もうかれこれ、二十数年ほど昔の話です。 大学の4年間を過ごした東京を離れ、就職先のある埼玉県某所へ引っ越しました。 引っ越したアパートは鉄筋コンクリート造のやや古いアパートで、会談が2つあって、その階段の左右に玄関が向かい合うタイプの1層4部屋3階12世帯のアパートでした。 私の部屋は2階端部屋の201号室で、お降り場を挟んだ202号室のお隣は母子家庭でした。 挨拶に行くと、あどけない顔をした可愛い女の子が一人、挨拶の手ぬぐいを渡しました。 後日、お隣の女の子のお母さんが挨拶に来て、母子家庭であることや、仕事で当時小5の娘がひとりになる小尾が多いから、気を遣って欲しいと言われました。 お隣のお母さんは由里さん34歳、小5の娘さんは結花ちゃんと言いました。 就職して半年ほどは、仕事を覚えるのと、当時は飲みにケーションと言って、上司の酒飲みに付き合わされることがあって、お隣さんを気遣う余裕はありませんでした。 でも、半年もすると慣れてきて、少しずつお隣とのお付き合いもできるようになりました。 工学部を出た技術畑の私は、時々結花ちゃんの勉強を見てあげるようになると、由里さんは週末、私に結花ちゃんを預けて留守にするようになりました。 後に知ったのですが、由里さんは男性と土日限定のお泊り愛人をしていたのです。 結花ちゃんは薄々そんな母親の行動に気付いていて、ある日、私が入浴中に裸で入ってきて、あろうことか陰茎を扱いてきたのです。 更に、お口でパクリ、 「結花ちゃん、どこでそんな事・・・」 「お外で遊んでなさいと言われて、雨降ってきて帰ると、ベッドで知らないおじさんのおちんちんにママがこういうことしてた。」 私は、結花ちゃんが不憫でなりませんでしたが、射精しそうなので止めさせました。 風呂を出ると、結花ちゃんは裸のまま抱きついてきて、 「お兄ちゃん・・・結花、お兄ちゃんの事が好き・・・抱いて・・・」 ずっと幼い頃から、母親と見知らぬ男性の性行為がそばにあったのだと思いました。 小5少女には女の色気もありませんでしたが、素っ裸になられればそれなりに興奮しますし、ほのかにロリコンの気持ちが理解できて、意を決して結花ちゃんを抱くことにしました。 両足首を持って左右に拡げると、薄っすらと陰毛が生え始めてる陰裂がし腰拡がり、裂け目から桃色の柔肉が覗きました。 指で拡げると、お湯なのか愛液なのか、濡れて光っていました。 私は、当時流行り始めたデジカメで、幼い陰部と処女膜を撮影しました。 舌を近づけて下から上に裂け目に沿って舐め上げれば、甘酸っぱい少女の香りがしました。 濡れていたのは愛液で、結花ちゃんは私に男を感じて濡らしていたのです。 舐めるほどに濡れてきて、結花ちゃんは感じてハアハアと息が荒くなりました。 舐め上げる途中に窪みを通過し、その舐め上げた先には突起があり、その突起を集中攻撃すると、結花ちゃんは口を半開きにして、くしゃみをする寸前のような顔をして喘いでいました。 ヌルヌルになって、幼い膣は準備完了状態になったのを確認して、私は結花ちゃんの小さな唇に亀頭を押し当てました。 亀頭部分をゆっくり出し入れをすると、小5少女が口をすぼめて、嬉しそうにおしゃぶりする様子をデジカメで撮影しました。 「結花を抱いて・・・」 どこでそんな言葉・・・母親と男の情事を覗き見していたに相違ありませんでした。 亀頭を桃色の窪みに押し当て、ゆっくりとめり込ませました。 力をかけていないと押し戻される反力に抗い、さらに体重を加えると、グリッという感触の後、長さ15㎝の私の陰茎が根元まで一気に入りました。 「痛ッ!痛い・・・痛い・・・」 ギチギチと締め付けられる陰茎を、強引に前後に動かせば、膣口と柔肉を引きずる結合部は、痛々しく見えました。 「ヒッ・・・ヒハヒハァ・・・」 と痛そうな声と、切なそうな顔に興奮して、幼膣内に射精してしまいました。 「結花ちゃん、生理来てないよね。」 頷いた結花ちゃんでしたが、 「中に出したの、精子でしょ。赤ちゃんできるんだよね。」 と、一応性教育を受けているようでした。 陰茎を抜き、幼膣から流れ出るイチゴミルクを撮影しました。 小5少女とのセックスは、その後ろめたさがある種の興奮を誘いました。 週末、私と結花ちゃんは、中出しセックスに没頭し、次第に結花ちゃんは幼い膣内に快感のゾーンを形成し、陰茎の抽挿に喘ぎ乱れるようになりました。 金曜の夜から日曜の夜まで、週末は10発くらいの中出し精液を幼い子宮に湛えて、月曜の朝は赤いランドセルを背負って小学校へ登校していきました。 丸襟のブラウスに紺のスカートを穿いたその出で立ちは、生陰茎の抽挿に喘ぎ乱れる少女には見えませんでした。 しかも、その幼い子宮には中出し精液が染み込んでいるのです・・・ 結花ちゃんが小6の夏の終わり頃、 「お兄ちゃん、あんまり中には出さない方がいいかも。