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2023/06/10 00:02:16 (ocO2YWxM)
僕は都内の大学を卒業後、国内では誰でも知っている通
信大手の企業に就職しながら、先輩社員の陰湿な虐めに
悩まされる日々が続き、一年後の春にはその先輩社員と
口論となり、結果的に職場を去る事になったんです。

大学の4年間に渡り、家賃や生活費を工面してくれた両
親には言い出せず仕舞いで、僕は精神的に疲弊していた
事も有り、再就職活動をする傍ら、僕が暮らすマンショ
ンからほど近いカフェで、アルバイトを始めていました。

場所が千駄ヶ谷の国立競技場に近接する事から、来店さ
れるお客様も割とハイソなお客様が多く、いつも賑わっ
ていた店のせいか、僕自身も以前の明るさを取り戻しつ
つ在りました。

そんな中で、同じバイト仲間だった恵子とは馬も合い、
彼女はポンジョ(日本女子大)に通う19歳で、24歳の
誕生日を間近に控える僕には妹のような存在でした。

お世辞にも美人ではなかったものの、頭の回転も速く、
時折り来店されるアメリカ人の御夫妻と流暢な英語で会
話をしてみせたり、快活でユーモアに富んた女子で、暇
な時には冗談を飛ばし合い、ボケとツッコミで厨房の
スタッフから笑いを取ったりで、それなりに愉しい日々
を送りながら、再就職活動も蔑ろになっていたんです。

そんな恵子との会話の中で、外苑前の邸宅に住んでいる
事から、彼女が御嬢様である事を何処となく想像もして
いたんですけど、或る日恵子のお母さんが来店された事
があって、恵子には大変失礼ですけど、とても若々しく
綺麗なお母さんで、僕は驚きを隠せませんでした。

恵子からはうちのママ!とも紹介され、いつも僕とのや
り取りを聞かされているとも言われ、思わず赤面する僕
に向かい、娘と仲良くしてくれてありがとう!と口角に
笑みを浮かべる表情はとても美しく、僕は茫然自失とな
っていました。

その後テイクアウトのシナモンロールを購入されて帰ら
れたんですけど、上品なワンピース姿に外巻きにカール
した髪を肩先で揺らす後ろ姿を見せながら、膝下から覗
く黒いストッキングが引き締まった足首を強調し、黒と
ベージュのハイヒールと相まって、セレブ全とした所作
がとても都会的で、大人の雰囲気を醸し出していました。

恵子のお母さんはその後も何度か来店され、その都度綺
麗なお母さんだね!と恵子に言っていたせいか、或る日
恵子のお母さんが来店された翌日でしたけど、僕がそん
な風に言っている事をお母さんに伝えたらしく、恵子か
らは、ママが隆君も可愛いタイプだからモテるんじゃな
い?と言ってたよ!と伝えられると、僕は本心では喜び
ながら、恵子には年上をからかうなよ!と笑って胡麻化
していました(〃▽〃)

4月から始めたアルバイトも7月になり、恵子からは7
月の中旬から9月の中旬まで、大学の夏季休暇に合わせ
、オーストラリアへ語学留学に行く事は予め聞かされて
いた事もあり、7月の初旬にはお店の閉店後に恵子の送
別会を催し、京都出身の僕は関西人らしい小ネタを考え、
お店のアイドルタイムに練習も重ねたせいか、送別会で
の恵子との漫才は大盛り上がりで、帰国後には再びお店
でアルバイトをする事となっていたんです。

さすがお嬢様大学、2ヶ月以上もある夏休みに加え、ホ
―ムステイでは在りながら、恵まれた家庭環境で育った
恵子との格差も感じながら、その後は相棒を失ったよう
な喪失感も覚えながら、賑わいを見せる忙しさに、何時
も昼食時に利用してくれるアパレル業界のOLさんに話
しかけられるなど、僕を目当てに来店される女性も、少
なからず増え始めていたんです。

そして恵子がオーストラリアへ旅立ち、10日程経った
頃でした。

炎天下が続いた7月の下旬で、その日は割と過ごし易く、
店内も天井のサーキュレーションを旋廻させる程度に留
め、久しぶりにオープンデッキも開放し、日除けのパラ
ソルも設えていたんです。

