結婚して11年、37歳同士の幼馴染夫婦です。 私達は生まれてから中学卒業までご近所さんで、小6で初キス、中2で初セックスをした仲でしたが、高校入学と同時に私たち家族が乳の実家に入ることになって、引っ越して別れました。 時は流れて、私が隣県の大学を出て戻ってきて就職すると、そこには地元短大を出た妻が2年早く就職してて再会、7年ぶりに復縁しました。 離れていた7年の間に付き合った人の影響で、私はMっ気が、妻にはSっ気が芽生えていました。 それは、7年ぶりにセックスした時にお互いが感じたもので、会うたび、少しずつ性癖がかみ合って、妻に生理が来ると私は縛られて、下半身を凌辱されるようになりました。 毎月お楽しみの安全日の中出しの日々が終わり、妻に生理が来て、昨夜は私がМ字開脚に縛られて。下半身を凌辱されました。 メニューはペニス責めやらアナル責めやら色々ありますが、昨夜は妻が大好きな地獄の亀頭責めをされました。 昨夜はМ字開脚ではなく、手足を大の字に拘束されました。 腰の下に枕を入れられて、腰を天井に突き出す恥ずかしい格好になりました。 細い紐でペニスの根元と、タマを左右独立してキュッと縛られました。 その様子をビデオカメラで映し、モニターで私に見せつけるのです。 男性のシンボルを惨めに縛られているのに、ビンビンに勃起させてて羞恥の極みでした。 ローションを塗った手を亀頭に被せるようにして、指先で優しく撫でられました。 くすぐったいような快感が走りました。 「あああああ・・・」 思わず声が漏れるのです。 左手でペニスの根元を皮を剥き上げるように張り、亀頭をピンピンにさせて、くりくりマッサージされましたが、亀頭だけで扱きはありません。 亀頭を扱かれないと、射精まで至るのは難しく、我慢汁がダラダラ流れていました。 「我慢汁で杉だから、栓をしましょうね。」 と、その尿道にプジーが挿し込まれていくと、イタキモ状態で腰が震えました。 指先を開いて、カリから亀頭を摘まむようにして、プジーに向かって撫でられました。 「うああああーーーー」 ペニスを触ってほしい気持ちが、自然と腰を浮かせてしまいました。 でも、そんなことは叶わず、とろかすような亀頭責めをされました。 私は腰を突き出し、カクカクさせながらヨガりました。 すると妻は、使い古したストッキングを切ったものを取り出しました。 それは、恐怖のストッキング亀頭磨きです。 ゆっくりとプジーが抜かれ、ローションが追加されました。 シャカッ、シャシャッ、シャッカ・・・強烈な刺激に見舞われました。 「ひゃああああーーーひぎいいいーーーー」 物凄い快感ですが、イクことはできないのです。 亀頭とカリだけを念入りに擦られました。 私は背中を反らせて、快感に耐えました。 まるで妻がイクときみたいな格好で、その妻にイクのを焦らされているのです。 すると妻は、片手で亀頭をストッキングで磨き上げながら、もう片方の手でペニスの根元とタマの縛りを解き始めました。 亀頭責めが終わり、射精に向かってペニスを根元から扱かれました。 ギンギンに脈打つペニスは、あっという間に快感に染まりました。 「ああああーーイク、イクイクイク~~イきそう・・・」 とここで妻は手を止め、ニヤ~っと私の脈打つペニスを眺めました。 そして、亀頭だけを撫でました。 もう、私はハアハア状態でしたが、妻はこれを数回繰り返して焦らします。 何度も寸止め焦らしを受けて、真っ赤になったペニスは、カチカチに勃起して暴発寸前でした。 また扱かれて、もう私はハアハアだけで声も出ませんでした。 「妻は、まだイッちゃダメだからね・・・」 と言いながら、ついに射精させられました。 ドッピューーーードクドクドク~~~・・・ 「ダメって言ったのに、イッたわね、お仕置きよ・・・」 精液まみれの手で、射精直後の亀頭を責められました。 「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・」 あまりの刺激と苦痛に、ガックンガックン痙攣しながら、射精直後責めを耐え忍びました。 そして、萎えることを許されないまま二度目の射精へ追い込まれ、更に亀頭責め・・・ もう、何度も射精して、フル勃起しないのに責めは続き、最後は男の潮噴きで終わります。 手足の拘束を解かれても、しばらく動くことができないほど体力を消耗しました。 「これじゃ明日はペニス責めは可哀相だから、エネマグラでトコロテンさせてあげるね。」 明日はМ字開脚に縛られて、アナル責めから前立腺を突かれて、トコロテン決定です・・・