3年ほど許せないおかあちゃんでした
中1の時朝からあまり具合が良くなく早退しました 13時過ぎに帰宅すると
居間の窓が閉まりカーテンも閉まっていました、当時はいつも閉めっぱ無しで無く
静まり返ったような? 居ないのか?
と思ったほどでした、でもドアは開いて
ただいまと言おうとしたら、「はっあん」
と女の声・・・・
男の声で 「ボソボソボソボソ」と低音で
聞き取れられない声
間違いなく居間で おかあちゃんと肉体関係をしている
スキガラスの向こうに、横たわる白い布団
なのか? と横たわる裸色 素っ裸と
思った・・・・
おかあちゃんの聞いた事のない声・・・
「いっいぃ、いっいぃ」と聞くと
未だに思いだす おかあちゃんの声
おとうは、信州へ出張のハズ
我が家は父親が九州から東海地方に一旗
上げようと移り住んだ人間でした、
あまりにも驚き身体が震えました
家を出て、家が見える小さな神社に行き
座っていました 何十分たった頃
庭から男の人が出て来ました、子供会で
いつもいるおじさんでした 名前は知りません
生まれて初めて 「殺したい」と心底思いました・・・
考えながら駄菓子屋まで歩きファンタを
飲んでから帰宅しました
とても身体が重く早く着いたら駄目だと
思っていました、
いつもより早い帰宅なので、おかあちゃんは
少し驚いていました
「頭痛くて早退した」といい部屋に
行きました、制服も脱ぐ気力もありません
おかあちゃんは熱冷まし薬とアイスノンを
持ってきて、「もう早く着替えなさい」と
脱がそうとすると思わず 触るなと
怒りの声が出ました
それから3年位 口も聞かず、返事も嫌悪感のある声しか言えませんでした
その後あの子供会のおじさんが来ていたのか
外で会っていたのか?
いつまで続いていたのかは 調べ様もなく
わかりませんでした
高校生になり彼女とセックスじみた事を
した時、あえぐ声を出す彼女の声を耳に
するとおかあちゃんのあの声を思いだす
彼女になんで声出すの? と聞くと
「わかんない、気もちいいから出ちゃう」
と言ったのでおかあちゃんもそうだったんだと思いました
土曜日の雨の日部活も身体の調整運動だけで
早く終わり 帰宅し
母親と2人でテレビ見ていて、おかあちゃんが彼女を可愛い子だねと褒めたので
僕はイヤミのように、「おかあちゃんの子供会の彼氏はどうなの? 」とつい言って
しまいました・・・・
おかあちゃんは「何っ? どういゆうこと?
なっなんで?・・・・」と
焦っていました
しかし僕は、その場から離れ部屋に戻りました
父ちゃんは、土木建築でのり面吹き付け
と言う山の崖にコンクリートを貼り付け
する仕事をしていました
ひと月に20日は民宿に泊まり仕事する
親方をしていました
ロープ1本で崖で仕事し命綱無し
崖を綺麗に整え、金属の網を貼り付け
生コンホースを身体に巻き強力な圧力に
耐えながら吹き付けするハードな仕事でした
そんな頑張って稼いできている父ちゃんを
裏切った・・・
長男として許せませんでした、
おかあちゃんに、子供会のおじさんの話しを
してから
ひと月くらい何をおかあちゃんから言われても無視していました・・・
つい反発心が出てしまいます
世間は反抗期と思うでしょうが
父ちゃんが居ない時は僕が守らないといけないと心から思っていたのでイヤでした、
子供会のおじさんが誰なのかが分かりました
飯沼と言う人でした、同じ町内で小学生は
9つあった分団下校登校、ラジオ体操にも
よく見る男でした、しかも1つ上の女の先輩の親でした・・・・
ある日、御飯を食べ終わり部屋に向かおうと
した時
おかあちゃんが、「なんか嫌な事があったのか?」と聞いてきました
しらじらしく思っても、おかあちゃんは
現場を見られたとは思って居ない様子
我慢できず
おかあちゃんに、「飯沼と、ここで、布団敷いて、裸でセックスしてたじゃないかっ」
と居間に指さして、スキガラス閉めて
「俺がここで見ていた事を知らなかったのか」と責めてしまいました・・・
おかあちゃんは 悲鳴に似た「あー」と
真顔になり僕は部屋へ行きました
部屋に鍵はないので おかあちゃんが入ってきました・・・
「どうしたらいい? おかあちゃんごめんね」
そんな必死な、おかあちゃんをすでに僕は
許していました
おかあちゃんに、