丁度ランチタイムの賑わいが止んだ時間帯でしたけど、
久し振りに恵子のお母さんが来店され、いつものシナモ
ンロールを買いに来られたと思いきや、店内の僕を見つ
け、にっこりと笑顔を滲ませると、オープンデッキの客
席に座られたお母さん。

僕は客席の合間を縫うようその元に向かい、手にしたメ
ニューを手渡し、冷たい手拭いとライムが混ざる冷水の
ピッチャーをテーブルに運ぶと、開口一番、隆君すっか
り板についたじゃない!といつもの笑顔を僕に手向ける
と、生成り色の麻のワンピ―スの胸元には、ほんの少し
胸の谷間を覗かせていたんです。

ゆっくりとメニューのページを捲る指の爪には流行色の
グレージュのネイルが施され、僕はメニューに見入るそ
の胸元の谷間に、暫し釘付けになっていました。

あの娘がオーストラリアに旅立ってから、何か心許ない
のよね!とも言い、恵子さんなら大丈夫ですよ!と励ます
と、僕の勧めるランチメニューに決めてくれたお母さん。

食後にオーダーされたアイス珈琲を届ける僕に、シナモ
ンロールも包んで置いてくれる?とオーダーシートと共
に黒いカードを手渡してくれたんです。

平日の昼下がりで、入店されていた数人のお客様を見計
らっていると、席を立ち、レジへと歩み寄るお母さんの
姿が人目を惹いたのか、周辺のお客様も眼で追うほどだ
ったんです。

そうこうしてレジに来られ、箱に入れたシナモンロール
とレシ―トを手渡す僕に、今度遊びにいらっしゃい!と
ご自分のスマホを取り出し、ラインのQRコードを翳し
ながら、携帯持ってるでしょ?とえくぼの浮かぶ笑みを
前に、僕は喜んで自分のスマホで読み取っていました。

じゃあね!と左手を振りながら店を後にする後ろ姿を見
送りながら、43歳と恵子から聞いていたももの、若々
しいその容姿は、とても40代には見えない美貌が備わ
り、24歳になっていた僕とは19歳の歳の差ですし、
当初は息子のように思ってくれてるのかな?と感じてい
ました。

お店は午前11時から午後の11時迄で、16時から18時迄の
休憩時間を挟み、定休日の水曜以外はフル勤務で、18時
以降の2部は自給も1.5倍になり、昼食も晩御飯も面倒見
の良い調理スタッフの計らいもあり、いつも彼等と同じ
賄い食を無料で食せる事もあり、月の給与も額面上で2
6万になり、家賃や光熱費を差し引いても、贅沢をしな
い限り、そこそこの生活を送る事が出来ていました。

恵子のお母さんとラインの友達登録も済ませながら、夏
休みが終わる9月20に合わせ、恵子が帰国するタイミ
ングにラインするつもりでいたのですが、8月の初旬。

火曜日の休憩時間に恵子のお母さんからのライン通知が
届くと、明日の定休日に晩御飯をご馳走するとの事で、
ご自宅の住所が記されていました。

僕はご主人とのご挨拶も想定しながら、無下に断るのも
恵子に対して悪いような気にもなり、伺う旨の返答をし
たのです。

仕事以外の僕はリーバイスのデニムに高円寺の古着屋で
見つけたデッドストックを得意げに着込んでいたんです
けど、当日はご主人が受ける印象も意識し、出来るだけ
小奇麗な身形で伺いました。

グーグルマップで調べてみれば、僕のマンションから徒
歩15程度の距離で、有名な神宮外苑の銀杏並木にも隣接
する邸宅に辿りつけば、鬱蒼と木立がそびえる庭園に囲
まれる邸宅は、蔦の絡まる洋館を彷彿とさせていました。

立派な門柱にはご家族3名が記された表札が埋め込まれ、
お母さんの名が裕子である事を知ったんです。

少々緊張を覚えながら踏み石を歩き、玄関のインターフ
ォンを押す僕に、小気味良い声で応答するお母さんは、
重厚な玄関の扉を開けてくれていました。

時間どおりの午後6時。

リビングに通され、着座する僕がお母さんが好むシナモ
ンロールを手渡すと、余計な気を遣わせたのね!とは言
いながら、快く受けってくれました。

テーブルに並ぶ料理は和洋折衷。お腹空いたでしょ?と
始めにカボチャの冷製のスープとナシゴレンが運ばれ、
一気に平らげ、滅茶苦茶お美味しいです!と言う僕に満
面の笑みを浮かべるお母さん。

