9の なり さん
9 の なり さん
え~
卒業とかあるんですか~?(笑)
今はヘテロなパートナーだけど
性質としては
元々がバイ、とかでは
ないのですか?
ちなみに私はそうです ^_^
2 さま
じっくり拝見なさったのですね(くすくす)
わたしも動画見るの好きで
なかなか秀作がないなぁと
時々ネットサーフィンしてます。
貝合わせに限らず、
「感じる」って
すごくメンタルな部分が多いと思うのです。
大好きな人に触られると
もう一寸でも早く
「イキタクテイキタクテ」仕方なくて
ウエイティング状態、
何十回イッタか数えられないって人、
いますもんね。
そうなると、髪を触られただけでも
軽くイッテしまう。
そういう意味でなら
貝合わせでもイケると思います。
私にもそんな時期あったなぁ…と
懐かしく遠い目になってしまいます (ノД`)・゜・。
9の方へ。
レズを卒業するなんて、もったいない。
俺の嫁も、レズビアンで俺と付き合う時に、レズを卒業する!って言ったけど、やめちゃダメだよ!って言いました。こんなに気持ちいい快感を得たのに。
でもやめないで良かったと思う。彼女もできて、俺、嫁、彼女3人で愛し合ってます。
なんだかな~
続きを書こうと思っても
しんさん?の書き込みを見ると
萎えてしまって。
男の人が嫌いなわけじゃないけど
黙って読むだけにしてほしいわ。
当たり前のことなんだけど、
男の人はさ。
自分の射精への欲求を
最終的に反故にしてもよい、
なんて人はゼロに近いでしょ。
そのぐらいの相手への思い入れがないと
ビアンのタチとは張り合えないのよね、
正直なところ。
ペニスの代わりは
ディルドでも、こぶしでも
あるわけだからさ。
「2」です。
「そのぐらいの相手への思い入れがないと
ビアンのタチとは張り合えないのよね、
正直なところ。」
わたしはお相手と抱き合うときは必ずお互いに気持ちよくなりたい
タイプだけれど、自分のオーガズムは放棄しても、相手が何度も
逝ってくれたらそれで幸せと感じる女性がいるのもよくわかります。
そういう人はセックスをしながら禁欲的なのです。(あとで、
その場面を思い出しながら、ひとりですることになったとしても。)
りんさま、また「2」です。
稲垣足穂(いながき たるほ)という、大正・昭和の男性作家のエッセイに「A感覚とV感覚」というのがあります。彼の本はむつかしいので、そのエッセイが入った一冊しか持っていません。以前、お尻に興味を持ち始めた頃に買いました。そのなかに、りんさまの投稿に関係するような興味深い一節があったので、少し長くなりますが、引用してみます。りんさまが、続きを書き続ける刺激になるといいと思います。
『凸起などは男性の不幸の象徴ですわ。しかし男性同性愛にくらべて、女性間のそれは、その基礎が軽接触的だと云うことは云えそうです。女性同志の同性愛って・・・そうですね、興味はK感覚(クリトリス)の完全な愛撫という点です。ここから女性特有の世界が展かれ得るかと思います。Vの原始的な荒々しさにくらべて、Kは繊細、複雑で、これは見失われた少女期への郷愁につながるものです。したがって、同じ感覚を持っている女性の愛撫がおそらく完全な目的をとげるのでしょうね。Vとの錯綜を希むなら、すでにその方法については十分に知られているわけですから。
同性愛で問題となり得るのは、同感覚のダブルになるという事ですね。異性的合致は、相手の感覚にたいする盲目感を残します。これにはどんな注意深さも役に立たないでしょう。それにくらべると、同性愛の方は、はるかに同情的、共鳴的な悩ましさになる・・・事は精神的興味に移るわけです。同性感覚の重複する、更に妖しい世界として何事かが展けてくるわけです。』
2 さんへなんか、感激してしまいました。1週間ぶり?に思い出したようにこちらに来てみたら、こんなところで(失礼)稲垣足穂の名前を見るなんて想像すら、していなかったから。2さんとはもっとお話してみたいですね。確か、松岡正剛が書いていたかと思うのですが、澁澤龍彦が稲垣足穂の才能に驚嘆したとか。(しばし瞑想)そうですね。一緒に気持ちよくなれたらよいですね。わたしは、女性同士で愛し合う際同性ゆえのジレンマを感じることがあったとしたら、異性同士のそれと違って凹凸の合理性に欠くことでした。ある一瞬を切り取ってみると、どちらかが受けて側にならざるを得ない。なんか、それを申し訳なく思ってしまったこともあるのです。けど、そんなの愚問だと大抵の場合切り捨てられました。