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2026/05/10 18:20:41
(j11bNST9)
長文にて失礼いたします。
昨年、七十五歳で旅立った夫を静かに見送りました。
四十九日の法要を終え、独りになった家で遺品を
整理しておりますと、息子に対して良き義父で
あろうと努めてくれた夫への感謝が湧く一方で、
それ以上に、一人の「女」として溺れてしまった
あの頃の自分に対する、言いようのない罪悪感に
胸を締め付けられるのです。
私が三十八歳、息子が十四歳の時に踏み出した
再婚の道。当時、夫は五十歳でした。気づけば
二十五年の月日が流れておりました。
経済的な安定を求めた再婚でしたが、新しい生活は、
私の中に眠っていた「女の性」を、激しく呼び
覚ましてしまったのです。
息子と二人きりだった頃は、室内では常にGパンに
Tシャツといった無頓着な姿で過ごしておりました。
しかし、夫と暮らし始めると、私自身の装いも
変わっていきました。肌を露出させる服装が増え、
特に夏場は、短すぎるスカートや背中が大きく開いた
ミニのワンピースなど、年甲斐もなく夫の視線を
誘うようなものばかりを好んで着るようになったのです。
夜、隣の部屋で多感な時期の息子が寝ていると
知りながら、私は夫に求められるがまま、激しい喘ぎ声を
漏らしておりました。ベッドが軋む音、静寂を切り裂く
自分の淫らな声。理性が「息子に聞かせてはいけない」
と警鐘を鳴らすのに、身体は夫が与えてくれる快楽に
抗うことができず、なりふり構わず
「チンポ、チンポ欲しいの……」と、
母親としてはあるまじき卑猥な叫び声を上げて
夫を求めていました。
夫は、時として息子の存在を「刺激」に変えるような
残酷さを持っていました。居間やキッチンで、息子の
目を盗んでスカートの中に手を滑り込ませる。
そんな時、私は拒むどころか、背徳感に逆に燃え上がり、
悦びを受け入れておりました。
夫は性交の最中に息子の気配を察知すると、見せつける
かのようにさらに激しく私を突き、私もまたその禁断の
刺激に抗えず、我を忘れて溺れていったのです。
夏休み、部活から帰る息子の足音を遠くに感じながらも、
風呂場で夫とシャワーを浴び、
「いいの、もっともっと……」と
甲高い声を上げ続けた午後の熱気。
深夜、酔って帰宅した夫に居間で求められ、着衣のまま
跨って自ら腰を振った夜。息子の気配をすぐそこに感じ、
一瞬の羞恥心はあっても、それ以上に溢れる快楽に身を
任せてしまいました。あの結合した生々しい光景を、
息子はきっと見ていたのでしょう。
当時の私は情愛に溺れ、母親としての責任を完全に放棄
していたのです。
息子が大学入学を機に家を出て二人きりになると、
夫の要求はさらに色濃くなっていきました。
夫はナースやセーラー服などの装いを私に求め、
私もまた夫のためにセクシーな下着を選び、
それに応えておりました。
洗濯機の前、二階へ上がる階段の途中、あるいは
玄関先……。
私たちは場所を問わず、飢えた獣のように互いの
身体を求め合いました。そんな営みは、閉経した後
ものんびりとしたスローなペースで夫が七十三歳、
私が六十一歳になる頃まで続きました。
そんな夫も病に倒れ、最後は肺炎を併発して病院の
ベッドに横たわりました。誰もいない病室で、夫は
私の乳首や股間に指をあて、懐かしむように微笑んで
いました。
酸素マスク越しに漏れる弱々しい声で、
「もう一度元気になって、お前を抱きたい」
と囁いてくれましたが、その願いが叶うことは
ありませんでした。
夫が亡くなり、独り身となった私を案じてか、息子が
歩み寄ってくれました。三十九歳になった息子には、
すでに守るべき妻も子もおります。
そんな彼が計画してくれたのは、伊豆の海岸沿いにある
温泉宿への二人旅でした。
銀色の海原を眺めながら酒杯を重ねるうちに、
息子は静かに語り始めたのです。あの日々の姿も、
壁越しに響いていた声も、すべてを何度も目撃し、
耳にしていたのだと。
その夜、大人の男になったはずの息子は、酒に酔って
いたこともあり幼子のような仕草で私に甘えて
まいりました。
普段は「母さん」と呼ぶ彼が、二人きりになった途端、
幼少期のように「ママ」と呼ぶその声に、私の胸は
激しく震えました。
私たちは、部屋の檜の内風呂に二人で浸かりました。
実に約四十年ぶりのことです。
しかし、息子が私の乳首を愛おしそうに撫で、口に
含んだ瞬間、流れていた時間は一変しました。
気づけば私は、息子のすべて、その熱く硬くなった
ペニスまでを、愛おしさのあまり受け入れ
ていたのです。
それは、三十数年もの間、義父に母親を奪われてきた
息子の、私に対する「復讐」だったのかもしれません。
あるいは、奪われた「ママ」を自分だけのものにする
ための儀式だったのでしょうか。
その後も、息子は頻繁に私のもとを訪れます。そして、
かつて目撃した私と夫の行為を自分に置き換えるように、
キッチンや階段、食卓の上で私を求めてきます。
もう閉経した私の身体をいたわりながらも、何度も
中出しする息子。けれど、そんな息子がいとおしくて、
抗うことなどできません。
母親になりきれず、女であることを優先してしまった
あの頃の報い。
私はその重すぎる罰を、息子の温もりと共に、
これからも独り静かに背負って生きていくのだと
感じております。