恵子の幼少期のアルバムを見せられるさなか、紡績関連
の仕事に就くご主人は49歳で、4年前からバンコクに
単身赴任している事を知ったんです。

その後は恵子の自室を案内してくれたり、どうせなら家
のお風呂に入ってらっしゃい!と促されると、遠慮する
僕にバスタオルを手渡すお母さんは、浴室へと案内して
くれたんです。

内心こんなにまでして貰って良いんだろうか?とも思い
ながら、ご主人が単身赴任される前、改築したと言う浴
室の引き戸を開けていました。

浴槽の大きさも明らかに規格外の特寸で、ステンレスの
浴槽には、背を預ける部位と底面から繊細な気泡が緩急
をつけるように噴き出し、健康ランドと見紛う設えにも
驚きながら、他所様のお風呂と云う認識もあり、僕は自
由に使って良いと言うボディソープで躰を洗うさなか、
入り口の磨りガラス越しにお母さんの影を見覚えると、
脱衣籠に替えの下着を置いたと告げると、速やかにその
場から立ち去っていました。

僕も頭髪まではと思いながら、そこ迄してくれるお母さ
んに報いる意味でも、見た事も無いような、高そうなシ
ャンプーで髪も洗い、長居するのも失礼だと、20分程
で浴室からあがっていたんです。

気を利かせてくれたのか、脱衣室に出ると壁付けの小型
扇風機が首を振り、全身を拭い終え、脱衣籠に無造作に
置かれた下着を眼にすると、パッケージに包まれたまま
の、真新しい下着が置かれていました。

物音から気付いたようで、脱衣場の入り口越しにお母さ
んの声掛けがあると、下着は洗っておくのでそのまま脱
衣籠に入れておいて構わないと言うんです。

そこ迄気遣う理由が理解出来ずにいたんですけど、目上
の女性でしたし、僕は素直に従っていました。

やがて半渇きの頭髪もそのままに、再び着衣を身に着け
始めた時でした。

脱衣籠に投げ入れられたレース使いのブラに眼が留まり、
そっと手にしてみれば共生地のショーツが無造作に入れ
られている事にも気付き、お母さんの下着である事に違
いはなく、僕はそのクロッチ部分に染み付いた蝋の様な
痕跡を、鼻先に近づけながら、嗅いでいたんです。


敢えて投げ入れていたんだろうか?錯綜する思いを巡ら
せながら、僕は何事も無かったようにリビングに姿を現
すと、テーブルの上にはアイスピッチャーにウイスキー
のボトルも加わり、エプロンを外したお母さんは、胸元
の襟ぐりが大きく開いたTシャツにスキニーデニムの姿
を見せると、お風呂上がりの一杯は格別でしょう?と、
グラスに注ぐウイスキーを差し出してくれたんです。

チェイサーは有ったものの、ロックのウイスキーにあっ
と言う間に夢心地に誘われると、恵子の部屋に寝具も用
意したからと、泊まっていきなさいと手を引かれていた
です。

僕もかなり酔っていた事もあり、すみませんと謝りなが
ら、結局は恵子の寝室に組み敷かれた布団で眠りに就い
ていました(-_-;)

その翌朝の事です。

充分に睡眠を摂り、目覚めを覚えたのが午前6時を少し
周った時分で、何とはなしに違和感を覚えると、僕の傍
らには裕子さんが眠っていたんです。

驚いたのは勿論の事、上半身は丸裸でハイレグのショー
ツ一枚の姿。

おそらくは入浴を終えた後だったんでしょう、スッピン
の表情を見せながら、僅かな色素沈着を見せる表情が妙
にセクシーで、少し下垂しながら、項垂れた乳房の頂を
あからさま突起させる姿に、ぼくは完全に理性を失い、
その乳房にむしゃぶりついていました。

当然の如く眼を覚ましたお母さん、娘には絶対に内緒よ
?と耳打ちすると、静かに頷く僕のペニスを右手に捕え、
長い吐息を溢し終えると、縦横無尽に舌を這わせながら、
その口腔へと何度も深く含んでくれました。

