あえて、年齢は公表しません。ただ、1980年代猛烈なバレーボール女子でした。
大阪の強豪校で頑張りましたが、3年間ほぼ補欠の私。
孫娘が、高校大学とおばあちゃんと同じバレーボールで頑張っているのですが、
今の監督が、日体大OBとの事。私をレイプした顧問=監督も
日体大出身のいやな男でした。
嫌な記憶がフラッシュバックしつつ、当時私は2年生、今で言えば2軍のキャプテンを任されていた時期ですね。
毎日の猛練習、それは過激な、しかも水を飲むな!は、当たり前。
フラフラになりながらボールを追い、コート内は、女の子の
汗まみれ状態。今と違い当時のユニフォームは、Tバックブルマ状態で、ブルマ内のショーツラインが露わになり、
当事者の私達には恥ずかしいとの意識はなかったんです。
でも、それをいやらしい視点で観ていたんです。
ある日猛練習も終わり、着替えに向かう私を監督が呼び止めるんです。
怪訝な表情な私に監督は、来月の練習試合に関し、お前なりの
考えを聞きたいとの事で、監督室へ来いと言われたのですが、
正に汗まれでしたので、洗顔し、着替えた後でもよろしいですかと、確認しましたが、
いや、今すぐ来い、着替えは後だと、厳命され汗びっしょりの
ブルマのまま監督室へ。
開口一番、今日もお疲れ様でしたと、オロナミンCを手渡されました。
ありがとうございます。水分枯渇の私にとって正に命の水。何の疑いもなく貪るように飲みました。
少しホッとして、そこへ座れとソファーを顎で指図するも、話の内容たるは、
守備のフォーメイションとか、今まで散々やってきた事の
焼き直し。さしたる確認徹底位しか話は広がらず、しばらくして私は
猛烈な睡魔に襲われました。監督の顔が二重に見え、言葉も
しどろもどろ。そして目の前が真っ暗になり、ソファーに横倒し。
記憶が残っているのは、監督が多い被さり、速攻でブルマを
脱がそうとしていました。殆ど無抵抗な私は、ブルマごとショーツも脱がされ、
アソコに吸い付く家督の顔を確認、後は昏睡。
数時間後私は、保健室のベッドに寝かされていました、
保健室の先生によると、監督と話し合い中貧血で倒れたとの事。
着衣は乱れてはいませんが、アソコの激痛はどう説明できるにか?
私は勇気を持ってこの事を母と妹に話し、恥ずかしかったけど、
警察に相談し、後日監督は未成年不同意性交で逮捕されました。
今でも覚えているのは、お前のパンティのラインが堪らないと。
言われました。
孫娘には、絶対こんな体験はさせたくないですね。
2026/10/17 00:46:18