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少女との体験 RSS icon
※フィクションです真似をしないように

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2020/02/13 18:39:20 (wfjM4MiC)
もう、20年近く昔の思い出・・・

大学3年の2月、塾講師のバイト先で教えてた中2の望結という少女にバレンタインで告られて、当時、専門学校生の彼女にクリスマス振られしてフリーだったし、ロリータに興味があったから付き合うことにした。
俺はロリコンではなかったけど、望結はポニーテールが可愛い子だったから、ウブっ子を喘がせたくて優しく接していた。

3月の半ば、お彼岸で帰省する前に口説き誑かして望結を裸にして、アパートの狭いユニットバスで洗いっこして、セックスに持ち込んだ。
大人と子供の狭間の14歳の裸、やっと生え揃った茂みの奥のタテスジを開いた。
クパァと割れた秘裂に舌を這わせ、純真少女の望結の無垢なクリ豆を辱めた。
「アァァァ・・・」
思わず漏れる声と溢れるお汁は、芽生えた快楽の証。
未成熟な少女の身体が初めてのクリアクメに壊れていった。
ほんの数十分前まで無垢だった望結の身体が、大人の快感に喘いでいた。

まだ膨らみかけの蕾にイチモツを押し当て、ゆっくりと沈めて処女膜を無残に散らした。
純真少女の望結を愛の言葉で巧みに心と体を絡めて一つに繋がれば、破瓜の痛みさえ愛と信じた望結の未成熟な蜜壷を貪った。
14歳の望結は、純潔と引き換えに女の悦びを知っていくのだ。

俺は、アパートに一人暮らしなのををいいことに、毎日のように望結を家に呼び込んでセックスしまくってた。
全裸ハメ撮りも、セーラー服も白いハイソックスも脱がせないでのハメ撮りも、なんでも言うこと聞いてくれて、超美麗の恥穴を撮影させてくれた。
14歳の蜜壷を味わうにつれ、次第に快楽が望結の身体に刻まれていった。
クリアクメの羞恥拷問の後に、秘裂を押し広げて恥穴を味わい尽くせば、身悶えしながらイチモツの快感い溺れていった。
時には郊外のラブホに車に乗せて連れ込んで、全裸に向いてヌード撮影、おオナニー撮影、そして、興奮して透き通るような白い肌を上気させた美優は、天使のような笑顔をイチモツの快感で苦悶に変えていった。
もう、乙女心の限度を超えた恥辱行為に、恥辱と快感の区別さえつかなくなった望結は、俺に跨って腰を振り、清純な公立中学のセーラー服の襟をなびかせながらも、純真な少女の面影さえ失っていった。
逝くことを覚えた身体は、セーラー服の中学生に非ざる本格的な性行為の連続で逝き地獄に落とされ、放心状態になった。
クリ責めのクンニで強制快楽クリ逝き地獄で調教され、羞恥で精神破壊された美優は、淫乱少女へと堕とされていった。

俺は、大学を卒業して就職先へ引っ越すことになった。
引っ越しの前日、合格した高校の真新しいセーラー服を見せに来た望結と最後のセックスをして、お別れした。
「さようなら、美結。」
「バイバイ、先生・・・」

単なるロリコン心で付き合った望結なのに、その夜、なぜだか俺は、一晩中泣いた・・・
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寝ても醒めても

投稿者:匿名 ◆e/3R3Cb0gI
削除依頼
2020/02/09 16:08:44 (uMy3Gjjl)
私が小学五年生頃まで私の家族は奇妙な環境で暮らしていました。
詳細はこの場で明かすのは控えますが、当時はそれが普通と言うか当たり前の生活と疑わないでいました。

簡単に言うと四家族が同じ家で生活をしていたのです。社宅の様な飯場と言うか。そんな感じだったと思います。
親達は仕事が終わると居間に集い雑談や花札で盛り上がる。夜更けになると子供達は襖1枚隔てた隣の部屋に寝かされ、隣のガヤガヤ声を枕に就寝につく。
そんな毎日だった。