正直、僕が童貞を失ったのは大學1年の19歳。

お相手は音楽サークルの一つ年上の先輩女子で、キーボ
―ド担当の可愛らしい女性でした。

サークル活動後は恵比寿横丁の学生にも優しい居酒屋で
朝まで飲み倒すのがルーティンで、その時も先輩女子に
誘われるまま、アパートの一室で事に及んだんです。

初めての事で、あっという間に終えた僕に、明け方近く
に再び奇襲されると、僕の項垂れたペニスを咥え直す姿
を眼に、むくむくと復帰を遂げる僕に跨ぎ乗り、激しい
腰使いと共に、その膣内に射精してしまったのが初体験
でした。

情けない話、裕子さん(恵子のお母さん)は二番目に充た
るお相手でしたけど、重ねた経験値の違いなのでしょう
か、特にオーラルセックスのテクニックは群を抜き、ぺ
ニスやアナルに這わす舌使いは格段に違うもので、それ
以来、裕子さんとのセックスに溺れるようになっていま
した。

そうこうするうち恵子も帰国し、再び同じお店でアルバ
イトを始めたんですが、母である裕子さんと僕との関係
は知らぬままで、もう2年に及びます。

今春、現場スタッフの推薦もあり、僕は正社員として雇
用される事となったんですけど、大企業には有り得ない、
皆でお店を盛り上げて行こうと言う仲間意識に支えられ、
僕が知らない処で来店していたオーナー社長にも認めら
れ、先々の新規出店の際には店舗マネージャーとして
任せるからと、思いもよらぬ好待遇で働いています。

裕子さんとの関係も今現在続いていますけど、今は水曜
日の昼下がりに時間借りしたシテイホテルの一室で落ち
合い、お互いの肉体を貪り合っています。

あれから2年。

僕は26歳になり、裕子さんは45歳になりましたけど、
僕らの関係は褪せる事無く続いています。

最近は僕以外の男性を交えた複数での性交に興味を持ち
始めた裕子さん。

近いうちにナンネットで募集をするかも知れませんけど、
その節は宜しくお願い致しますm(__)m

裕子さんの条件としてですけど、年齢は50歳迄の健全
な男性で、既婚未婚は問わないそうです。

あとは歯の綺麗な事は必須で、非喫煙者で有る事は絶対
条件と言います。付け加えて、身長の高い低いに拘りは
無い代わり、刺青やタトゥはご法度で、体重は70㎏未
満の方との事ですm(__)m

例えて言うなら和久田麻由子アナに凄く似てるんですけ
ど、一度スイッチが入ると納得行くまで求めて来るタイ
プです。

ご自分に自身に有る方はコメントをとIDを寄せて下さい
!裕子さんと僕とで精査し、ご連絡を差し上げたいと思
っています。

但し、何も当方からの連絡が無かった場合ですけど、大
変恐縮ですが、それ迄だったとご理解下さい。





使いや
166
2015/02/19 16:16:15 (OWDGzk6S)
これほど興奮したことはなかったので、誰かに聞いてほしくて投稿しました。

私、実はおもらしが性癖の変態なんです。
もちろん彼氏にはこんなこと言えなかったんですけど、
「無理矢理我慢させられておもらしするとこ見られたい。」とか勝手に妄想してました。
実際に、デートの時とか、わざとおしっこを我慢して興奮したりしてました。
そんな感じで1人モンモンとしていたのですが、
ある日、そんな私の欲求が満たされる夢のような日がきたのです。

