した。
 若い女の子の室に招かれるということはこれまで
にほとんど経験のなかった僕は、中央のソファに座
らされてからも、目を何度もしばたたかせて落ち着
きのなさを露呈していたのだと思います。
 「綺麗にしてるんですね。やっぱり女の子の室は
違うな」
 「今日は朝から早起きして一生懸命お掃除したん
ですよ。男の人子の室に入れるの初めてですから…」
 加奈子はダイニングでコーヒーの用意をしながら、
悪戯っぽい笑顔を返してきました。
 まだ少し落ち着かない気分で加奈子が淹れてくれ
たコーヒーを口に運びながら、
 「…それで、加奈子さん。この前から僕と会いた
いといっていたのは、何だったのかな?」
 と少し改まったような口調で尋ねました。
 「ごめんなさい、私のほうこそ。それほど面識も
ない人に、突然無理なお願いしちゃって」
 ソファに座った僕の斜め前で、薄黄色に毛羽立っ
たカーペットに座り込んだ加奈子が、かすかに顔を
曇らせ気味にして、薄く栗毛色に染めた少し長めの
髪を揺らせながらぺこんと頭を下げてきました。
 「…いつだったか、君からの告白メール読ませて
もらいました。随分、大変な経験してるんだね」
 そういいながら僕は少しこそばゆく面映い気分に
なっていましたが、
 「そのことの相談なのかな?」
 とかまわず問いかけました。
 「いえ、もうあれは随分昔のお話で、いつまでも
引きずってはいませんから…でも、そのことも少し
は関係あるかも…です」
 加奈子の愛くるしい顔が何かをいい澱んでいるよ
うに見えました。
 「…病院でのこと?」
 「………‥」
 「僕と義母のこと見たんだ?」
 「…見るつもりは」
 「何か誰かに見られているような気が少ししてた。
隠すつもりはないから、何かいいたいことあったら
いっていいよ」
 「何も…なにもありません。ごめんなさい…」
 「謝ることじゃないさ。じゃ、何なの?」
 「あの…怒らないで聞いてくれます?」
 「うん―」
 「あの時の…少ししか見れなかったんですけど…
先生のお顔と白いお肌、とても綺麗に見えました」
 「見られてたんだ、やっぱり」
 「あ、あなたと先生がどういうご関係なのかは知
ってます。でも、それはいいんです。私もいえる立
場ではないですし…」
 何かまだ加奈子の話は核心に届いていない気がし
ていました。
 彼女の驚愕の真意がわかったのは、それから数分
後のことでした。
「えっ?…き、君が僕を?」
 飲みかけていたコーヒーを思わず吹きこぼしそう
になるくらいの、加奈子からの突然の告白でした。
 「あなたのことが好きです…」
 全く予期していなかった言葉でした。
 「ど、どういうこと?…だって君とは」
 鳩が豆鉄砲をくらう以上の、加奈子のあまりに唐
突過ぎる発言に、平静心を完全に失くした僕は戸惑
いを大きくしながら、そう聞き返すのがやっとでし
た。
 僕の記憶では、加奈子とこれまでに言葉を交わし
たのは二、三度くらいで、それも挨拶程度のやり取
りだけで、印象に残るようなものは何もありません
でした。
 初対面の時、ああ、制服姿のよく似合う可愛い子
だな、とそう思ったのは事実です。
 小ぶりな愛くるしい顔と、あまり化粧っ気のない
健康的な肌が魅力的だとは少し思いました。
 それはしかし、普通の男なら誰にでもある一見的
にかすかにときめいた程度のことでした。
 それに何よりも、普段の自分は今風のイケメンと
いうタイプで全くなく、どこにでもいるただの普通
の男だということは、僕自身が一番自覚しているこ
とでした。
 「一番最初は、病院の廊下ですれ違った時でした。
恥ずかしいんですけど、私その時、自分の足が金縛
りにあったように止まってしまったのを、今でも覚
えています。そしたらあなたが、私の恩師の室に入
っていくのが見えて」
 「そうなの…」
 「…ほんと、自分でもわからないんです。あんな
にひどくときめいたのは、生まれて初めてです」
 「ちょっと待って。嬉しい言葉だけど、何か買い
被られているようだね」
 「私、真剣ですっ。…今でもあなたのどこがとか
何がとかはわからないんですけど、全部が好きなん
ですっ」
 男としては嘘でも嬉しい愛の告白の言葉でしたが、
その時の僕の心には、まるで想定も準備もされてい
なかった彼女の発言だったので、僕はすっかりあた
ふたと動揺してしまっていました。
 「あ、ありがたく嬉しい言葉だけど…で、その僕
にどうしろと?」
 「何もしてほしいことはありません。あなたに奥
様がいらっしゃって、あんな素敵なお義母様がお見
えだということも承知で、無理なお願いなんですが、
私とお付き合いしていただくわけにはいかないでし
ょうか?」
 と加奈子に思い詰めたような表情でそういわれ、
僕の困惑と動揺は益々増大するばかりでした。
 真剣な面持ちで目の前にいる加奈子はまだ二十代
そこそこの年齢のはずで、僕とは十年くらいの年の
差だと思いますが、その当事者でありながら、若い
彼女のエキセントリックで感覚的な言葉が、僕には
まだほとんど理解できていませんでした。
 一目惚れという言葉があり、他人のそういう話も
過去に何度か耳にしたことはありますが、不肖なが
ら僕のこのどこにでもあるような普通の顔と、背も
それほど高くもない普通の体型の男が、若い娘から
いきなり愛の告白を受けるという、その対象になる
こと自体が信じられませんでした。
 しかし今、若い加奈子が真剣な表情で僕にぶつけ
てきている、何か思い詰めたような視線の強さは、
男の僕のほうが少したじろぐような真剣さがあり、
僕は息を一つ大きく吐いて、
 「君も見てたように、僕は義理の母親でも、ああ
して平気で抱ける厭らしい男だよ。若い君に好かれ
る要素は、多分どこにもないと思う」
 と卑下的に切り出すと、それを遮るように、
 「そういうことは問題じゃありませんっ。そうい
うあなたでも好きなんですっ」
 加奈子は腰を少し上げ身を乗り出すようにして、
真剣な眼差しをまた僕にぶつけてきていました。
 僕のその時の目は加奈子の強い視線からすぐに
逸れ、不埒なことでしたが上から覗き見える彼女
の乳房の谷間に目をやっていました。
 「今だってね。若い君の室に入って僕は少し興
奮してしまっている。そのセーターの下の若い君
の身体を想像してた。…こんな男だよ、僕は」
 加奈子の胸の谷間を垣間見て咄嗟に思いついた
言葉を僕は吐きました。
