息子が高校進学で全寮制の学校に進学して、元旦那は平然と女のところに行きました。 お金には不自由しなかったものの、一人取り残された私はたまに外に一人で飲みに行くようになりました。 結婚してから、それまで息子がいたから、ほとんど遊び歩いたことはありませんでした。 地元の居酒屋で飲んでいた時の事、常連さんたちに交わって飲んでいました。 そこには息子がお世話になったことがある彼もいました。 閉店まで飲んで、歩いて家の前まで送ってもらうはずが、そのまま私の家で飲み直す事に。 そして、当時40代前半だった私はまだ20代前半の彼と男女の仲になっていました。 お酒が入っていたせいか、当時の環境からか分かりませんが、 彼に抱かれている時に、それまでに感じたことがない充足感に包まれました。 何度も求めて、空が白くなり始めた頃に寝ました。 若い彼のせいで私の体は少し震えていました。 彼の方が先に起きて、私の体を弄っていて、敏感にされたせいもあって、起きてしまったものの、 彼の行為を受け入れていました。 身も心も満たされるとはこの事かと思うくらいに、彼との行為は私にとって大事なものになった日でした。 「年下だけど、甘えたいなら、甘えてきて良いんじゃない。」 彼の言葉をその日以来、私は素直に受け取っていました。 若作りの為に、エステにも通い、服装も若い感じにしました。 基本的に仕事帰りに彼が来て、私を抱いて帰ったり、泊まったりしていくのが離婚が成立するまでのデートでした。 時には、本当に体が壊れてしまうかと思うくらいに激しく抱かれたこともありました。 写真やビデオもたくさん撮って、二人だけの思い出としました。 落ち着いて、整理したら、体だけの関係のはずなのに、その時の私は会うたびに、 彼への依存度が大きくなっていました。 彼を繋ぎとめるためならばと、体の方ではお尻の初めてを捧げたり、 車の保険も切り替えて、彼が自由に私の車を乗れるようにしたりとしました。 離婚が成立したのは、息子が高校を卒業した直後でした。 息子も元旦那に対しては、かなり前から割り切っていたので、特に生活は変わりませんでした。 また息子は大学進学でまた離れて暮らす事になりました。 離婚をお祝いしてくれて、彼が高級ホテルのレストランのディナーに連れて行ってくれました。 もちろんその日はそこにお泊りをしました。 ほろ酔いでお部屋に入ると、そのまま抱き合い、お互いの服を脱がせあって、 シャワーを浴びました。 もちろんシャワー中も抱き合ったり、キスをしたり、愛撫をされたりとしていました。 バスローブでお部屋に戻ると、大きな窓の前で抱き合い、バスローブを脱がされて、 私は裸の姿を窓の外に晒してしまっていました。 恥ずかしさはありましたが、彼が喜んでいたので、彼の行為を受け入れていました。 一人掛けの椅子に座って、足を大きく開いて、後ろから彼が私を愛撫してくるのが、 窓ガラスに移りました。 そして、彼のを咥える姿も見ました。 一人掛けの椅子に座った彼に背面座位で私は腰を落としました。 ガラスに映る自分のHなと言うよりもスケベな姿に恥ずかしさと興奮と複雑な気持ちでした。 ただ、気持ち良かったし、彼に抱かれている満足感は変わりませんでした。 ベッドに移動してからは、私の方からも積極的に。 また体が震えていましたが、彼と離れることが出来ませんでした。 愛のない婚姻関係が終わったと言う解放感からか、いつ行為が終わって、寝たのかとかの記憶がありませんでした。 ただ翌朝起きたときにも体に余韻は残っていました。 本当は私の方は彼とくっついていたかったのですが、チェックアウトの時間があったので、仕方なく準備してからホテルを出ることに。 車の中で彼からキスをしてきて、私のスカートの中に手を入れてきました。 それを受け入れるように足を軽く開いてしまう私でした。 彼は映画のチケットを予約してくれていて、そこに向かうまでに、私は助手席から運転席に身を乗り出すように、 彼のを口に含んでいて、その間にパンツは脱がされてしまっていました。 駐車場に着いてから、後ろの席に移って、行為が始めると、 彼からいつも通り、「飲むのと、中、どっちが良い?」と聞かれました。 いつもは飲んだり外に出してもらっていましたが、この時、初めて中に出してもらいました。 