母が亡くなった。
母は私を産んだ直後に父と離婚し、女手一つで私と兄を育ててくれた。父
とは一度も会ったことがないけど10才年上の兄が私にとって父のかわりで
あり寂しさを感じたことは一度もなかった。
実際に兄が私の遺伝上の実父であると母から聞かされたのは私が初潮を迎
えた日だった。ややこしいから呼称は兄のまま続ける。3人で夕飯を食べな
がら、母が兄に私が初潮を迎えたこと。そして私には兄が無精した時に思
わず襲ってしまい、そこから関係を続けるうちに私がデキて産んだこと。
私が兄を異性として好きになるのは構わないけど学生のうちは避妊だけす
るように、と鍵を刺された。母に私が兄に密かに想いを寄せていたことを
見透かされていたこと恥ずかしかったけど、同時に嬉しくもあった。ある
意味で兄に想いを寄せてしまったのは自分のせいではなくて血のせいだと
思えたし、母親公認になったのだから。
兄も同じ想いだよ、と言ってくれたのがとても嬉しく、思わずキスをして
しまった。母親の前で兄兼実父とファーストキスをしたことがある人はあ
まりいないだろう。でも最高に幸せな気分だった。同時に戸籍上の父と離
婚した理由も分かった。今風に言えば私は托卵の娘ということになる。兄
によく似たその人のことを少しだけ気の毒だと思った。
その後、私の初めての生理が終わった週の週末に母に手ほどきを受けなが
ら兄に処女を捧げた。紙で指を切ったような痛みと中から内臓を押し上げ
られるような吐き気を伴う圧迫感には戸惑ったけど、兄の大人のキスと母
の愛撫で脳がじわじわたするような甘いシビれの中、自分では触れないお
腹の中の深いところからじんわりと待たされる感覚に溺れた。兄の女にな
ったという強烈な自覚と誇らしい気持ちが湧き上がり、一生離れられない
身体になったと思わずにいられなかった。自分でいうのもなんだが重い
し、頭がおかしいと思うが実際にそう思ったのだからしかたがない。その
日は、夜明けまで3人で身体を重ね合った。今でもたまに思い出して身体が
熱くなる。
こういう場だから性描写の代わりに性癖に関しても書いておく。母はややS
っ気が強くて兄に目隠しをして乳首を責めたり全身を舐めたりするのを好
んだ。生理も軽めで、生理中でも性行為をしていた。匂いフェチなのか兄
の匂いが臭く感じるがそれが良いと言っていた。私には良い匂いにしか思
えないから不思議だ。私が加わるようになってからは母と兄の二人だけで
性行為をすることはほとんどなく、私が在宅している時は必ず声をかけら
れた。父との結婚前はヤリサーで色々なプレイを楽しんでいたというか
ら、基本的には複数での行為とタブーと言われていることをするのが好き
なのだろう。
それに対し、私はMっ気が強くて拘束されたり、兄の唾液や精液を飲まされ
るのを好む。普段、優しい兄が本能剥き出しで私を求め、禁断の関係に抗
うふりの私の理性を身体で屈服させてくれることがたまらなく愛おしい。
もちろんイチャラブも好きだ。事後に兄の体臭を吸い込みながら「実の妹
に愛情と唾液たっぷりのお掃除フェラをしてもらえるお兄ちゃんは幸せ者
だぞ」と竿から玉まで丁寧に奉仕する時間は本当に幸せを感じる。本音で
はあるけど我ながら頭の悪いセリフだと思う。でもよくそれで兄が回復し
てもう1回、となることも多いから止められない。例外は生理の時だ。私は
わりと生理が重い方なのでこの時は休ませてもらう。私は母とは違い、兄
と二人で外出してベタベタに甘えるのも好きだ。家族以外に触れられるの
は嫌だから母娘でも性癖はそれぞれで違う。
兄は私たちにそれぞれに合わせてくれていたけど、基本はSで唇と腋フェチ
なのとパイパンが好みだ。今でも風呂に入ると兄に剃毛されるのが日課
だ。泡立ててショリショリと剃刀が肌を滑っていく感触はたまらなく気持
ちが良い。最近はVIO脱毛が流行っているからスーパー銭湯とかに行っても
恥ずかしくないのがありがたくもあり、少し残念だ。
私は学校を卒業してから就職し、3年目に初めての子を、5年目に2人目を産
んだ。正直にいえば血の濃さから奇形児が産まれるリスクにはかなり真剣
に悩んだ。
ある日、母が「産みたいと思うなら本能がそう言ってるんでしょ。若いう
ちの方がリスク低いんだからさっさと作っちゃいなさい。私も一緒に面倒
見てあげるから」と背中を押してくれたのが大きかった。世の中的にはと
んでもない母と後ろ指を刺されるだろう。でも私と兄にとっては誰よりも
ありがたい存在だった。妊娠したのはそれから3ヶ月ほど経ってからだ。妊
娠を報告した時に母と兄がとても喜んでくれたのが今でも忘れられない。
周囲にはシングルマザーということにしているが、もちろん2人とも兄の子
だ。子供たちには母、兄、私の関係を話していない。2人とも同性なので彼
女たちが兄に想いを寄せない限りはなるべく墓まで持っていこうと兄とは
話している。戸籍の父親の欄が空白だが近親相姦の子、とハンデを追うよ
りはその方が選択肢が広がるだろうと思ってのことだ。もしかしたら将
来、子供たちから私はビッチ呼ばわりされるかもしれない。彼女たちに異
性の伴侶ができた時を考えると後めたさもあるがいくら言ってもそれは言
い訳だろう。
これまでのところ子供たちは元気に育ってくれている。兄も私が子供の時
と同じように愛情を注いでくれているし、母もギリギリまで仕事をしなが
らも甲斐甲斐しく面倒をみてくれていた。だからあまり苦労を感じたこと
はない。私が見る限り、私とは違ってアイドルとかが好きな普通の子供の
ようだ。兄ともは仲は良いが年相応に生意気な口を聞くようになってい
る。私とはまったく違う。私が兄を独り占めできるからずっとこのままで
育って欲しい。
母は私と2人の時によく「私が前妻で、アナタが後妻ね。私の方が先に死ぬ
けどアナタがいるから安心だわ」と嬉しそうに話していた。この時の母は
兄の妻でもあったんだろうけど、私たちの母でもあったのだろう。とても
穏やかな顔をしていた。それと私たちに対する負い目がなくなったからだ
と思っている。
一度だけ母になぜ兄との性行為で避妊しなかったのかと聞いたことがあ
る。兄を妊娠する前から父との関係が悪くなっていたとか、タブーを犯し
てみたかったのではないか?と。別に恨み言を言いたかったからではな
い。単に自分の出生の本当の経緯を知りたかっただけだった。
母は単なる計算ミスで考え過ぎだ、と笑いながら一蹴したが母の生理は安
定していた。だから計画的に妊娠したのではないかと私は今でも疑ってい
る。どのみち母の計算違いか計画がなければ私が生まれてこなかったのだ
から、私としては感謝してるのだけど。いずれにしても母の衝動が父との
離婚の原因だし、兄も9才の時点では母の言われるがままにするしかなかっ
ただろう。性癖を歪めてしまい、伴侶が得られなかった可能性だってあっ
た。私に対してはそれに加えて遺伝リスクが出る可能性もあった。そうし
たものが曲がりなりにも解消したと思えたこともあったに違いない。
もう少し時間が経てば母が亡くなった悲しさも薄れてゆくのだろう。でも
今だからこうした思いをどこかに残しておきたかった。街の片隅で密やか
に生きてきた私たちのことを。