 心のどこかで、若い子によくある狭窄な視野だ
けで、ただの凡人にしか過ぎない僕を勝手に偶像
化している加奈子の気持ちを目覚めさせたいとい
う思いも少なからずありました。
 「君にも見られてるんだろうけど、僕は義理の
母親に対しても、卑猥で厭らしい行為や言葉を要
求して虐めている。昨日も妻のいない家で義母を
抱いたりしてる。君が誰かにこのことを話したら、
そこで僕の人生は終わる。そういう瀬戸際にいる
どうしようもない男なんだよ、僕は」
 半分以上は僕の正直な気持ちでしたが、それで
若くまだ先のある加奈子が、自分に愛想をつかし
離れてくれればいいという、今の僕にはおよそ不
似合いな、仏心めいた心情もありました。
 「私はかまいません。あなたにいわれることは、
どんなことでもできます」
 またしても予期していない加奈子の返答に、つ
たなく賢くもない僕の心は右往左往するだけでし
た。
 それだけでなく、間近にいる加奈子の、今日は
少し濃いめかも知れない化粧をした顔を見ていて、
今彼女にいった言葉とは間逆の、卑猥で黒ずんだ
欲望が僕の心の中に、愚かにも沸々と湧き上がっ
てきているのがわかりました。
 「…ここで、そのセーター脱げる?」
 いいながら、僕は自分でも少し驚いていました。
 加奈子から平手打ちの一つも飛んできかねない
言葉でしたが、それならそれでいいという思いで
した。
 しかし彼女からの返答は、
 「はい…」
 の短い一言でした。
 「僕の前で、ほんとに裸になれるか?」
 「あなたが、そうしろというなら…なれます」
 「なってごらん。一枚ずつゆっくり脱ぐんだ」
 僕の心から理性や良心が消えていっているのが、
おぼろげにわかりました。
 加奈子は正座する姿勢になり、紅く引いたルー
ジュの唇を噤むようにして、胸の前で両腕を交差
させてセーターの裾を掴んでいました。
 そのままセーターは加奈子の手でたくし上げられ、
彼女の頭を通り抜けました。
 ワインレッドのような鮮やかな色のブラジャーが
露出しました。
 前に突き出るような膨らみと若々しい張りのある
乳房が、ブラジャーの下で窮屈そうにしていて、真
ん中で意外と深い谷間を形成していました。
 三十代半ばの妻にも、そしてあの義母にもない張
り詰めたような肌質に、僕は心の中で小さく感嘆の
声を上げていました。
 加奈子の手が躊躇いをそれほど見せることなく背
中に廻り、ブラジャーのホックを外しにかかってい
ました。
 彼女の乳房がそれまでの窮屈さから解放されたよ
うに、ぷるんと小さな乳首とともに前に顕われ出ま
した。
 脱いだブラジャーを下に置くと、若い加奈子はさ
すがに両手を胸で交差させて、少し気恥ずかしげに
顔を俯けました。
 「か、加奈子って呼んでいいかな?…若くて素敵
な身体してるけど、加奈子の体型教えて」
 展開の予期せぬ大きな変動に、僕の内心はまだ少
し動揺と戸惑いの中にいて、声もやや上ずり気味で
した。
 「えっと…身長は百五十八センチで、体重は四十
六、七キロです」
 「スリーサイズは?」
 「八十六、六十、八十八…くらいです」
 「前の手を下ろして…おっぱい意外と大きいんだ
ね」
 「そうですか…」
 「下も全部脱げる?」
 「…はい」
 「室、暖房入れてくれてるから寒くないよね?…
そこで立って脱いで」
 加奈子の下はジーンズの半ズボンのようなものを
穿いていました。
 上半身裸のまま彼女はその場に立ち、正面を向い
たままズボンのホックを外し取りました。
 脱ぎ捨てたブラジャーと揃いの色のショーツが見
えました。
 かたちよく窪んだ腰の下で、ワインレッド色の小
さな布地がはち切れそうに肌に喰い込んでいました。
 加奈子はかすかに羞恥の表情を浮かべ、かたちよ
く尖った顎から首筋のあたりを仄赤く染めながらも、
小さなショーツの後ろに手をかけて下げ下ろしまし
た。
 栗毛色に染めた柔らかそうな髪とは少し不釣合い
な感じの濃い茂みが、細い足の付け根から見えまし
た。
 「いい身体してるね。…恥ずかしくないの?」
 と僕は故意的に冷静な口調で尋ねました。
 「は、恥ずかしいです。…男の人の前で、こんな
こと」
 「今ならまだ止めれるよ。僕は君が思っているほ
どのカッコよくて素敵な男じゃないかも知れないよ。
…多分もっと悪い男だ。君をもっと辱めるかも知れ
ない」
 「…あ、あなたがそう望まれるなら」
 「わからないなぁ。君のように若くて綺麗な女の
子が、どうして僕みたいな男を…」
 「あ、あなたのお好きに…」
 「そこに座って。両手を後ろについてこっちを向
いて。…両足拡げてね」
 ここへ来る車の中ではまるで想像していなかった
出来事が、強姦魔のように暴力的に強制するのでも
ないまま、僕の言葉で思う通りに進行していくのが
不思議な気がしていました。
 この娘はどこか頭がおかしいのではないのか、と
いう気持ちを抱きながらも、室内の暖かさや女性の
室らしい艶かしさが、凡人の僕の精神を毀しにかか
ってきていました。
 加奈子は僕の命令通りの姿勢をカーペットの上で
とっていました。
 両手を後ろにつき、両足を折り曲げたまま少し開
いていて、その奥の漆黒の茂みがはっきりと見えて
いました。
 「こ、これでいいですか?」
 と朱色に染まった顔を俯けたまま、加奈子は蚊の
鳴くような声で僕にいってきました。
 「恥ずかしいだろ?…もっと、恥ずかしい質問す
るけどいい?」
 そう聞くと、彼女は首だけを恥ずかしげに小さ
く頷かせました。
 「そんなに恥ずかしい恰好してるけど、加奈子
は恋人はいないの?」
 「いません…」
 「これまでセックスはどうしてた?」
 「…ず、ずっとしていません」
 「そんなにいい身体してるのに、勿体ないなぁ
…オナニーはしてる?」
 「………‥」
 「正直に―」
 「…と、時々は…」
 「どんな風にしてるの?…そうだ、ここで今から
見せてくれる?」
 「ああ…それは」
 「こんなこと聞いて、ひどい男だろ?…嫌ならい
いよ」
 「は、恥ずかしいです…」
 「何でもするっていったのは?」
 「加奈子の全身に舐め回すような視線を向けなが
ら、僕はもうすっかりここに来た時の気持ちを喪失
してしまっていました。
 卑猥な言葉の責めを繰り返しながら、僕は自身も
少し驚いていました。
 前から企んでいたものではなく、これまでにほと
んど使ったことのない下品で卑猥な言葉が、意識的
