2025/05/12 05:43:35
(mo/ng38G)
脳梗塞の後遺症から、芳江さんの御主人が軽度な半身麻痺
と言語障害を患われたのが3年前。
既に障害者認定3に認定されていながら、決して外部に頼
る事無く、芳江さんご自身が介護にあたっていた事実は、
近隣に暮らす奥様方から聞かされてもいたのですが、
そこに加え、持病の不整脈の悪化に肺癌の発症...。
そんな窮状に見舞われた芳江さんを前にして、
私は掛ける言葉も見つけられず、淹れたての珈琲を差し出
すのが精一杯でした。
『あぁ、良い香り..』
ほぼスッピンの素顔にも奥す事なく、ワンレングスの髪を
無造作にかき上げて見せた芳江さん。
Ⅴネックの襟元から臆面も無く胸の谷間を覗かせ、
一口珈琲を飲み終えてみせると、重い口を開き始めていた
のです。
持病の不整脈が落ち着き、体力の回復が観られた暁には、
週5回の6週に渡る化学放射線の集中治療を行うらしく、
担当医の説明では、癌のステージ状況から完全に癌細胞を
取り除く事は不可能でも、現状よりは小さく出来るらしく
、その施術後の経過観測を診たうえで、一番適切な治療方
法を組まれるとの事でした。
芳江さんから見たら未だ何者でも無かった私に対し、
落ち着いた口調で淡々と話し終えると、ユズの世話や雑用
を手助けしてくれてお礼にと、高価なボトルワインを差し
出していたのです。
帰りしなに玄関で身を屈ませ、スニーカーを履く姿を垣間
見ると、大きく張り出したヒップラインに括れたウエスト
ラインが続き、捲れたTシャツの背中越しに白い素肌を覗
かせれば、私は不謹慎にも、アルバムの中に綴じられた、
艶めかしい芳江さんの裸身を蘇らせていました。
その2日後に迎えた残暑厳しい9月の初旬。
ゴミ集積場に来られた芳江さんと偶然遭遇したのですが、
いよいよ立川の病院から聖○○病院の個室病棟へ転医され
るらしく、此れから御主人を引き連れ、新たな担当医と
ナースセンターの方々に、挨拶に伺われるとの事でした。
麻のシャネル風スーツにヒールを履き、整った顔立ちに
綺麗に化粧が施されれば、それは否応無くのCA当時を彷彿
とさせる端麗な容姿で、その余りの美しさにドギマギして
いたのは言うまでも無く、待たせていたタクシーに乗り込
む姿を見送りながら、邪な思いを馳せていた自分自身を、
蔑んでもいました。
完全看護の個室病棟で、洗い替えを週末に届けに行く以外
は、いつもどおりの暮らしを再開させていた芳江さん。
近隣住民も敢えて御主人の容体には触れずにいるような、
そんな日常が繰り返されていたのです。
コロナ禍の蔓延以降、webデザインを生業にする私は数年
前からリモートワークを強いられていたのですが、クライ
アントへ向けた最終的なプレゼン時と、四半期に一度の
本社ミーテイングを除けば、ほぼ巣ごもり。
苦痛でしかなかった通勤時のストレスからは解放されたも
のの、その反面運動不足に陥っていたのも事実で、そんな
時には近場への散歩で気分転換を図っていたのですが、
稀にユズの散歩に出向いていた芳江さんと遭遇する事も
あり、何度か散歩に帯同したりする中で必然的に芳江さん
との距離も詰まり、9歳と言う年齢差を感じさせない親近
感は、歳の離れた姉と弟のようでした。
そうこうして秋めき始めた10月の半ばでした。
いつもどおりにユズを散歩に連れだす姿も散見しつつ、
えくぼの滲む口角に笑みを浮かばせる姿は、放射線治療を
乗り越えた事を暗に示すかの様で、そんな芳江さんを前に
、私が敢えて会釈だけに留めたのは、無理に笑顔を繕って
いるのが、明らかに見て取れていたからなのです。
その後、時折り見かける芳江さんはどこか吹っ切れた様子
で、私は芳江さんがゴミ集積場に来られる時間をあざとく
見計らってもいたのですが、或る時はシルクと思われる
パジャマの上に膝下丈のガウンを纏い、小走りに駆け寄る
姿を眼で追いながら、一瞬たわむ様に揺れた胸元を凝視し
てみれば、円錐を描く乳房の陰影に突起した二つの頂きが
浮かび、艶めかしい影を伴わせていました。
いい歳をして中学生のような真似事をしている自分自身も
もどかしく、リモートワークの合間を縫い、芳江さんの
あられも無い姿を妄想しながら、一人慰める事も日増しに
増えていたのです。
そんな日常が瞬く間に通り過ぎ、季節が新しい春を迎えた
4月でした。
仕事に煮詰まった私は気分転換に駅間の酒場に出向いて
いたのですが、カウベルを鳴らしてbarの店内へと足を踏
み入れると、振り向き様に一瞬驚いた表情を浮かべた芳江
さんが、右隣のカウンター席へと、手招く仕草をみせてい
たのです。
合鴨のガーリックソテーにロックグラスを燻らせ、
少し赤みを帯びた頬は幾分酔っているのか?
