大学の頃、正直イケてる方でした。
でも必ずフられる方でした。
ありがたいことにフられても1ヶ月と空かずに次の彼女ができていたのですが、フられる時はツラいので次第に精神ダメージが蓄積して彼女を作らなくなりました。
そんな私に最後の告白者がいました。
後輩だったんですが、活発な子で年上に人気のある「妹系」でした。
そんな後輩はサークルに入会した時から、むしろ勧誘の時から一目惚れしてくれてたらしく、常に彼女がいた2年間、気持ちを偲ばせていたらしいです。
そして僕が3年生、後輩が2年の終わり頃に彼女が途切れた事から満を持して「今、先輩彼女いないんですよね?なら私と付き合って下さい!」と告白してきたんです。
周りから散々止められたらしいです。
そりゃそうですよね。周囲からは僕は単なる遊び人にしか見られてなくて次々彼女が替わるんで、「大事にしてやりたい」後輩想いな同級生以上のメンバーは警告していたんです。
しかし後輩は「皆さんからはそう見えているかもしれませんが、その分フられて傷ついてるのは僕先輩ですし、それにそんなチャラい人じゃないですよ。私はフらないです!」
そう啖呵を切っていたらしい。
しかし僕は彼女を作る事に恐怖心を抱いていました。
なんでフられるのか理解ができていなかったんです。皆、「もう続けられないわ…」と言った感じで明確に理由を教えてくれなかったから。
そこに満を持した後輩の告白ラッシュが続きました。
「いや、今は彼女作らないから…」とやんわり断っていたのですが顔を会わす度に付きまとってくるので次第に疎ましく思って、その気持ちを利用してやろうと考え始めました。
そして「エッチさせてくれたらちょっとは考えるかも」と最低発言したにもかかわらず、後輩はノコノコと部屋にきてエッチを積み重ねました。
当然、周りも薄々そんな行動を勘付き僕の評価は地に落ちました。サークルを辞めざるを得ないレベルの無視をされ、またまたメンタルがやられました。
しかし自業自得なので誰も恨みはせず、残りの大学生活を静かに過ごそうと決めました。
すると後輩がサークルを辞め、引き続き僕に付きまとったんです。
僕はメンタルのダメージ修復を彼女の身体に求めました。来る日も来る日もエッチして半同棲レベルで一緒にいました。
そんな関係を3年続けました。
流石に長過ぎると、元サークルメンバーが押しかけ「どういうつもりなのか」と尋問されました。
僕はある種の対人恐怖症になっていたみたいなのですが、周囲にはそれが理解できず道徳性の欠落者と見えていたようです。
後輩はもちろん僕を庇い、心配する諸先輩を敵に回し退けました。
二人で部屋に帰ると、僕は分けのわからない悔しさに涙しました。
それを抱きしめる後輩の優しさは嬉しかったけど、付き合う事はしなかったんです。
今、気持ちを整理できているのでわかりますが、後輩にだけは去ってほしくなかったんだと思います。
付きまとってくれてる内は離れないだろうと。
そして5年目、大学時代の友達は1人も居なくなりました。友人と呼べる人は皆去りました。
唯一残っているのは後輩だけ。
変わらず中途半端な同棲生活をしていました。
僕は転勤のある職業でした。大学を卒業して2回転勤しました。
後輩はその度に仕事を辞め、付いてきて転勤先で再就職をしました。
「なんでそこまで付いてくるん?彼女でもないのに。俺にそんなメリット無いでしょ?」
いよいよ僕も良心が痛みだし、彼女を解放する覚悟ができました。
すると後輩は「だって僕先輩、私が居ないと1人ぼっちじゃないですか。僕先輩が好き好んで人に嫌悪されるような事やってないのはわかりますよ。ただ、多分波長が合わないだけなんだと思います。私はそんな先輩が良いんです♪」
ここまで言われたら普通は付き合ってしまうもんですが、それでも僕は今の関係を更に2年続けました。
今でも本当に酷いことをしたと思います。
30歳手前になって、いよいよ家族や職場から結婚のプレッシャーを受け始めました。
それは後輩も同じ。
特にご両親からは「今の男はどういうつもりなのか。」「7年も一緒にいて結婚の“け”文字も出ないのか」と現状の打開を迫られていました。
後輩は本当に辛抱強く耐えたんだと思います。円形脱毛症になりましたから。
そしてコロナ禍になりました。
かなり早い段階で後輩がコロナになり、エクモを使われるくらい重症化しました。
僕も隔離されまるでゾンビに噛まれた市民の様な感覚でした。
約2週間、僕は後輩の様子もわからず誰も見舞いも来ず孤独を感じました。
後輩が死んだらどうしよう。
もし死なせてしまったら彼女の人生はなんて最低な最後になってしまうんだろう。
そう自分への不甲斐なさと後輩への依存度を自覚しました。
そして「もし、このコロナから生き残れたなら彼女どころか、俺の人生を捧げよう。それでも彼女の受けた色んなネガティブな事を帳消しにはできないけど、人生をかけて償おう。」と心に決めました。
余談を許さない入院は続きました。
ニュースで集中治療に入った人が次々に亡くなる情報を聞く度に泣きました。
ロシアンルーレットみたいでした。
「次は彼女かもしれない。防ぎようがない。」
僕のメンタルは限界でした。
しかし彼女は乗り越えました。
確率的にはかなりレアケースな回復を見せたんです。彼女の両隣のベッドの人は亡くなりました。
ようやく面会ができると痩せ細った彼女は顔を合わせた瞬間、泣き始め両腕を差し出してハグを求めました。
僕らは抱き合い、ちょっとした病院内でのドラマチックシーンとなりました。
僕は彼女の耳元でプロポーズをして、彼女は更に号泣。
意識が戻ってずっと看病していた彼女のご両親にはその後に土下座をして今までの自分の行動を謝罪しました。
しかし彼女が「僕先輩を1人にしたくないから頑張れた。だからパパとママが僕先輩を責めたら私は頑張れなくなる。」と言ってくれてご両親の気は晴れました。
妻は少し後遺症が出ましたが、僕1人の稼ぎでも家族4人を養えるのでゆっくり子供と過ごして貰っています。
相変わらず僕の倫理観は人とズレているのですが、今は田舎の島暮らしであまり人と関わらないで住む生活をしています。
妻は元々活発で人ウケの良い性格が幸いして、上手く地域の人達と観光業を盛り上げています。
彼女の失われた約8年はまだまだ埋められないけど、無駄では無かったと言ってもらえるように全力で家族の為に働いていきます。
2026/09/06 22:46:17
(RsDXb92d)