残念ながら、このあと、両親のセックスにリアルタイムで遭遇することはありませんでした。きっと、息子の目を盗んで、巧妙なタイミングでセックスを楽しんでいたのだと思います。実は、週2、3回はやってたんじゃないかな、とも思いす。ちょっと思い当たる節もあるので.....。
日中は、散々、夫婦でぶつかることが多かったですが、そんな日こそ、父は、夜な夜な母の布団に潜り込み、母を力づくで可愛がり逝かせる事で、母の機嫌をコントロールしてたのではと思います。
この夜は、母のオマンコに挿入してからの状況でしたので、どのような前戯をしていたのか、知る由もありませんが、とても興味があります。
父は、絶対、指マン、クンニは楽しんだと思うのですが、母は、フェラとかしてあげてないようにも思います。とても勝気で気位の高い女性でしたので、この夜、股を大きく開き、父の男根を受け入れているというだけで、自分には、信じられませんでした。膝、足が、襖にぶつかる位、股を全開に開くなんて.....、あの母が......。
母が絶頂を迎える時は、気配からでも、凄い迫力でした。父が、母のオマンコをガンガン突き出し、リズムが加速していくと同時に、母の口から漏れる喘ぎ声も、それまでとは変わり、必死に抑えていた喘ぎ声が、肉体に沸き起こる女の悦びが溢れ出すように”あっ、あっ、あっ、.....あっ、あっ、あっ、...イイッ”と、それまでにない大きな喘ぎ声になりました。
父の腰の動きがまた一段シフトアップし、AV男優顔負けの鬼突き全開、フィニッシュを迎える時には、母の喘ぎ声の発声の角度の変化から、枕に脳天を付き、背中が反り返っていくのが分かりました。
もう、今にも逝きそうな感じでした。
”アッ、アッ、アッ、アーーーーーッ”
と母が絶叫し、父も更に渾身の力で、最後まで母を突き上げます。
”ウッ、ウッ、ウーーーーーーッ”
と、父の、最後の一滴まで残さず、母のオマンコに射精してやる!!という意思を感じさせてくれる、長い射精感、二人のフィニッシュは、同時に絶頂を迎え、果てたようでした。
父は、十分、母の肉体、母のオマンコを堪能しているように感じました。
セックスが終わった後の雰囲気から、母も、十ニ分に逝かせて貰って、女の悦びに浸り、父とのセックスに満足しているようでした。
当時は、裏本、裏ビデオ”洗濯屋ケンちゃん”が出まわっていましたが、VHSビデオデッキなど、持っていたのは、一部の富裕層だけで、見る機会などありませんでした。その後、大学生時代に、普及しだし、散々、鑑賞しましたが、あの夜ほどの興奮を覚えたことは、一度もありませんでしたね。
その頃、夏になると母は20代の頃着ていたノースリーブのワンピースを引っ張り出してきて、家にいる時はよく着ていました。20代の時と体型が変わらないのだから、大したものです。これが膝上15センチ位でしょうか、ミニなので(母はツィギー世代)、かがんだりするとすぐパンティが見えそうになるんです。これをストッキングなしで生足のまま着ていました。流石に近所に買い物に行く時などは着替えていました。それくらい大胆な格好でした。
夏休みになると、私も、家に一緒にいる時間が多くなります。特にすることもなく、居間で寝込んでテレビを見ていると、『ちょっと邪魔よ、掃除するから』と掃除機を掛けたり、こたつの天板を拭いたりし出します。この時、かがむことが頻繁になり、横目でチラチラ、スカートの中を覗いてはパンティの色を確認して喜んでいました。母のパンティは、箪笥を物色し全て把握していました。全てコットンで、シルクなどの高級なものは持っていませんでした。色は、白、ピンク、淡い黄色などで花柄が好みのようでした。着替えも覗きましたが、一番多かったのは、白地にブルーの花柄でした。花柄の小さなフルバックのパンティを履いた時、アソコが美しいカーブのモリマンで興奮したものです。父にあれだけガンガン突かれれば、そりゃー綺麗なモリマンになりますよね。
その母が、週に一度くらい、ショートパンツを履く時があるんです。これも若かりし頃履いたもののようで、半袖のシャツを合わせて着ることが多かったです。この時、何故か生足ではなく、必ずストッキングを履くんです。私には、これが不思議でなりませんでした。暑いから、ミニスカートやショートパンツを履くのに、ショートパンツの時も生足でいいんじゃないの?パンスト履いたら暑いのでは?そう思うんです。