にではなく次から次へと勝手に湧き上がってくるの
でした。
 獲物を捕らえる蜘蛛の糸のように、僕は野村加奈
子という女を、自分から狙っていたわけではありま
せん。
 今でも信じられないことですが、凡人以外の何も
のでもないこの僕を、理由も明確にわからないまま、
感情だけで好きだと一方的に告白してきたのは加奈
子なのです。
 そしてただの凡人の僕の理性は時を長く置くこと
なく、脆くも消滅していたのです。
 「ああっ…」
 若い女の子のはしたない声が黄色く飾られた室内
に、断続的に響いていました。
 僕の目の前で加奈子の片手が、自分の股間の濃い
茂みの中に潜り込んでいました。
 茂みの真ん中あたりで、彼女の細長い指が妖しく
動いているのが見えました。
 初め小さくくぐもっていた加奈子の声が、今はは
っきりとした女の喘ぎの声となって聞こえてきてい
ます。
 「随分、濡れてそうだね?」
 「ああっ…ほ、ほんとに恥ずかしいです」
 「濡れてるかどうかを聞いてるんだよ」
 「は、はい…濡れてます、とても」
 「こちらへおいで―」
 「…はい」
 加奈子は肩を揺らせ大きな息を一つ吐いて、のそ
のそと起き上がり、僕のいるソファに近づいてきて、
恥ずかしそうな表情で真横に座ってきました。
 「あっ…」
 両腕で包み込むように強く抱き締めてやると、加
奈子は力なく僕のほうに倒れ込んできました。
 加奈子の張りのあるすべすべとした肌の感触を僕
は心地よく感じながら、手を彼女の股間にいきなり
伸ばし下ろしました。
 つい今しがたまで加奈子が指を這わせていた股間
の茂みの中は、僕も少し驚くくらいに滴り濡れてい
るのがわかりました。
 「加奈子、ぐしょぐしょだよ、もう」
 「ああっ、恥ずかしいっ…」
 いつの間にか彼女の細い両腕が僕の首に巻きつい
てきていました。
 加奈子の股間に伸ばした僕の手が茂みの中で左右
の肉襞を割り、指先が滴り濡れた柔らかい肌肉を撫
で回すと、彼女は切なそうな顔で僕を見上げ、荒い
息を吐いて喘ぎの声を間断なく洩らし続けました。
 「キスしてほしい?」
 そう聞くと、加奈子は泣きそうな顔をして首を縦
に何度も振り続けるのでした。
 唇を強く重ねてやると、加奈子は待ち望んでいた
ように可愛く小さな舌を、僕の舌に激しく絡めてき
ました。
 唇を重ねたまま手を加奈子の乳房にやると、丸く
盛り上がった膨らみは、まるで少し固めのゴム鞠の
ような張りと弾力を僕の手全体に伝えてきていまし
た。
 乳房だけでなくその周辺の肌も滑らかな感触で、
あの義母の艶やかで妖艶な肌とはまた違った新鮮さ
で、僕の昂まりをさらに強く助長してきました。
 ソファの後ろのベッドまで僕は加奈子を抱いたま
ま運び、自分も忙しなく衣服を脱ぎ捨て、彼女の若
い裸身の上に覆い被さりました。
 「ああっ…好きっ」
 僕の昂まりに呼応するように、加奈子は両腕をま
た首に強く巻きつけてきて、自分のほうから顔を上
げるようにして唇を求めてきたのでした。
 そしてベッドの上で、僕と加奈子は深く密着しま
した。
 激しく濡れそぼった加奈子のその部分は、固く屹
立した僕のものを心地よい狭窄感と、熱く燃え上が
った体熱で深く包み込んできていました。
 若い女の身体の気持ちよさというものを、ひしひ
しと僕に体感させてくれる抱擁感に僕は酔いしれま
した。
 「ああっ…き、気持ちいいっ…ほんとに気持ちい
いっ」
 「僕もだよ、加奈子っ」
 「ああ…な、名前呼んでいいですかっ?」
 「ああ、いいよ、加奈子」
 「こ、浩二さんっ…好きっ…好きですっ」
 加奈子を突き立てている僕の腰の律動が早まって
きていました。
 さすがに若い加奈子の体内への放出はまずいと僕
は瞬時に考え、激しい勢いで二度、三度強く突き立
てた後、彼女の体内から屹立を抜き取り、ぜいぜい
と激しく波打つ彼女の腹肉の上に僕は迸りの飛沫を
浴びせたのでした。
 目を深く閉じ愉悦の表情をおし隠すことなく、加
奈子は僕の顔の下で充足感に浸りきっていました。
 「もっと…もっとあなたといたい」
 数分後、ベッドに胡坐をかいた僕の背中にしがみ
つくようにして、加奈子は間もなくの別れを惜しみ
哀しむ声を出していました。
 「加奈子、僕という男がどんな男かよくわかった
ろ?…君を抱いた後でこんなこというのも何だけど、
嫌いになってくれていいんだよ」
 と僕の肩に置いていた手に手を重ねてそういうと、
 「いやっ、嫌ですっ。…別れたくなんかないっ」
 と加奈子は声を荒げてきました。
 「僕の…僕の都合のいいだけの女になってもいい
のか?」
 「いいの、いいんです。…こうして一緒にいれる
時間が少しでもあれば」
 「わからないなぁ…今度また会ったら恥ずかしい
こと一杯されるかもわかんないよ」
 「…どんなことでも、あなたの命令なら何だって
します」
 まだはっきりと加奈子の真意が掴めないままなの
か、或いはもう彼女を征服したのか、よくわからな
い気持ちで彼女の家を出たのは、それから三十分後
のことでした。
 会いたくなったらこちらから連絡するという約束
をしての別れでした。
 車の中で僕は、義母の亜紀子と若い加奈子を何気
に比較していました。
 今抱いたばかりの加奈子の若い身体は魅力的な体
感でした。
 しかしそれだから年齢の深い義母の亜紀子がどう
だという思いは、僕には毛頭ありませんでした。
 今のところは妻の由美も含めてですが、誰も見限
るつもりはないと僕は思っていました。
 凡人でありながらつくづくと身勝手な僕でした。
 時計を見ると四時半過ぎでした。
 義母の携帯にダイヤルすると、二度ほどのコール
で彼女が出ました。
 「亜紀子、予定より早くこちらが終わったんだ。
まだ集会所?」
 「そうなの…後三十分くらいかしら?」
 心なしか義母の声が嬉しがっているように聞こ
えたので、
 「後十分くらいで着くから、集会所の駐車場で
待っていてやるよ。一緒に帰ろ」
 「ありがとう、助かります」
 義母の声は少し弾んで聞こえました。
 そして義母との電話を切ったすぐ後に、学校の部
活に出かけている妻の由美から連絡が入りました。
 部活が終わってから、また緊急に夜の七時からPT
A総会が開かれることになったので、帰宅は九時を
過ぎるかも、という連絡でした。
 母親にも今から連絡するとのことでした。
 娘からのその連絡を聞いた後の、義母の顔と表情
を僕は車の中で思い浮かべていました…。