車から降りたときに、パンツを履いていなかった事もあって、駐車場の床に私の中から彼の精液がボタッと落ちてしまいました。 「子宮がチンコに吸い付いていたのに、もったいない」 彼が面白い事を言っていましたが、実際に彼は私の子宮が彼のに吸い付いているような感覚があったそうです。 映画館のポップコーンを朝とお昼の代わりにしながら、映画中も隣り合った席で私は愛撫していました。 私が声を押し殺したりしている表情が彼は好きだったらしいです。 それよりも私の股間から放たれる音が聞こえてしまうのではないかと、ドキドキしていました。 映画が終わり、あとは帰るだけでした。 その日は息子が家にいたので、お泊りは出来ません。 それでも離れたくない私は初めて彼をホテルに自分から誘いました。 今までは雰囲気で…という感じでしたが、彼と言うか男性を自分からはっきりと誘った事は初めての事でした。 少し疲れた…と言った彼でしたが、ホテルに寄ってくれました。 前夜の余韻をさらに車の中で強くされたのに、今度ははっきりと体に刻まれました。 始まってすぐに私の体が痙攣し始めていました。 お尻にも中にも出してもらい、終わった頃は彼はぐったりしていました。 子供が出来ても彼は正直に責任を取らないとは言わないけど、取り切れないと言われていましたが、 当時の私は彼の子供が欲しかった。 それが女性ならばどういうことかは分かってもらえると思います。 夕飯の買い出しも一緒にして、家に帰りました。 息子はいましたが、息子が自分の部屋に入ってしまうと、彼の事ばかり考えてしまいます。 あれだけしたのに、余韻が残った体と彼でいっぱいの頭で自然と体に手が伸びてしまいました。 息子の一人暮らしの準備を終えて、引っ越し屋さんを頼むよりもと…彼が仕事を休んで、トラックを借りてくれました。 息子も彼に久々に会えて、喜んでいましたが、やっぱり息子と離れるのは、ものすごく寂しい瞬間でした。 帰りもかなり長い距離を運転してくれた彼に感謝しつつ、トラックを返し終えると、 私の家で彼に慰めてもらいました。 彼は疲れていたのに、優しかったり、激しかったりと私をいつも以上に満足させてくれました。 そんな事をされたら、余計に彼と離れることが出来なくなりました。 それから私からお願いして、一緒に住むようになりました。 完全に彼に依存していた私は彼の態度が少しずつ変わっていくのに、気付いていませんでした。 マンネリ化を防ぎたいからと週一回以上はアダルトグッズが通販で家に届くようになりました。 それも私のカードで購入していました。 行為もベッドだけでなく、リビングや息子の部屋、ベランダ、家の前に止めてある車の中とかでもするようになりました。 そういったグッズを使ったのも、縛られたりするのも初めてでした。 今日みたいに暑い日の深夜に、短いスカートをさらに短くして、Tシャツに下着なしでお散歩もしたりもしました。 行き着けとなったあの居酒屋に短いスカートにパンツなしで連れていかれたことも何度もありました。 そして、帰り道の路地でスカートを捲りあげられて、Hするのです。 彼に依存していた私はそれらを拒否しませんでした。 深夜の大きな公園で全裸で歩いて、トイレの個室で一人でした時には、 隣の個室からホームレスらしき男性の大きないびきが聞こえていて、少し怖かった覚えがあります。 彼は私の様子を撮影したり、たまに愛撫してくれたりしていました。 しばらくしてから、体にマジックで卑猥な言葉などを書かれたりするようにもなりました。 それを消してくれときもありますが、消してくれないときもありました。 ある時、息子が一人暮らししている部屋に行った日の夜にお風呂に入っていたときに、 消し忘れられた落書きを見つけてしまいました。 息子には知られないようにしながらも、離れていても彼を感じる喜びもありました。 そんな彼も行為中には私をなじるような言葉を言ってきますが、それ以外では本当に優しい人でした。 しばらくしてから、息子から連絡があり、 「ママ、彼氏出来たの?しかも、一緒に住んでるの?」と聞かれました。 彼にも確認していなかったし、彼氏とは言いませんでしたが、 「ちょっと男手が欲しい時に来てもらっているだけで、あなたも知っている人よ。」 と彼の名前を出してはしまいましたが、何とかはぐらかしました。 