還暦近い熟女です。 虐待経験に書くべきかどうか迷いましたけど、こちらに書きます。 私はこれでも小学校5年6年の時は成績が良く学級の副委員長をしていました。 委員長は男の子でやはり成績が良く、育ちが良いんだなって感じを受ける真面目な子でした。 回りからはお似合いカップルとか言われてからかわれていましたが、本心では本当に彼にに仄かな憧れを持っていました。 当時の担任の先生は40前の独身の女性でした。 少し厳しいけど真面目で教育熱心の親達からも信頼されていましたが、児童の目から見たら入ります恐い先生でした。 6年の秋のころ、学級全体で図書室に移らなくてはならないのに、先生が迎えに来てくれるだろうと教室で待っていて、結局授業が出来なかったことがありました。 その日は私と委員長の責任だと言われて放課後まで二人で学校に残されました。 罰は二人ともパンツだけの裸で立たされること。 委員長は男の子だったから、辛そうな顔をしてたけど自分で脱ぎました。 でも私は初潮もすでにあり、胸も膨らみ初めていて、とても委員長の前で裸にはなれませんでした。 私が泣きだしたら先生が言った言葉が、「委員長、副委員長を脱がしてあげなさい」でした。 しばらく沈黙が続き、委員長が「僕は出来ません」と言いました。 先生は猛り狂ったように「何で先生の言うことが聞けないの!」とパンツ一枚で立っている委員長の頬を平手で「パンッ」と大きな音を立てて叩きました。 多分委員長は親からも叩かれた事が無かったんでしょう。 叩かれた頬を押さえて見る見る泣きそうな顔になりました。 先生から「さあ、早くスカートを下ろして!」と言われて私の前に立ったけど、しばらくして「先生、ごめんなさい、脱がしたり出来ません」と今度は本当に泣きながら言いました。 先生は「なによ!ガキのくせに私に逆らって!」と本当にきちがいのように怒り委員長の頬だけでなく裸の背中や胸やお腹を平手や握り拳で叩きました。 委員長は「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら叩かれ続け、床の上にお腹を庇うようにして座り込んでしまったのに、それをスリッパを履いた脚で背中を蹴って腹這いにし、委員長の背中を踏んずけました。 もう私もワンワンと小さな子供のように泣いて「ごめんなさい、ごめんなさい」って言って先生の背中にしがみつきました。 やっと落ち着いた先生から今度はパンツも脱いで全裸になるように言われました。 もう恥ずかしいとか考えずに服をくしゃくしゃにしながら少しでも早くと脱ぎました。 先生から「気を付けして!」と言われて気を付けの姿勢で立ったらいきなり胸を片手で握られました。 膨らみ始めでちょっとでも刺激があると痛みを感じていたのに、握り潰されるかと思うほどの力で握られ思わず悲鳴を上げました。 「生意気に大きくなって!」と言われながら両方の胸を強く揉まれ、さらに乳首も強く摘ままれました。 「痛い!痛い!痛い!」って泣いたけどしばらく虐められました。 やっと放してもらって胸をて手で覆って泣いてたら、横では今度は委員長がパンツを脱がされて四つん這いにされお尻を叩かれていました。 もちろん次ぎは私もお尻を叩かれました。 時間にして一時間くらい。 二人とも裸で四つん這いになってる写真などを写された後でやっと「服を着て良い」と言われた時は外が暗くなっていました。 帰りは先生が車で家まで送ってくれたけど、車の中ではさっきまでの乱暴な先生とは売って変わって、「先生はあなた達が大好きなの。だから本当にしっかりしてもらいたくて酷いことをしてしまったの」「先生を怨んでも良いわ。でも私はいつもあなた達を愛してる」とか優しい言葉をくりかえされました。 家では先生が母になんと話したかは分かりませんが、母からはなにも聞かれませんでした。 次の日に委員長と顔を会わせるのが恥ずかしくてたまりませんでした。 しかし、このような虐待はそれから卒業まで何度もされました。 必ず委員長と二人でした。 それが原因かもしれませんが、私と委員長に特別な触れ合いがあったりもしています。 読みにくい文になったと思います。 ごめんなさい。