個人撮影の無修正ハメ撮りビデオ、俺の宝物だった。 幼い頃に両親が離婚、母の顔を知らずに育った俺は、小3の頃、父が再婚、3歳年下の妹ができた。 俺と妹は同じ子供部屋で過ごし、俺は妹を可愛がった。 妹もまた、お兄ちゃんお兄ちゃんと俺を慕った。 俺が中2、妹が小5の秋雨の夜、突然の雷、近所に落雷したようで、バリバリドッカーンという音に、妹はベッドを出て俺の布団に潜り込み、しがみついて震えてた。 「大丈夫だよ。」 と言って、妹を抱きしめたとき、女の子の甘い香り、そして、可愛い丸顔に女を感じ、勃起してしまった。 妹は、俺の勃起に気付いた。 俺の勃起をパジャマの上から握ると、 「お兄ちゃん、私のことが好きなの?大きくなってるよ。体育の時間に、性教育習ったんだ。射精、したいの?」 俺はズボンとパンツを脱いで、妹の手コキで射精した。 可愛い小5少女の手コキ、たまんなかった。 その日から、オナニーは妹の手コキになった。 受験勉強の合間を縫って、親の目を盗んで妹に手コキで射精した。 受験が終わり、俺は高校生、妹は中学生になった。 ランドセルがセーラー服になっただけで、俄然色気が出た。 セーラー服女子中学生の手コキ、俺は、次第にその先を求めるようになった。 妹のパンツを脱がせ、オマンコ弄り、濡れたワレメにチンポを挟み、素股で射精した。 ワレメをチンポが擦るから、妹も快感に喘ぎ、一見、正常位で交わっているように見えた。 高校1年の冬休み、法事で出かけた両親、俺と妹は真っ昼間から素っ裸で素股。 普段はパジャマの下だけ脱いでやってたが、この日は全裸、アンアン言いながら愛液でヌルヌルの中1の妹の裸に興奮して、腰の振りも大胆に、すると、グニュッという感覚の後、 「痛い!痛い痛い…」 俺のチンポは、妹の処女膜を貫いていた。 「入っちゃった…」 と言って抜こうとしたら、妹が抱きついてきて、 「抜かないで…お兄ちゃん…大好き…」 手コキと素股の兄妹は、自然と愛し合うようになっていた。 初めて味わうオマンコの中、キュキュット締まる女子中学生のオマンコの刺激と興奮に、中で出そうになって抜くと、ピュルルると精液が弧を描いた。 一度交わったら、止められなくなるのが若い性。 子供部屋は2階、そうッと1階に降りて、両親が寝たのを確認してから、子供部屋で交わった。 生入れで腰を振り、妹が手のひらにティッシュを数枚置いたところに抜いたチンポを置くと、妹がチンポを握る手コキ、そう、妹が粗油学生の時に培った手コキを組合わせて膣外射精をしていた。 夢にまで見た、可愛い妹との交わり、可愛い女子中学生とのセックスは最高だった。 ある日、1階の両親の終身を確認しに行ったとき、両親の部屋の襖が少し開いてて、薄らと灯りが漏れてたから、まだ起きてるのか除くと、両親がセックスの真っ最中だった。 俺と妹は興奮して、ハメまくったのは言うまでもない。 俺が高2、妹が中2の夏休み、 妹と街中で待ち合わせして、デートを愉しんだ。 兄妹とは言え血のつながりは無いから、本気で愛し合っていた。 あの日、親戚の結婚式で両親が一晩留守、俺と妹は、デジタルHi8を三脚に据え、ハメ撮りをした。 シャワーを浴びてから、妹はセーラー服を着てベッドに座り、チューから始まり、セーラー服をまくってプクッと膨らんだ胸の頂点を舐めて、スカートとパンツを脱がせ、ワレメを舐めた。 その後フェラ、そして上半身中学のセーラー服の妹と生セックス、最高の出来だった。 そして夜は、全裸でのセックスを撮影した。 絡みのシーン、小柄な妹の発展途上の身体を抱きしめ、まだウブなオマンコにチンポが出入りしているのは、なんとも言えないエロさだった。 その頃、妹も中で感じるようになって久しく、男子高校生の兄の激しいピストンに小柄なボディが揺さぶられ、ウブなオマンコが壊れてしまいそうなほどガン突きされて、悶絶するようにイキまくる姿がとても卑猥に映された。 翌日も、白昼の光の中、午前中はセーラー服セックス、午後は全裸セックスを撮影した。 様々な体位で、興奮して、それまで体験したことないくらい激しいピストンに、妹はヒイヒイとヨガリ狂った。 後に見たとき、こういうロリコンものは、何かと陰湿になりがちだが、俺と妹のハメ撮りは、普通に仲の良い男女の愛あるセックス見ているようで、爽やかな一面も感じた。 高画質ではないけど、女子中学生の妹のオマンコは、小さくて綺麗で、とても可愛かった。 夕方、両親が帰ってきた時には、何事もなかったかのようにふるまった。 こうして、俺と妹は、俺が高校を卒業するまで、毎晩のように身体を重ねた。 そして俺は、東京にある大学に進学を決め、3月上旬、家を出た。 