妻を亡くして15年、41歳の子持ちヤモメだが、妻亡きあと、義母と夫婦のような生活をしてきた。 妻は、中学の同級生で、中3の終わりに初体験した仲だ。 母子家庭の妻の母は、高校生カップルを容認していたし、俺は次男坊だったから、いずれは妻と結婚して、妻の家にマスオさんをしたいと思っていた。 そういう俺の気持ちを知ってたから、俺が妻の部屋に遊びに言ってセックスしていても、妻の母は何も言わなかった。 俺と妻は、高校生の性欲を毎日爆発させていた。 そして、高校を出て妻は就職、俺は専門学校へ進み、卒業して就職した時、21歳同士で結婚した。 約束どおり、妻の実家でマスオさん、新婚1年はラブラブで過ごし、激しい夫婦の営みに、 「もう少し静かにおやりなさい。」 と義母に言われた。 23歳の時に娘が生まれ、幸せな日々を送っていた。 妻が第二子妊娠して産院に通院中、暴走した車に撥ねられ、お腹の赤子もろとも亡くなった。 まだ、26歳だった。 たった一人の娘を亡くした義母は、落ち込んだ。 そして、妻の一周忌を終えた後、 「健二さんはまだ若い。娘のことはもういいから、新しい人生を歩みなさい。」 と言われたが、俺は再婚するつもりはなかった。 26歳で妻を亡くしたが、妻とは男と女になって11年一緒に過ごしてたから、妻以外を愛せなかったから、義母に娘を託し、そのまま妻の実家で暮らした。 妻の三回忌を終えた日、少しお酒を飲んで、義母と妻の思い出話をしていた。 5歳の娘は自分の部屋で寝てしまい、義母と二人、注しつ注されつ飲んでいた。 当時俺2歳、当時俺は28歳、義母は53歳、女優の宮崎美子に似た可愛い系美人だった。 その美熟女の義母を見ていたら、亡き妻の面影が過り、義母に向かって妻の名を呼んでしまった。 義母は微笑んで、私の横に来て、そっと抱き締めてくれた。 「お義母さん…あいつの面影があって、つい…」 「いいのよ…母娘なんだからそういうときもあるでしょう…あの娘の替わりにはなれないけど、思い出すくらいはかまわないわよ…」 優しく抱きしめられた時、義母のうなじから、亡き妻と似た甘い女の匂いが立ち込め、股間がムクムクと硬くなり、義母に女を感じてる自分に気付いた。 今までは彼女のお母さんであり、妻の母という目でしか見てなかったが、客観的に見て美人だし、身体つきも宮崎美子ばりにムチムチして胸もありそうだった。 「お義母さん…あいつの替わりになってくれませんか?」 「えっ!」 義母の胸を揉んだ。 察した義母は、俺の股間に手をやった。 「健二さん…私でこんなに…53歳のおばちゃんなのに…」 義母は俺の手を取り、義母の寝室へ入った。 布団を敷くと、脱ぎ始めた。 それはまるで、昔、ミノルタのカメラCMで水着になる宮崎美子を彷彿とさせるムチムチボディで、零れ落ちたDカップに眩暈がした。 「あの人と別れて23年、一度も使う男性は現れなかったのに、まさか娘婿となんて…」 仰向けになって頬を染め、股間を開くと、そこには、既に期待のヨダレを流した鮮やかな紅色の裂け目があった。 俺の勃起を握ると、 「もう、終わったから、そのまま入れて、中に出して構わないのよ…」 脈打つ肉棒を義母の紫のビラ肉を割って挿し込んだ。 53歳と28歳の義理の母子が、舌を絡めたキスをしながら、本気で愛し合った。 義母の身体は、53歳という熟女はまだまだ現役なんだと思い知らされるほど美しく、まだたるみもなかった。 