美穂様
おはようございます
やはりその後もつらい生活だったのですね…
お母様も、新しい旅館でも「エロ宴会」に出させられたのかもしれませんね。
よろしければ、是非またその後をお書きください。
はじめまして。読ませていただきましたが昔はそんな事もあったんですね…大変な苦労をして幼い頃は辛かったでしょうね…またお話があればお聞かせください。よろしくお願いします。
母は新しい旅館でもやはり出し物になっていました。
私が母に会いたいと言っても奥様はなかなか許してくれなかったのはそのためです。
私を変態男から守るために引っ越したけど、借金の関係はついて回って母はそのためにそんな仕事を続けていたんです。
新しい生活でも色々とありました。
小学校と違って中学校になると中間試験や期末試験があります。
一年生の最初の中間試験で全く勉強をしてなかった私は学級で下から3番目の成績でした。
それを奥様に知られて大変叱られました。
お前を預かってる私達に恥をかかせたと言われ、やはりズロース一枚にされて背中から腕から胸から服に隠れるところはすべて叩かれました。
それからは夜に翌朝の朝ごはんの用意が終わり、家中の戸締まりを確認してから、自分の部屋の暗い電灯の下で遅れていた分の教科書を必死に読みました。
もちろん翌朝の仕事を疎かには出来ませんから眠くもありましたが、お陰でいつの間にか夜に母を恋しがって泣く習慣が無くなっていました。
朝の庭や家の表の掃き掃除も慣れてきたら短い時間で済ませられるようになり、気持ちにもゆとりが出来て、前の旅館の女中さんがしていたように集めた乾いた葉っぱや小枝など燃えるゴミをお風呂の焚き付け用に集めて取っておくことをしてみました。
それを奥様が見つけて、何故こんなゴミを取って置くのか、叱られましたが、正直に話したところこの家に来て初めて奥様から誉められました。
私の心は単純なもので、それまで何度も折檻され恐かった奥様への恐怖心がずっと減りました。
それからは日曜日の内風呂に奥様が入った時に進んで背中を流したりするようになり、奥様のお叱りの口調も軽くなっようでした。
勉強も面白くなり、二学期の期末試験で学年で一番を取ることが出来ました。
なかなか母に会えず寂しいのは相変わらずでしたが、それ以外は私にとってむしろ幸せで安定した生活でした。
ところが前の温泉からのしがらみが私の後を追ってきました。
私のズロースを持って行った男が多分地回りから話を聞いたようで母のところに訪ねて来たんです。
やはり私を買いたいと言ったそうです。
もちろん母は断りましたが、その男もしつこく来てうるさく騒いだそうです。
母は恥ずかしい舞台ではありますが、もうその旅館に客を呼ぶだけの人気が出ていたようで、旅館の主人が帰るように言い、最後には腕力で叩き出したそうです。
そのような事を旦那様奥様はご存知でしたが、私には何も話していませんでした。
そして私が中学1年の2月、私はその男に誘拐されて純潔を失いました。
私は学校が終わったら家での仕事があるので、友達と一緒にお話をしながら帰ったりせず一人帰っていました。
その男がいきなり私の前に立ち塞がって、お前のお母さんとは話がついてる、来い。と言うと私は腕を掴まれてタクシーに乗せられました。
恐くてやっと、お母さんは?と声に出して聞くと、お前を待ってる、そこに連れていく、と言われました。
でも連れていかれたのは郊外の旅館で、勿論母はいませんでした。
その旅館の男衆も女中さん達もおかしい二人客だと思ってた筈ですが聞き質すようなことはされませんでした。
服を脱げと言われて、嫌ですと抵抗しましたが、途端に頬を激しく叩かれ床に倒されました。
ただの痛みになら奥様から叱られて折檻されて慣らされてますが、痛みと言うより頭がくらくらとして脳震盪のようになったみたいです。
床に倒れてからもしばらく頭がボーッとしてて、手足に力が入らない感じでした。
男から制服を脱がされてる、逃げなくてはいけないと分かっているのに手足が言うことを聞かないんです。
制服、下着のシミーズ、半袖の肌着、ズロース、靴下までと脱がされ全裸にされた後、男はカバンから取り出した縄で私を後ろ手に縛りました。