   続く


 



 

13
投稿者:kkk
2015/07/23 05:27:58    (RIUs78Gl)
義母さんの過去を覗き見て・・・いろいろとあったようですね。
そして野村女子との秘密めいた展開がどうなるのか?
更に、日記の続編、義母さんの町内会行事の展開・・その後とまだまだ続けていただきたいです。
お待ちしています。
12
投稿者:コウジ
2015/07/21 16:16:22    (pHZanuN2)
あの山小屋での時の義母の苦しく切ない心情の吐
露を、僕は二度読み返した後、肩を揺らせながら大
きな息を吐き出していました。
 あの雨風の強い暗闇の中で寒さに堪えようとして
いた僕を、義母は自身の胸の中で少なからずの葛藤
と迷いがあったとはいえ、血の繋がりもない僕を、
まるで我子を思う気持ちで狭いシュラフの中へ入れ
てくれたのかと思うと、心が少し折れて傷む思いで
した。
 そんな義母の優しさもわからず、不埒千万な欲望
に負け、結果として僕は彼女を闇に乗じて犯し陵辱
したのです。
 しかし義母はそんな僕を責め詰るのではなく、全
ての責任を年長者である自分の心の脆弱さのせいに
してくれている優しさが、身勝手ないいかたですが
かすかな救いではありました。
 病院内のことでも日記は書かれていました。
 同時に僕は義母のまるで知ることのなかった何十
年も前の、屈辱の出来事まで窺い知ることになった
のでした。