何歳の頃だろう。ある時、私は衝撃的、そして後々の私の性への影響を与える出来事を目の当たりにしたのです。
それは私の隣で寝ていた同世代の女の子が別の家族の親に性的虐待を受けている光景でした。
仮に、石倉家、佐藤家、朝倉家、須藤家としましょう。
石倉のおじちゃんが花札中、
『子供達が寝つけてるか、ちょっくら見て来る』と立ち上がり我々子供の寝ている部屋へ入る。
そして他の子らには目もくれず真っ先に向かうのは私の隣で寝ている恵ちゃんの前。
そこで辺りを見渡し恵ちゃん含め他の子達もちゃんと寝てるのを確認すると恵ちゃんのパジャマのズボンとパンツを脱がせ下腹部を露にし、顔を近付けハァ、ハァ、と荒い息をたてていた。

私の寝ている角度から見えるその光景は肉を啄む肉食獣にも似て、最初は恐ろしい光景だった。
石倉のおじちゃんは伏せていた上体を起こすと今度は自分のズボンのファスナーを下げイチモツを出すと軽くシゴいた後に、恵ちゃんの顔に降ろして覆い被さった。
その際、腕が私の顔の横に構える様に置かれ、私は寝た振りがバレない様、必死だった。

明らかに恵ちゃんの口に石倉のおじちゃんのペニスが当てられていると想像できた。
初めて目撃してからすぐ何日目かにはソレが恵ちゃんの口の中に入れられていると分かった。
『あ~、気持ちいい・・・えぇわ~・・』
野太くシャガレた石倉のおじちゃんの声が怖かった。
聞いてる私が心臓バクバクなのだ。当の本人、恵ちゃんは怖くないのか?そもそも目覚めないのか?

そんな心配もすぐに判明した。恵ちゃんが石倉のおじちゃんに悪戯された翌朝は(ま、ほぼ毎日だが)恵ちゃんはオネショをしていた。
これは起きていた証だ。しかも怖くて耐え、起きる事さえ出来なくなっていたと判断できる。

周りの大人は『恵ちゃんは小学生にもなって~』と笑うばかりで気づく者もいない。
石倉のおじちゃんは子供に対し面倒見の良い頼れる仲間を演じきっていた。
そしてエスカレートする・・・・

ある夏の夜は、ほぼ全裸にさせられ、乳房やワレメを容赦なく舐められる。
『・・・本当に起きない子だな・・』
股間に埋めた顔を上げると、ボソッ、と呟き今度はダラン、と出したペニスを恵ちゃんの顔に近付け唇の上に当てる。
実は寝ていなく、いつも恐怖に口を強張らせていた恵ちゃんは真一文字に締めていた。・・が、寝た振りがバレてはいけないので、石倉のおじちゃんがもどかしく捩じ込む前に不自然なく口を開かなければならない。
そして小さな口に汚いペニスが差し込まれる、
『あ"~、いい、気持ちいいわ~、あ"~・・』
繰り広げられる狂気の光景。怖くても興味が勝り、暗闇に目が成れ、その様を薄目を開けて私は見守っていた。
石倉のおじちゃんはいつもフィニッシュを恵ちゃんの口からペニスを抜き、恵ちゃんの顔を跨ぐ形で精子を飛ばし、恵ちゃんの頬や鼻、耳などに飛ばす。
ある時、私の顔の前にまで飛んだ事があり、その時は叫び声が出そうな位怖かった。

そのフィニッシュ直後の一瞬、石倉おじちゃんは視線を天井に向ける間があり、その瞬間に恵ちゃんの顔や様子を伺う事ができた。
ある時、見つめる私と頭を横に向けた恵ちゃんと目が合う事があった。微かに涙が溢れている様だった。

