昔、長屋のような県営住宅に住んでたことがあった。 隣の2学年下の女の子、理帆っていう子だったけど、兄妹みたいに仲良くていつも遊んでた。 夏休みなんか、一緒に寝てたりして、大好きだった。 理帆が小学3年生が終わった頃、父親の転勤で引っ越す事になった。 引越し当日、見送る俺に気付いて、笑顔で近付いてきて、ほっぺにチュッてしてくれた理帆。 両親と一緒に荷物を積んだトラックの後ろを突いて行く、父親の運転する車で去って行った。 最後、悲しそうな顔で口が「バイバイ」と動いた。 「バイバ~イ!」と両手を振って大きな声で叫んだ後、部屋に籠って号泣した。 その年の正月、理帆から年賀状が来て、住所を知り、年賀状を返した。 1年後、中学生になるとき、俺も県営住宅を出て、父の実家に入った。 同時に母が仕事に復帰し、俺が高校1年の頃、祖父が亡くなり、喪中はがきを出したのを最後に、理帆からの年賀状が途絶えた。 理帆のことも忘れかけた頃、俺は隣の県の政令市にある大学へ進学、俺は工学部で、借りたアパートの隣に住んでた経済学部の先輩女子大生で童貞を卒業、2年間、みっちり女体を勉強した。 2年後、学食で文学部に入学してきた理帆を発見、女体を知った俺は、理帆が欲しくて口説き、理帆の処女をもらった。 2年間、若い性欲をぶつけ合った。 夏の土日など、食料を買い込んでアパートに籠り、2日間ずっと素っ裸で過ごしたこともあった。 1時間近く理帆をクンニして、ヘロヘロになった理帆を抱いて、白目剥かせたこともあった。 最中に生理が来た時なんか、そのまま中出しした。 大好きな理帆のオマンコから、トロトロ流れる精液を眺めるのが好きだった。 月に一度、安全日のお楽しみだった。 理帆が大好きだったし、理帆も俺を愛してくれた。 幼いころからの愛を育んだ。 しかし、俺は卒業して帰郷せねばならず、駅で理帆と涙の別れ、実家に戻った。 2年後、理帆から卒業して実家に戻る旨を書いたハガキが来て、理帆も卒業なんだと遠い目で理帆を思った。 あれからずいぶんと時間が過ぎて、あの後、携帯を持つようになり、今はスマホになってる。 もしあの頃、せめて形態があったなら、俺と理帆はもう少し違った形で今も繋がっていたような気がする、 俺も五十路を迎え、理帆のことも遠い昔になっている。 俺が大学を卒業するとき、涙で見送ってくれたのが理帆を見た最後だった。 先日、古い箱の中から、大学時代、理帆と色んな所に行って写した写真や、泊まったホテルのマッチや、行ったところの入場券やパンフが出てきて、理帆と育んだ愛の欠片だなあと、ふと、理帆を思った。 住所と電話番号は知ってるけど、電話は一度もかけてないし、嫁いで実家には居ないだろう。 最早、父親の転勤して俺が知る住所にはとっくにいない気がする。 「理帆…もう、連絡する手段が俺にはないけど、元気かい?」 そう呟いて、箱を元の場所に戻した。 そしてここに、親愛なる理帆との思い出を書き込む。