    十月三十一日
 
 危惧していたことだったが、浩二さんにまた身体
を求められる。
 しかも今いるこの病室でだ。
 山小屋でのことは一度だけの過ちとして看過する
つもりだったのが、若い彼の魔の手はまたしてもど
す黒い毒牙となって、私の肌だけでなく心にまで癒
えることのない傷の刻印を残していったのだ。
 ベッドの上で襲われた時、当然私は抵抗した。
 しかし病院の病室ということが、私から抗う声を
奪い、拒絶の力を半減させていた。
 足の自由も利かず両手だけの抵抗では、若い浩二
さんの強い力に勝てる道理もなく、私の身体はまた
しても彼の欲望の餌食となった。
 もしここで人でも入ってきたらという気が気でな
い思いもあり、私は浩二さんのなすがままになるし
かなかった。
 まさかこのような場所でという予期せぬ驚きと、
人が入ってくるかも知れないという恐怖感の中で、
私は浩二さんに衣服のほとんどを剥ぎ取られ、身体
の至る部分への愛撫を受け続け、そしてまたしても
だが、彼の前に愚かにも女としてはしたなく反応し
喘ぎの声を上げてしまっていた。
 失くしてはいないつもりだった自分の理性の心も
抑制の気持ちも、結果としてはしかし哀しいくらい
の脆弱さだった。
 女としてはもう早くに枯れたはずの年齢でありな
がら、私の身体は義理の息子の浩二さんの時間をか
けた手管の前に脆くも屈していったのだった。
 剥き出しにされた乳房への舌の愛撫と、乳首への
歯での甘噛み。
 そして私の下腹部に伸び下ってくる彼の手で、敏
感な箇所を捉えられくぐもった声を上げるしかない
私。
 感じてはならない愉悦に次第に薄れかけていく意
識の中で、どうしてかわからなかったが、唐突に私
は何十年も前の自分の屈辱の記憶を思い起こしてい
た。
 私はそして浩二さんの前に、はしたなく愚かな女
の部分のほとんどを曝け出し、最後には彼の身体に
しがみつき悶え果てたのだった。
 彼が病室から去って一人になった時、私の目から
涙が溢れ出た。
 悲嘆と悔恨と慙愧の涙だった。
 明かりを消したくらい闇の中で、当然のように私
は寝付けない時間を過ごした。
 自分は本当に浩二さんの男の力に屈しただけなの
だろうか?
 彼の魔の手が私に伸びてきた時、私は強く抗った。
 義理の息子の暴走を強く叱る声も出した。
 本当にそうだったのだろうか?
あってはならないことだが、どこかで女として浩
二さんの男としての欲望の行為を、心密かにはし
たなく期待している愚かな自分がいたのではない
か?
答えの見つからない自問自答を、眠れぬまま私は
長く続けた。
 そして答えの見つからない苛立ちで混乱する私の
頭の中に、浩二さんに抱かれている時に唐突に思い
起こした、何十年も前の屈辱の記憶が勝手にめらめ
らと湧き上がってきていた。
 長く自分の心の中に封印してきたことで…このこ
とを書き記すのは初めてのことだ。
 大学を出て教職の道に進んで二、三年の頃だった。
 教師としての最初の赴任先は、県内の奥深い山村
の小学校だった。
 その頃からもう過疎化の進んでいる小さな村で、
学校の生徒数も一年から六年まで合わせて八十人足
らずだった。
 そこで私は四年生の担任として社会人の第一歩を
踏み出し、二、三年があっという間に過ぎた。
 そして忌まわしい事件に私は図らずも遭遇してし
まったのだ。
 当時、村の山奥のほうで小さなダム建設がもう何
年かに渡って行われていて、その工事に携わる人間
が村の外から何十人も入ってきていた。
 彼らは村から一時間以上も山奥に入ったダム工事
現場近くに、プレハブの飯場のような建物を幾棟か
建てそこで集団生活をしていた。
 そして事件は起きた。
 私は村の小高い丘の上にある小学校の運動場の横
に立つ教職員宿舎での生活だった。
 建物は長屋式の平屋建てで二棟あり、そこに私を
入れて三人の教師が寄宿していた。
 男性教師二人と女性教師は私一人だった。
 夏休み前の大雨の降る週末だった。
 私もバスで二時間ほどの実家へ帰る予定でいたの
が、クラスの子供一人が急性肺炎にかかり診療所に
入院していたので、日曜日に見舞いに行くつもりで
帰郷を断念したのだ。
 宿舎に入っている男性教師二人はともに帰郷して
いた。
 風はなかったが雨の音がすごく大きく聞こえる夜た
で、少し心細い思いでいた時だった。
 玄関戸を激しく叩く音がした。
 時刻は九時頃で、私は身を竦めるようにしてひど
く緊張した面持ちでいた。
 戸を叩く音は止むことなく続き、次に人の声が聞こ
えた。
 「すみません…すみません」
 という男の声だった。
  玄関口の明かりを点け、中から外を窺うと、硝子
戸越しにヘルメット姿の男が身を屈めているのが見え
た。
 「どなたですか?」
 と恐怖の少し入り混じった声で私は尋ねた。
 「すみません。ダム工事の現場の者です。この下の
道で車の事故起こしちゃって」
 運動場の下に、車一台が通りかねるような道が山に
向かってあるのは知っていた。
 「すみません、こんな時間に。事故で足を怪我して
しまって」
 私は止む無く玄関戸の鍵を開けてやった。
 四十代くらいの髭の濃い男が合羽も着ずにずぶ濡れ
で立っていた。
 右足の作業ズボンが大きく裂けていて、血のような
ものが雨に混じって流れ出ていた。
 玄関口までその男を入れて、私は居間に戻り救急箱
を持ってきて、取り急ぎその場で止血処置をしてや
った。
 「すみません、夜遅くに。血さえ止まれば帰れま
すので」
 とヘルメットを外し、殊勝な恐縮の声を出してい
たその男が豹変したのは、それからすぐのことだっ
た。
 怪我した足に包帯を巻き終えて、救急箱を持って
室に戻ろうとした背後から、男にいきなり飛びかか
られたのだ。
 救急箱が廊下に落ち、中のものが廊下に散乱した
のを、何故か今も覚えている。
 何が何だかわからないまま、私は男の強い力に引
きずられるようにして、明かりの点いた居間に連れ
込まれた。
 私は必死になって喚き、泣き、叫んだ。
 しかし激しい雨音がその全てを消し去り、私は居
間の畳の上で全裸にされた。
 身を竦めるしかなかった私の横で、男が無言で雨
に濡れた衣服を脱いでいた。
 何をどうされたのかの記憶がそこで途絶えていた
が、畳に仰向けにされ、両足を大きく拡げられて男
のつらぬきを受けた時の生まれて初めての衝撃は、
今も私の身体のどこか奥底に痛みとなって残ってい
るような気がする。
 私の男性体験の最初だった。
 「すまんかった。あんたの匂いに負けてしもうた。
もう二度と来んよ」
 少し訛りの混じった声で男はそういって雨の外に
出ていったのは、十一時過ぎだった。
 今も定かな記憶ではないが、男は私を一度犯した
後にも、
 「すまんかった…」
 といった。
 やがて男は立ち上がり台所にいき、脱ぎ捨てたシ
ャツのポケットから煙草とライターを取り出し、ラ
イターを何度も擦るのだが火が点かず、調理台のガ
スを点火して煙草に火を点けた。
 私は男に犯されている途中のどこかで意識を失く
していたようで、茫漠とした目を開けた時に男がそ
うしているのが見えたのだ。
 男も素っ裸だった。
 足の太腿から胸にかけてが黒い毛に埋め尽くされ
ている大柄な男の、あまりにも突発的で直情的な強
襲に、小柄で華奢な女の私が勝てる道理もないこと
だった。
 畳に俯伏せになったまま、私は声を出すこともで
きず、涙を止め処なく流すしかなかった。
 しばらくしてその男は再び私に迫ってきた。
 私は壁の隅まで這うようにして逃げ惑うのが精一
杯だった。
 男に苦もなく両腕を掴み取られ、私はその場でま
た畳みに仰向けにされた。
 男は私の上に覆い被さるようにして、髭だらけの
顔を私の乳房に擦りつけてきた。
 乳房の上で男の舌が蠢いているのがわかった。
 長い時間そうされていたような気がする。
 下腹部に何か固いものが当たっているような気が
したと思った矢先だった。
 「ああっ…」
 私は思わず高い声を上げていた。
 男の固いものが私の下腹部にめり込むように侵入
してきたのだ。
 最初の時の、あの生まれて初めての衝撃だった。
 身体の中に何かを深く呑み入れたという実感めい
たものを私は感じた。
 私の体内の深い部分にまで入った男のものはその
まま動きを制止した。
 私の乳房を這い巡る男の舌だけが忙しなげに動い
ていた。
 目を深く閉じているしかなかった私には途方もな
いくらいに長い時間だった。
 気持ちがどうにかなりそうになりかけていた時、
男のほうが私の身体を抱え込むようにして上体を起
こしてきた。
 男が畳みに胡坐座りをしていた。
 上体を起こされた私はそのまま男の胸の中に包ま
れるしかなかった。
 両足を男の腰に巻きつくようにして座らされてい
た。
 そして私の下腹部には男のものが突き刺されたま
まだった。
 「ああっ…こ、こんな」
 屈辱の姿勢だった。
 男の毛むくじゃらの太い腕が私の背中を抱いてい
る。
 顔の目の前にやはり毛むくじゃらの男の厚い胸が
あった。
 「ああっ…は、恥ずかしい」
 男の熱い胸の中で私はどうすることもできなかっ
た。
 男の片手が俯いていた私の顎を掴み、顔を上に上
げさせた。
 間髪を入れずに私は唇で唇を塞がれた。
 異性とのそういう行為は大学時に交際していた男
と一、二度くらいの経験だった。
 髭が肌に痛いと感じる間もなく男の舌が強引に、
私の歯と歯を割って押し入ってきていた。
 私は目を大きく見開いて驚きの表情で、声を呻か
せるだけだった。
 男に裸のまま座位の姿勢で密着させられている時
間のどこかで、何か気持ちと心に初めてのような感
覚が出てきているような気がした。
 これまで一度も感じたことのない不安定な感覚に
取り込まれそうになっていた時、私はまたそのまま
畳みに仰向けにされ、そして再びのつらぬきを受け、
私は男の前で二度目の意識喪失に陥ったのだ。
 この時の本当の気持ちをいうと、意識を失う直前、
私は女としての快感めいたものを身体と心の奥底の
どこかで感じていたような気がした。
 男が外に出る前の言葉は、意識を取り戻して間も
ない時だった。
 それからの私は男の影に怯え慄く日が何日も続い
た。
 誰にも告白することのできない恥辱だった。
 そうして何ヶ月から一年、二年と日は過ぎた。
 幸いといっていいのか、暴行による妊娠はなかっ
た。
 次に転任した海辺の町の小学校で、私は亡くなっ
た夫と知り合い、恋に堕ちた。
 本当に実直謹厳を絵に描いたような人で、言葉で
語るより手紙での告白が多く、私へのプロポーズも
連綿とした封書に依るものだった。
 言葉で直接いってほしいという前に、私は彼に正
直に過去に不幸な過ちがあったことを告白した。
 彼はそのことを意に介する素振り一つ見せず、ぎ
こちない言葉で私にプロポーズしたのだった。
 私は彼と結婚し由美を出産した…。

