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2005/03/12 17:59:53
(NrmExkR9)
僕がまだ、教師をしていたときの話です。学級担任を持っていると最低1年に2回は家庭訪問に伺うことになります。2月の下旬にある生徒宅に訪問したときのことです。そのとき生徒は盲腸のために急遽入院し、家には母親一人でした。お茶を出され、ありきたりの世間話のあと、生徒の学校での態度や問題点の有無、進路問題について話をやりとりしました。その日はこの家が最後でしたので・・・
「先生、ところでお酒のほうはいかがですか?この時間ですから、もううちで最後でしょうから」と母親が聞いてきます。自分は「ええ、最後ですが。でもお心使いは結構ですが・・・」とやんわりお断りしたところ、「そうおっしゃらず、少しだけですが」といって、ビールとおつまみをだしてきました。母親もいける口で、お互いつぎあい飲んでいると生徒の父親の話になり、「うちの人とは5年前に離婚したんです。向こうの浮気が原因でしたが」とぽつりもらします。さらに酒が進むにつれ母親は「2月の割りに少し暑いですね」といって上着のボタンをゆるめました。角度によっては下着が見えてしまします。また、足を組みなおしてはスカートの奥をこちらに見せ付けるしぐさをしてきます。すると「先生、女って馬鹿ですね。離婚しても時々あの人のことを思いだししまうんです。いい年をして、身体があっちのほうを求めてしまうんですよ・・・」とこちらに「だいてほしい」といって視線を投げてきます。こちらも酔った勢いもあり、誰も他にはいない安心感からか「お母さん」といったきり母親を抱き寄せてしまいました。あとは所詮男と女です。50歳を少し越えたわりには、身体の線も崩れていなく、男好きのする色香が漂います。「先生、いただいていいですか、これが好きで・・・」というなり、いきり立った愚息をぱっくりくわえました。舌を上手に使い前後にあごをしゃくります。こちらも思わず「むぅむぅ・・・」と声がでした。10分が限界でした。「お母さん、出しますよ・・・」というなり、母親の頭をわしづかみにして押さえこみました。しばらくして、母親が口を離しましたが、その口元からはザーメンはあふれていました。母親は「先生、今度はこちらを良くしてくださいね」といって足をひろげて誘ってきます。毛のうすいあそこに舌をはわせ、クリを吸いました。母親の声がだんだんと大きくなってきます。「もっと吸ってください、もっと・・・噛んでください、お豆を」と催促する口ぶりです。舌が疲れてきたので、指での責めに替えました。入り口の裏側にある「ザラついた」ところが急所なのか、そこを責めたところ「先生、だめっ、そこだめー、感じる・・・いいっ・・・いいっ・・・変になるー」といって腰をがくがく震わせます。息遣いが荒くなり全身が痙攣を起こしそうなる寸前に「あー、先生行きそう、もっとして、もっと・・・めちゃめちゃにして、かきまわして、あー、もっと・・・」とせつなそうに訴えます。しばらくして最高潮を迎えました。「先生、上手ですね。あっさりいってしまいました。」今度はここにもくださいなというしぐさで、またがってきました。先ほど出したといってもまだまだ元気な愚息をぱっくりくわえこんだあそこは絶妙な感触で愚息を締め付けます。腰を使いながら耳たぶを噛んでみると「あーん、そこいいそこがいい」と大きな声をだします。上下を逆にして、こちらが腰をつかって責めこみます。浅め、深めと出し入れしていると「先生、ぐっとついてください」と催促するしまつです。思いっきりついてみると「あたる、あたる・・・もっとついてもっと・・・」とまた声が荒くなってきます。「おっぱいもいじめてください、おっぱいも・・」の声に手荒に乳首をひねりました。ことらも限界に達し「出ますよ」 というなり愚息を抜き取り、最後の決めは母親の顔に思いっきりかけてやりました。お互いしばらく、はだかのまままどろんでいました。もう、あのころのははおやは年齢からして「この世の人」ではないでしょう。春を前にしてつい思い出してしまう懐かしくもせつない思い出です。