45歳主婦の恵子といいます。 49歳の夫と20歳の娘の3人家族です。 夫とはお見合いのような形で出会い、結婚をしました。 夫は仕事柄、出張が多く、付き合いで夜の帰りも遅いのも当たり前の生活でした。 それでも、娘が大学に進学し一人暮らしを始めるまでは、家族仲良く生活していました。 しかし、娘が家を出たとたん、毎日私だけ家に一人でさみしさを感じるようになりました。 最後にセックスをしたのが4年以上前だったので、夫を誘っても相手にしてもらえませんでした。 もともと夫は淡白な方で、結婚当初でも20分程度で終わってしまうようなセックスで、 夫とのセックスで絶頂を経験したことはありませんでした。 私自身は、夫と結婚する前はお付き合いした男性は多いほうではなかったのですが、 男性経験は学生時代に色々とあり、アブノーマルな経験をしていて、性欲も強いほうでした。 40代になってから急にムラムラするようになったんです。 性欲が増して、身体の疼きが治まらず、しかし抱いてくれる男性もいない・・・ 欲求不満だった私は過激なサイトや動画を見てオナニーするようになりました。 最初のころは週1回程度だったのが日に日に頻度が増えてきて、毎日オナニーをしないと落ち着かなくなっていました。 特にネットのSM投稿体験談で、拘束されて様々な玩具などで何度も何度も絶頂させられて、 快楽に身を震わせている姿に興奮していました。 興味を抑えられなくなった私は、ネットの掲示板に自身の願望を投稿したところ、たくさんの人から連絡をいただきました。 メッセージのやり取りをして、夫が不在のタイミングで実際に何人かの男性とお会いしました。 その中のひとりであった裕二さんと、関係を持つようになりました。 裕二さんとの最初お会いした時は、カフェでお話をしていたはずなのに、 自然な流れでホテルに向かってしまいました。 裕二さんは、私の願望であった拘束されて、何度も絶頂させられてしまうという要望は、 関係地がないのに拘束はしないとおっしゃってくださり、簡易的に動きずらい形にされて、 玩具で何度も何度も絶頂をさせてくださいました。 何度も何度も絶頂させられた私は、ベッドで動けなくなりながら、 そろそろセックスかな?と期待していたのですが、 当初の要望にないのでと、まだ時間はあったのですが帰り支度をされていました。 、 ここまでしてもらって、終わってしまうことに我慢ができず、 私からお願いをすることで、4年ぶりにセックスをしてもらいました。 裕二さんのモノは夫とは比べ物にならないほど大きく、 何度も絶頂した後に挿入された私は、裕二さんとのセックスで潮を吹いて逝ってしまいました。 裕二さんは、セックス後も服を着た私を立たせて足を開かせると、 チェックアウトの時間まで電マとディルドで責めてくれました。 しかしこのときは、逝きそうになると寸止めをされて、最後は逝かせてもらえないままチェックアウトをして、 少し不満そうな顔をしていた私に、裕二さんは「また会ってくれるのであれば逝かせてあげる。」と言ってくれました。 私は、縦に首を振ると、場所はホテルの駐車場でしたが、コードレスの電マを立った状態で当てられて、 あっという間に逝ってしまいました。 最初は月1回お会いしていましたが、今では月2回になり毎月楽しみになっています。