性的虐待体験
1:スズムシ
投稿者:
みく
◆JgxlGx0w8k
よく読まれている体験談
はじめまして。
かなりつらい経験をされたようですね。
普通なら自分を守ってくれる親に虐待を受ける。もう誰にも相談できないって感じですね。
ここにレスすることで少しでも気持ちが軽くなるなら吐き出しても良いと思いますよ。
初めまして。
ボクもここに出入りしているので,単なる下衆野郎です。
みくさんが,ここに過去のことを書いて,気が晴れるようなら,是非お書きください。
多少なりとも,話し相手になれると思います。
でも,気持ち悪くなりながら,無理に書くことは,ないですよ。
出来るだけ詳しく書いた方が、いいと思うよ。
心の中に溜まっているいる物を吐き出した方が、少し
心が和むと思うよ
ありがとうございます。今後もこれ以上書かない方がいいと判断なさった時は、削除依頼等して頂いて構いませんのでよろしくお願いします。
何も分からない幼い私にとっても父の物を口にいれるのは抵抗がありました。どんなに歯を立てないようにしても歯が当たってしまい、その度に増えるお仕置きが怖かったせいもあるのかもしれません。
決まって母がいない時間でした。
父はソファーに腰掛けると私の頭を股間に押し付けて、時には腰を動かしました。喉の奥まで入れられても、まだ大人の物を全て口に入れるなんてことはできないため、手を使う方法を教えられました。
口に入れて舌を動かしながら手でこすったり、玉をもむように指示されました。上手くできないと罰としてお尻の穴を舐めさられたり、ひどい格好をさせた私のお尻の穴に指を出したり入れたりされることになります。
そしてほとんどが、罰をうける結果になっていました。
父からは口止めをされていました。母にも、幼稚舎の先生にも誰にも言ってはいけない事だと。
それでも私は先生に、お父さんとお風呂に入ると、手で体を洗ってくれます。みたいな事を言ったことがありました。
次のお休みの日だったと思うのですが、私は部屋から一歩も出してもらえず、トイレも洗面器でさせられ、一日中裸で部屋の掃除をするように言いつけられました。ご飯も食べさせてもらえませんでした。
それからの私は決して、大人に家のことを話すような失敗はしないようになりました。
父の物を咥えることと、お風呂でもたらされる快楽は私にとっては別物でした。父を恐れながらも、お風呂の時間は恍惚とした気分にさせてくれる唯一の安らぎだったように思います。
股を洗うときにはリンスが使われるようになりました。石鹸でゴシゴシ中まで洗われると、ヒリヒリすると言ってからリンスに変えられました。
ヌルヌルとしたリンスをつけた父の手が、ゆっくりと割れ目をなぞるように動くと、もっと触ってほしくなり足を広げたり、父の手に股を押し付けるようになりました。
寝る前には自分で触るようにもなりました。
初等科に行くようになると、私は父が出したものを飲むようになりました。学校での記憶はほとんどありません。イジメが始まったのもこの頃からですが、初めは仲間外れにされる程度でした。
いつも母がいないときだけだった性的な虐待は、母がいても行われるようになりました。夜中に父が私の部屋にきて、パンツを脱がせると頭を股間につけて、お風呂でもたらされる快楽よりももっと強い快楽と、もっと複雑な罪悪感を植え付けられるようになりました。
まだ何も感じない平らな胸に舌をはわせ、敏感になった割れ目を執拗に舐め、お尻の穴を広げるように指を出し入れされ、まるで野犬のように息を荒げて鋭い目で私見る父、快楽は恐怖でもありました。父は自分の物を私の割れ目に擦り付けて果てるようになりました。
父の変質的な行為は、徐々にエスカレートしていきました。私のお尻の穴には大人の指がすっぽりと入るようになっていました。
そして罰をうけて父のお尻や玉を舐めながら、父のお尻の穴に私の指を入れさせられるようにもなりました。
8歳のときです。普通の家庭なら家族に守られて、わがままを言って、楽しく笑っているはずでした。
同級生達がそうしているときに私は、股を広げて父の口に腰を押し付けていました。自分の乳首をつねって父を喜ばせていました。父の指が黄門を刺激する度に腰をくねらせていました。
私にこども時代はありませんでした。
長く、くどく、申し訳ありません。私の体が穴だらけにされるまでを、長々と書いてしまうと思いますがよろしくお願いします。
是非、続けて、全てをこの場にぶちまけて下さい
普通の家庭とはかけ離れた状態ですね。
きっとお母さんも辛かったのではないでしょうか。お母さんもかなりDVを受けてたきがしますね。
でも、体は確実に気持ち良さを感じ求め出してしまうんですね。
激しいオーガズムを味わって、最初オシッコ出ると思わなかった?
みくさん、気にしないで書き込みして下さい。
全部吐き出した方が、少しは楽になるよ
ありがとうございます。
私の注意力は散漫になり、初等科の成績はひどいものになっていました。頻繁に学校から家に連絡が入るようになりました。
2年生のときの担任の先生は、家まで一緒に帰ってくれたり、何度も家庭訪問をしてくれましたが、私は幼稚舎のときの経験から先生に相談するような事はできませんでした。
今でもあの時先生は何か感じていたんじゃないかとか、相談すれば何か変わっていたのかもしれないと思うことがあります。
優しくて熱心な先生のおかげなのか、二学期以降、父の虐待の回数が減ったのは事実でした。それでも私の成績が大きく上がることはありませんでした。
勉強に使う曜日が週に3日ほど作られ、その曜日や父が忙しい日は虐待にあうこともなかったので、父との行為は週に1回ほどに減りました。
今日はお尻の穴を広げられたときの事や、アナルでセックスされた時のことを書こうと思っていたのですが、連日思い出していると、さすがにキツいのでおやすみします。
幼稚舎、初等科に通っていらっしゃったとは、お嬢様学園か、または国立、私立の付属の教育環境だったんですかね??お父様も社会的には高い地位にあったとか??
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