第四章 — 逃げ場のない夜 二十一歳で離婚し、子どもと離れたあと、 さちは再び一人になった。 生活資金は底をつき、 子どもに送るお金も必要だった。 働かなければならない。 しかし、普通の仕事では到底追いつかない。 「すぐに稼げて、住む場所もある」 その条件だけで、 近県のソープランドの求人に応募した。 面接は驚くほど簡単で、 その日のうちに採用が決まった。 店長は穏やかな笑顔を見せ、 「講習があるからね」と言った。 その言葉の意味を、 さちはまだ知らなかった。 講習と呼ばれた時間は、 仕事の説明でも、接客の練習でもなかった。 ただ、 “拒否できない状況”がそこにあった。 さちは、 自分がまた別の世界に足を踏み入れたことを理解した。 その日、 店長は「帰りにアフターピルを渡す」と言った。 しかし、 そのまま客の接客に回され、 夜が終わる頃には、 さちは心も体も限界に近づいていた。 寮に案内されると、 薄暗いアパートの一室が、 これからの生活の拠点だと告げられた。 説明を受けている途中、 部屋の扉が静かに開いた。 入ってきたのは、 “社長”と名乗る男だった。 その雰囲気は、 普通の人間のものではなかった。 言葉よりも先に、 空気がさちの背筋を冷たくした。 社長は、 「中途半端な気持ちでは迷惑になる」 「覚悟を見せろ」 そんな言葉を淡々と並べた。 気づけば、 店長の姿は消えていた。 部屋の空気が重く沈み、 逃げ場がないことだけがはっきりしていた。 その夜、 さちは“講習”と呼ばれる時間の本当の意味を知った。 夜が明ける頃、 窓の外は白んでいた。 しかし、 さちの中には朝が来なかった。 翌日からの生活は、 昼の仕事と、 夜の“呼び出し”が交互に続いた。 昼は十二時から夜の十時まで。 多い日は六人、少ない日でも三人。 寮に戻れば、 社長が部屋に現れた。 ご飯を食べていても、 眠ろうとしていても、 関係なかった。 さちは、 自分が“人間として扱われていない”ことを、 毎日、静かに理解していった。 一ヶ月ほど経った頃、 さちは限界に近づいていた。 体力も、心も、 どこかが壊れかけていた。 ある日、 勇気を振り絞って店長に相談した。 店長は驚いたように眉をひそめ、 その場で社長に電話をかけた。 「寮に行くのはやめてください」 その言葉を聞いた瞬間、 さちは胸の奥が少しだけ軽くなった。 店長は深く頭を下げ、 「知らなかった。本当にごめん」と言った。 その謝罪は、 さちには久しぶりに“人間の言葉”に聞こえた。 その日の夜、 店長は「お詫びに食事に行こう」と誘った。 さちは迷ったが、 久しぶりに誰かに優しくされたい気持ちが勝った。 連れて行かれたのは、 自分で焼かなくていい焼肉屋だった。 肉の焼ける匂い、 温かいスープ、 柔らかい照明。 さちは、 久しぶりに“生きている”と感じた。 食事が終わり、 タクシーで寮まで送られた。 そこで、 店長は自然な流れで部屋に入ってきた。 その瞬間、 さちは理解した。 社長が来なくなっただけで、 世界は何も変わっていない。 その夜から、 店長が寮に来るようになった。 さらに、 店のボーイたちも、 暇な時間があれば部屋に来た。 さちは、 自分が“福利厚生”として扱われていることを、 誰に言われなくても理解していた。 逃げ場は、 どこにもなかった。