結花もそろそろ・・・」 と言われ、処女喪失1年を境に、中出しを止めて、膣外射精にしました。 その頃の結花ちゃんは、陰毛も生えてきて、胸も膨らみ始めていました。 そして、舌を絡めるキスも、亀頭を舐るフェラも習得し、Gスポットも出現して、見た目の幼さとは裏腹に、女の悦びを知る少女となっていました。 そして、小学女児とのハメ撮りは、動画静止画がたくさん記録されていました。 全裸だったり、制服にランドセル姿だったり、検挙間違いなしの画像でした。 結花ちゃんが中学のセーラー服に袖を通した時、幼気な少女から清純なお嬢さんに一気に大人びて見えるようになりました。 見た目は清純なお嬢さんでしたが、その清純の象徴である中学のセーラー服を着たまま、淫裂を広げ、生陰茎を膣口で咥え、愛液を噴きだしながらヨガる淫靡な少女でした。 中学生になって、三つ編み姿になった結花ちゃんの処女を疑う者はいませんでした。 中学生になった結花ちゃんは、週末どころか、完全い私の部屋に居座り、風雨fのように毎晩営みを続けていました。 普段は膣外射精でしたが、生理が来ればバスタオルを強いて励み、膣内に精液を注がれて、365日、生陰茎にヨガり狂う三つ編み女子中学生でした。 結花ちゃんは、私に勉強を見てもらっていたので、そこそこの成績でした。 高校受験を迎えた結花ちゃんは、陰毛も生えそろい、胸も膨らみ、まろやかな女らしい体形になっていました。 そして、膣内で逝くことも覚え、陰唇は紫色にめくれ、陰核は皮から剥れ、人妻並みの大人の女になっていました。 そんなセーラー服少女の成長もデジタルで記録しました。 結花ちゃんが中学を卒業するとき、私に転勤の内示がありました。 「そう・・・お別れなんだね・・・いつか、こんな日が来るとはわかってたけど・・・」 「俺は、結花ちゃんを連れていきたいけど・・・」 結花ちゃんは、ニコッと笑って、 「今までありがとう。一緒に過ごした5年間、忘れないね。」 そう言うと、私の部屋にある自分の荷物をまとめ始めました。 その小さな背中が哀しげで、目頭が熱くなりました。 「いろいろ結花が世話になったね。勉強も、男の味も教えてくれて、ありがとうね。」 「お兄ちゃん、元気でね。さよなら・・・」 「結花ちゃん・・・さよなら・・・」 由里さんと結花ちゃんに見送られて、アパートを出て行きました。 私と結花ちゃんの5年間が、幕を下ろしました。 27歳の私は、再び都内に戻ってきました。 そこで、5歳年下の妻と出会い、結花ちゃんを圧倒する大人の女の色香に巻かれて、私29歳、妻24歳で結婚、今年結婚19年になります。 上の娘は高2、下の娘は中3、別れた頃の結花ちゃんと同じ年です。 私は、こんなに幼い女の子を、人妻並みの淫婦にしてしまったんだと、今更ながら深く反省しました。 そして、ふと思い立ち、21年前まで住んでた埼玉県某所に行ってみました。 結花ちゃんを思い出す時、訪ねてみたいと思いながら、どうしても足が向かなかった彼の地は、あのころと変わらない佇まいで私を迎えてくれました。 あのアパートもまだありましたが、塗り替えられたようで敗色が変わっていました。 202号室の前に佇むと、鋼鉄製のドアの脇には、由里さんや結花さんの苗字とは違う名前が掲げられて、もう、結花ちゃん達はいませんでした。 アパートの階段を下りながら、 「いるわけねえか・・・結花ちゃん、36歳だもんな。もうお母さんだよな。由里さんだって、還暦近いし・・・」 アパートを出て振り返ると、時の流れを感じました。 ランドセルを背負った結花ちゃんと歩いた道、遊んだ公園、懐かしさと切なさが交錯しました。 公園では、小学校高学年と低学年っぽい、しまいみたいな子が遊んでいました。 ベンチにはそのお母さんらしき人が座っていました。 その時、 「おーい、ユイカ~」 と声がして、私も思わず振り返ると、車から男性が声をかけ、子供たちが駆け寄り、お母さんが立ち上がりました。 そのお母さんを見て、ハッと思いました。 「結花ちゃん・・・」 面影が蘇り、幸せそうな結花ちゃんを確認できて、小躍りしながら駅へ向かいました。 「良かった・・・良かった・・・」 電車の中で、ずっとそう言っていました。 帰宅して、寝室の奥からCD-RとDVD-Rを出してきて、全部シュレッダーにかけて粉砕しました。 そうです、それは幼気な小学生が中出し精液を垂れ流し、清純そうな三つ編みのセーラー服少女が紫色に変色した人妻並みの陰唇をはためかせながら中イキする画像です。 「さよなら、淫乱天使だった結花ちゃん・・・」 そう言って、淫らな結花ちゃんの思い出を、封印しました。 そしてここに、淫乱天使結花ちゃんの思い出を書き残します。