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近親相姦 親×子体験告白 RSS icon
※父母とその子の間柄での体験談

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2016/03/28 21:42:48 (mOzmeY2V)
母58歳父59歳今でいう仮面夫婦。
俺は35歳。まだ独身。
家に居候、会社までバスと電車で。
母が2年前、少し怪しい行動に、家でも父とは口をきかないし、
なんかどけどけしい感じがした。
その頃から、専業主婦の母が外出するようになった。
まあ俺は会社に行ってるから昼の母の行動はわからないけど、
丁度その頃五年付き合った彼女と別れたはがりだった、やりたいばかりだった時期だった。
一回母を駅で見かけたことがある。
おれが降りる駅のホームにいた。時間は6時くらい、どこにいくんだろうと思い、また俺がきた方向の電車に、おれは着いていくことにした。母は派手な赤いコート。下の服は確認出来ない。母は二つ先の駅で降りた。改札に向かうどこにいくんだろう?
駅前に黒い車が母は一目散にその車の助手席に。怪しい!おれは母をつけて、タクシーに。
車の番号もメモした。駅から少し離れたホテルに。
まさか中までついていけないので、おれは駅に戻り家に帰ることにした。
当然母は12時近くにかえってきた。
俺はリビングにいたんだか、母は
「今日は高校の友達とあったんだ」と平気な顔して嘘を言ってる。
母はすぐに風呂に。
母が入ってる時に脱衣所で母の服をみた。
コートの下は、黄色のミニスカのスーツ。そんなのみたことない。下着も洗濯機の中をみたら
黄色のTバック。あそこにはオリモノか男のかがベトベトに付いてた。
母が風呂から上がってきて、俺に
「とおるは彼女最近連れてこないね~」って聞くから
「別れたよ、この前」
「あら、寂しくなったね、また彼女探さないと」って人のいらない世話ばかりしてくる
内心・・自分こそみつからないようにしないと大変なことになるぜ、色ボケババア。
「俺明後日休みだから」
「明後日?母さん昼から出かけるけど、夜の御飯作っていくから」
「うん、わかったよ、遅くなるの?」
「今日ほどは遅くならないわよ」
休みの日になった、母は上機嫌、朝から念入りに化粧してセットもバッチリ。
「親父は?」
「父さんは出張で明後日しか帰らないよ」って
「はじめてきいたよ」
「母さんどこまでいくの?」
「◯◯迄よ」
「◯◯なら乗せていこうか?どうせ1人で家にいても同じだからね」
「じゃとおるに送ってもらおうかしら?駅でいいから」どうせ駅で男が待ってるんだろうに。
母は1時待ち合わせらしくて、40分前に家を出て◯◯駅に。手前で降ろして母は駅に入らずやはり黒い車に。俺が後ろから付いて来てるとも知らずにまた同じホテルに。脳のないババアだ。ホテルの斜め前にパチンコ屋があったので2時間くらいパチンコして時間をつぶすことに。母の携帯に電話したがでない。
色ボケは男とSEXしてるから出れないんだろう。すると母から
「とおるどうしたの?用事?」
「いや用事ってこともないけど、母さん何時くらいになる?俺7時くらいになるけど、一緒なら◯◯駅まで迎えにいってやるよ、久しぶりに外食しない?」って言ったら
「ちょっと待って」と話声が男と話してるんだろう、
「わかったわよ、◯◯駅に7時ね」と。
じゃ6時までは出てこないだろうと思った。
パチンコをもう一回。6時前までして車に戻ってホテルの入り口見てたら、奴の車が出てきた、母は隠れるわけでもなく助手席に、どれだけ図太い神経なんだ。
また母の後をつけて駅へ。
母は駅で俺を待ってる。
母の横に車つけて母を乗せた、母から香水の匂いが、近くのファミレスに
「母さん今日はどこにいってたんだい?」
「近所の奥さんとカラオケよ」嘘つくなよ、みんな知ってるんだせ!内心思ったが。
「とおるはどこに?」
「パチンコしてたよ◯◯◯で、ホテルの前にあるだろう?」と白々しく言ったら、母はドキッとしたような顔した。
「パチンコ勝ったからおごるよ。母さんビールも飲んでいいよ」っていうと遠慮もせずに食べながらビール飲んで、ほろ酔い状態。

