私が初めてのえっちを経験したのは、10歳と9か月になる頃です。 その日は、継父と一緒にお風呂はいらず、手コキもフェラもナシで私は妹(6歳)の横で寝ていました。 私が10歳になるときに母が亡くなり、継父と妹と3人で暮らすようになってから、継父は手コキやフェラを私に求めてきました。 私も「お母さんがいないから私がしなきゃ……」と思ってたし、私が気持ちよくすると、 継父は妹にも優しくしてくれてたし、必要なことだと思ってました。 たいてい、一緒にお風呂に入っているときや寝る前、継父が自室でテレビを見ているときなんかに呼び出されて、継父のペニスをペロペロじゅぽじゅぽ。 最初は吐き出していた精液も、次第に飲めるようになって、継父に褒めてもらえました。 ときどき、「ちょっとここに座って」といわれて父のひざにのり、勃起したペニスをこすりつけられたり、前かがみになってこすりつけられたり…… というのはありましたが、ほぼ1年間は挿入されることなく。 でも、いよいよその日が来ました。 それは、初めての生理が来て1週間後くらい。 私の初潮は継父にも当然知られていて、「もう女の"子"じゃないね」と言っていたのを覚えています。 その日、継父は外でお酒を飲んでいたみたいで、私は寝ていましたが、ふと違和感を覚えて目を覚ましました。 すると、お酒の匂いを漂わせた継父が、私の口の中に舌を入れていました。 舌や歯ぐきを舐め回されていましたが、それはときどきされていること。 ただ、妹が寝ている横ではしたことなかったので、びっくりして抵抗しました。 でも、継父はキスを続けながら、私のパジャマの中に手をいれて、胸を揉んで、人差し指で乳首もコリコリと刺激してきました。 身長はそんなでもないのに、クラスのみんなよりおっぱいの成長は早くて、その頃すでにブラはDカップを付けていました。 ただ、乳首は成長痛というか、乳腺の発達のせいでとても痛みがあったので、乳首への刺激は痛かったです。 そのうち継父は私のパジャマのズボンをパンツと一緒におろし、今度はおまんこをペロペロしだしました。 小5になって、少しだけ大人の毛が生えてきていたようなそんな感じだったと思います。 継父は、胸の膨らみ具合や体毛の生え方などを頻繁にチェックしていて、この夜の少し前も 「ちょろっと毛が生えてきたね」と言っていたのを覚えています。 筋の割れ目そって舌先を上下にペロペロしたり、ゆびで開いてクリトリスもなめてきました。 ここ1年ほど、継父に手コキやフェラもしていましたが、こちらも舐めたり触ったり、 少しだけ指を入れたりされて、慣れさせられていました。 こういう刺激でちゃんと濡れるようになっていたのです。 それでも、次の衝撃はおまんこがメリメリと割かれる感覚でした。 継父の愛撫が突然終わり、継父が上半身を起こした瞬間、継父の硬いペニスが私の処女のおまんこに入ってきました。 これ以上入らないという感覚があって、一旦継父もストップしたように感じましたが、そう感じた瞬間。 さらにグリっというか、メキっという感じで一気に奥に入ってきて、私は「ギャッ」という声が漏れ出ました。 でも、隣では妹が寝ているので、シーツを手で握りしめながら、声を出さないように必死に耐えました。 しばらく中をえぐられた感覚の後、一旦動きが止まりましたが、次の瞬間もう少しだけ奥にグググっと入ってきました。 本当に奥の奥という感覚で、ググっと圧力がかかり、内臓が押される感覚になり、一瞬吐きそうになりました。 幸いそれも我慢しまし、今度はズズズっと継父のペニスが体の向こうに去っていきました。 でも、それもつかの間、またグリンとねじ込まれ、そしてズルズルと戻っていき…… そんな繰り返しがしばらく続き、だんだん速くなり、継父は突然動きを止めました。 「ん”~~~ふぅ~~~~……」というような唸り声に近い息を吐いた継父は、今度こそペニスをズボっと抜いて、 部屋のティッシュでペニスをふいて、自分の部屋へ戻っていきました。 私は膣内の焼けるような痛みを感じつつも、ふっと気を失うように眠りました。 40分くらいで目が覚めて、まだ膣内はズキズキしていて、指で触ると、ドロドロしたものがたくさんありました。 暗くてよくわからなかったのですが、大半は継父の精液だということは匂いと触った感じでわかりました。 とりあえずティッシュでふきとり、数枚をパンツの間に挟んでもう一度眠りました。 朝になっても痛みはあり、昼過ぎになってようやくマシになりましたが、2日ほどは痛みが残っていたように思います。 翌日トイレにいったときに、昨日継父が出した精液が膣内に残っていたのか、ドロっとピンク色のような液体が出てきました。 当時の私は、この夜の出来事をレイプだとは認識おらず、どこか「大人になるために必要なこと」という認識でした。 肯定的に受け止められたわけでもなく、痛いのはいやだし、本能的に何か大事なものを失った感覚もありました。 でも、心のどこかで「パパがひどいことをするはずない」というのがあったのか、加害者と被害者だとは認識できてなかったと思います。 ただ、なりたいと思っているわけじゃないのにオトナにされてしまったというショックがあったのは覚えています。 それと、妹に見られてはいけないとも思っていたので、2回目を継父がやろうとしたときは、継父の部屋でして欲しいとお願いしました。 セックスにはだんだんとカラダが慣れていき、その後週に1~3回ほどの頻度で継父とはセックスをするようになりました。 そんな関係が私が家出する18歳まで続いたので、大まかに計算すれば、継父とは700回以上やったことになり、22歳の今でも夢の中で継父とのセックスをしていることがあります。