その数日後、私は恵ちゃんに夜の事をネタに話しかけた。脅すとか、からかうとかでは無く、純粋に好奇心からであった。

『言わんといて』
いくつかの言葉を交わして恵ちゃんから言い出した。
『・・・うん・・でも・・』
『いいから、誰にも言わんといて』

二人に微かな絆と言うか連帯感ができた。

それからも、起きている私の目の前で恵ちゃんは悪戯され続けた。
問題解決にはならないが、ある日、おじちゃん除けに手を繋いでみよう、となり試したが、呆気なく私の握った手は解かれ、いつもの様に恵ちゃんは凌辱され続けた。
ある時は誰かの母のナプキンをパンツの中に装着しておじちゃんを驚かしてみよう、と試みたが、オネショ対策くらいに思われたのか、これまた取り払われ、悪戯後、元に戻され何も解決にもならなかった。
(当時は紙オムツが普及もしていない時代。)

恵ちゃんは、石倉のおじちゃんにやられてもフェラ止まり。全身攻められても、マンコに指すら入れられていないらしい。
私は、毎朝、反省会兼・恵ちゃんの報告を聞きながら股間を張らせて内心、興奮もしていた。

まだオナニーも知らない年齢、爆発する日も近かった。



997

(無題)

投稿者:雅治
削除依頼
2020/02/09 14:02:13 (bcSgBuU6)
私が小学五年生の時の事です。

近所に住む真知子という子が休み時間に私に遊んでもらいたくて、私達の同級生の男子のグループの遊びに参加してきていました。

他の男子達もいやがる様子もなく仲良く遊んでいました。

夏休みが近付いた放課後に体育館でかくれんぼをして遊んでいました。

友達のA君が鬼で、私達はバラバラに散らばり隠れましたが、真知子だけが私の後ろを追いかけてきました。

私は体育館のステージ下の倉庫に駆け込みました。

なぜか真知子も一緒に来てしまいました。

「何でついてくるの?」と聞くと「良いじゃん、私が一緒だとダメなの?」と言われて「ダメじゃないけどさ」と私は使わなくなって放置されている掃除用具入れのロッカーに入ると真知子入ってきて、ドアー閉めました。

何で?と思いながらも夏場で暑い日でしたが、半地下のステージ下は少し涼しくもありましたが、大きめのロッカーとは言え、二人が入るのはやっとでした。

向かい合うようになっている二人の隙間は少しも有りませんでした。

ピタリと密着してると真知子の髪からは良い匂いがしてきました。

たぶん真知子の方は、私の汗の匂いに気付いていたと思います。

鬼のA君は全然私達を探しに来る気配が有りませんでしたが、かくれんぼを続けていると、私の下半身に変化が起き始めました。

そのこれには精通もオナニーも経験していた私は真知子に気付かれないように腰を引いて真知子に感づかれない様にするのに必死でした。
998
2020/02/07 09:12:44 (6i/9jcaS)
もうすぐすぐ高校を卒業するJKです。
おじさんたちの告白を読んで
私も同じというか
危なかった体験を話しますね。
私が小学4年生のころ
小さい頃から遊んでた近所のおにいちゃんは
その時高校生になってて
写真部に入ったからまりちゃんの写真撮らせてって
言われて、
気軽にOKしたんだけど、
はじめは顔とか服装とか写してたのに
だんだんローアングルになってきて
スカートの中を撮られて
やだ、エッチーって言いながら
ちょっとうれしかったの。
ママに絶対内緒だよって言われて
スカートまくって撮られたり
しゃがんでパンチラするとこを撮られたりしたの。
だんだんエスカレートしてきて
パンツちょっとだけ下ろしてみてって言われて
えーって一応言ったけど
ちょっとだけならいいよって言っちゃった。
そしたらパンツ膝のとこまで下ろしてスカートまくって
正面から写されて、
何枚も何枚も。
次はオシッコポーズって言われて地面にしゃがんで
真正面から写された。
なんかエッチな気持ちになってきて
自分から割れ目のとこを開いて写してもらったりした。
その時はそれで終わったけど、
おにいちゃには何回も写真やビデを撮られて
5年生になったとき
おにいちゃんとセックスするようになっちゃった。
セックスしてるときのビデオもたくさん撮られてたし、
フェラさせられて口の中に精子出されるとこや
オシッコしてるとこも撮られたけど
お兄ちゃんが大好きだったから
何でもしてあげたくなってたの。
そんなことが6年生になっても
中学生になっても続いてたけど
おにいちゃんが東京に行ってからはできなくなって
すごくさみしいの。
なんかエッチなことしたくって
オナニーしても物足りなくて・・・
痴漢されたり犯されたりしてみたい願望が出てきて
ちょっと危ないです・・・