ある日、先に私が昼食を済ませた後、母が一人で食事をしていた時のことです。『あっ、やっちゃったぁ!』と母の声が聞こえてきました。どうやら、ショートパンツに醤油か何かを溢して汚してしまったようでした。『大変、大変』と言いながら、洗面所に駆け込んで行きました。こんな事で慌てる母は珍しく、そんなにお気に入りなのかと思ったことを覚えています。それから、どれくらい時間が過ぎたでしょうか、とっくに染み抜きは終わっていると思い、私は何の用か忘れましたが、洗面所に行き、入り口のカーテンを開けました。すると、まだ母が作業していたのですが、腰にバスタオルを巻くでもなく、ショートパンツを脱いだままの姿でした。それがなんとノーパンでパンスト直穿きだったんです!!!子供には???、思いもせず母の美味しそうな桃尻が目に飛び込んできて、母も動揺することなく振り向いたんです。すると、今度は美しいモリマンに剛毛のアンダーヘアーがバッチリ、扇が左右に2つ開いたような形まで拝む羽目となりました。私の頭の中は???ちょっと動揺しながら『あっ』とだけ言ってカーテンを閉めました。
その時は、全く理解出来ませんでしたが、ただ、すごくエッチな姿を見れてラッキーと思ったことを覚えています。後にも先にも、母のノーパン、パンスト直穿きを見れたのは、この時だけであり、というか、私が過去付き合った彼女や嫁さんで、こんな姿を見せてくれた人はいませんし、自分も頼めなかったですね。だから、パンスト直穿きを生で見せてくれたのは、あの時の母だけです。
今になってみると、あれは父からのリクエストだったのではないかと考えています。きっと、いつもと違う姿の母を、ショートパンツの中に手を入れ、パンストの上からや、パンストの中からオマンコを愛撫したのでしょう。また、母からの『今夜、お願いね』とおねだりのサインだったのではとも思っています。夫婦喧嘩が絶えない2人で、私は散々不安な気持ちにさせられましたが、実は夫婦仲は悪くなかったのではと思っています。なんとも身勝手な夫婦ですが、私も家庭を持ち人並みの生活が出来ていますので結果オーライでしょう。
しかし、あの頃、散々、母の着替えを覗き全裸や下着姿は何度も堪能しズリネタにしましたが、パンスト直穿きの姿が、一番のネタになりました。人生で最も美しい時の母のノーパン姿を見れたことは、その後の私の性癖に大きく影響を与えたと感じています。
こんちゃんさん、
お父さんのリクエストにより??ノーパンにパン スト直穿きのお母さんのあそこを目撃して、女のマンコを直に目撃したと同時に、お父さんの性欲を満足させるのためにいやらしい要求に応えているであろうお母さんのスケベな姿を目撃して相当興奮したでしょうね。
私は、小学生までは両親と寝室が一緒で、小さい頃から夜に両親がSEXしていることを何度も 目撃していました(その当時は性の知識はなく、何をしているのかはわかりませんでしたが)。だいぶ後の父の不在時に、その場の話の流れと勢いから母と関係を持ち、実のは母との行為による快感を実際に味わい、現在に至るまで何度も繰り返しやってきましたが、母との行為が常態化してしばらくした頃、小さい頃見ていた両親の行為をまた見てみたいと思い、父とのSEXを覗かせて欲しいと母に何度も要求した結果、ある日渋々母が受け入れてくれ、父とSEXする日に事前に教えてくれ、寝室の扉も少し開けておいてくれて、熟年夫婦の長年続いている、しかも自分の両親の生々しいSEXを目撃することができ、ものすごく興奮しました。母との行為は気持ちいいしもちろん興奮しますが、それと同等かそれ以上の興奮を覚えました。
こんちゃんさんは、その後どのような性癖に発展したのでしょうか。
好き者さん
コメントありがとうございます。お母さんと関係を持ち続けているとのこと、羨ましいですね。私はそこまで行けませんでした、残念ながら。
あの時、パンスト直穿きの意味が分かっていれば、ちょっと違っていたかも知れません。母も父に負けない位にどスケベだと気付いたのは、かなり年月を経てからなので、今では残念な気持ち、ちょっと後悔はありますね。私は、マザコンなのだと思います。あの晩以来、母に筆下ろしして欲しいという願望があり、また、初体験を済ませても、 20代の頃は、母としてみたいと思っていました。27歳の時、初めて夢中になる女性との出会いがあり、母への気持ちも薄まりました。この方とゴールイン出来れば良かったのですが、、、、、、、。
お母さんが承知の上での、お父さんとのセックスを覗くって、想像しただけで興奮しますね。お母さんの乱れ方はどうでしたか?凄く興味があります。是非、教えて下さい。私も、またちょくちょく書きますので。
こんちゃんさん、
私は今32歳、母は59歳です。