本当に義母が愛しかった。 「ああ…健二さん…」 「お義母さん…好きです…」 俺は、腰を打ち津kるたびに揺れる義母のDカップを見ながら、亡き妻もいい乳房をしてたなと、あのセーラー服の上から揉んだ思い出を懐かしんだ。 義母の肉壷に亀頭祖挿し込むように深々と挿入して、ドクドクと射精した。 「ああ…出てる…娘婿の子種が注がれてる…」 「お義母さん、若くて新鮮な子種で、孕んでください。」 「ああ…孕んじゃう…この年で孕んじゃう…」 この日から、俺と義母は内縁の夫婦として生活した。 娘も、次第に俺と義母が夫婦だと思うようになり、義母の寝室で俺が寝ることを、不思議がらなくなった。 時々、義母に亡き妻が高校時代に着てたセーラー服を着てもらった。 セーラー服の胸の膨らみが、亡き妻を思い出させました。 スカートを脱がせると、パンティ越しに肉唇が潤みだして、その形を浮かんでいた。 パンティを脱がせ、強引に肉裂を拡げれば、股間にポッテリと肉裂が垂れた。 敏感な肉豆を娘婿に苛まれて、羞恥と快楽の狭間に揺れ悶えた。 娘のセーラー服にそでを通した五十路美熟女は、足をM字に開かれて、肉豆を転がされしとどに濡らしていった。 、 そして、ズッポリと娘婿の生肉棒を挿し込み、腰を振って美熟女の快楽を引き出した。 肉穴を捏ね回す娘婿の肉棒に湿った音と、甘い吐息を漏らした。 清純そうなセーラー服を身にまといつつ、狂乱しながら潮を噴きまくる姿は、母娘で同じだった。 乱れまくる淫乱女子高生だった妻の痴態を思い出していた。 肉棒の抽送の度に、淫猥な音を立て捲れる肉穴、ついには、自分から腰を振り乱れて昇天した。 いちどイッたくらいでは満足しない若い娘婿の肉棒に受ける容赦ない凌辱に、思わず涙ぐむ義母。 それでも、肉穴を抉られれば、腰を振りながら絶叫して何度もイキ果てた。 そして、肉壷へ娘婿の子種汁を注がれ、セーラー服姿で痙攣した。 今年、妻が亡くなって15年になった。 俺は41歳、亡き妻の忘れ形見の娘は高3、義母は66歳になっている。 相変わらず見y崎良子に似た義母は美しく年を重ね、今も41歳の娘婿の肉棒に喘いでいる。 俺と義母の仲は、娘はもちろん、親戚やご近所も薄々気付いていたが、仲睦まじい俺と義母を温かく見守っていた。 俺は、還暦を過ぎても義母を求め、 「こんなお婆ちゃんを…」 と恥じる義母を喘がせた。 還暦を過ぎた義母は、50代とはまた違う魅力にあふれた。 さすがに少し弛み始めた女体とDカップだったが、還暦過ぎたAV女優だっているくらいだから、まだまだ現役だった。 還暦過ぎた超熟女の裸身には、昭和の色香が漂った。 若い娘婿との姦淫に素直に溺れ、亡き娘の替わりに娘婿の性欲処理を担う悲哀の肉欲を発散させていた。 それは、仄かに香り立つ還暦女の艶かしさであり、若い女にはない落ち着いた身のこなし、それはまるで媚薬のように肉棒を奮い立たせた。 そんな還暦女の裸身に俺の淫気は奮い立ち、温かな女肉の抱擁を堪能した。 60代にして色めき立つ肌、そして揉みしだけば、掌からこぼれ落ちそうに豊かな乳房、夢中で淫戯に没頭して、25歳年下の男とまぐわう淫奔な姿を見せた。 俺は、そんな義母が心から愛しいと感じている。 娘は、東京にある大学を目指している。 もし、上京すれば義母と二人、高齢のの義母をタップリ愛したい、 女60代は、まだまだ現役だ…