999
2020/02/01 17:50:49 (fm85At.N)
田舎出身の私には都会は刺激過ぎた。

20才で着の身着のまま上京し、上京当日に飛び込んだ不動産で決めた四畳半の木造アパート。最寄りの液は二子玉川。当時は渋谷までの区間が新玉川線と呼ばれていた。半蔵門線は文字通り半蔵門駅が終点(だったかな?)
余計な話が長くなった。

渋谷で時給1050円の高架下倉庫のバイトで生計をたて暮らす毎日。楽しみは毎朝夕の通勤電車での痴漢だった。(痴漢語りをすると結構深くなるので割愛)
キッカケはOLだったが、すぐにターゲットをJKにスライド。あんなミニスカートで満員電車に乗っているのだ。狙わないハズが無い。
主観ではあるが、あの当時は誰しもが痴漢をしていた様な気がする。JKの前にはポジション取りで野郎共が競い合っていた。

田舎では日常的に電車など乗らなかったが、すぐに急行満員電車に慣れた。どの車輌、どの扉、最大限有利にターゲットの背後に着くか。すぐに見極め実行に移す事を憶えた。(逆に何故、他の痴漢はソレが出来ないのか?と不思議だった。)

先に述べた通り初めはOLだった。自然と密着する朝勃ちの私。明らかにOLのお尻に密着しているので分からないハズが無い。試しに手を差しのべて・・・・
痴漢道の始まりだ。やがてJKへ。渋〇女子・・今は学校名が変わっているアノ高校だ。無抵抗の子もいれば、わずかばかりの抵抗をみせる子もいる。だが、こちらの強い意思を示すとJKは抵抗をやめてくれた。

そんな自信に満ちていたある日。確かあの頃は転職し、職場の飲み会とかの帰りの車輌だった。いつもより遅く、滅多に乗らない時間帯の二子玉川行き急行電車。二子玉下車だから降りるに最適の最後尾・・・の二番目の扉。乗車した時には気付かなかったが発車と同時に傍らの制服JCに気がついた。
『・・・こんな時間に、しかもJC』
池尻手前のカーブの揺れを利用し体勢をJCに向けた。
上手い具合にJCの真後ろでベストヒット。すぐにペニスがムクムク・・と大きくなり熱を帯びた鉱石になった。
『・・・・・』
JCは無反応。車輌の小刻みな揺れに合わせて体勢を少しずらし手の甲をJCのスカートに押し当てる。プリッとした弾力がスカート生地の上から手の甲に伝わる。
まだ無反応・・・もう痴漢の手だと気づいてるはずなのに。
抵抗しないのなら進むしかない。手の甲のまま、しばしスカートの表面を滑らせてみる。徐々に当てる力を強くするとパンツゴムの凹凸の感触が。その辺りを重点的に擦ると、だんだんイケるんじゃね?と思い、スッと掌を返し前へ移動させた。
が、そこであえなく手をパサッ、と払われた。ヤバい!と思ったが再チャレンジ。今度は手の平でお尻に触れ軽く撫でる。
(あれ?払われない。・・・まだイケるか?)
しばらく撫でる。微動だにしない。ならばと指を動かしダイレクトにお尻の肉をモミモミ・・揉んでも平気みたいなので遠慮無しで触り・揉み続けた。

そこで三軒茶屋で停車。ドアが開きJCは空いたドア横の取っ手に寄る。私はそのすぐ背後の座席手摺にしがみつき場所をキープ。乗り降りの波を背中でガツガツ受けながら耐える。
ドアが閉まり、私は半身を戻し、JCの背中に空間を空ける。JCは余白があるので私と同じ向きに姿勢を直す。発進の揺れと共に私は踏ん張りを弱めると私の後ろから他の乗客が体重をかけてくるので、私とJCのポジションは渋谷で乗った時と同じ形勢に。

先程の続きからと、スカートの上から撫で反応を見る。よし、平気だ。撫でながら少しづつスカートを手繰しあげ生パンに接触!