母とは7年前からの関係です。父の不在時に母と二人で晩酌中、「あんた、暇さえあれば自分でしてないで、早く彼女作ってそういうことは彼女にしてもらいな。」みたいに母に言われ、母は言葉で、「お母さんはまだお父さんとしてるんか?小さい頃、寝てる隣でしてたのを何度も見てたけど。」と聞くと、「そりゃ夫婦だしね。お父さんも男だから出さないとでしょ。今でも週2回くらいわね。でもお父さん最近歳のせいか、してるうちに我慢してると萎んじゃうようになってきたから、我慢せずにすぐに出すことが多くなってきたから。お母さんはちょっとね。ほら、中途半端っていうか、なんかあんまり満足できないっていうか。」と。はは普段から明るくあけすけというか、軽い下ネタを言い合うことはあったが、父との生々しい事をぶっちゃけられて驚き、もっとからかいたくなったんです。母は小柄のムッチリ体型、顔も綺麗でもない普通のおばさんであり、それまで母を性の対象となんか見たことも一切無かったんですが、その時は話の内容から興奮し出してきていて、「えっ、もしかしてお母さんも自分でしれるん?」と聞くと、母は酔っていた方もあってか、「満足できないのが続くとね、お母さんも女だしね。あんたにこんなこと言うの恥ずかしいけど。」と。私はより興奮してきて、「自分で性欲解消してる同士、やってみる?俺とする?」と冗談混じりに言ってみた。「するって?あんたと私でSEXってこと?お母さんこんな歳だし綺麗でもないし、あんたできないでしょ。」「できるよ」「親子だよ、お母さん相手じゃ立たないよ。」「今までそんなこと考えたことなかったけど、こんな話してて興奮してるし、もう立ってる。してみたいと思ってる。」「本当にしたいん?母親と息子だよ。あんたが本当にしたいと思ってるんだったら、お母さんも、ね、」のようなやり取りとなり、母の背後に回り、服の中に手を入れ、胸、アソコを触り始めたら、母は一切抵抗することなく好きにさせてくれ、寝室へ移動し、そのまま母との禁断のSEXをしてしまいました。たまたまその時の話の流れと勢いからの行為でしたが、興奮と快感はそれまで経験した他の女性との行為とは全く比較にならなかったですね。その晩は母と3回ほどして、翌朝も目覚めてすぐに、その日は昼間も何度もしてしまいましたね。母とはそれ以降7年ほど経ちましたが、今でも時間があればの行為は続いています。母はもともと性欲が強く、性に貪欲で、私が求めることはほぼ全て(体に跡がついたり父に気づかれるようなこと以外は)、応じてくれて、母からこんなことは?と提案してくるようなこともあり、変態チックなことも含めて色々経験してました。その一つが母と父との生々しい夫婦の夜の営みを覗かせてもらうことでありましたが、長くなってしまいましたので、その他の行為の内容等も含めて書かせていただきます。
こんちゃんさん、お母様は何歳でしょうか?今はもうお母様としたいとは思わないのでしょうか?お父さんのためにノーパンにストッキングを履かれていたスケベなお母様なら、うちの母のように、けっこう簡単にそうなれたのかもしれないですね。色々お聞かせ下さい。
こんちゃんさん、
母との初めて交わった日の事をもう少し詳しく。
寝室へ移動して、横になり、服を脱がそうとすると母も脱がせやすいようにしてくれ、お互い全に。母の大きな乳首を吸いながら下へ手を伸ばすと、母のマンコは既に十分に濡れていた。母も私のチンコを触り、「こんなに大きくして、、 すごい硬い」と、扱き始めた。母のクリを触ったり、膣内を指で掻き回すと荒い息づかいになり、んっ、んんっ、押し殺した声が出てきた。私は興奮を抑えることができずに、母の上に覆い被さると、「本当にするん?親子だよ。母子相姦になっちゃうよ。 後悔しない?」「うん、入れたい」「わかった、いいよ。 おいで。 入れて。」と、母は大きく脚を開いて、実の母親の禁断のマンコに挿入する瞬間を瞬間を迎えました。十分過ぎるほど母は濡れていたが、マンコを押し広げるようなまとわりつくような感触を味わいながら、ゆっくりと奥へ進み続け、そのまま母の最奥部の子宮口に到達し、更にそれを押し上げた。入れ始めた瞬間、母は「ああーっ」とはっきり喘ぎ声を上げ、推し進めると「あっ、あっ」、子宮口にたどり着くと「ああっ、ああっ、ちょっと待って、だめ、だめ、ああーーっ」と全身を震わせた。しばらく母を抱きしめた状態で止まって、「お母さん、いった?」と聞きながら、再度奥を突き上げてピストンを始めると、「(何度も大きく頷きながら)いった、 いっちゃった、
