20年前の中2です。
小6から高1まで家族4人(一人は義父)が同じ部屋で寝起き、真横で親のセ
ックスを見て見ぬふりをしながら過ごしました。
下半身裸の親を見て、はじめは何が起きたのかわからなかったけど、3歳上
の姉から「見てはダメ、寝たふりをして」と言われて、徐々に状況が理解で
きるようになりました。
自分も射精を覚えてからは、最初は嫌悪感だけだった親のセックスをおかず
にするようになりました。
中2の頃は「また始まった」程度しか思わなくなっていました。
姉は高校を卒業して就職、家を出ました。
私は姉のアパートに同居して高校に通いました。
思い出すとあの4年間は今でも私の人生に大きく影響を及ぼしています。
勃起した義父のチンポに母親がゴムをつけるのを見たことがあります。子供だったので何してるのかわから
なかったけど、そのあと母親は横になって両脚を拡げて受け入れ態勢に入りました。義父はチンポにてを添
えてマンコにあてがい、二三度腰を動かしてから母親におおいかぶさりました。
母親の嬉しそうな、恥ずかしそうな囁きが聞こえました。
母親を義父に取られたような悲しさみたいな感情がこみ上げて来てふとんの中で泣きました。
世の中同じような経験をする人いるんですね
よしさんの気持ちよくわかります。
はじめての時、よく覚えています。
下半身裸の母と義父が、表現がむずかしいですが妖怪か鬼のように感じられ
ました。セックスに対する知識は、少しはあったのですが、その時は何がお
きているのか、頭が真っ白になったのを覚えています。
頭に焼きついたものを今思い出すと、義父のチンポが母のマンコを貫いてお
り、まさに性交を初めて見た瞬間でした。
姉も起きており「見てはダメ」と布団のなかで私の肩を強く抱いていまし
た。姉の胸のふくらみを感じた瞬間でもありました。
そのことが先での、姉とのセックスの始まりでした。
よしさんのお話し、もっと聞きたいです。
その頃は小学生だったので何も分からず父母同士が仲良く出来ないようにいつまでも起きていてやりまし
た。そうすると義父がイライラするのが手に取るように分かりました。もっと小さかったらきっと今の児
童虐待みたいに義父から暴力を振るわれていたでしょうね。
中学に上がった頃、転居しました。中古ながらも一戸建ての家に移り。これで良かったのか悪かったの
か?義父は夕食が済むと勉強しろと私を自室に追いやるようになりました。母は勉強している私にコー
ヒーとかお菓子を持って来てくれましたがもうパジャマを着て上に何かを羽織ってました。「もうお母さ
んは寝るから、お前も適当に寝なさい」と言ってましたが、こっちが寝たら、一刻も早くオマンコしたい
と云う顔をしてました。その頃にはもう私も母を義父に取られたという感情より、母が義父と交わるとき
のよがり声とか義父との恥ずかしいささやき合いを聞くのに夢中でしたから、母がそんな顔をした晩は即
電気を消し耳を澄ましたものでした。義父とのオマンコの最中の母の声は高いものではありませんでした
が、長い間の寡婦生活の虚しさを取り戻すのに充分な満足を感じていたようです。
露骨に云えば、男でも女でも成熟すれば、自然の摂理でオトコは勃起したチンポをオンナのオマンコに入
れたくてしょうがなくなるし、オンナは股ぐらにチンポを迎える穴があるからにはチンポでオマンコをこ
すってもらいたくなるのは当たり前のことです。
よしさんの家の生活風景が目に浮かぶようです。よしさんも私も子供のとき
から性交という行為に深く関わってきた人間と、そうでない人とのその後の
性生活になにか差があるのか、興味があるところです。
ともあれ私は高校に入るまで、すぐそばで親の性行為に付き合わされていた
わけです。
姉に肩を抱かれていたとは言え、姉の肩越しからその行為を見ており、その
光景は一生忘れるものではありません。
その記憶を少し披露すると、
我が家の消灯は通常22時、30分くらいたつと母が私たち姉弟が眠ったかど
うか確認します。
すると義父、母が下半身だけ裸になっていました。
義父は母の股に顔を埋めクンニを、母はうめき声を発していました。しばら
くすると今度は母が義父のチンポを咥えてフェラを、義父は立ちあがって母
の口にチンポを出し入れすることもありました。
さらに69です。ここらあたりまでくるとわたしたち姉弟に気を使う様子はあ
りませんでした。
オスとメスが欲望のままに絡み合っている様が目の前にありました。
仕上げは性交、通常はゴムを使っており義父が自分でつけていました。
あとは理性を失ったチンポとマンコの狂演です。
小6でその行為を理解し、見続けてきました。
当時、友達の母さんも学校の先生も、また世の中の大人はみんな夜になると
女はマンコを開き、それに男はチンポを突っ込んでいるんだ、と思い中学に
入った頃からは自分もやりたい、と思うようになりました。
長くなるので今回はこれくらいにしておきます。
よしさん、もっとよしさんの経験を聞かせてくれませんか。
もしよければ、単独で情報交換しませんか。
わたしは一人っ子だったので義父が来て母をとられたような気持になったんだと思います.それまでお風
呂は母と一緒に入ってました。母を恋人のように思っていたのでしょう。
風呂へ入った時はいつも母のおヘソから下を見ていました。が、白いお腹と太ももの交わるところ、ふっ
くらとふくらんだ黒々とした陰毛におおわれたY字部分の下辺りが開かれるとチンポを迎え入れ、締め上
げ、堪え難い快感とともに射精させてしまう秘密の場所とはまだ知る由もなかったです。
後日、女性器のイラストを本屋で立ち読みした時、女性の股ぐらは大きく左右に開かれ、クリトリス、膣
口、小陰唇などの名称と共に、女性はアノ時、両脚を拡げアソコを男の目にさらし、勃起したチンボを穴
に受け入れるということを知りました。
母が恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな小声をあげて義父のチンポを受け入れているのを覗き見た時
やり場の無い悲しみとオマンコするところを見られたと言う満足感がないまぜになった複雑な気分を今で
もはっきり思い出します。
母と義父のオマンコしている時の洩れ聞こえるため息とか言葉にならない会話とか、これほどまでにオマ
ンコというものは男にも、女にも恥じらいを脱ぎ捨てさせるものかと、、、そのとき初めて知りました。
親の性行為を4年余り すぐ傍で見続けてきました。
思い起こすと、多分中2の頃だった思います。セックスの意味が理解でき始
めた頃には、親の性行為に対して違和感を感じなくなってきていました。
親の性行為は日常生活の一部になり、嫌というより自分もしてみたいと思う
ようになりました。
そんな目で親の性行為を見るようになってからは、フェラやクンニ、体位や
性交を冷静に見ていたように思います。
母親の喘ぐような声、つながっている性器、そこから発する音などなど、今
もはっきりと覚えています。
親も次第に大胆になっていたように思います。母親が再婚した当時の性行為
は、下半身だけ裸でしてたのですが、いつのころからか、全裸でしていまし
た。まさに肉と肉とのぶつかり合いのような印象でした。
親の性行為には違和感を感じなくなった一方 目の前にある3歳年上の姉の
体が気になり始めていました。姉の体を思い浮かべながらオナニーをしてい
たのもこのころからだったと思います
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