26
2025/10/12 22:35:08 (1Rjxp1Bn)
可愛い可愛いs5の娘の寝顔に、変態パパのザーメンぶっかけました!初めての顔射はパパのザーメンだね!この先、男が出来て、この可愛い顔に汚いザーメン掛けられる前に…
マーキングしておきたかった。娘をパパのザーメンでコーティングしておきたい!
分かりますよね?この気持ち
27

義理の息子2人に

投稿者: ◆3monQWPEh.
削除依頼
2025/10/13 21:44:59 (UVKSz4Y/)
バツイチ子連れの妻と結婚
私は、性転換済みの恵35才
妻は、48才で連れ子の息子高校生16才の双子
私は、性転換後に風俗で働いてた。
そこに妻が働き出して知り合い
仕事の客の希望で女性2人
私と妻が選ばれて
客の前で妻とのレズを
何度か妻とのレズをしてるうちに
仕事以外でも関係ができて
私は、持ち家の一人暮らしだったから
私からアパート代節約と部屋数も有るから
一緒に暮らさないかと誘い
同居する事になり
まさか妻は、息子2人に抱かれてた。
一緒に暮らしだして
少しして私の義理の息子の餌食にされてしまった。
妻も蓄えができて風俗を辞めて
普通のパートに転職
私は、妻に言われて風俗を辞めて
妻と同じ会社でパートに
私は、性別変更してなかったので妻と結婚
私は、妻の婿養子になり
パート先でも妻と姉妹と思われてます。
最近では、妻と寝るより
息子に抱かれて寝てます。
妻ももう一人の息子に抱かれ寝てます。
私は、願望で息子の女にされるのが叶いました。
28
2025/09/17 15:13:37 (yL2/LFT5)
はじめまして。私は43歳の自営業です。