パサッ、と手を叩かれ振り出しに戻る。その日はどうかしていた。普段なら、こんなに深追いしないのに。JCが声をあげたり逃げたりしないから調子ついていたのかも知れない。
スカートを手繰り上げ再びパンツに手を当てる。
『・・・・・』動かないJC
生地の感触を楽しむ様に撫でる。抵抗無し。撫でる、揉む。やはり抵抗無し。ブルマで無くて良かった。

しばらく撫でてから少し手を下に移動。太ももを撫でてから、手を前に・・・叩かれた。スカート手繰りからやり直す。
今度は股ぐらから攻めよう。お尻を揉みながら徐々に中央に近づける。意を決して奥へと侵入!
(あれ?抵抗されない・・・)
それはコチラとしては都合が良く助かるのだが。抵抗が無く、ためらわずに陰部に指を宛がう。
数回のチャレンジで判ったことがある。行き過ぎて拒否(パサッ、と払い退け)られ、リトライする時、払い退けられた場面から始められる。
A→B→C・・とやってCで弾かれて『Bまで』では無く
『Cから』次に移行して良い、と言う事だ。

私はスカートを徐々に手繰り上げるのをやめ(無論、周囲の目はきにしつつだが)大胆にスカートを捲り指をダイレクトに陰部に入れた。
三茶から二子玉までノンストップ。案外、時間はあるが、チャンスは限られている。JCがどの駅までの子か判らないが、二子玉までで決着つけたい。これで完全に拒否られたら諦めよう。

勝負に出た私はパンツのゴムを中指で押し開け人差し指と共に横へスライド。JCの生マンコに接触。
意外とJCは逆らわず大人しくしている。私は進められる限り奥へと指を進めた。
『・・・・・。』
ここで1つ引っ掛かる。嫌がるならもがく。感じたなら身を捩らす。恐怖で硬直してるなら、強ばる。
そのどれでも無いように感じた。
(平気、って訳でも無いだろうに・・・)
私の指は直に性器の辺りを刺激しているのだが、なんだろう、この無力感。
別に私は百戦錬磨のプロ痴漢とは言わないが、無反応は淋しい。OLやJKだってわずかな抵抗を試みるとか恥じらいの表情をする。それがこのJCには無い。
生マンコ触って弄ってるんだぜ?・・・そりゃ無いぜ。
(あれ?もしかしてマンコの位置、違ってる?)

実は、私は当時童貞。修正されたエロ本を見てオナニーする程度で、風俗経験も無し。今なら見ないでも指先だけで探りイカせる自信はあるが、当時は皆無。

まぁ、知らなくても弄りはやめられない。やっとJCのパンツの中まで漕ぎ着けたのだ。時間の許す限り痴漢を働くことには違いは無い。幸いJCは股を頑なに閉じる訳でも無く私の指を拒絶はしていない。

ならば、リベンジとばかりに手を横から前に回す。しかし、やはりソレは拒否られた。仕方がないので、後ろからの指マンに戻す。
クチュクチュ、コネコネ・・・マンコ弄りを二子玉川に着くまでヤリ続けた。

二子玉川では多くの客が降りる。私もその1人だ。JCを見ると、どうやらその仕草からは、この駅では降りない様だ。名残惜しいが、私は降車の客の群れに紛れ電車を降りた。

それ依頼、あのJCとは会っていない。

JC編おわり。
・・・・次はJS編へ。





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