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継母と過ごした7年の愛の暮らし

投稿者:ミツル ◆z7D/VkHDOA
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2026/03/05 20:11:51 (zG1hJKxk)
私が小3の頃、母が離婚して家を出て行きました。
「ミツル、元気でね。」
そう言って出て行った母の後姿が、今でも目に焼き付いています。
その後、私が小6の頃、父が再婚して、継母ができました。
当時父は40歳、継母は28歳で、病気で子供が産めない人でした。
初めの頃、私は継母を受け入れられずにいましたが、献身的に面倒を見てくれる継母に、少しずつ心を開き、そして、中学1年の夏休み、父が出張してるとき、河川敷で拾ったエロ本でオナニーしてるのを見つかってしまいました。

「ミツルちゃん、立派になったのね。」
と言うと、優しく握って扱いてくれました。
継母の手で射精してもなお脈打つペニスに、
「若いのね。お継母さんとしてみる?」
継母は裸になって、アラサーの色っぽい身体を披露してくれました。
そして私は、継母に生入れ中出しで、13歳で童貞を卒業したのです。
そして、それ以降、父の目を盗んでは継母と交わりました。
継母のオマンコは、父と私の精液でいつもヌルヌルしていました。

高校生になっても継母との関係は切れず、父よりも私に抱かれている回数の方が多かったと思います。
男子中高生にとって、三十路の女体はお色気満点、パンパン音を響かせて、激しいセックスは抜かずの2回戦が普通になってて、継母も若いペニスに夢中でした。
「お継母さん、お継母さん・・・」
「ミツルちゃん、ミツルちゃん・・・」
ベロチューしながら抱き合う継母と義息子でしたが、やがて私は大学進学で上京、アパートまで継母がついてきてくれて、荷解きを手伝って、3日間、継母と2人で過ごしました。
当然セックス三昧で、部屋中に精液と愛液の匂いが充満していました。

「それじゃあ、継母さん、行くね。元気で頑張るのよ。」
と言って継母は帰っていきました。
大学では、女子大生に魅力を感じず、通い始めてた自動車学校の事務のお姉さんを口説いて、
「生意気ね。お姉さんを口説くなんて。」
と言われてラブホに行って、お姉さんをヒイヒイ言わせました。
それが縁で、5歳年上のお姉さんとお付き合いが始まりました。

夏休み、帰省すると、継母の姿がありませんでした。
「お継母さんは?」
「出て行ったよ。」
「え?何で・・・」
「お前がこの家を出るまでという約束だったんだ。だから婚姻届けも出してない。故郷に帰って、バツイチ子持ちの従兄と再婚したよ。好きだったけど、従兄妹同士で結婚を反対されてたんだそうだ。」
私は目の前が真っ暗になりました。

あれからずいぶんと時間が過ぎて、私は、妻と高校生と中学生の娘と4人家族で暮らしています。
先月、父が亡くなり、葬儀の時、どこかで会ったことがあるような、でも誰だっけ?と思う還暦がらみの女性が参列してて、ハッと気づいたのは、それが継母だったのです。
私に深々とお辞儀した継母とは、言葉は交わさず見つめ合って、帰っていく継母を見送りました。
乳亡き後、家族で実家に住もうと考え、父の遺品を整理してると、手帳に1枚の写真が挟まってて、それは、父と継母と中学生の私が3人で旅行先で撮ってもらった写真でした。
父は、継母が出て行った後、あんなことを言ってましたが、継母を愛していたんですね。
だから継母も、父の訃報に触れて、はるばるやってきたのでしょう。

暫し写真を眺めて、
「オヤジ、この写真、俺が引き継ぐからな。」
と言って、持ち帰ってきました。
そしてそれは、家族に見つからないように、会社のロッカーにしまってあります。
そして時々取り出して、かつて、間違いなく愛し合った継母に会うのです。
「継母さん、元気ですか・・・」
写真の継母は微笑んでくれます。
 
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投稿者:ベンリィ   benry55
2026/03/05 20:59:51    (z4OXSQ5n)
良い話ですね。偶に目にするナンネの良心。
そんな気持ちで読ませて頂きました。
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