待って、また、またいっちゃうから、、あ、またいくっ」といき、そのまま動き続けて私も放出したくなった。「俺もいきそうになってきた。出していい?」「いいよ、お母さんもまた、、お母さんまだ生理あるから、、」と母がまたいったのを確認して素早く抜いて母の腹にぶちまけました、物凄い快感と共にすごい量の精液が母の顔近くまで飛び散りましたね。
事後処理もせずに2人共全裸で仰向けに寝転び、しばらく息を整えた。
こんちゃんさん、
続き
母子でやってしまったという後ろめたさと同時に、実際に感じた深い快感を思い出しながら無言が続いたが、気まずくなり、
「お母さん、すごく気持ち良かった。 お母さんのマンコ(あえてスケベな言葉で)」と言い母のマンコをまた触ると、母も笑いながら、「あんたどんだけ出すのよ。顎の辺までこんなに飛ばして。 、、、 、、、 お母さんも気持ちよかったよ。本当にすごく。息子のあんたに されて感じてしまってる姿を見られのが恥ずかしくて、最初は押し殺してたけど、入れられたらもう我慢できなくなって、どうでも良くなって、、 凄く気持ちよかった、あんたのチンコ(笑)」と会話を交わし、再度復活し始めてたチンコを母も触ってきた。「あんたもう大きくなって、一回じゃ足りないんかな? そのまま寝てて、お母さんがしてあげるから」と足元へ移動してフェラをされた。実の母親が男を喜ばせるための積極的な行為を目の当たりにして、また興奮が高まり(実際、母のフェラは濃厚で上手だった)、「俺もマンコ舐めたいから、ケツこっち向けて」と言うと、「洗ってないけどいいの?」と69の形になり、母のマンコが目の前に。初めて見た母のマンコは毛が濃く、数本まばらに白い毛が混ざっていて、黒いヒダが大きくはみ出していた。そんな母のグロい性器がすごく淫らに感じられ、甘酸っぱいような、ヨーグルトのような、発酵したような、なんとも複雑な臭いに興奮を高められ、舐めまくりました。
「もう我慢できない、入れるね。」母が私の上になろうとして向きを変え、「この方が入ってるとこよく見えるでしょ。 入れるよ、見てて、ほーら、」と、母は背面騎乗位でつながり、結合部を私に見せつけるようにゆっくり腰を上下に動かした。しばらく母のスケベな姿を見て股間で感じて、「バックで入れさせて」と要求すると、母は四つん這いで尻を高く突き出して「入れて、いっぱい突いて」と、激しく突くと、「突きながらここ触って」と要求されて、クリを触らながらバックですると、ああっ、いく、、いくいくいくー、と何度か立て続けにいき、私も限界に。「俺もいきそう。出していい? このままお母さんのマンコに出したい。」「お母さんまだ生理あるよ。いいん? どうしてもだしたいん? いいよ、出しな。お母さんの中にいっぱい出しな。一緒に、、」母の膣内の深い部分にまた相当量を出した。繋がったまま横向きになりしばらくすると萎えて抜け出てきて、母の片足を上に上げると、マンコからドクドクと精液が流れ出てきた。私自身それまで中出しの経験はなく、母のマンコから自分が放出した精液が出てくるのを見て、「すげえ、気持ち良すぎてやっちゃった」「年齢的にはほとんどないと思うけど、お母さんまだ妊娠するかもしれないんだよ。でもどうしてもお母さんの中に出したかったんでしょ。いいよ、お母さんも最後はそうして欲しかったから」と、母と近い距離で向かいながら会話を交わし、母から口をつけてきた。このときが母との初めてのキスでした。舌を絡めて貪り合うように唾液を飲み合いながら体を触り合って3回目に突入して行きました。その夜の母との交わりで、母な感じ安くいきやすい、性欲が強くSEXにもかなり積極的でそれまでに色んな経験をしてきたのであろうことはすぐにわかった。
翌日も早朝に目覚め、こちらに尻を向けて横向きに眠るは母に後ろから挿入、「またしてるの?夜あんなにしたのに。 あっ、ああ、いい、またよくなる。今日もいっぱいするん?お父さん帰ってくるの夜だから、それまでなら、ね?」と、父が帰る前まで繰り返しました。その日の行為が終わり、母とシャワーを浴びて、今後も母と続けさせてもらえるのか不安になり、「またしてもいいかな?」と聞くと、「これからもしたいん? じゃあ、父さんには絶対に気づかれないようにしないと、ね。 お母さんだってあんたにこんなにされて、今までにないほど乱れさせられたんだから、ちゃんと責任取りなよ。」と、満足いくほどは難しかったが、その後も父の不在の隙を狙っては母との行為を繰り返すようになりました。
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