私もとうとう娘2人と肉体関係になってしまいました。

名前はサクラコとモモコ、今JC1です。

始まりは妻を去年に事故で亡くした事から始まります。

葬儀が終わってしばらくすると娘2人に変化が現れました。

娘2人は私の前で平気でパンツが見える様になっていて、お風呂も一緒に入り始めました。

私は何度も注意をしていたのですが、全く聞いてくれませんでした。

仕方なく諦めていると娘2人は、どんどん挑発的になっていきました。

娘の部屋から変な声が聞こえてきて、そっと部屋を覗くと娘2人が机の角でオナニーしてました。

「お父さん・・・お父さんのオチンチン欲しい・・・」

私は娘の声を聞いてそっと閉めました。
それから娘2人と一線を越えてしまいました。

娘2人とお風呂に入って体を洗って貰うと娘2人が股間に手を伸ばしてきてペニスを触ってきました。

「わっ!凄く固くなってるよ。興奮してるの?私達が気持ち良くしてあげようか?」
すると娘達は手に石鹸を付けて触りまくってます。

しばらくすると私のペニスがギンギンになって勃起してきて出そうになりました。

「サクラコとモモコ、もう駄目だよ。この辺で止めてくれ」
言っても言うことを聞きません。

サクラコは私の体を抑えるとモモコがしごいて射精してしまいました。

そして娘2人が精子を見て一言を言う。
「わ~凄く出たね~お母さんが亡くなって溜まってたんでしょ?これからはお母さんに変わって私達がエッチしてあげるからね?」

どうやら娘2人は妻が生前に私と酔っぱらってリビングだセックスしてたのを見ていたらしかったからです。

そこから娘達はJS5にして目覚めた様です。

それからは、いきなりセックスをせずに段階を踏んでいきました。

まずはフェラチオを教え込みました。
最初は歯が当たっていたのですがアドバイスすると娘達は短期間で上手くフェラチオをする様になり飲む様になりました。

続く
29
2013/09/08 16:29:17 (aEJ0c0Q6)
私の場合は、それ程苦労も無く自然と母子相姦になりました。



私の母はテレビや映画に出て来るような、非常に優しく温厚な女性です。

その為に、私は小さい頃から母の言う事をよく聞く子供で、手伝いをした
りスーパーに買い物に付いて行ったりと、母に好かれることなら何でもし
ました。

思春期でも、反抗期も無く母を悲しませることは一切しない良い息子でし
た。

周りからは、非常に仲の良い親子に見えていたと思います。



銀行員の父親は帰りが毎晩遅かったので、子供の頃から妹と私は必ず母親
とお風呂に入っていました。

母は私の髪もペニスもアナルまで、私の体中くまなく洗ってくれていまし
た。

小学生になると、母がペニスを洗っている最中に勃起をするようになりま
した。

私はすこし気恥ずかしかったのですが、母はそれには全く動じずに、いつ
ものように淡々とペニスや袋を洗ってくれたのでした。



忘れもしない小5の時です、いつものように母がペニスを洗ってくれてい
ると、あまりの気持ち良さに射精をしてしまったんです。それが、初射精
でした。

私を立たせて風呂イスに座って洗ってくれていた母の可愛らしい顔一面
に、私の精子が勢いよく飛び散ってしまったのです。

当時の私はそれが射精だとは知らず、オシッコが出てしまったのだと非常
に焦りました。

それを見ていた湯船の妹も「お兄ちゃん、ママにオシッコ掛けたあ~!」
と大騒ぎをしました。

これは大変な事をしてしまったと思い「お母さん、ごめんなさい!」と私
は半泣きで謝りました。

しかし母は動じる様子もなく、「心配しなくていいのよ。」と優しく微笑
んでくれました。

母は私を動揺させまいと、何事もなかったかのように振る舞ってくれたん
だと思います。

妹の前で、私を辱めにもあわせたくなかったのでしょうね。

母は自分の顔にシャワーを掛けて洗ったのですが、口のわきに私の精子が
残っていました。

その顔の卑猥な感じが今でも脳裏に焼き付いています。



次の日の夜、お風呂を躊躇している私に母は、「ケンちゃん一緒に入ろ!
心配しなくていいよ!」と優しく誘ってくれたのです。

その日、私は射精しないように頑張ったのですが、やはりあまりの気持ち
良さに射精してしまいました。

母はそれを予想していたようで、私のペニスを下に向け自分の体を斜めに
ずらし、湯船の妹から見えないように母の胸に精子が飛び散るようにして
くれました。

母の大きくて垂れた乳房が、精子まみれになりました。

「ごめんね、お母さん。オシッコまた掛けちゃって。」と小声で謝ると、
「ケンちゃん、それはオシッコじゃないから汚くないのよ。」と言ってく
れました。

その後一緒に湯船に浸かりながら、それが精子だと言う事を母は分かり易
く私に教えてくれたのでした。

その日以来、私は毎晩母の手によってお風呂で射精したのです。



中学に入ると、私は野球部に入り毎日練習で忙しい日々を送りました。

試合が有る時、母は必ず応援に来てくれていました。

相変わらず母は、毎晩私の帰宅を待っていてくれて一緒にお風呂に入って
くれました。

その頃から、2歳年下の妹は思春期が始まったようで、一人で入りたいと
言い出し、先に風呂を済ませるようになりました。



野球部にはマセた悪い先輩が多く、部室で後輩の私達にエロ本を見せなが
ら、セックスやフェラチオ等について事細かに教授しました。

私はお風呂で毎晩母の裸を見ていましたので、女性の裸の写真にはそれほ
どの珍しさを感じませんでしたが、セックスやフェラチオについては衝撃
が走り、どうしてもしたくて我慢が出来ませんでした。