「もう飯沼と会うな、俺の先輩の親だ」
と言いました、おかあちゃんはもう会って居ないおかあちゃんはお父ちゃん居ないから
寂しかった・・・・
と泣いて言って床に崩れていました
「お父ちゃんには言わないで」と
頼んでいました・・・
「なんて言えばいいんだ?」と怒りをまた
おかあちゃんにぶつけてしまいました
自分のおかあちゃんが「お父ちゃん居ないから寂しかった・・・・」と言ったのは
衝撃的で本当に寂しかったんだろなと
心底思いました、そしてしばらくして
高校を卒業し西濃地区の大きな中小企業に入りました機械系でしたが給料も良く休みも多く必ず定時で帰れる良い所でした、ボーナスも半年分貰え父ちゃんは僕の年収にビックリしていました同級生で新車のクラウンに乗ってるのは僕くらいで、ほとんど中古車のクラウンが精一杯の時代でした・・・実家から車で50分かからないので同窓会とかツレと遊んだり普通に過ごして27歳になったころ お父ちゃんの若い衆から連絡があり旅館で寝ていた父ちゃんが目を覚まさないと言う内容で富山県の現場におかあちゃんと駆けつけると警察もいてすでに亡くなったと告げられました若い衆たちも、旅館の人も沢山の警察官から色々聞かれ事故病死殺人の疑いごないか僕ら親子にも昨晩何処で何していたと一応聞かれ大変でした、地元医師の見立ては心不全、心筋梗塞と言われ遺体の状態で結論づけ遺体を一旦警察に運び夏過ぎだったので旅館の方から葬儀場を教えて貰い移しました九州から親戚も来れず、おかあちゃんと火葬し旅館に挨拶して帰りました後はお父ちゃんの会社の若い衆たちをどうするか僕が生まれる前からいる若い衆は僕に後を継いでほしいと言ったけど無理でした、下請け企業なので元請け業者の社長と相談し若い衆のリーダーの人に金銭で事業を売りました家のローンも無くなり2人で半年ほどたった頃、僕の部屋にかってに入ってビデオとかエロ本が置いてある場所が違うのはよく知っていましたおかあちゃんに「部屋に入るな、触るな」と言ってるのに帰宅すると朝と違うエロビデオで 「義理母とお風呂」の題名がスキでした、一番射精が上手くいくビデオ当時4000円程と高い物でした内容は 本当にショートカットの50歳位の痩せたおばさんと、おとなしい若いたよりがいの無い素朴な男優では無いような人とのからみでした、 しかもチンチンが勃起時でも親指位の短いチンチンをおばさんが洗ってあげて、しゃぶる場面がたまりませんでした・・・・ビデオの中で男が、洗面所からリビングへ裸で行き来するのを我慢しながらチラチラ気にするおばさんの場面そしてそのおばさんがその場面を思い返しながら自分の部屋でパンティの上から貧弱なおっばいをもみながらオナっている場面をヒントに・・・僕は、おかあちゃんに刺激しようと悪だくみをしてほぼ毎日、風呂上がりは素っ裸で台所へ行ったり、階段を登ったり気にしない素振りでやっていました、3回目位までは、恥ずかしい気もちもありましたがそれからは恥ずかしい気もちはあまり無くなりました・・・湯船につかると僕は勃起するので わざとタオルで身体を拭いてから 勃起を再び復活させ 台所へ行ったりしました台所と居間は開けっ放しなので、テレビ見ている母ちゃんも、やっぱり知っている「もう、ちゃんとパンツ履きなさいっ」とたまに言いながらこっちを見ています「ううん、暑くて仕方ないの」と返事する位です・・・・社内恋愛がしにくい部署なのでなかなか彼女が出来ませんでした、紹介で3人位と会いましたが太っていて駄目でした1つ歳上の銀行の秘書との見合いが近所の人から舞い込んできて大垣のホテルで両家族とも会食しその後2人きりになり話しました、母子家庭で養子に来てほしいとの事でした、綺麗な女の子で普通なら高嶺の花クラス、役員秘書で品がありましたが、こんなレベルだと彼氏いる? と思い親から無理に見合いなのではないか?付き合ってる人いるのではないか?聞きましたが、銀行の秘書は彼氏とか御法度秘密が漏れては大変になるので結婚は退職、彼氏できたら報告して配置換えなのだそうもちろん現在は不明、戸籍も当時は見られたそうです、問題は養子でしたおかあちゃんとも相談し、かなり考えましたが先方に待た... 省略されました。
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