『此れ美味しいから食べて..』と私の眼の前に皿毎移動さ
せた芳江さん。
最近、市のカルチャーセンターで催されるヨガスクールに
通い始め、未だ若い20代の女性インストラクターを前に、
50歳後半から70歳代の男女ばかりの受講者で、気劣りする
ことなく汗を流せるのが気持ち良いと、屈託ない笑顔を
滲ませていたのです。
『良く来るの、雅也さん?』 『えっ!』
初めて名で呼ばれた事に驚きもしたのですが、潤んだ眼差
しにいつも見せる笑顔を手向けられると、俄かに赤らむ自
分自身が恥ずかしもあり、既に午前一時近い時間帯であり
ながら、駅の北口に行ってみたいという誘いに拒む事も
出来ず、私たちは南口から北口へと、そぞろ歩いていたの
です。
少し肌寒さの残る4月の深夜。
躰のラインに沿った黒いニットのワンピースに素足に履い
たミュールが小気味よい靴音を引き摺り、肩先に掛けた
透かし編みの羽織物が揺れた瞬間、俄かに私の右手に絡め
られた手の温もり。
絡め捕られたその手から芳江さんの体温がじんわりと伝わ
り始めると、私の欲望の象徴は既に硬い意思を主張してい
たのです。
『あんな頃が懐かしいな..』擦れ違う大学生らしきカップ
ルを眼に留め、よろめかせるミュールの足元。
深夜営業を続ける居酒屋やスナックの灯りに、煌めくホテ
ルのネオン。
『こんな年増女じゃ無理よね...』突然足を止めた芳江さ
んが独り言のように呟くと、絡めた指先にグッと力を籠め
、一軒そしてまた一軒と、満室表示の灯るホテル街を横目
にしながら、私の手を引くようにホテル街を突き進んでい
ました。
一瞬脳裏を過る御主人の姿に理性と本能がせめぎ合うも、
私は絡め捕られた手を強く握り返すと、空室在りのネオン
が煌めくホテルへと潜り抜け、最上階の居室へと続く共有
通路を歩くさなか、各々の客室から漏れ聞こえる嬌声を耳
に、静かにそのドア開け入っていたのです。
ルームキーを射し込むと同時に点灯した室内照明。
昭和の時代、栄華を成したと思える設えに煙草の残り香が
微かに漂うと
『灯りは恥ずかしいから...』伏し目がちに言う芳江さん
に応じ、私は調光の照度を最低限に絞り終えていました。
クイーンサイズのベッドの脇、脱ぎ終えた肩掛けの羽織を
クロークのハンガーに掛け、床面に脱ぎ落としたワンピー
スを速やかに拾い上げると、丁寧に畳み直す所作を覗かせ
ていた芳江さん。
そして背中を向け、ゆっくりと外されるレースのブラは
いつか見た覚えの有る物で、撓むように零れ出た乳房は
鏡に覆われた壁面に仄暗く浮かび、じっと眼を凝らす私を
他所に、両手の親指をショーツに掛けると、片脚づづ抜き
取ってみせる挙動に漆黒の茂みが浮かび、クロークに据え
られたバスローブを纏い終えると、浴室の扉を開け入って
いたのです。
弾けるシャワーの散水音に続き、室内と浴室を隔てる擦り
硝子の壁に、霞を帯びたように浮かぶ艶めかしい芳江さん
のフォルム。
そんな光景を静観しながら、いてもたっても居られなくな
った私は一糸一枚纏わぬ姿になり、その浴室のドアを開け
入っていたのです。