ある晩、母がいつものようにペニスを洗ってくれている時に、私は覚悟を
決めて母にオネダリをしました。「お母さん、少ししゃぶってくれる?」

母は「えっ?」と多少動揺しました。

温厚な母なら絶対に嫌とは言わないだろうと、勝手に決めつけていた私に
は意外な反応でした。

なので「黒木君のお母さんは、しゃぶってくれるんだって。」と思わずバ
レバレの嘘を付いてしまったんです。

すると母は「黒木君のお母さんがあ~?」と少し笑って、「いいけど、誰
にも言ったらダメよ。二人の秘密よ。いい?」と言いました。

私は無言でうなずくと、母はシャワーで石鹸を落とし既に勃起している私
のペニスを優しくしゃぶり始めたのです。

母はしゃぶりながら「出そうな時は教えてね」と言いました。



ものの1分ぐらいだったと思います、私は母の口の中に射精してしまいま
した。

母にそれを伝える暇もありませんでした。

その前に既に母の手でしごかれていましたので、フェラチオのあまりの気
持ち良さに我慢出来なかったのです。

母は口内射精した私を怒る事もなく「沢山出たねえ!」と微笑みながら、
うがいをしていました。

その日以来、母は私がオネダリしなくても、毎晩お風呂でフェラチオをし
てくれるようになりました。



そこからは私の性欲に歯止めが掛りませんでした。

母の優しくて温厚な性格を利用して、フェラチオをしてくれてる最中に、
私は母の垂れたお乳を揉み始めました。

初めての時に母は、「こら!」としゃぶりながら優しく私に促しました
が、止めようとしない私を放っておいてくれました。

その内にしゃぶっている母の口から、小さなよがり声が漏れるようになり
ました。

そのよがり声は、母ではなくただの女の声でした。

私は自分の実の母親を悶えさせていると言う卑猥な状況がたまらずに、い
つもよりもさらに早く母の口の中に射精した記憶が有ります。



その後は、自然の成り行きで母のクリトリスや膣をいじるようになり、ク
ンニをさせてもらい母をいかせることを覚えました。

敏感体質の母は、自分の手で口を押えよがり声が風呂場の外に聞こえない
ように、耐えていました。

湯船のふちに前かがみに立ち、バックからのクンニが母は好きでした。

大きな垂れたお乳にくびれたウエスト、そして肉好きの良いお尻が、中学
生の私にはたまらなくそそりました。



私が洗い場のマットに寝て、母が私の上に乗り69をさせてもらっていた
時、とうとう我慢の限界が来てしまいました。

そして私は「お母さん、もう我慢できない。入れさせて!」とお願いしま
した。

私は半信半疑でした。

いくら優しい母でも愛撫は許してくれていても、父の手前挿入は許してく
れないだろうと思っていたからです。

「どうしても我慢できない?」と母が聞いてきました。

私は黙ってうなずきました。

「外に出してくれる?」と母が聞くので、「絶対に中に出さない。」と私
は答えました。

母は私の顔みながらうなずき、足を広げてあお向けに寝てくれました。

母の足の間に膝立すると、母は手で私のペニスをもって膣の入り口まで導
いてくれました。

「ゆっくり入れてね。」と言われ、少しづつペニスを母の膣に突き刺して
行きました。

ペニスを根元までゆっくりと入れると、母は大きく悶え始めました。

母は自分の手で口を押さえ、悶え声を殺すのに必死でした。

私はあまりにの快感に、10回位ピストンをしただけで射精をもよおし、直
ぐにペニスを抜いて母の下腹部辺りで果てました。

母の胸に頭をつけてもたれていると、母は頭を撫でながら「気持ち良かっ
た?」と聞きました。

私はまた無言でうなずきました。

そして「お母さん、キスしていい?」と聞くと、今度は母がうなずき私は
母にキスをしました。

私の筆おろしと初キスは、このように母と行ったのでした。



その日以来、毎日のように母はお風呂場で抱かせてくれました。

セックスを覚えた性欲の強い中学生の私は、勿論それだけでは足りずに、
父や妹の目を盗んで母を風呂場以外でも抱かせてもらう事もありました。

それは、特別なご褒美でした。



でも、母がこんなに私に尽くしてくれるのは、私が小さい頃から母の言う
事を聞き母を大切にして来たからなのです。

風呂場以外は、絶対に母にスケベなちょっかいを出さないとか、スケベな
目で見ないとか、母と約束した事を必ず守り嫌な思いをさせなかったから
なのです。



今では私も成人し妻も子供もおります。

両親と2世帯住宅を建てて一緒に暮らしています。

母はもう70歳近くですが、いまだに関係が有ります。

父や妻の目を盗んで、出来るだけ頻繁に母を抱いています。

母は本当に喜んでくれています。

母との関係も30年を越えますので、きっと父よりも私の方が母を抱いてい
ると思います。

それが、私に出来る母への感謝の気持ちなのです。



母子相姦を希望する息子さん達は、私のようにお母さんと良い関係を築く
ことが大前提です。

母子相姦は決して不幸な事にしてはいけないのです。

私と母のように、幸福な関係になれないのなら、やらない方がいいです。

お母さんを大切にしないで、ただ「抱かせろ!」と言うのは横暴で決して
お母さんを幸福にしません。

お母さんを抱く事は、お母さんに対する愛情表現だと言う事を忘れないで
下さい。
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