続きです。取引先のその上司は、僕とM子ちゃんをくっつければ、しばらく担当として訪問を受け続ける事になるだろうから、ビジネス面では常にプラスになる~と考えるタイプの人だったらしく、過去にも同様の事を実行して仲人まで務めた事もあったらしく、「あわよくば・・・」と2匹目の泥鰌をと目論んでいた事を、後になってM子ちゃんから聞きました。当時の僕はそんな事は露とも知らず、ちゃんと彼女も居た時だったので照れ笑いするしかない、あどけない20代前半の若者でした。仕事面では順調に取引も遂行し、企画のM子ちゃんが出てこようと出てこなくても、必要なものは必要と・不要なものは不要とハッキリ意思表示して、取引も下心もなく無事に遂行していました。何度かの商談を重ねているうちに、一回の商談のうち一度ないしは二度くらいは、M子ちゃん自身の企画を勧められる事が出てきます。M子ちゃんは自分の企画を拒否されると、態度と表情に出してしまうお嬢さんで、「まだまだだなぁ…」と内心は思っていました。顔に出てくると僕も太っ腹でもなかった小心者だったので、その後の商談がしづらく内心は “ この子が出てくるとやりづらいなぁ… ” と感じる事が多々ありました。商談に引っ張り出してくれなきゃ良いのに~と思い始めたころ、本社の企画で同世代の女性スタッフが退職したらしく、M子ちゃんはその後移動で僕の前から姿を消しました。お互いに男女の関係をM子ちゃんの上司が期待するほどの、特別な関係や感情などお互いに出てきませんでしたので、それ以来彼女のことは記憶に残らず消えてゆきました。それから20年以上経った7年ほど前、レスに近い家庭生活の中で前記の様にG★EEやモ★ゲーで遊んでいたころ、一人の女性とサイト内のメールを続けていく中に、後にM子と判明する女性とやり取りを重ねていました。当時は同じ県の自分より少しだけ若い既婚女性を主なターゲットにして、足跡や伝言を残しまくって何人もの女性とやり取りを重ねていました。当時は現在の様なチャット形式でのやり取りではなく、Eメールをサイト内で送ってやり取りしていましたから、人数が増えれば増えるほど “ 自分が相手とどんなやり取りをしていたか… ” など、当然一人一人記憶できるはずもなく、仕舞にはやり取りが面倒になって一斉に一方的にやり取りを中止したりして、アドレス聞き出せた女性だけとやり取りを重ねて密会を果たし、事が住むとまた登録をして一から探し出しては、やり取りを重ねて行く…と言う我侭なやり取りが中心でした。ある年末につながった女性は、妙に人懐っこい主婦でした。色々とやり取りを重ねると、多分やれるなぁ~と言う感触を得ました。旦那も単身赴任でしばらく帰ってこないから、定期的に子どもを連れて赴任先でお盆や正月・ゴールデンウィークなどの連休を過ごしては帰ってくる生活だと言ってました。多分、普通の女性なら肉体的には満足してないのだろうなぁ~と推測が立ったので、多分なんとかなると思って会う事を持ちかけました。M子は比較的に楽に会うところまでは漕ぎ着けました。出会ってみると水川あさみと松本伊予の若いころの顔立ちを、両方持ち合わせたスレンダーな美人さんでした。眼鏡をかけていましたが眼鏡を外すと本当に美人でした。とにかく僕は会って早々に求愛をしました。一目惚れってこう言うのを言うんだなぁ~と思いました。二人で車内の後部座席で人目を避けて色々語り合った後、そのまま行為に持ち込みかけ様としました。しかしその時の抵抗の激しいこと…。でも「場所を変えて人目につかないラブホテルで話すだけなら行っても良い…」と不思議なことを言い始めました。それでも入ってしまえばこっちのもの…と考えた僕は、M子の言うままにしました。ホテル内でベットに腰掛け会話をするうちに押し倒して行為を始めようと目論みましたが、なかなかそれを許そうとしないM子。でも一枚づつ服を脱がせることに成功した後、最後に下着も取り払った後に濡れた秘部に指を入れた途端に、態度が打って変わって思い切り抱きついて唇を自分から重ねてきました。途中で逃げ出すんじゃないかとヒヤヒヤしていた僕に、思わぬ反応を見せたM子。その後は激しく求め合って過ごしました。前の投稿にも書きましたが、とにかく僕はお薬のお世話にならないと勃起しないし、でも飲むととにかく延々と射精しない常態となるので、何度も何度もM子を上り詰めさせました。ホテルのフリータイムがあと数十分で終る…と言うころ、やっとM子のお腹の上に吐き出しました。10時前に入室して15時までのフリータイム、あとちょっとでタイムリミットと言う直前でした。激しくやった為か、数日後の予定だった女の子の日が目の前でやってきました。「なんだ、安全日だったのか…。言ってくれたら嬉しかったのに!」と笑うと「安全日でも中は絶対ダメ!」と怖い顔して怒りました。その後また次に会う約束をして、その日はサヨウナラをしてお互い岐路に・・・。それから何度か出会っているうちに「Bさんはどんな仕事してるの?」と言う質問を受け、「こう言う仕事だよ!」とガラケーに撮影し保存してあった仕事の写真を見せました。その時、「私も結婚前はその業界に居たんですよ!」と言いはじめ、どこの会社に居たのか色々聞いていたら、20年以上もの昔、お互いに商談の場に居たことを確認しました。M子はその業界から離れて久しいので、細かいことは記憶して
