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2026/07/09 14:16:05
(3sW0joKn)
私の両親は共稼ぎで小さい頃から祖母が私の世話をしてくれていました。
その当時お風呂はまだ薪風呂だったので小さい子供が1人で入るのは危ないと祖母が一緒に入ってくれて五右衛門風呂の底が危ないから抱きついて入れてくれました。
当然祖母の乳房が目の前にあるので両親には内緒で吸わせてもらってました。
小学生の高学年にもなると同様の事をしていれば当然勃起もしてしまいます。
祖母は勃起を病気と教え、お風呂から出るまでに通常にしないと両親が心配するからおばあちゃんに任せなさいと咥えられその行為が日常になって1年もしない間に精通。
悪いモノはおばあちゃんが飲み干してくれてました。
ある日、石鹸を床に落とし溝の隅に入り込んだのを取る為四つん這いになり片手を溝に入れて取れない様子でした。
その姿の祖母のマンコはパックリと口を開きものすごくエロかったのを今も思い出します。
当然小学生の私には刺激が強く勃起。
何故かそれを祖母のマンコに入れたいと衝動にかられ、口の開いた祖母のマンコに差し入れました。
私の初体験は祖母でほぼ無理矢理で合意のセックスでした。
祖母の中に5回連続で出し祖母は腰を抜けてすぐには立てない状態にさせてしまいました。
それから毎日祖母はセックスさせてくれました。
高校受験まで後数カ月と言うまで祖母は元気で若々しかったのですが昼間の散歩中に転倒し骨折。
入院すると年相応のおばあちゃんになっていきボケ始めそのまま老人ホーム行き。
毎日セックスしていた私にとって地獄日々でその頃の母親は午前は仕事、昼間は祖母の世話、夕方疲れて帰ってきて少し仮眠していました。
シミーズ姿で寝ている母親は当然私のオカズになり恐る恐る触り舐め擦り付けと大胆になり最終的には入れてしまいました。
そこまで行為をすると母親も起き、抵抗叩かれ引っ掻かれ罵倒されて私は更に祖母で覚えたテクニックで母親を陥落。
中出しは許してくれませんでした。
この頃の両親のセックスはなくなっていたし、母親はまだ生理があったからだそうです。
次の日もやや抵抗はありましたが母親は激しく喘いでいました。
3日目から優しくしてとお願いされて初前戯をし積極的になってくれました。
祖母より張りのある母親の肌やダイナミックな動きは私を虜にしました。
父親が出張でいない時は仕事や祖母の世話を休み、私も学校を休んで1日中セックスしました。
いくら外出しばかりでもずっと生でハメていました。
当然母親は妊娠。
産める訳もなく中絶。
母親から関係の解消を言われましたが、毎日私のチンポを受け入れたカラダが許してはくれなく母親から誘って関係修復し私の結婚まで続けました。
今は祖母になった母親とは月数回関係をもってます。