母みたいにされてるんだ、恥ずかしい、恐い、嫌だ、助けを呼びたい、と頭に浮かびました。
でも逆らったり興奮させるともっと恐くなりそう、とも思い声を出せませんでした。
本当はこの時に大きな声で助けを呼ぶべきだったんでしょう。
いきなり鼻を指で摘ままれて痛みと苦しさに口を開けたら、口の中に丸めたハンカチみたいなものを詰め込まれました。
さらにその布を吐き出せないように上から別の布を顔に回して猿ぐつわをされたんです。
その格好で抱えられて布団の上に乗せられ、犯されました。
初体験が犯されると言う事はとても辛いことです。
まだ男性を受け入れるだけの成長を遂げてない身体なのに、嫌いな男から力ずくで下半身は文字通り身体を裂かれる痛みを受け、下着で擦れただけで痛みを感じる胸も潰されるかと思うほどに揉みしだかれたあげく乳首を噛まれました。
男から、さあ、痛いか?と聞かれ、その直ぐに後には、どうだ、感じるだろう?と全く矛盾したことを聞かれましたが、とても声に出して答えるゆとりはありませんでした。
痛みから逃れようと身体を動かしても、上から押さえつけてる男の重い身体から逃れられずかえって入れられている部分の裂けるような痛みが増しました。
次第にその頃の苦しい時の私の癖で、心を身体から引き離してしまい苦しんでる自分を余所事のように思う現実逃避を始めました。
学校には私と同じ歳の女の子がたくさんいるのに何故私だけこんな恥ずかしくて痛くて惨めなことになるんだろう?と男の頭越しに薄暗い天井を見ながら思いました。
その男の言った淫売の娘は淫売だ、と言う言葉を思い出しました。
そして、やはりこれも母と私があんな舞台に立ったからだ、普通の女の子はこんなことされない、やっぱり私達が貧乏だからこうなったんだ、と仕方なく思い諦めました。
何回も下半身を突き刺され、千切れるほどに乳首を引っ張られ、その合間には頬、胸、お腹、お尻を平手や拳でも叩かれました。
夕御飯も食べずに犯され続け、深夜になってやっと男が私から離れて縄も解いてくれましたが、私はもう自力で起き上がれないくらいになっていて、室外にある便所に行くのに裸のまま廊下を這うようにして行きました。
落とし紙であそこを拭くと私の血と男の精液が半乾きになってこびりついていました。
部屋に戻って布団に身体を横たえようとすると、布団はやはり私の血と失禁した尿で汚れていました。
男が眠ったので逃げようと思ったんですが、脱がされた私は制服や下着がどこかに隠されて見当たらず、しかも旅館の浴衣さえありませんでした。
その旅館の人に助けを求めれば良かったのにそれが出来ませんでした。
裸で恥ずかしいと言うのもありましたが、こうなったのも自分の運命なんだろう、仕方ないと言う諦めの気持ちが強かった気がします。
しかし部屋の隅に膝を抱えて座っていると、母の面影と共にあの厳しくて恐い奥様の面影が懐かしく思えてなりませんでした。
朝になり明るくなった部屋の中でまた犯されました。その時は口淫までさせられました。歯が当たったと言って頬を平手打ちされ、口の中に出されて嘔吐したらなぜ飲まないかと言ってまた叩かれました。女中さんが朝ごはんを運んで来た時も私は裸のままで部屋の隅に縮こまって身体を隠そうとしていましたが、入ってきた女中さんがあっ!と驚いた声が聞こえました。その女中さんは朝ごはんのお膳を置いてから、お布団を片付けさせていただきます、と言いましたがお布団に着いた私の汚れを見たのでしょう、まあ!とまた驚いた声を出しました。女中さんが男に困りますとか言ってましたが、男はうるさい、これで良いだろう、とお金を渡していたようでした。私の分の朝ごはんも来ていましたが、前の日の夕御飯も食べてないのにとても食べる気持ちになりませんでした。朝ごはんが終わると男は私が手が届かない天袋に隠していた私の制服や下着を取り出して私に着せました。旅館を出る時に見送りに出た女中さん達の中に、同情と共に変な動物を見るような目付きの人がいるのを感じてそれも辛かったです。歩いて10分くらいで駅に連れていれましたが、歩くと下腹のあの部分が痛く気持ち悪い感じがしました。