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2026/04/06 14:22:48
(TnwZdR6P)
中学の頃のことは、今でも時々夢に見ます。あの頃の私は45歳の今とは全然違って、ただの貧乏な中学生でした。
母子家庭で、下に妹が二人と弟が一人。母はパートを掛け持ちしても家計はいつも火の車でした。私が中1になったばかりの頃、母の知り合いの男性が「少し手伝ってあげようか」と言ってくれるようになりました。その人は50歳くらいで、別の中学校の教頭先生でした。最初は本当に優しくて、勉強のことも教えてくれました。でも、それと引き換えに、私の体を求められるようになっていきました。
教頭先生は毎週土曜日の午後、自宅まで車で迎えに来てくれました。連れて行かれるのは、人里離れた半島の先にある、別荘のような古い民家でした。そこに着くと、先生が用意してくれたセーラー服(おそらく自分の学校の指定服)とブルマに着替えさせられました。まずはその部屋の掃除をさせられるんです。先生はビデオカメラを回しながら、私の後ろからお尻を撫でたり、胸を触ったりしてきました。掃除が終わると、そこからはSMのようなプレイが始まりました。
先生はセーラー服とブルマにものすごくこだわっていました。どんなに激しくされても、服は脱がせませんでした。セーラー服は胸のところを捲り上げて、ブルマは股の部分にハサミで穴を開けて、そこから挿入してきました。中1の夏頃には、もう浣腸をされたり、アナルにも入れられるようになっていました。痛かったし、怖かったけど、先生は「いい子だね」と頭を撫でてくれて、お金も毎回たくさんくれました。それが家計を助けていると思うと、嫌だと言えませんでした。
一番つらかったのは、毎月最終の土曜日でした。その日は泊まりで、日曜のお昼まで別荘にいました。すると、先生の知り合いの他の学校の校長先生や教頭先生が5人くらい集まってくるんです。私は縛られて、みんなの前で浣腸をされて……そのあと、みんなが見ている前で排泄させられるのが本当に死ぬほど恥ずかしかったです。みんなすごくねっとりした人で、なかなか終わらず、3時間くらいずっと前と後ろに同時に挿入されているような状態でした。その頃から、「学校のさ先生って、偉そうなことを言ってる裏ではこんなに変態なんだ」って心の中で思っていました。
今は看護師として働いています。独身で、誰にもあの頃のことは話していません。あの別荘の匂いや、セーラー服あの生地が肌に触れる感触、ビデオカメラの赤いランプ……時々ふと思い出しては、胸が苦しくなります。でも、あの支援がなければ家族はもっと苦しかったのかもしれません。あの頃の私は、まだ子供だったのに、大人の欲望に巻き込まれてしまった。ただ、それでも母や弟妹のために我慢したんだと思っています。
今でも土曜日の午後になると、なんとなく体が緊張することがあります。あの車が迎えに来る音を、今でも耳の奥で聞くような気がするんです。