その日、私は彼の車に乗って出かけていました。
目的地までの距離を考えて、これなら我慢できると思い、
運転している彼の横でおしっこを我慢しながら楽しんでいました。
しかし、途中で予期せぬ渋滞に襲われたのです。
私は急に焦り始め、すると尿意もますます激しくなりました。
急に黙り込んだ私に気付いて、彼氏が「どうした?」と聞いてきました。
私は咄嗟に「なんでもないよ!」と言ってしまいました。
しかしなかなか車は動かず、それから15分程経った頃には本当に決壊寸前になってました。
さすがにまずいと思い、思い切って彼氏に告白しました。
「ごめん・・・ちょっと・・・おトイレ・・・」
とても幼稚な話し方しかできなくて恥ずかしくて死にそうでしたが、同時に興奮している自分もいました。
彼は驚いて、「えっ、ずっと我慢してたんか?」と聞いてきました。
私は俯きながら頷き、その様子に彼も緊急事態だと悟り、慌て始めました。
幼稚園児みたいな自分を彼氏に見られてる・・・。
恥ずかしい・・・恥ずかしくてたまらないのに、ドキドキしてすごく切ない気分でした。
そうしているうちに彼氏がコンビニ袋を見つけ、「これ!こん中にしな!」と言ってきたのです。
吃驚しました。彼氏は彼女のそんな姿を見て幻滅しないのだろうか。
「い、いやだよ・・・恥ずかしいよお」と最初はとりあえず否定しましたが、正直期待でいっぱいでした。
彼氏は「我慢できるんか?」と聞いてきたので、
黙って首を振りました。実際、すでに少しずつ漏れ始めてました。
彼氏は「じゃ、しゃーないやん、見-ひんからこん中にし」
と袋を渡してきました。
私は頷いて、向こうを向いている彼を見ながらパンツをおろしました。
そして袋をあそこにあてがい、いざ出そうと思うと、緊張して出ないのです。
異変に気付いたのか、彼がむこうを向いたまま「・・・出ないんか?」と聞いてきました。
かああ~っと顔が熱くなり、「う、うん・・・出ない・・・」とわざと幼い喋り方をしてしまいました。
すると、なんと彼がこちらに体を向けて近づいてきて、肩を抱かれたのです。
「えっ・・・!えっ・・・やだ・・・!」と私が恥ずかしがるのもおかまいなしに、
子供をあやすように、淡々と
「大丈夫、もっと足あげてみ、」といって、子供をおしっこさせる時のポーズをとらせました。
そして私の耳元で「しーしー、しーしー」と囁いてくれたのです。
体中ぐわわわ~っと熱くなって叫びたいくらいに興奮して、
「ァッ・・・」と喘ぎ声みたいな声を出してしまい、
その瞬間、ッジョワッ・・・とおしっこが吹き出し、
一旦出始めると一気にものすごい勢いで吹き出しました。
ジョァァァァアアアアアアアアアシュィィー・・・シュィー!ショオオオオ
あそこからおしっこが出るリアルな音と、おしっこが袋に叩きつけられるパダダダダダという恥ずかしい音が車内に響き渡りました。
私はもう恥ずかしいのと気持ちいいのとで頭がポーッとして、
わけがわからず気づけば子供みたいに泣きながら、いやらしい声で
「ぁぁあ~~・・・いやああ~・・・見ちゃ、だめぇぇあぅぅ」と、とうとう素の変態が丸出しになって喘いでました。

一旦ここで置いておきます。続きはまた後で書きに来ます。
167

秘訣

投稿者:ミナ
削除依頼
2025/10/16 22:03:12 (LBy5WqrQ)
めっちゃ恥ずかしいけど、同じことしてる人がいるか知りたくて書きますw

私めっちゃ性欲が強いんです。
彼氏もまぁまぁ強い方かな。
沢山エッチしてもらうんだけど、正直言うと足らなくて、彼氏に襲わせる私の戦法をやってる人いるかなぁってwww
彼は変態さんなので露出とか、撮影とか、ちょっと寝取られに近い事も求めてきます。
そんな彼氏だから通用するのかもしれないんですけどねw