 義母が二十代の頃に男からの陵辱を受けていたこ
とは驚きの事実でした。
 どんな人間でも表裏一体とはなかなかいくもので
はなく、表と裏があり、生きてきた過程の中では触
れられたくないことや、知られたくないことがある
のは当然です。 
 長く子供を教え導く教職員として生真面目に生き
てきていた義母にも、それはやはりあったのです。
 小柄で華奢でたおやかな体型となよやか過ぎるく
らいに色白の肌。
 清楚で清廉な身のこなしと、素養豊かでどことな
く気品の漂う顔立ち。
 外形的にも内面的にも崩れとか歪みとかいうもの
が一切見受けられない人だと思っていた義母に、こ
れだけの屈辱の過去があるのは、正直なところ大き
な驚きでした。
 六十三という年齢を重ねて尚、女としての妖艶と
はまた違う艶やかな魅力を、自然のかたちで保持し
ている義母であるだけに、表裏の落差は見た目以上
に深く大きなものなのかも知れません。
 そして彼女の女としての屈辱の過去はまだあるの
でした。
 時計を見るともう正午に近い刻限でした。
 野村加奈子との約束もあり、僕は少なからずの未
練を残して、義母の日記を元通りの場所に戻し置き
ました…。


     続く
 

 


11
投稿者:(無名)
2015/07/21 12:39:04    (hBbTBAO6)
内容も文章も素晴らしいと思います。何か重大な事が起きたんですか?大変気になります、是非続きをお聞かせ下さい、よろしくお願いします。
10
投稿者:kkk
2015/07/19 10:35:01    (lWpvK/Xi)
まだまだ、終わらないで欲しいです。
亜希子さんのその後ももっと読ませてください。

修羅場も読ませて頂けると・・・なぜ発覚したのか、どの様に解決したのか。
どなたかが言っておられますが、本にするのもありかと思いますね。


9
投稿者:水平線
2015/07/19 08:01:30    (WnNjTAhs)
作者の文の構成上手いですね。自伝的小説なら、もっと
すごいと思います。何か、昔の作家、梶山季之に似ているように思います
芥川賞、あるいは、他の文学賞めざしてください。
著作権は確立していますので、本として出版しては、
いかがですか。
8
投稿者:くり ◆JEhW0nJ.FE
2015/07/19 06:31:09    (GjWu2of/)
素晴らしいです!
毎回読ませて頂いています。
更新が待ちきれない思いでいっぱいです。
可能な限り、今の状況まで書かれる事を期待すています。

