朝から懐かしいお話をありがとうございます。
私は神田神保町で新品や中古のオレンジピープルを買ってました。
多分この雑誌が1番安くて購入したように覚えてます。
私も妻に単独さんをと思って読んでいました。
結局妻に断られてそのままになってしまいました。
つい懐かしくて自分の思い出を書いてしまい申し訳ありません。
出来ましたら続きのお話をよろしくお願いします。
無茶苦茶懐かしいですね。
昔は当然ネットは無くて、普通の出会い系も「わぁでい」とかの紙媒体しかなかったし、エロ写真はデジカメなんて無かったので、フィルムカメラで撮りますが、普通の写真館では現像してもらえないので、スワッピング雑誌の広告にある業者にフィルムを送ってました。
書くのに興奮が抑えられず投稿名も忘れていましたすみません。
木村 正、妻は知子です、子供は二人で全て独立し孫も4人います。
今は高齢夫婦2人だけの生活です趣味はカメラ、麻雀、釣り、若い頃はゴルフにハマってました。
妻とは職場で知り合いました。
毎日する事も無く朝からBSでメジャーリーグですが今はワールドカップ三昧です夜中の3時4時でも起きて見てます。
話が脱線しましたが交際誌の話に戻します。
知子に雑誌を見られてしまいました、軽蔑の眼で見られるんじゃないかと思いその前に僕の思い性癖を全て話ました。
流石に驚きとてもとても受け入れてくれる雰囲気ではありませんでした。
でも根気よく説得を続けてると雑誌も数十冊に増えていました。
知子も呆れながらも黙認でした。
単独さんコーナーの中に僕のお気に入りの人が歳も近く既婚者でした。この男性とコンタクトを思いました。
でも当時は雑誌社が中に入り仲介する事になっていたのです。
まず知子の写真を同封し相手男性への仲介をお願いする事になっていました。
約2カ月位かかりました、何度か仲介しその後は相手と直接交渉でした。
今では気の遠くなる作業ですね。
私のハンネは祇園です、相手の男性のハンネはアマンさんでした。
その後アマンさんの住所が明記されたのが雑誌社経由で送られて来たのです。
この人は信頼出来ると確信し僕は住所を明記しアマンさんに送付しましたもちろん知子の半裸画像(ポラロイド)を添えてです。
今更ですがハンネは木村です。
妻、知子の半裸ポラ画像を同封し雑誌社へ送りました。
アマンさんの返信待ちです、その間は相手募集欄に知子の同様の画像を投稿していました。
始めは知ってる人にでも見られたら生きて行けないなど大袈裟な事を言ってました。
知子の画像を見て数人から雑誌社経由で返信が届けられました。
中には男性器をそのままの画像もあり知子はびっくりしていたのを覚えています。
僕の目当てはアマンさんです、どうか返信をと心待ちにしていました。
投稿誌を買い始めて1年以上が経ちアマンさんの事を忘れ掛けてた頃でした、また雑誌社から手紙が。
なんと待ちに待ったアマンさんからでした。
想像以上に丁寧な文言が並び字も綺麗でした。
よしこの人ならと思い住所を添付し雑誌社へ送りました。
一月後でしたアマンの差出人で手紙が来たのです。
それには住所も書き添えられていたのです、もう雑誌社経由しなくても直接連絡出来るのです。
流石に電話番号まではありませんでした、そこで手紙ではもどかしいのでこちらの電話番号を書き記し送ったのです。
22時以降にお願いしますと書き添えました。
そして数日後22時を過ぎた頃、電話が鳴ったのです。
直感でアマンさんだと思いました。
受話器を取るとやはりアマンさんでした互いにハンネで呼び合いながら緊張の数分間でした。
私がよろしければお写真をお願いするとハイ分かりましたの返事が。
僕も今度は知子のヌード画像を送ったのです。
私もこの様な雑誌を見た事が有ります。
主人が私に内緒で読んでいました。
主人が隠していた物を何冊か見つけて盗み見してました。
私もアダルトコーナーで立ち見していました。
細かい詳細は省きたいと思いますご容赦を。
約半年を掛けアマンと信頼関係を築きました互いの目線無しの写真交換まで進みました。
知子は依然私が思う様な事は出来ませんと頑なに拒否していましたが、私が会うだけでいいから話だけでもと説得を続けやっとの事で首を縦に。
写真でのアマンさんの印象は知子には悪くなかったと思います。
アマンさんと会う日時を決め会う事になりました知子も緊張してましたが私も相当な緊張でした。
待ち合わせは私どもとアマンさんの中間地点です。
知子は朝から緊張でご飯が食べれませんでした。
出発時、知子が会うだけですよそれ以上はありませんからと念を押されていました。
1時間ちょい車を走らせました場所は高速のサービスエリアです。
事前に車のナンバーを教え合っていました車種もでした。
ありましたナンバーの車が向こうもこちらの車を確認したようでドアが開きアマンさんらしき人が。
心臓が止まりそうでした。
写真でも見るより背の高い人でした、知子もチラリと見ていました。
近くに来て祇園さんですね。
アマンさんですねと互いを確認し合います。
なぜか会うと緊張感は解れていました彼の気ずかいでした。
優しさが見てとれたからでした。
内心今日はこの人に知子を任せたいと真剣に思ってしまいました。
3人でお茶しながらたわいもない話をしますが知子は極端に口数が少なく、ええとかハイとかくらいでした。
彼が席を外した時です、私は思い切って彼と二人で少しドライブでもしてくればと言ってみたのです。
するとまさかの返事が、あなたがいいならいいですよでした。
アマンさんにそのことを話すと嬉しそうに、それでは1時間くらい奥さんお借りしますと言って知子と出て行ったのです。
まさかまさかの急展開でした。
1時間でこの場所に戻って来る事になったのです。
変な文章になっていますが思い出しながらですのご容赦下さい。
今は寝取られや貸し出しスワッピングなどはネットなどで目にしますが当時としては変態など揶揄されてた時代でした。
でもあの交際誌を目にし自分の性癖はここにあったんだと認識したのも事実です。
知子は全然ノーマルで僕のアブノーマルな言動に最初は戸惑っていました。
1年以上話し合い説得を続けあのアマンさんと会うまで成長しました。
そしてついに妻とアマンさんだけの1時間デートが実現したのです。
私は一人2人の帰りを待つ身でしたが数分毎に時計に目をやりました。
その日の1時間は人生最長の1時間に感じました。
そして約束通リ2人が帰って来ました、知子を見た時の感情は言葉に表せないほど愛おしく感じた事はありませんでした。
アマンさんは最後まで僕等に紳士的に振舞ってくれました。
私はこの人なら知子を最後まで任せられると決断した日になりました。
|
|
【プロフ動画】 ID:toripuru-3a
|