昭和60年、東京に出てきたOL時代の事です 18の春、関西より憧れの東京支社に就職しました 6月の慰安旅行で同じ関西出身の15歳年上の上司と仲良くなる 9月の誕生日を上司に祝ってもらい、男女の仲となる(二人目の体験) 11月に上司の趣味の写真モデルを頼まれ、ヌードを撮られる 年末までには、嵌め撮りもするようになる 昭和61年2月にカーセックスも体験 3月上司が既婚者で単身赴任と知り別れを告げるも、写真をネタに 関係を続けるように脅される お互いのアパートの鍵を交換させられる 4月ロープやバイブ・鞭でSMプレイをされる 6月大人のおもちゃ屋でセーラー服を購入 このころより、二人のルールが決められ始める ルールは下記の通り ①上司が来るときは、白いスリップ、パンティー、ノーブラの姿で 上司を待つようにルールが決められる ②週末に上司のアパートに呼ばれるときは、白いスリップ、 パンティー、ノーブラで尋ね、セーラー服に着替える ③どちらのアパートでも、上司が到着したら玄関でフェラをする 9月の二十歳の誕生日にロープで縛られたままで誕生日ケーキの ろうそく20本を背中に垂らされる この日から、スキンレスとなり、安全日は中、それ以外はすべて 口に出されるようになり、飲む事を強制される 11月、有休をとり2泊3日で、田舎の温泉で野外プレイをさせられる 危険なことが有り、野外は一度きり 昭和62年2月、SMクラブのS嬢を呼び、3Pを体験 ベルト鞭も経験する これより偶数月は、SM嬢を呼び3Pが頻繁となる 9月、妊娠するも10月まで堕胎できず 堕胎までは、ほぼ毎日のように、やってきて中に出される 堕胎後は、翌年まで関係が途切れる 昭和63年2月、再度関係が始まる 5月ベルト鞭が原因でケガをして、仕事に影響 9月上司の転勤が決まり、関係終了 写真を返してくれる約束で最後の関係を持つ 3週間で、11回も関係して、SM嬢を12時間貸し切りで3Pもしました こんな犯され方を私もしましたが、快楽も味わっていました。