女性同士とはいえどもネコの私からはタチの彼女たちの気持ちはわからないのです。バリタチではなかったので少しは私にも攻め手側に回る機会はありましたが気質によるものか、それはなくても良い、というのが彼女たちの本音だったように思います。立場が変わると圧倒的に興奮度が違うらしく ^^;はい、もう気が済んだ?みたいな。ただ、人の脳は凄いなぁと思ったこともあります。チャネリングというのでしょうか、私の受けている快感を相手が視覚触覚聴覚想像力まで全てフルに使った上でシンクロするのです。わたしは彼女に何もしていないのに彼女が私を攻めるだけなのにそれなのに彼女は、イッテしまったから。代々木忠監督はAVの監督でありながら哲学的なやくざみたいな人だなぁと思うのですが、その著書の「プラトニック・アニマル」に詳しく書いてあって、膝ポンしちゃいました。ネットで転載している人を見つけたのでコピペしてみます。>少々乱暴な言い方だが、相手を気持ちよくさせることなど、人間はだれもできないのではないかと、実は私は思っている。男でも女でも、人間ができるのは、本当は自分が気持ちよくなることだけなのだ。自分が気持ちよくなったときに初めて、その波動によって相手が気持ちよくなれるのである。したがって、男のオーガズムと女のオーガズムは、ちょうど合わせ鏡のようなものである。そして、実はこの波動が伝わり合うこと、それがチャネリングなのである。オーガズムに至るSEXでは、その過程で必ずチャネリングが起こっている。男と女は、もともと一つのものが分かれたのではないか、と私は思う。だからSEXとは見方を変えれば、分かれた二つのものが一つに戻ろうとする行為とも言える。分かれた際、男は男的なる部分を、女は女的なる部分をたくさん持つことになった。それぞれ自分に足りない部分、つまり男は女的なる部分を、女は男的なる部分を求めてしまう。しかし、お互いが求め合ってもそれが得られないのは、すでに述べたとおりである。自分に足りない部分を相手から補って等分にしようとするのではなく、自分に多い部分を相手に与えて等分にしようとしたとき、二つに分かれてしまったものは元の一つに戻ることができる。そこには自分という名のエゴのバリアもない。二人が100パーセントSEXを楽しんだとき、男は男の快感の波が、女は女の快感の波がお互いに伝わり合い、響き合う。そうなったときに初めて人間はイキ、そして失神までしてしまうのだ。だから、チャネリングSEXでは肉体すらも究極的には必要としない。私がこのチャネリングSEXに気づいたのは、「目かくしFUCK」... 省略されました。
りんさま
「2」です。
以下の部分、気に入っています。
とくに、『はい、もう気が済んだ?みたいな。』のところ
『女性同士とはいえども
ネコの私からは
タチの彼女たちの気持ちはわからないのです。
バリタチではなかったので
少しは私にも攻め手側に回る機会はありましたが
気質によるものか、
それはなくても良い、というのが
彼女たちの本音だったように思います。
立場が変わると圧倒的に興奮度が違うらしく ^^;
はい、もう気が済んだ?みたいな。』
それから
『わたしは彼女に何もしていないのに
彼女が私を攻めるだけなのに
それなのに
彼女は、イッテしまったから。』
の彼女はすごいですね。
でも、それも少しわかる気もします。
わたしは、お相手といっしょに気持ちよくなるのが
好きなヒトですが、無理に区分すると
される側が7、する側が3、という割合です
(気持ちの強さや場所的に7:3という意味)。
する側の時は、もっぱら相手のお尻(anus)に
目も心も舌も指も向かってしまいます。
そのときお相手が、そこ、気持ちいいと言ってくれると、
お相手がそこで感じて、そして
(クリもいっしょに刺激して)逝ってくれると、
たしかにそれだけで自足する自分がいます。
お相手のお尻のすぼまりを五感で愛でるのが好きです。
でも、そういう場合、わたしもいっしょにお尻が
気持ちよくなりたいとは思わない。
でも、頭の中はとても興奮して、あそこはいっぱい
濡れている。
でも、その状態で『イッテしまった』というのは、
わたしには縁がない。
代々木忠監督という方はまったく知らなかったので、
「プラトニック・アニマル」の目次を「なか見!検索」で
見てみました。りんさまの転載コピぺがその凝縮ですね。
松岡正剛の著書で好きなのは「空海の夢」、
澁澤龍彦は「高丘親王航海記」。
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