その事を彼に話すと、「たしかに、彼氏とはちょっと違うよな…。」と言いました。 私は少しショックを受けましたが、結局寝室では彼を受け入れていました。 いつものキスに、いつもの愛撫、軽く縛られて、言葉でなじられながら、体に落書きされ、アダルトグッズで弄ばれ、 その中で彼から「彼氏だったら、ベッドの上でももっと大事にすると思うんだよね…。」 と言われました。 否定も肯定も出来ませんでした。 手やアダルトグッズを使って愛撫されながら、 「本当なら心がつながって、体が繋がるんだろうけど、美千代とは体が繋がって満足して、心の満足感が後から来るじゃん。」 否定できませんでした。 彼に依存していた私は彼とは心も繋がっていると思っていましたが、それは体が満たされた結果、心が満たされる関係だっただと気付かされました。 そして、「じゃあ、離れることは出来る?」と聞かれました。 そこは頭を大きく何度も振って、言葉でも態度でも否定しました。 「そうだろ?じゃあ、咥えて。」 そう言われて、私は涙を流しながら、丁寧に舐めていました。 そして、私は何度も彼に「離れたくない」と訴えながら、彼のを口でしていました。 結局、息子も私には彼氏ではなく、たまに手伝ってくれる彼がいるというので納得してもらいました。 離婚の時に元旦那にはあんなに強気で出られたのに、彼には全く出来ませんでした。 夏休みで息子が2週間弱帰ってきた時は、私がホテル代を払って、彼にホテル住まいをしてもらいました。 彼の物は隠せるものは隠しました。 息子がまた一人暮らしの方へと戻ると帰ってきた彼が、 「たまには離れてみるのも良いね。俺は美千代の大事さが分かったよ。」と、 その日の夜は前みたいに大事に抱かれました。 「時々、外に泊まってきても良いかな?」 私はその言葉を拒否できませんでした。 実際に私も2週間離れてみて、息子の事か彼の事ばかり考えて、たまに家事に手が付かない時もあったくらいでした。 そして、彼のたまの外泊が始まりました。 私が息子のところに行くのに合わせるように、月1くらいのペースでした。 そこから数年かけて、週1くらいのペースになっていました。 勘で女の陰があるのは何となく気付いていましたが、元旦那の時とは違って、 強気に出られず、それどころか彼の思うがままにされていました。 行為中に縛られたり、落書きされたり、弄ばれるのは変わりませんでした。 むしろ、それが通常でした。 たまに外に露出しに行くのも私も楽しみにしてしまえるくらいになっていました。 それなのに、私が体調を崩していると、ものすごく心配してくれたり、 本当によく分からない関係になっていました。 彼も当人たちが良いなら、別に良いんじゃないとの事でした。 月日が経つのが早く感じて、息子も大学を卒業して、就職することになりました。 家には戻ってこないとの事で、まだ彼との生活が続きました。 ただ少しずつ彼の外泊が増えたような気がしていました。 時間を掛けて、本当に徐々に徐々にという感じだったので、気付くのに、また時間が掛かりました。 女の陰も感じるようになっていました。 また数年が経ち、彼も30歳を過ぎていました。 私ももう50が見えている年齢でした。 「ちゃんと結婚したいんだよね。」 彼がふと言葉にしました。 その相手が私でないことは私自身が分かりました。 だって、私は彼の彼女でもなく、彼も私の彼氏ではないのですから。 若い彼には将来があるし、子供も欲しいだろうと理解はできましたが、 感情の整理が追いつきませんでした。 どんな言葉も私の耳には入ってきませんでした。 彼が出ていく日、仕事で出張でも行くかのような感じで、彼は出ていきました。 彼の使っていた物はいつの間にか綺麗に捨てられていました。 息子の手前、写真とかは飾っていませんでしたが、二人で出掛けたり、旅行に行った先で買ってきたものは、 そのままでしたが、彼の痕跡が分かるものは、 あとはたくさんのアダルトグッズだけでした。 恥ずかしい話なのか、分かりませんが、 彼が出て行ってから、私はそれらのアダルトグッズで、自分を慰めている事で、 彼を感じていたのです。 もう男性はこりごりです笑 結局、今でもたまにアダルトグッズを使ってしまっているので、 今はそれらが恋人です。 でも、やっぱり心の隙間は埋まりません。