私が足りない時限定ですが、エッチが終わって彼氏が寝ちゃった時、彼氏の隣でいつも本気のオナニーしちゃうんだけど、彼氏がぐっすり寝ちゃった時に起きて欲しくて触って起こしちゃうんですw
彼氏は私がオナニーしているのに気づいて声をかけてきます。私は恥ずかしくて布団を掛けちゃいますw
でも彼氏は変態モードに入ってくれて、私にもう一度オナニーさせます。
結局彼氏も盛り上がってしょうがねぇなぁwって感じでおかわりしてくれますw
これ結構何回もしてて、成功率100
こんな事やってる人居ます?www
私と同じように制欲強い人試してみて下さいw
かなり恥ずかしいけど盛り上がりますよw
168
2025/10/15 22:48:32 (aYdKlhdB)
間もなく還暦を迎えるので40年近く前の話になりますが、僕の行ってた農業系の専門学校は9月中旬から12月初旬まで約3か月間の他地方での現場研修があり、関東のある地方都市へ僕も行って実際その農場へ泊まり込んで実習していました。
その研修を無事に終えて自分の地方へは夜行列車で帰る時の話になります。
今はその列車は車両も名前も新しく、個室もあり余裕さえあれば時間も短く快適な旅も出来ますが、当時の夜行列車、ましてやお金のない学生時代ですから狭くて窮屈な長旅です。
東京を夕方出発し、翌朝昼前に地元へ到着の長旅です。若い時、しかも一人なのでとても退屈で駅で買った弁当を食べて雑誌(エロ)を見て悶々としながら暇を持て余していました。
週半ばでその車両には割と空いていて僕他は数人しかいないようです。
トイレに行きたくなり、席を立ったところで一人の若い綺麗な女性(今でいえば波留さん風?)とすれ違い、挨拶しました。帰りにはまだデッキでメイクを落としているようです。
年齢的にもタメくらいかなって感じ。どこまで行かれますか?って聞いたら行先は同じでよく聞いたら隣町出身の東京の音大生で早めに冬休みが取れたので帰省するとのこと。
彼女(仮 智美さん)も退屈してたみたいで色々話が弾みました。音楽学校でピアノ専攻とか、バイクが好きとか、色々と話があい
そのうち立ち話もなんだからってことで部屋(と言っても狭いカーテンだけの)に帰って話の続きをしてたらそういう雰囲気になり、自然とキス
幸い、彼女の部屋?の周囲にはだれもいない様子。薄暗い中ではあったけれども二人裸になりお互いの体を求めあいました。
僕も一応経験はあったものの、彼女に終始リードされっぱなし。他の乗客も就寝中のため大きな声を押し殺すためにお互いにタオルを噛みながら若さに任せて結局何度やったのだろう?(イザというときのため?避妊具は持ってましたが使い切って最後はそのままだったかも)
疲れて目が覚めた時は地元駅到着の2時間前でした。もう一度と思ったけど、かなり「その」ニオイがしてたのでタバコ(当時はまだ寛容だった)で誤魔化し、最後に連絡先を聞いて自分の部屋へ帰り
またひと眠り、地元へ到着しました。
駅改札を出ると彼女のご両親が迎えに来ておられ、挨拶する間もなく彼女は車へ乗り込んでしまいました。
今ならスマホで連絡もすぐ取れてまた会えるんだろうけど当時の事、家電しても親さんが取次もしてくれなかったので手紙のやりとりを数回してまた会いたいねと言ってたけど時は流れそのまま
二人とも学校を卒業、就職になりだんだん疎遠になってしまい、ある時用事で車で彼女の住む町の近くへ行ったときに彼女の知り合いと言う人に彼女は二人姉妹の長女でお婿さんをもらったという話を聞きました。
あのまま付き合ってたら婿入りのチャンスがあったのかも・・と後悔しました。
169
2025/10/09 15:53:22 (FXy/4gVJ)
忘れられない体験が2つほど。
1つは小6のときに親戚の伯母さんと。もう1つは19歳のときに友達のお母さんと。

このうち1つ目のほう。夏休みに母方実家(九州某県)に帰省したときのこと。
簡潔に言えば、日中誰もいなくなった家の中で伯母さんが昼寝してるところに忍び寄っていって体を触りました。

その日本当は親戚・いとこ・うちの家族全員で長崎の島原まで遊びに行くことになってたのに、
朝起きたら自分だけ39度くらい熱が出てて。家で留守番しとけと。
当然うちの母親も残る流れになったけど、伯母さんが
「私が残るから大丈夫。せっかくの里帰りなんだから〇〇さん(うちの母親)は行っておいで」となり
結果自分と伯母さん2人だけが家で留守番することになりました。

自分は宴会をやる大広間?みたいなところに布団を敷いてもらって寝かせられてました。
台所がある手前の部屋にはテレビが置いてあって、そこは普段みんなで居間みたいに使ってる8畳くらいの和室なんですが、
伯母さんはそこで横向きに丸くなって寝てました。のどが渇いてフラフラと冷蔵庫行こうとして、そこで人生で初めて
「女」が目の前で無防備な姿を見せつけていることを強烈に意識させられました。
黒いスパッツによれよれのTシャツ姿・・。顔を向こうにむけて、体をくの字に折って、でかいお尻をこちらに突き出して・・。

「これってチャンスなんじゃ・・」
「あのおっきいお尻、何が何でも触ってみたい・・」
「もし触ってて起きちゃったら、伯母さんを起こそうとしてたってことにすれば大丈夫かな・・」