「お兄ちゃん…明日、行っちゃうんだね…」 涙ぐむ妹に、 「俺が大学を出て就職して、お前が成人したら、結婚しよう。兄妹でも、他人だから一緒になれる。」 「うん、お兄ちゃんのお嫁さんになる。」 こうして俺は妹に見送られ、上京した。 ゴールデンウィークは帰省せず、バイトして、安物だけど妹とのステディリングを買った。 そして、妹とのハメ撮りをおかずにオナッてた。 夏休み、久しぶりに妹を抱けるとステディリングを持って帰省した。 「ただいまー」 家には父しかいなくて、 「あれ?母さんたちは?」 「出て行ったよ。離婚したんだ。」 「えっ!」 2階に駆け上がり、部屋に入ると、妹の荷物が無かった。 2つのチャリン…ステディリングが畳を転がった。 俺の机の引き出しが少し開いてて、中には妹が別れ際に書いた短い手紙があった。 「お兄ちゃんへ。お兄ちゃんのお嫁さんに、なれなくなっちゃった。母方の本家に戻ることになった。もう、会えないけど、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんだよ。いつまでも元気でね。さよなら。」 膝をゆっくりと畳に付け、蹲って嗚咽した。 肩を震わせ、涙枯れるまで泣いた。 父がやってきて、 「元々、お前が高校を出るまで、10年の期限付きでの再婚だったんだ。だから、俺たちは子供をつくらなかった。黙ってて悪かったな。言うと、別れられなくなりそうだったから言わなかったんだ。」 俺と、妹の愛は終わった。 俺は、妹の手紙を折りたたんで、ステディリングと一緒に財布に入れた。 大学に戻り、自棄になって、バイト先の人妻と不倫三昧、四十路五十路の熟れ熟れオマンコを味わい尽くした。 とにかく、見た目はどうあれ、やらせてくれそうな人妻とハメた。 旦那とレスになってる人が多く、常に数人のセフレ人妻が確保できた。 あの頃、携帯電話はあったにはあったけど、学生が持てる時代じゃなかった。 まして、高校生ならなおさらだった。 もし、今のように高校生から携帯を持てたとしたら、俺と妹の運命も変わっていたと思う。 そうやって大学を出た後、帰郷せずに東京に就職した。 妹の居ない実家なんて、帰る意味がなかった。 そして、26歳の時に妹の面影を感じる妹と同い年の女と出会い、俺28歳、嫁25歳で結婚した。 二女を設け、今年で結婚16年、俺は44歳になっている。 実は昨年、父が亡くなった。 一人暮らしで体調を崩し、自宅で冷たくなってたそうだ。 嫁は、結婚の挨拶居合二度目の俺の実家だった。 子供たちは初めてだった。 俺は、父とは疎遠にしていた。 葬儀を済ませ、月に1度帰り、家を整理していたら、あの、元継母からの手紙を見つけた。 それは、俺が34歳の頃、今から10年前だった。 読んで、手が震えた。 10年前、二女を出産した後、妹が亡くなっていた。 心臓を患い、二人目は難しいと言われていたが出産し、産後の肥立ちが悪く亡くなったと書いてあった。 そして、生前、娘の学費を工面してくれたことへの御礼が書いてあった。 最後に、娘が愛し合った兄(俺)には、娘の死は内密にしてほしいと締めてあった。 俺は、手紙を持って、長らく入ってなかった2階へ上がった。 ドアを開けると、妹たちが出て行ったことを知り、嗚咽した時のままだった。 「この部屋で、あいつと愛し合ったんだ…今、俺の娘があの頃のあいつの年頃…あんな幼い女の子を俺は…」 でも、確かに愛があったことは噛み締めていた。 妹との愛が残るこの家を、俺は、処分することを決意した。 俺は、継母からの手紙に書かれてる住所に向かった。 それは北関東、妹は、意外と近くに眠っていた。 5万円を入れた御仏前を携え、元継母の元を訪ねた。 年老いた元継母は、俺を見てすぐに気づいて、俺が御仏前を持っているのを見て、悟ったようだった。 「あの人、亡くなったんだね…」 妹の仏壇に、御仏前を置いて、線香をあげ、手を合わせた。 「お願いがあるの。お墓には、行かないでほしいの。あの子には、残った夫と子供たちがいるの。せっかく成仏したのだから、あの子の弔いは、あの子の家族に任せてほしいの…」 「それじゃあ、俺はこれで…もう、尋ねませんから、ご安心を…」 深々と頭を下げて、帰ってきた。 途中、橋を渡っているとき、財布を出して、スティディリングを2個取り出し、 「さよなら…これは、お前が眠る街の川に葬るよ…」 と言って、川に投げた。 川面に2つの波紋が現れて、消えた。 折り畳んだ妹の置手紙を広げて見た。 折り目が切れそうなほど穴が開き、四半世紀の時の流れを感じた。 「これも、処分するときが来たのかもな…」 川面に浮かんだ置手紙が、流れて消えた。 駅に向かう俺の影が、夕日に長く、そして切なく見えた。 俺と、妹の物語が、幕を閉じた。