7
投稿者:マサヒデ
2015/07/19 06:05:03    (NwdmhTWU)
おはようございます。毎回ストーリーの展開が楽しいです。どんな修羅場だったか、早く拝読したいです。待ってますから~
6
投稿者:コウジ
2015/07/19 04:33:16    (qgRhA0AP)
翌朝、部活で他校との練習試合があるとかで、妻
の由美は朝食もそこそこに七時半頃に出かけて入っ
たようです。
 八時過ぎに僕がダイニングにいくと、
 「おはよう…」
 と義母が少し明るげでさりげない声で迎えてくれ
ました。
 タートルネックのセーターもタイト系のスカート
も、今朝は黒ずくめの身なりで、色白の顔とルージ
ュの赤が少し際立って見えました。
 「亜紀子は何時に出るの?」
 まだ寝ぼけ眼で欠伸を堪えながら椅子に座り込ん
だ僕が尋ねると、義母はコーヒーカップに湯気の立
つコーヒーを注ぎながら、
 「九時半には集会所に来てくれっていわれてるん
だけど…」
 と少し忙しなげな素振りで応えてきました。
 集会所まで車なら五分ほどの距離でした。
 「足もまだ完全じゃなさそうだし、僕が送るよ」
 僕がそういってやると、これもまた穿ったような
見方になるのですが、義母の眼鏡の奥の目が心なし
か嬉しげに緩んでいるように見えました。
 「由美がね、出がけにあれがない、これがないっ
てバタバタするもんだから…自転車で行こうと思っ
てたんだけど…助かるわ」
 集会所まで車で五分ほどの距離でしたが、乗り込
んですぐに僕は義母の座っている助手席に手を伸ば
し、彼女の手を握ってやると、彼女は一瞬驚いたよ
うな顔をして頬を赤く染めながらも、二人きりとい
う安心感もあってか、僕の手を優しく握り返してき
ていました。
 午後から出かけるかも知れないので迎えは来れな
いかも、と断わりをいって帰宅すると、そのまま僕
は母の寝室に向かいました。
 義母の寝室にいられる時間は午前中でした。
 昨日の夕方に妻の由美を学校へ迎えに行く道中で、
僕はあの野村加奈子に携帯を入れてました。
 彼女はまるで僕からの携帯を待っていたかのよう
にすぐに出て、急で申し訳ないが、明日の午後でよ
かったら時間が取れる、と身勝手な申し入れをいう
と、明日は私も休みなのでぜひお願いします、との
返答だったのでした。
 午後一時に、勤める病院からほど近いアパートを
訪ねるという約束でした。
 義母のいない寝室は整然としていて、昨日の昼間
の二人の熱すぎた出来事など微塵も感じさせない空
気で、彼女の残り香のような心地よい匂いだけが、
僕の鼻腔をついてきていました。
 逸る気持ちを抑えきれず、僕は義母の机の下の引
き出しを開けました。
 底の深い引き出しには青い表紙の大学ノートが二
十冊近く入っていました。
 ノートの表紙に年度が書いてあり、一番下になっ
ていたノートは、僕がまだ妻の由美とも知り合って
いない五年ほど前になっていました。
 そういえば義父が亡くなっているのがその頃でし
た。
 義母の机の上に取り出したノートを置き、最初に
探したのは、一ヶ月ほど前のあの山小屋での出来事
でした。
 五年前の最初から時間をかけ、僕の知らない義母
の過去を知りたかったし、由美との結婚をどう思っ
ていたのかも知りたいことでした。
 それと、例の淫ら写真の発見で義母の口から聞き
出した、あの青木という男に受けた陵辱とその後半
年ほどの屈辱的であったろうの経緯についても、理
知的で賢い彼女はどう受け止めていたのかも興味の
あるところでした。
 それでもやはり自分と義母とのあるべきではなか
ったなさぬ関わりは、どうしても最初に知りたいこ
とだったので、日付けを繰るようにして、僕はノー
トに見入りました。
 山小屋の記述はやはりあり、そこの記述だけで三、
四頁ほどを義母は費していました。