列車に乗って隣の県に連れていかれ大きな駅で降り、そこからバスを乗り継いで最後はタクシーに乗って町外れの一軒家に連れて行かれました。もう午後も遅い時間で薄暗くなっていました。その家はそれほど傷んではいないけど、中に入ると家具や衣類や雑貨が散乱していていました。人は住んでいないようでしたけど、流しには汚れた食器が溜まっているし、床には汚れた布団が敷かれていました。また男から裸にされて汚れて湿った布団の上で犯されました。ズロースを脱いだ時にあそこからかなり血が出てたのに気がつきました。犯された後に男から、お前はここで暮らすんだ、俺は毎日来るから、と言われました。そして私の制服や下着を全て持って行ってしまい私は全裸で残されました。電灯は点くし台所とお風呂の水道の水は出ました。食べるのは有るものを勝手に食え、と言われましたが台所にお米が2合くらい、あとは塩と硬く乾燥してしまった味噌が少しあるだけ、あと七輪と炭がありましたが、とても炊いて食べる気持ちにはなれませんでした。着るのもを探して見つけたらガラスを割って逃げたら良かったのにと後日思いましたが、その時は絶望感に包まれてしまいそんな気力も知恵も出ませんでした。湿った汚ない布団に潜り込んで泣くばかりでした。次の日に男が来なかったら良いのにと願いましたが、昼頃来てしまいました。なかなか出血が止まらないのにやはり犯されましたし、大人に使う道具も入れられました。まるで犬に餌を与えるようにパンをくれました。男が帰った後にそのパンを水で食べましたがこんなにされても食べて生きてる私自身が情けなくて惨めでした。それから2週間くらい監禁され続けましたが、下の裂傷が完全に治らないうちにまた犯されて傷が開くみたいでした。痛みが激しくなり寒気や熱も出てて男が来ておもちゃにされてる時以外はずっと布団に寝たきりでした。男は市販の熱冷ましを持ってきて犯す前に飲ませてくれましたが治りませんでした。二週間ほどして男が別の男を連れて来ました。「あんた、また女をおもちゃにして飽きたら捨てるんですか」「それを売り買いしてるんだからお前も同じだろ」など話してる声が聞こえました。私はどこかに売られるんだな、と思うと声は出さなかったけど、もう枯れてた筈の涙がまた出てきました。部屋に入ってきた男は小柄なジャンパー姿でしたが、前の温泉で母の舞台をしていた坊主頭の男に似た雰囲気と男でした。男から布団から引き出された私の裸を見た小柄の男は「こりゃだめだ、歳を誤魔化せないよ」と言いました。男は「外国とかはどうだ?お前外国に売ったことあるだろう」とか言っていました。小柄な男から「お嬢ちゃん、足を広げてみせておくれ」と言われました。犯されてぼろぼろにされて血が出てるようになっても、やはりあそこを見られるのは恥ずかしくて辛いことです。私があそこを両手で押さえて首を横に振って後退りすると男がまた私を叩こうとしました。それを小柄な男が止めてくれて「あんたがいるとお嬢ちゃん恐がって先に進まんよ。帰りのタクシーでも呼んできといて」と男を外に出しました。小柄な男は私への呼びかけも「お嬢ちゃん」と優しくしてくれました。それが私に人並みの感情を思い出させて、私は声を出して泣き出しました。小柄の男は私が泣き止むまで見守ってくれた後、私の名前や本当の年齢、家族のこと、あの男に借金とかあるのか、などを私に答え安い言葉で聞きました。私が「売られるですか?」と聞くと「分からんけど、お嬢ちゃん、変な気起こしたら駄目やからな。生きとれば良いことあるんだから」と慰めてくれました。小柄な男は一度帰りましたが、もう暗くなってからもう一度男と二人で来ました。そして男に「話ししてる相手が写真見せなだめだと言うから仕方ないわな」と言うと私の顔を写真に撮りました。そして男に「二三日中に返事を持ってくるけど、あんたはもうこの子にこれ以上おめこしたらいけん。傷物では引き取ってくれんからな」と言いました。そして私に紙袋に入った果物やパンや菓子をくれて「せっ... 省略されました。
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