...省略されました。
それ以来、他の女性とのやり取りを一切絶って、M子に心を傾けました。しかし付き合いが深くなり始めて3ヶ月目くらいから、M子が隠していた本性がだんだん表面化してき始めました。
M子は性格的には20数年前に自分の企画が受け入れられないと知ると、顔と態度に出す女性だったことを思い出しました。自分の意思が通らないと、まぁ~怖い女だこと・・・。
ヒステリックになって噛み付かれた事もありました。「この歯形、どうしよう…」と思ったこともありました。
そのころM子がヒステリックになる理由を知りました。単身赴任の旦那は外に女を作って、その女と暮らす為に単身赴任を希望して家を出ていることを。マイホームを建てて何年もしないうちに単身赴任は、M子も子どもも可哀想だなぁ~と同情してました。
しかし相変わらず自分の言う事が通らなくなると、直ぐにキレてヒステリックになるM子に、5ヶ月目くらいになってとうとう僕がぶち切れました。
M子はいつもの様にホテルを出るときに、僕にお小遣いを要求してきました。
前に付き合った隣県の男性は、会うと自発的にお金をくれた~と・・・。だから僕にもよこせ!って事なんだよな・・・と理解しました。その要求に「どうしてもと言うなら考えるけど、それじぁ浮気を楽しんだり秘密の恋をしているんじゃなくて、M子は春を売ってるのとおなじやん。恥ずかしくないの???」と話すと、最終的には大喧嘩になりました。
二度と会うもんか・・・と心に決めて帰ってきましたが、数日して自分が悪かった…的なメールをくれたので、付き合って半年が経過する運命の日に出会う事にしました。
その日は仲直りのエッチで、思いっきり気持ちよくさせてあげよう~と思っていました。
しかし甘かったです。
M子は寂しいときだけ擦り寄ってきて、気持ちの波が引いた時は我侭な女性に変身する病気なんだと後から気付きました。
その日も出会った時にホテルへ入るなり口論となって、15分も滞在せずに「僕は帰る…」と言ってホテルを出ようとしました。ホテルまでは僕の車に乗り換えて同乗していたので、M子も渋々後をつきて来ました。車から降ろし僕は走り去った後に、サヨナラを言おうと思い電話しました。
「もしもしM子、あのさぁ・・・」と話し始めると、まだ口論を引きずってるM子は噴火し始めました。とにかく言葉が途切れるのを待ちました。そして一息ついたところで反撃ではありませんが、僕からM子にこんな事を言ってあげました。
「M子、君がヒステリックになるのは驚いたけど、君の旦那が浮気して単身赴任先へ出て行ったのも、これが原因なんじゃないのか? 旦那も手に負えなくて、自分の心の拠り所を違う女性に求めたんだろう、違うか??? もしそうなら自分を変えていかないと誰と付き合っても上手く行かないし、旦那は絶対に戻ってこないぞ。良き母親を演じる為に、ボランティアで読み聞かせとかやってる~って言ってたけど、僕がその読み聞かせを聞いている子どもの保護者なら、絶対に聞かせたくない。僕も完璧な人間ではないけど、M子ほどひどくは無いからもう一度言ってやる。自分を変えろ!性格を変える努力をしろ! サヨナラ…」と言って一方的に電話を切りました。
その日の翌々日の朝、どうやら夜中の寝ている間に送信したのであろうメールが届いていました。
「Bさんに電話で言われた事は、すべて事実です。その通りの私でした。あれからすごく考えさせられました。あんなにハッキリ言われたのは初めてだったし、最初はショックだったけど言われたことがBさんの推測通りなので、これほど胸に堪えたことはありませんでした。これから色々考えてみます。ありがとうございました。」・・・と言う内容のメールでした。
書いてあった内容は記憶の中の文章ですが、ほぼ合ってると思います。
その後はそのメールに対する返信はしませんでした。
多分・・・。それだけは記憶に残ってないです。
これがM子との半年間の付き合いと、別れた時の話しです。おしまい。