    十月三十日  
 
 一人きりの病室は時間があまりにあり過ぎて、身
体の療養としてはいいのかも知れないが、思うこと
があり過ぎる心の療養にはならない。
 五日前の夜、見知らぬ山小屋の闇の中。
 聞こえるのは台風のような雨音と強風の音。
 そして肌が痛くなるような冷えと真冬のような寒
さ。
 そこで間違いが起きた。
 暗い闇の中で私はシュラフの中に一人いた。
 浩二さんは私の頭の後ろのほうで、おそらく板の
間に身を竦めて濡れた服のまま、冷えと寒さに堪え
ているはずだった。
 彼に入れといわれたシュラフの中の、私一人の身
体だけ温かかった。
 顔だけを出すと、この時期で信じられないような
冷気と寒さが痛みのように感じられた。
 強い雨と風が何秒間かぴたりと止む時があって、
その静寂の時、頭の後ろのほうでかすかな物音が聞
こえるのだ。
 闇の中で私は迷っていた。
 女というだけで、義理とはいえ息子をこの想像以
上の冷気と寒さの中に置いて、私一人だけが温みの
中にいていいのか?
 一人用のシュラフだったが私の身体が小さいこと
もあり、無理をすればどうにか浩二さんも中に入れ
るのでは?という思いがあった。
 しかし、彼は男で、六十三歳とはいっても私は女
なのだった。
 このシュラフに入る前、浩二さんから、僕は大丈
夫ですから先に眠ってください、と優しく気遣いさ
れたが、眠ることは当然できなかった。
 私の逡巡での時間の経過は、浩二さんの身体をさ
らに冷え込ませるだけでしかなかった。
 「…中に入ったら?」
 私は決断した。
 普通に息子と母親が寒さを凌ぐために身を寄せ合
うのだ、と割り切った。
 浩二さんのほうにもやはり躊躇いめいたものがあ
り、何度かの言葉のやり取りはあったが、彼は私の
申し入れを受けた。
 シュラフのファスナーが開き、闇の中で大きな身
体が私の背中のほうに入り込んできた。
 二人が入って一人用のシュラフでは、背中合わせ
という姿勢はとれないという窮屈さがわかったが、
それは仕方のないことだった。
 勿論衣服を通してだが浩二さんの固い身体の感触
が、私の背中にはっきりと伝わり、彼の男の体臭も
鼻腔につき、息の音もしっかり聞こえた。
 冷気と寒さからの回避はなったが、私もそしてお
そらく浩二さんも、普通に睡眠するということはで
きなくなっていた。
 狭くて窮屈なシュラフの中で浩二さんの両手が私
の腋を潜り前に出てきていた。
 その時の彼の手の動きには、単に窮屈さからの回
避だけだったのだと、私には思えた。
 動物のように睡眠だけを単純に求める二人ならよ
かったが、私も浩二さんも感情と思考のある人間で、
そして男と女だった。
 浩二さんの手が私の胸を押さえてきた。
 眠れないでいた私の心は動揺した。
 私の胸を押さえてきた彼の手はそのまま動いてく
ることはなかった。
 しばらくして私はさりげない動きで彼の手をゆっ
くりと払い除けようとした。
 声も出さない彼の手に意思的な力が入っていた。
 今振り返るとこの時に、彼よりも遥かに年齢を重
ねている私が意志を強く持って、断固とした拒絶の
態度を取るべきだったのだと悔恨を深くしている。
 この時に私はもっと毅然とするべきだったという
慙愧が今も心に深く残っている。
 どのくらいの時間からかわからなかったが、私の
胸を押さえた浩二さんの手の力は抜けてはいなく、
指が変な動きを続けてきていた。
 そのまま時間はさらに多分長く過ぎた。
 正直にいうと、私の身体はシュラフの温みだけと
は違う、何か自分自身でもよくわからない熱気のよ
うなものを感じていた。
 私のうなじのあたりで浩二さんの息が大きく聞こ
えていた。
 彼の体臭が強く私の鼻腔だけでなく心のどこかを、
次第に強く刺激してきているのがわかった。
 恥ずかしいことだが、自分が自分でなくなってい
くような気持ちになっていた。
 子を持つ親としての思いを強くして、義理の息子
である浩二さんをシュラフに自ら招き入れた時の、
あの普通の感情が消えかかってしまっている自分に、
その時に私は気づいていた。
 私のブラウスのボタンを外し取りにきている浩二
さんの手を、私は遮ろうと力を入れていたつもりだ
った。
 しかし今はおそらく意識的にである彼の手の力に、
私は抗う力は無論だが理性の心までが、どこから湧
き上がってきているのかわからない邪淫的な昂まり
に屈するかのように喪失しかかっていたのだ。
 それは今だから書ける屁理屈にしか過ぎない。
 狭くて窮屈なシュラフの中で、私は然したる強い
抗いも見せないまま、衣服を脱がされ、肌に直接男
の浩二さんの手と口の愛撫を受け、ついには唇も塞
がれていた。
 やがて浩二さんの手が下半身まで伸びてきて、私
は全裸にされた。
 雨と風が強く鳴る暗い闇の中で、強い拒絶の声を
出してでもの断固とした抵抗もほとんどないまま、
顔も何も見えない、動く黒い塊りと化した浩二さん
のつらぬきを受けたのは、それからしばらく後のこ
とだった。
 つらぬきを受ける少し前、浩二さんの舌と歯で私
は乳房と乳首へ長い時間、愛撫を受け続けた時、頭
か身体のどこかで、伸び切った糸がぷつんと切れた
ような感覚に陥ったのを、恥ずかしいことに今も記
憶しているのだった。
 そして浩二さんの愛撫に身体だけでなく、心まで
陥落の憂き目に合おうとしていた私の脳裏を、もう
一つだけ淫靡に過ぎった記憶があった。
 四年前の青木との淫靡な思い出が、唐突にフラッ
シュバックのように頭の中をかけ巡った。
 もうそこから後は、自分が自分でなくなってしま
っていることを自らも自覚しながら、浩二さんの責
めに抗うこともなく、六十三歳という恥ずかしい年
齢でありながら、私は愚かで淫靡な女の性を晒し、
喘ぎ、悶え、狂うしかなかったのだ。
 自分が女として恥ずかしくも喘ぎ、悶え、狂った
相手は、こともあろうに自分の娘の夫である。
 今こうして生きていることすら許されない大罪で、
万死に値する恥辱であり、不貞の行為だ。
 このことの報いはいつの日かきっと自分に降りか
かる。
 そのことは当然の覚悟である。
 しかし私には義理の息子である浩二さんを責める
つもりは毛頭ない。
 義理とはいえ親子の間を承知で、恥辱的な行為を
したという事実はあったとしても、脅迫的に彼が私
の身体を抱き弄び、暴力的に私を犯したのではない
のだ。
 全ての要因は、六十もの年齢を重ねた私の人間と
しての愚かさにあり、もっと平易にいえば、彼は私
の誘いに乗せられただけで、そこで男性として不覚
な若さを露呈してしまったに過ぎないのだと、私は
今も本当にそう思っている。
 浩二さんを私は決して責めはしない…。


     続く 

 (筆者付記)
 本当に長くお読みいただいている皆様に、改めてもう一度
ただただお礼を申し上げる次第です。
 一年前の秋から冬にかけての私の体験をモチーフに、つた
ない想像やら妄想を働かせて、日々の仕事の合い間に携帯に
書き記し、それをくどくどと書き記しているもので、今後とも
皆様の貴重なご意見、ご批判も受けて、最終的には義母と妻と
私の今の家族生活までを、このようなかたちでご報告できたらと
考えています。
 一つの事例としまして、予想されたことですが今年の四月に私
の家庭に大きな修羅場がありました。
 それでも間もなく八月の真夏を迎えますが、同じ家で家族三人
の生活は続いています。
 ありがとうございます。
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