人生で1番エロいことばかり考えていたであろう小6当時の自分のその足りない頭で、
それでも必死に、なんとか痴漢しながらオナニーまでいくことの意志だけは固めてました。
その年の春には精通してたので、ちんちんが気持ちよくなると精子が出ることは知ってました。

「おばちゃん・・?」
ちゃんと寝てるか確認。そっと声をかけても起きない。大丈夫だ、いける。
この時点でもう既にジャージの上から必死でもみもみしてました。がちがちに勃起した小6ペニスを。
寝ている伯母さんの背中側にそっと座ってもう1回。
「おばちゃん・・?」
今度は手の甲で軽くお尻に触れながら。ここでもし起きても「起こそうとしただけ」と説明がつくよな・・。
おばちゃん起きない・・。

伯母さんの背中側にそのまま自分も横になって、背後からしがみつくようにして伯母さんのスパッツの巨尻に
いきり勃った子供ペニスを押しつけました。露出はしてません。ジャージは穿いたままでテント張ってる状態のやつです。
途中からは静かにバレないように腰を振って必死になすりつけてました。
いける・・おっぱいもいける・・。
まったく起きる気配のないのをいいことに、それをしながら今度は右手だけ前に回してTシャツの上から
でかい胸の膨らみをそっと揉みます。
いける・・いける・・。やばい呼吸苦しい・・。やばい、ブラジャーしてる、いやらしい・・。

Tシャツの裾から慎重に手を入れて、ゆっくり上まで。まくり上げることなく、Tシャツの中で自分の手をあのデカパイまで。
手のひらにブラジャーの刺繍の凹凸を感じます。しがみついてゆっくりちんちんをこすりつけながらブラジャー生地の丸い膨らみをゆっくり撫で回して。
全然起きないのをいいことに大胆になった自分は、ついにブラジャーの脇から中に指を滑り入れます。そしてついに指先がいやらしく硬い乳房の先っちょに触れたその瞬間・・。

「う~ん・・・」

!!!!!!!!!!

伯母さんが寝返りをうちました。まじで死ぬかと思った。瞬間的にさっとTシャツから手を抜いて伯母さんから体も離したけど、
血の気が引いて、子供ながらに「あ、これは終わったな」と。
子供の自分は、問答無用でエロ=即犯罪の認識だったのでこのとき自分はこれから警察に捕まるんだと思いました。
だけど・・。
伯母さん全然起きてない。というか今度は仰向けになっておっぱいがむしろ余計に無防備になってる・・。

今思えば、たぶんもう最初のほうから俺に体いたずらされてるの気付いてたんだろうなと思ってます。確認はしてないけど。
仰向けになった伯母さんは尚もすやすや寝ている様子だったので、ゆっくりゆっくり、かなり時間をかけて慎重に
今度はTシャツの前を上までまくり上げました。ブラジャーのカップを少し下げて乳首を舐めたところで
何の前触れもなくいきなりパッと目をあけた伯母さん・・。こちらがぎょっとして身を引く間もなくニヤッと笑顔で一言。
「〇〇、いやらしかねぇ・・」と。

よくあるエロ漫画の1シーンみたいですが、「絶対に何があっても他人に言わないこと」を何度も念押しされて
その後おっぱいを触らせてもらいながらしごいてくれました。
当時まだ包茎だったので優しく皮の上から亀頭をごしょごしょしてくれました。
いま自分でするみたいな握って上下にこすり上げるスタイルではなく、先端からつまむように指先をすぼめて、カリ首の周囲を
ゴショゴショ刺激してくるスタイルの手つきがなんとも卑猥でたまらなかった思い出です。
伯母さんって、大人の女の人って、人間って、こんな卑しくてわいせつなことするんだな・・って、強烈でした。

あれから何十年。自分は既に40に突入し、伯母さんは60代になってます。
大人になって彼女ができたりアダルトなお店を利用したりと、エロ系のことはあのときよりもずっと選択肢が広がって充実してるはずなのに
あのとき経験した以上の性的興奮に巡り合うことがありません。何も知らないウブ男児だったからこそ感じることのできた快感だったんだろうなと、
性的な事象にも詫びさびや哀愁、切なさなどいろいろ考えさせられるなぁ・・とね。
この年になって少しおセンチになり始める私です。
だらだら書いてしまいましたが、「どうしても忘れられない」少年時代のエロ体験でした。











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