主人が36歳の時、夏祭りで繰り出した山車の上から落ちてしまいました。
腰を強く打ったようで、脊髄を損傷してしまい3年が経った今も寝た切りになっています。
若いからと言って保険も入っていなくて、当然、会社の保険は使われなくて途方に暮れてしまいました。
出たのは地域で積み立てていた祭り用に保険だけで、それも少なくて私も看病のほか勤めに行きました。
しかし安いパートでは到底賄う訳もありませんでした。
そこで考えたのが風俗でした。
私さえ我慢すれば、、主人にバレなければ、、と思い勤めて2か月が経ったころでした。
祭りの会長がやってきて、「最近、沙理奈さんに如何わしい噂があって、、」と、そのことについて聞いてきたんです。
ほっておくと地域の噂になって品位が落ちると言って来て、正直に言うしかありませんでした。
会長は、「そうか、事情は分かった、だけど、、」と言って、言ったの祭り関係者と相談すると言って帰っていきました。
私はしたくてしているんじゃないと思いながら続けていたのですが、後日会長がまたやってきました。
毎月これくらいだったら生活ができるか、、」と言い出し封筒を私に差し出すのです。
「これを毎月、、」
「でも旦那が車椅子か生活が出来る迄だ、、その代わり、、」
祭り関係者は男ばかりで50人は入るんですが、その男たちに2カ月に1度でいいから抱かれることが条件でした。
1日に一人のペースであの封筒が手に入るんです。
私はしばらくして頷いていました。
主人にはパートと言って最初に抱かれたのが会長でした。
地域の公民館で布団を敷いての行為でした。
恥ずかしかったのですが生活には代えられませんでした。
日に一度、ときには二人の時も三人の時もありましたが、その代わりお休みも増え主人といる時間が増えました。
時には会合のあと役員3人に連れられホテルに行ったこともありました。
その時に限っては3人からはお手当が貰え臨時収入になりました。
地域に助けていただき2年が経ちます。
今でも祭りの山車が倒れて怪我人がいるとテレビで聞いて心を痛めています。
その方たちはどうしているのか、私のように心優しい地域の方に助けてもらっているのか
昨日も毎月(10日、20日、30日、月3回)の会合があり、主人に言って後片付けに行ってきました。
終わったあとはもちろん男たちに抱かれ、昨日は4人だったので臨時収入増加でした。
主人は私の帰りが遅く心配のようでしたが、「地域の人の会合なんだもの私がお手伝いしてあげなくちゃ、、」と言うと、「そうだな、、」と言って納得していました。
心の中で(あなたごめんなさい、)と謝っておきました。
少しづつの親切で私も一人一人にお返しができ助かっています。
性欲も発散でき主人の看病にも力が入ります。
2026/10/21 06:40:45
(6jfzQGpi)